『捨てられ王女は、母と自由に生きる』 異世界転生・短編小説
異世界に転生した主人公が望んだのは、王族としての地位でも、莫大な権力でもなかった。
ただ、大切な母と幸せに暮らすこと。
前世で子供を助けて命を落とした主人公は、魔法が存在する異世界で、国王の庶子として生まれ変わる。
しかし、母は王家に捨てられ、実家である子爵家からも追い出されてしまう。
頼れる者もなく、世間知らずの母と二人きり。
けれど、主人公には前世の記憶と科学知識、そして鑑定・無限収納・全属性魔法という規格外の能力があった。
「私を捨てた王家なんて、こちらから願い下げ!」
前世の知識と魔法を駆使して財産を築き、母を守りながら生きていく。
親切には親切を。
無関心には無関心を。
そして、悪意には相応の報いを。
やがて、その存在を王家に知られた主人公は、母を連れて国を出ることを決意する。
新天地で待っていたのは、新しい出会いと、母に訪れる二度目の幸せ。
もちろん、その良縁を見つけたのも、鑑定能力を持つ娘だった。
これは、王家に捨てられた少女が、最愛の母を守り、やがて新しい家族とともに自由で幸せな人生を手に入れる物語。
**王女の地位も、聖女の称号もいらない。**
**私が欲しいのは、家族と笑って暮らせる毎日だけ。**
そんな、ちょっと規格外な転生少女の、母娘愛と家族の再生を描いた異世界ファンタジーです。
『捨てられ王女は、母と自由に生きる』
プロローグ もう一度、生きる
最後に見たのは、青い空だった。
「危ない!」
横断歩道に飛び出した幼い男の子。
迫り来る大型トラック。
考えるより先に身体が動いた。
男の子を歩道へ突き飛ばした瞬間、全身を凄まじい衝撃が襲った。
(ああ……死ぬんだ)
三十二歳。
独身。
大学院で化学を専攻し、中堅メーカーの研究開発職として働いていた。
仕事は忙しかったが、それなりに充実していたと思う。
両親は数年前に亡くなり、兄弟もいない。
心残りがあるとすれば、家族を持てなかったことくらいだろうか。
(あの子……助かったかな)
それが最後の思考だった。
そして――。
(……あれ?)
意識が戻った。
だが、目は開かない。
手足も自由に動かせない。
何より、温かい液体の中に浮かんでいるような感覚がある。
規則正しい鼓動が聞こえる。
(まさか……)
しばらくして、私は理解した。
(お腹の中じゃない、これ!)
どうやら私は、胎児になっていた。
しかも、聞こえてくる言葉は日本語ではない。
それなのに、なぜか意味が分かる。
『セシリア。あなた、本当に陛下のお子を身籠ったというの?』
『……はい』
『馬鹿な娘ね。陛下には王妃様も側妃様もいらっしゃるのよ』
若い女性のすすり泣く声。
(……何やら事情がありそうね)
それが、私と母の物語の始まりだった。
◆
第一章 王家に捨てられた母娘
私が生まれたのは、アルヴェリア王国の辺境に近いベルフォード子爵領だった。
母の名はセシリア。
十八歳。
ベルフォード子爵の庶子である。
母自身も、子爵が侍女に産ませた娘だった。
幼い頃に実母を亡くし、正妻から疎まれて育ったという。
十五歳で王城へ侍女として奉公に出された。
そして、ある夜。
酒に酔った国王に手を付けられた。
国王には王妃が一人、側妃が三人。
公に認められた王子王女は七人。
ほかにも認知されていない子供がいた。
私もその一人。
国王の子供としては、下から二番目に当たるらしい。
母の妊娠が分かると、王宮は冷淡だった。
『陛下のお子である証拠はない』
それが公式な返答だった。
母は侍女を解雇され、わずかな金貨を持たされて城を追われた。
行き場を失った母は実家へ戻った。
しかし、子爵家でも歓迎されなかった。
子爵は母を離れに住まわせたものの、正妻は露骨に嫌悪した。
そして、私が生まれた直後。
『王家の厄介者を、いつまで我が家に置いておくつもりですか!』
子爵夫人の一言で、母は屋敷を追い出された。
子爵は止めなかった。
生まれたばかりの私を抱き、母は領都の小さな借家へ移った。
そこから、私たち二人の生活が始まった。
(……なるほど)
赤ん坊の私は、母の腕の中で考えていた。
(王家も子爵家も、ろくでもないわね)
だが、私は悲観していなかった。
前世の記憶がある。
科学の知識もある。
そして何より、この世界には魔法があるらしい。
(だったら、何とかなるでしょう)
問題があるとすれば、母だった。
「エレナ……ごめんなさい。こんな暮らししかさせてあげられなくて」
母は、よく謝った。
まだ十八歳。
世間知らずで、気が弱く、人を疑うことを知らない。
市場では釣り銭をごまかされる。
仕事を探せば、不当な条件を押し付けられる。
親切そうな男に声を掛けられれば、簡単に信用してしまう。
(お母さん……危なっかしすぎる)
私は心に決めた。
この人は、私が守ろう。
王家など必要ない。
子爵家など、もっと必要ない。
私たち二人で、幸せになってみせる。
◆
第二章 神様の置き土産
自分の能力に気づいたのは、生後半年の頃だった。
母が買ってきた林檎を見つめていたとき、突然、視界に文字が浮かんだ。
【鑑定】
名称:赤林檎
品質:低
状態:内部腐敗あり
適正価格:銅貨二枚
(……え?)
驚いて母を見る。
【鑑定】
名前:セシリア・ベルフォード
年齢:十八歳
種族:人族
魔力:42
属性:水・光
状態:栄養不足・慢性疲労
性格:温厚・誠実・献身的
備考:娘を何よりも大切に思っている
(お母さん……)
胸が温かくなった。
続けて、自分を鑑定する。
【鑑定】
名前:エレナ
年齢:生後六か月
種族:人族
魔力:測定不能
属性:全属性
希少属性:聖
固有能力:完全鑑定・無限収納・魔力自動回復・魔力操作
特殊能力:無詠唱魔法・並列思考
称号:異界の魂を持つ者
(……何、この反則能力)
前世で読んだ異世界小説なら、間違いなく主人公の能力だ。
もっとも、今は私が主人公なのだが。
試しに床に落ちていた小石を収納する。
消えた。
取り出す。
現れた。
(便利すぎる!)
魔法も試してみた。
指先に小さな炎を灯す。
水滴を浮かべる。
風を起こす。
土を動かす。
雷を発生させる。
そして聖魔法。
これが特に凄かった。
傷の治療。
病の浄化。
毒の分解。
身体機能の回復。
母の慢性疲労も、少しずつ治すことができた。
私は赤ん坊の身体で、毎日魔力操作の訓練を続けた。
魔力を循環させる。
圧縮する。
放出する。
再び取り込む。
前世の科学知識を使えば、魔法の現象を具体的に想像できた。
火魔法なら燃焼。
氷魔法なら熱エネルギーの移動。
雷魔法なら電位差。
魔法の仕組みそのものは科学とは異なるが、現象を理解していることは大きな利点だった。
そして私は、もう一つ重要なことに気づいた。
鑑定は、単に物の価値や能力を調べるだけではない。
相手の本質も見抜けるのだ。
性格。
善意。
悪意。
隠された目的。
嘘。
さらに、相手が何を望んでいるかまで、ある程度読み取れる。
(これなら、お母さんを騙そうとする人間を見抜ける)
私は笑った。
前世では、知識はあっても力がなかった。
今世では、両方ある。
ならば遠慮する必要はない。
◆
第三章 三歳児の商売
三歳になった私は、ようやく本格的に行動できるようになった。
「お母さん、石鹸を作ろう」
「石鹸?」
「身体を洗うものだよ」
この世界にも石鹸はあった。
だが、品質が悪いうえに高価だった。
貴族や裕福な商人しか使えない。
私は母に頼み、油と灰、香草を集めてもらった。
灰からアルカリ液を取り出し、油脂と反応させる。
危険な工程は魔法で制御した。
何度か失敗したが、やがて品質の良い石鹸が完成した。
香りも良い。
泡立ちも良い。
肌への刺激も少ない。
「エレナ、どうしてこんなことを知っているの?」
「本で読んだの!」
母は不思議そうに首を傾げた。
「そうなのね。エレナは賢い子ね」
(……お母さん、それで納得するんだ)
私は少し心配になった。
完成した石鹸を持って市場へ向かった。
だが、商人たちは相手にしなかった。
「子供の遊びだろう」
「平民の女が作った石鹸なんぞ売れるか」
何軒も断られた。
それでも、一軒だけ興味を示した店があった。
店主はマルタという五十歳ほどの女性だった。
「試してもいいかい?」
「もちろん!」
マルタは石鹸を使い、驚いた。
「……これは凄いね」
私は彼女を鑑定した。
【鑑定】
名前:マルタ
年齢:五十二歳
性格:誠実・面倒見が良い・商才あり
商取引信用度:極めて高い
悪意:なし
備考:困窮する母娘を助けたいと考えている
(……当たりだ)
私は即座に判断した。
この人とは長く付き合おう。
マルタは石鹸を十個買い取ってくれた。
価格も適正だった。
それから商売は急速に広がった。
石鹸。
香水。
保存食。
紙。
インク。
改良した農具。
前世の知識を活用し、次々と商品を開発した。
母は商売を学び、マルタが経営を助けてくれた。
私は陰から支えた。
従業員を雇う際には、必ず鑑定した。
誠実な者を採用し、能力に応じて仕事を任せた。
困っている者には手を差し伸べた。
だが、悪意を持って近づく者は容赦なく排除した。
親切には親切を。
無関心には無関心を。
悪意には悪意を。
それが私の生き方だった。
六歳になる頃には、私たちは十分な財産を築いていた。
無限収納の中には、大量の金貨や宝石が保管されている。
表向きは母が商会の経営者。
私は、少し賢い娘。
それで十分だった。
◆
第四章 王家に見つかった日
私が七歳になった春。
すべてが変わった。
王城から使者が来たのだ。
豪華な馬車。
王家の紋章。
護衛の騎士たち。
近所の人々が驚いて見守る中、使者は屋敷を訪れた。
「セシリア殿。国王陛下がお呼びです」
母の顔が青ざめた。
「陛下が……?」
「はい。そして、娘のエレナ殿にも同行していただきます」
私は使者を鑑定した。
【鑑定】
名前:グレゴール
所属:王国宮内府
目的:エレナの王城への連行
真の目的:聖属性魔法の確認と確保
指示:拒否された場合、王命による強制連行を実施
備考:王太子の病を治療させる計画
(……なるほど)
私は事情を理解した。
王太子が難病に倒れた。
宮廷魔術師も神官も治せない。
そんな中、地方で不治の病を治す少女の噂が王宮に届いた。
私のことだ。
私は商会の従業員や世話になった人を、時折聖魔法で治療していた。
それが噂になったらしい。
調査を進めた王宮は、私の出生に行き着いた。
そして、今さら王家の血を引く娘として迎えようとしている。
使者は厳かに告げた。
「陛下は、エレナ殿を正式に王女として認めることもお考えです」
「必要ありません」
私は即答した。
使者が目を見開いた。
「……何と?」
「王女になるつもりはありません」
「王家の血を引くことは、大変な名誉なのですよ」
「その名誉は、私が生まれたときにはどこにあったのですか?」
使者は黙った。
「母を追い出したとき、王家は何をしていました?」
「それは……」
「私たちが食べるものにも困っていたとき、誰か助けてくれました?」
「陛下には国政という責務が……」
「では、これからも国政に専念なさってください」
私は笑顔で告げた。
「私たちには関係ありませんから」
使者の顔が赤くなった。
「王命を拒否するというのか!」
「私は平民ですよね?」
「陛下のお血筋である以上――」
「七年間、王家は私を認めなかった。今さら都合よく王族扱いされても困ります」
私は母の手を握った。
「お引き取りください」
使者は怒りを押し殺しながら帰っていった。
だが、私は分かっていた。
王家は諦めない。
国王にとって、私は娘ではない。
王太子を治すための道具だ。
(……潮時ね)
その日の夜。
私は母に告げた。
「お母さん。この国を出よう」
母は驚いた。
「えっ……?」
「もう、この国にはいられない」
「でも、お店が……」
「大丈夫。準備はしてあるよ」
実は、私は以前から国外への移住を考えていた。
王家に見つかる可能性も想定していたからだ。
商会の経営は、すでにマルタを中心とした信頼できる者たちに任せられるようにしてある。
財産の大半は無限収納の中。
必要な物資も収納済み。
国外の商業ギルドに口座を開き、別名義の身分証も正規の手続きで取得していた。
準備は整っていた。
「でも、エレナ……」
母は不安そうだった。
私は母を抱き締めた。
「お母さん。私を信じて」
母はしばらく黙っていた。
そして、小さく頷いた。
「……ええ。あなたを信じるわ」
私は微笑んだ。
「じゃあ、今夜出発しよう」
その夜。
私たちは屋敷を出た。
マルタには手紙を残した。
商会の権利と利益配分についても、すべて手続きを終えてある。
街の外へ出ると、私は無限収納から魔導車を取り出した。
前世の自動車を参考に作った乗り物だ。
動力は魔石。
防御結界付き。
魔法による自動運転も可能。
母は目を丸くした。
「エレナ……これは?」
「私が作ったの」
「……あなた、本当に凄い子ね」
私は笑った。
「さあ、行こう」
魔導車が静かに動き出す。
その夜、私たちは王都から遠ざかっていった。
翌朝。
王宮から派遣された騎士たちが屋敷を訪れたとき、そこはすでに無人だった。
残されていたのは、一通の手紙だけ。
『私たちは王家に何も求めません。
どうか、私たちにも何も求めないでください。
セシリア、エレナ』
国王は激怒したという。
だが、私たちはもう、その国にはいなかった。
◆
第五章 新天地
私たちが向かったのは、隣国のリュミエール王国だった。
アルヴェリア王国とは違い、商業が盛んで、比較的身分による差別が少ない国だ。
特に、商人の権利が法律で保護されている。
私は以前から、この国を移住先の第一候補にしていた。
国境を越えたとき、母は深く息を吐いた。
「……本当に、出てきてしまったのね」
「後悔してる?」
「いいえ」
母は首を振った。
「ただ、少し怖いの」
私は母の手を握った。
「大丈夫。私がいるよ」
母は微笑んだ。
「そうね」
新しい国での生活は、想像以上に順調だった。
私は港町の近くに屋敷を購入した。
広い庭。
明るい食堂。
海が見える二階の部屋。
そして、母が好きな花を植えられる温室。
母は大喜びした。
「エレナ! 素敵なお家ね!」
「気に入った?」
「もちろん!」
私は満足した。
だが、一つだけ気になることがあった。
母は、まだ二十五歳だった。
若く、美しく、優しい。
それなのに、私を育てることだけに人生を費やしている。
(……お母さんにも、幸せになってほしいな)
私は考えた。
母は世間知らずだ。
人を疑うことが苦手だ。
悪意に鈍感で、困っている人を見ると放っておけない。
だからこそ、母を心から大切にしてくれる人が必要だった。
ただし、条件がある。
誠実であること。
責任感があること。
女性を見下さないこと。
母の過去を受け入れられること。
そして何より。
私を、邪魔者扱いしないこと。
(……よし)
私は決めた。
(お母さんの再婚相手を探そう)
もちろん、本人の気持ちが一番大切だ。
だから、無理に結婚させるつもりはない。
ただ、良い縁を見つけるくらいなら、娘が手伝ってもいいだろう。
こうして私は、母の再婚相手探しを始めた。
◆
第六章 鑑定が見つけた人
候補者探しは、思ったより難航した。
母は美人だった。
しかも商会を経営した経験があり、資産もある。
当然、近づいてくる男性は多かった。
だが、鑑定してみると散々だった。
【鑑定】
目的:財産目当て
【鑑定】
目的:貴族の血筋を利用したい
【鑑定】
性格:傲慢・支配欲が強い
【鑑定】
備考:娘を邪魔者と認識
(……却下)
私は次々と候補者を除外した。
そんなある日。
街の商業ギルドで、一人の男性に出会った。
年齢は三十四歳ほど。
背が高く、落ち着いた雰囲気。
派手な服装ではないが、清潔感がある。
彼は、ギルドの受付で困っている老人を助けていた。
「大丈夫ですよ。書類は私が確認しましょう」
老人は文字が読めなかったらしい。
男性は嫌な顔一つせず、丁寧に説明していた。
私は何気なく鑑定した。
【鑑定】
名前:アレクシス・ヴァレン
年齢:三十五歳
種族:人族
身分:リュミエール王国伯爵家次男
職業:商業ギルド監査官
属性:土・水・光
性格:誠実・温厚・責任感が強い・忍耐強い
財産:十分
婚姻歴:なし
恋愛観:一途
家族観:血縁よりも信頼と愛情を重視
隠された悪意:なし
備考:過去に婚約者を病で亡くし、以来独身
備考:子供好き。孤児院への支援を長年継続
備考:権力争いを嫌い、爵位継承を兄に譲った
(……おや?)
私は思わず立ち止まった。
さらに詳しく鑑定する。
【精神状態】
安定。
他者への共感性が高い。
弱者への支配欲なし。
誠実な対人関係を重視。
【結婚への考え】
身分や財産よりも人格を重視。
再婚女性への偏見なし。
血縁のない子供を育てることに抵抗なし。
(……これは)
私は目を輝かせた。
(大当たりじゃない!)
だが、まだ決めるわけにはいかない。
鑑定は人柄を見抜けても、未来の幸せまで保証してくれるわけではない。
母との相性は、実際に会って確かめなければならない。
私は慎重に調べた。
アレクシスは、商業ギルドで不正を取り締まる仕事をしていた。
貴族からの圧力にも屈せず、商人からの賄賂も受け取らない。
部下からの信頼も厚い。
休日には孤児院を訪れ、子供たちに読み書きを教えている。
しかも、誰にも知られないように寄付を続けていた。
(……よし)
私は決断した。
(お母さんに会わせよう)
◆
第七章 娘の小さな策略
翌週。
私は母を連れて商業ギルドを訪れた。
「エレナ、今日は何の用事なの?」
「新しい商売の相談だよ」
もちろん、半分は本当だ。
私は新しく開発した魔導式浄水装置の販売許可を申請するつもりだった。
ただし、担当者には少し工夫をした。
事前に調べたところ、アレクシスは新規魔導具の安全審査も担当していた。
だから、正式な手続きで彼の部署へ申請したのだ。
「お待たせしました」
部屋に入ってきたのは、アレクシスだった。
「アレクシス・ヴァレンと申します」
母は丁寧に頭を下げた。
「セシリアと申します。こちらは娘のエレナです」
「初めまして」
私は満面の笑みを浮かべた。
(さあ、お二人とも。頑張って)
打ち合わせは順調だった。
アレクシスは魔導具の仕組みを丁寧に確認し、安全性について質問した。
母は緊張しながらも、商会の経験を活かして答えた。
私は二人を観察した。
アレクシスは母の説明を遮らない。
分からないことがあれば、きちんと質問する。
母が言葉に詰まっても、急かさない。
(……いい感じ)
打ち合わせが終わった後。
母が持っていた書類が床に落ちた。
「あっ……!」
アレクシスがすぐに拾った。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
二人の手が、一瞬触れた。
母の頬が少し赤くなった。
(おっ?)
私はすかさず鑑定した。
【セシリア】
感情:安心・好感・微かな羞恥
【アレクシス】
感情:好感・親しみ・興味
(……来た!)
私は心の中で拳を握った。
それから私は、商会の相談を理由に、何度か母とアレクシスが会う機会を作った。
ただし、不自然にならないように。
仕事の相談。
孤児院への寄付。
商業ギルドの催し。
そして、ある休日。
私は母に言った。
「お母さん、アレクシスさんにお礼をしたら?」
「お礼?」
「いつもお世話になってるでしょう?」
「そうね……」
「お茶に誘ってみたら?」
母は顔を赤くした。
「そ、そんな……ご迷惑じゃないかしら」
「聞いてみないと分からないよ」
母はしばらく迷った。
そして、勇気を出してアレクシスを誘った。
彼は笑顔で承諾した。
私は当然、同行しなかった。
母は心配したが、私は言った。
「もう七歳だよ。一人で留守番くらいできるって」
実際には、魔法で屋敷全体を監視できる。
何の問題もない。
その日、母は夕方になって帰ってきた。
頬が赤かった。
そして、とても楽しそうだった。
「エレナ……今日は本当に楽しかったわ」
「良かったね」
私は笑った。
(計画通り)
ただし、母の気持ちを操るつもりはなかった。
私は縁を作っただけ。
その先を決めるのは、二人自身だ。
◆
第八章 新しい父親
それから一年。
母とアレクシスは、少しずつ距離を縮めていった。
彼は母の過去を知っても、態度を変えなかった。
王家に捨てられたこと。
子爵家を追い出されたこと。
私が国王の庶子であること。
すべてを聞いたうえで、彼は言った。
「セシリアさん」
「はい……」
「あなたがどこで生まれたか、誰の娘か、私には関係ありません」
母は顔を上げた。
「私が大切にしたいのは、今のあなたです」
母の瞳に涙が浮かんだ。
そして、アレクシスは私にも向き合った。
「エレナ」
「はい」
「君のお母さんと、結婚したいと思っている」
私は黙って彼を見つめた。
「だが、君の気持ちも大切だ」
彼は真剣だった。
「君からお母さんを奪うつもりはない。私が家族に加わることを、認めてもらえるだろうか」
私は鑑定した。
何度目か分からない鑑定。
結果は、いつも同じだった。
誠実。
善意。
責任感。
そして、母への深い愛情。
私は尋ねた。
「アレクシスさん」
「何だい?」
「お母さんを泣かせませんか?」
彼は少し考えた。
「悲しい思いを一度もさせないとは約束できない」
私は黙った。
「人間だから、間違えることもある。意見がぶつかることもあるだろう」
彼は続けた。
「だが、決して一人にはしない。何かあれば一緒に考える。苦しいときには支える。そう約束する」
私は微笑んだ。
(……合格)
「じゃあ、よろしくお願いします」
アレクシスはほっとしたように笑った。
私は続けた。
「ただし」
「……ただし?」
「お母さんを不幸にしたら、私が許しませんからね」
彼は真剣に頷いた。
「もちろんだ」
こうして、母の再婚が決まった。
式は小さなものだった。
アレクシスの兄である伯爵夫妻。
商業ギルドの仲間。
親しい友人。
そして私。
母は純白のドレスを着ていた。
とても綺麗だった。
私は少し泣きそうになった。
前世では、家族を持つことができなかった。
今世では、母がいる。
そして、新しい父親ができた。
結婚式の後。
アレクシスが私に尋ねた。
「エレナ。私のことは、何と呼んでくれてもいい」
私は少し考えた。
そして言った。
「……お父さん」
彼は目を見開いた。
次の瞬間、顔をくしゃくしゃにした。
「……ありがとう」
母も泣いていた。
私は二人を見て、心から思った。
(ああ……良かった)
これで母は、もう一人ではない。
◆
第九章 王国からの追手
幸せな生活が始まって半年。
アルヴェリア王国から、再び手が伸びてきた。
王太子の病が悪化していた。
王国は私たちの行方を調べ、リュミエール王国にいることを突き止めた。
ある日。
アレクシスの屋敷に、アルヴェリア王国の外交官が訪れた。
「エレナ殿を、国王陛下のもとへお連れしたい」
アレクシスは静かに答えた。
「お断りします」
「これはアルヴェリア国王陛下のご意思です」
「ここはリュミエール王国です」
アレクシスの声は穏やかだった。
「他国の国王の命令が、我が国の国民に及ぶことはありません」
外交官は顔をしかめた。
「エレナ殿はアルヴェリア王家の血を引いている!」
「では、出生時に正式な認知をなさったのですか?」
「……それは」
「七年間、平民として扱い、母娘を保護せず、必要になった途端に王族だと主張する」
アレクシスは書類を机に置いた。
「法的根拠を示してください」
外交官は黙った。
「なお、セシリアとエレナは正式な手続きを経て、我が国の国民となっています」
私は隣で感心していた。
(……お父さん、頼りになるなあ)
鑑定で見抜いた通りだった。
アレクシスは決して声を荒らげない。
だが、一歩も引かない。
外交官が最後に言った。
「王国間の問題になる可能性がありますぞ」
アレクシスは微笑んだ。
「その場合は、我が国の外務府を通していただきましょう」
外交官は帰っていった。
だが、私は分かっていた。
これで終わりではない。
案の定。
三日後の夜。
屋敷に侵入者が現れた。
八人。
全員、アルヴェリア王国の特殊部隊だった。
目的は私の誘拐。
(……本当に懲りないわね)
私は屋敷の庭へ出た。
侵入者たちは、すでに結界の中に閉じ込められていた。
「何だ、これは!」
「魔法が使えない!」
「逃げろ!」
私は静かに告げた。
「他国に侵入して、子供を誘拐しようとするなんて」
彼らは私を見た。
「……エレナ!」
「そうですよ」
私は笑った。
「あなた方が探している子供です」
男の一人が短剣を抜いた。
私は指を鳴らした。
短剣が砕けた。
次の瞬間、全員が地面に倒れた。
重力魔法。
ただし、命に別状はない程度に調整してある。
「一つ、教えてあげます」
私は男たちを見下ろした。
「私は、王家に何も求めていません」
結界の中に、冷たい風が吹いた。
「だから、王家も私に何も求めないでください」
男たちは震えていた。
「次に私の家族へ手を出したら、今度は容赦しません」
翌朝。
八人は拘束された状態で、リュミエール王国の治安当局に引き渡された。
身元と任務を示す証拠も添えて。
外交問題になった。
アルヴェリア王国は関与を否定したが、証拠は明白だった。
リュミエール王国は正式に抗議した。
さらに、アレクシスの兄である伯爵も動いた。
結果、アルヴェリア王国は多額の賠償金を支払うことになった。
そして、私たちへの接触禁止が外交文書に明記された。
私はようやく安心した。
何より嬉しかったのは、アレクシスの言葉だった。
「エレナ」
「はい、お父さん」
「もう一人で全部背負わなくていい」
私は彼を見上げた。
「君には私がいる。セシリアもいる」
彼は私の頭を撫でた。
「家族なんだから、頼ってくれていいんだよ」
私は少しだけ、泣いた。
◆
最終章 三人の家族
それから七年。
私は十五歳になった。
母は三十三歳。
アレクシスは四十三歳。
そして、我が家には新しい家族が増えていた。
「お姉ちゃーん!」
庭を駆けてくる小さな男の子。
五歳になる弟、ルカだ。
母とアレクシスの間に生まれた子供だった。
私は弟を抱き上げた。
「ルカ、また泥だらけ?」
「お庭で遊んでた!」
「もう。お母さんに怒られるよ」
「お姉ちゃん、綺麗にして!」
「はいはい」
私は小さく浄化魔法を使った。
泥だらけだった服が、一瞬で綺麗になる。
「わあ! お姉ちゃん、すごい!」
ルカは目を輝かせた。
私は笑った。
「内緒だよ」
「うん!」
弟は元気よく頷いた。
もっとも、五分後には母に話してしまうのだが。
私はそんな弟が可愛くて仕方なかった。
母は幸せそうだった。
アレクシスも、良い父親だった。
私たちの商会は、リュミエール王国でも有数の規模に成長していた。
石鹸。
香水。
医薬品。
浄水装置。
冷蔵設備。
魔導照明。
そして、魔力を持たない人でも使える生活魔導具。
前世の科学技術と、この世界の魔法。
その二つを組み合わせた商品は、暮らしを大きく変えていた。
私は、技術を独占するつもりはなかった。
ただし、無償でばらまくつもりもない。
適正な対価を受け取り、従業員に十分な給料を支払い、次の研究へ投資する。
そして、貧しい人々にも必要なものが届くようにする。
それが、私の商売だった。
ある日。
アルヴェリア王国から、最後の手紙が届いた。
国王が病に倒れたという。
王太子はすでに亡くなっていた。
王位継承を巡る争いが激しくなり、国内は混乱しているらしい。
手紙には、私に帰国してほしいと書かれていた。
聖属性の力で国王を治してほしい。
王家の血を引く者として、国を救ってほしい。
私は手紙を読み終え、静かに机へ置いた。
母が尋ねた。
「エレナ、どうするの?」
「何もしないよ」
私は答えた。
「私たちを捨てた国だもの」
母は少し悲しそうな顔をした。
私は続けた。
「でも、国民に罪はないからね」
私はすでに、商会を通じて食料や医薬品を販売していた。
飢饉に苦しむ地域には、利益を度外視した価格で物資を送っている。
それで十分だ。
王家を救う義務はない。
けれど、罪のない人々を見捨てたいわけでもない。
「エレナらしいね」
背後から声がした。
アレクシスだった。
彼は私の隣に座った。
「国王を恨んでいるのかい?」
私は少し考えた。
「……昔はね」
「今は?」
「興味がないかな」
アレクシスは微笑んだ。
「それでいいと思うよ」
母も頷いた。
そのとき。
「お姉ちゃーん!」
ルカが飛び込んできた。
「お空のお船! 乗せて!」
私は笑った。
数日前に完成させた、魔導飛行船のことだ。
前世の航空工学と、この世界の浮遊魔法を組み合わせた乗り物。
すでに試験飛行は成功している。
「お父さん、お母さん」
私は二人を見た。
「今度の休み、みんなで旅行しない?」
母は目を輝かせた。
「まあ! 素敵ね!」
アレクシスは苦笑した。
「今度は何を作ったんだい?」
「空を飛ぶ船」
「……エレナ」
「はい」
「君の発明には、毎回驚かされるよ」
私は笑った。
「慣れてください、お父さん」
そして翌週。
一隻の白銀の船が、青空へ舞い上がった。
甲板には四人の家族がいた。
かつて王城を追われた母。
その母を心から愛する父。
無邪気に笑う弟。
そして、前世の記憶を持つ私。
「お姉ちゃん! 雲の上だよ!」
「そうだね、ルカ」
「すごいね!」
弟の笑顔が眩しかった。
母は父の腕に寄り添い、幸せそうに微笑んでいた。
私はその光景を見て、胸がいっぱいになった。
前世では、家族を持つことができなかった。
今世では、母を守ろうと決めた。
けれど、いつの間にか。
私も家族に守られるようになっていた。
母は私を愛してくれた。
父は私を実の娘のように大切にしてくれた。
弟は私を慕ってくれた。
王家の血など、どうでもよかった。
貴族の身分など、必要なかった。
私が欲しかったものは、最初から決まっていたのだ。
帰る場所。
笑い合える家族。
そして、誰にも奪われない自由。
「エレナ」
父が私を呼んだ。
「ありがとう」
「……何が?」
「セシリアと出会わせてくれて」
私は驚いた。
父は優しく笑った。
「君が商業ギルドに来なければ、私は二人と出会えなかったかもしれない」
母も微笑んだ。
「本当にそうね」
私は少し照れくさくなった。
「……偶然だよ」
もちろん、嘘だった。
鑑定で調べて。
人柄を確かめて。
母との相性を見極めて。
出会う機会を作った。
全部、私の計画だった。
でも、その後に二人が愛し合うようになったのは、二人自身の気持ちだ。
私がしたのは、ほんの少し背中を押しただけ。
「ねえ、お父さん」
「何だい?」
「お母さんを、これからもよろしくね」
父は母の肩を抱いた。
「ああ。もちろんだ」
母は幸せそうに笑った。
私は空を見上げた。
どこまでも続く青い空。
この世界には、まだ見ぬ国がある。
未知の魔法がある。
新しい発見がある。
きっと、これからもいろいろなことが起こるだろう。
だが、もう怖くない。
私には家族がいる。
守るべき人がいる。
そして、私を守ってくれる人もいる。
王家が私を捨てたのではない。
私は、王家のない人生を選んだ。
母が子爵家に捨てられたのではない。
母は、あの家よりもずっと温かい家庭を手に入れた。
私たちは、誰かの不幸を願って生きる必要はない。
ただ、自分たちの幸せを大切にすればいい。
それが、私の二度目の人生。
捨てられた王女ではなく。
聖女でもなく。
ただの、セシリアとアレクシスの娘。
エレナ・ヴァレンとしての人生だった。
そして私は、今日も家族と笑っている。
――完――
あとがき エレナより
こんにちは、エレナです。
最後まで私たちの物語を読んでくれて、ありがとうございます。
えっと……何から話せばいいのかな。
まず、私は今、とっても幸せです。
お母さんは毎日笑っているし、お父さんは優しくて頼りになるし、弟のルカは元気いっぱい。
まあ、ルカが毎日のように泥だらけになって帰ってくるのは、ちょっと困りものだけど。
浄化魔法が使えるからいいものの、普通だったら洗濯が大変だったと思う。
……あれ?
もしかして、浄化魔法が使えるから遠慮なく汚している?
今度、ちゃんと聞いてみよう。
さて、私がこの世界に生まれたときのお話です。
正直に言えば、最初は驚きました。
前世では三十二歳だった私が、気づけばお母さんのお腹の中にいたんですから。
しかも、生まれてみれば国王の庶子。
普通の異世界転生なら、王女として何不自由なく育てられる展開を期待するところでしょうか。
でも、現実は違いました。
お母さんは王城を追い出され、実家の子爵家からも追い出されてしまいました。
生まれたばかりの私を抱えて、たった一人で頑張ってくれたんです。
お母さんは、よく私に謝っていました。
貧しい暮らしをさせてごめんね。
立派なお家に住ませてあげられなくてごめんね。
お父さんがいなくてごめんね。
でもね、お母さん。
私は一度だって、お母さんの娘に生まれたことを後悔していないよ。
むしろ、感謝しているくらい。
だって、お母さんは私を捨てなかったんだから。
王様は私たちを必要としなかった。
子爵家も、私たちを厄介者として追い出した。
でも、お母さんだけは違った。
自分がどれほど苦しくても、私を守ってくれた。
だから、今度は私が守ろうと思ったんです。
幸いなことに、私には前世の知識がありました。
それに、鑑定や無限収納、全属性魔法という、とんでもない能力まで持っていました。
……うん。
自分でも、ちょっと反則だと思います。
でも、使えるものは使わないと損ですよね?
おかげで商売も成功したし、お母さんに美味しいものを食べさせてあげられるようになりました。
何より、もうお金の心配をしなくて済むようになったことが嬉しかったです。
ただ、一つだけ誤算がありました。
お母さんって、本当に人を疑わないんですよ。
悪い人に騙されそうになったことなんて、一度や二度じゃありません。
そのたびに鑑定で見抜いて、何とかしてきました。
だから、私には一つの決まりがあります。
親切には親切を。
無関心には無関心を。
悪意には悪意を。
私たちを助けてくれたマルタさんには、今でも感謝しています。
反対に、私たちを利用しようとした人たちには、遠慮するつもりはありません。
だって、優しくしてくれる人を大切にするのと同じくらい、大切な家族を守ることも必要でしょう?
そして、王家に見つかったとき。
私は迷わず国を出ることにしました。
今さら王女として迎える?
王太子の病気を治してほしい?
……知りませんよ、そんなこと。
私たちが困っていたときには見向きもしなかったのに、必要になった途端に家族だなんて。
そんな都合のいい話、ありませんよね。
もっとも、王家に復讐しようとは思いませんでした。
そんなことに時間を使うくらいなら、お母さんと美味しいものを食べたり、旅行をしたりする方がずっと楽しいですから。
それから、隣国に移って一番良かったこと。
それは、やっぱりお父さんとの出会いです。
……え?
もちろん、偶然じゃありませんよ?
鑑定能力を使って、しっかり調べました。
性格は誠実。
責任感もある。
財産目当てではない。
お母さんの過去を気にしない。
そして、血のつながらない子供でも大切にできる人。
そんな人、なかなか見つかりませんからね。
正直、候補者を調べているときには、人間不信になりかけました。
でも、お父さんを見つけたときには思いました。
この人なら、お母さんを任せられるって。
もちろん、二人が本当に好き合うかどうかは別の話です。
だから私は、ほんの少しだけ出会う機会を作りました。
……ほんの少しですよ?
商業ギルドで会えるようにしたり。
仕事の相談をお願いしたり。
お茶に誘うよう、お母さんの背中を押したり。
ええ、ちょっとだけです。
結果は、ご存じの通り。
お母さんは再婚しました。
しかも、今では弟までいるんです。
あの日、お母さんが花嫁衣装を着ていた姿は、きっと一生忘れません。
本当に綺麗だった。
そして、お父さんが私に言ってくれた言葉。
「もう一人で全部背負わなくていい」
あれは……少し反則でした。
だって、それまで私は、お母さんを守ることばかり考えていたんです。
自分が誰かに守ってもらうなんて、考えたこともありませんでした。
でも、今は違います。
困ったことがあれば、お父さんに相談できます。
悲しいことがあれば、お母さんに甘えられます。
ルカと一緒に、くだらないことで笑うこともできます。
私には、帰る場所ができたんです。
そうそう。
最後に一つだけ。
私は王女になれなかったことを、少しも残念だとは思っていません。
聖女と呼ばれたいとも思いません。
偉い人に褒められたり、立派な称号をもらったりすることにも興味はありません。
だって、私にはもっと大切なものがありますから。
朝起きると、お母さんが「おはよう」と笑ってくれる。
お父さんが一緒に朝食を食べてくれる。
ルカが「お姉ちゃん!」と抱きついてくる。
そんな毎日が、私にとって何よりの宝物なんです。
もちろん、これからも魔法の研究は続けますよ。
前世の科学知識と魔法を組み合わせれば、まだまだ面白いものが作れそうです。
空飛ぶ魔導船も完成したことですし、次は何を作ろうかな。
……あ、そうだ。
お母さんが、遠くの国の温泉に行ってみたいって言っていたんです。
だったら、家族みんなで旅行できるように、もっと快適な魔導船を作らないと。
お父さんには、また呆れられるかもしれませんけどね。
でも、きっと最後には笑って付き合ってくれると思います。
だって、そういう人ですから。
さて。
そろそろルカが呼びに来る時間です。
今日は家族みんなでお出かけする約束なんです。
最後まで私たちを見守ってくれて、本当にありがとうございました。
皆さんにも、大切な人と笑って過ごせる毎日が訪れますように。
それでは、またどこかで。
あっ、最後にもう一つだけ。
私を捨てた王家の皆さん。
残念でしたね。
私たち、とっても幸せですよ。
それでは!
エレナ・ヴァレンより




