プロローグ
俺の初恋は、中学一年の春だった
相手は同じクラスの、いつも陽キャの中心にいる男友達だった。
名前は、樹くん
自分でも、自分の気持ちが気持ち悪いって思ってた。
男なのに、男に恋をするなんて
それでも、本人には言わず
胸の中でそっと、大事にしていた
吐き出してしまったら、きっと全部壊れるとわかっていたから。
ある日の放課後
教室を出ようとしていた俺の肩を、誰かがぽんと叩いた。
「なあなあ、ちょっといい?」
振り返ると、そこには樹くんがいた。
彼は少しだけ照れくさそうに笑いながら、でもどこか探るような目で言った。
「鈴木って、俺のこと好きなの?」
一瞬、頭が真っ白になった。
まさか、そんなふうに聞かれるなんて思ってなかった。
「えっ、え?な、なん、どういうこと……?」
心臓が、ぎゅっと握り潰されたみたいだった。
「いや、なんかさ。お前が俺のことで恋愛相談めっちゃしてくるって隣のクラスの奴から聞いたんだけ ど」
うそ、隣のクラスって…
前田だ、前田にぽろっと相談したことがあった
ずっと、胸の中でくすぶらせてた気持ち。
もしかしたら、いつか自分の口からそっと伝えられる日が来たらって、そんな夢みたいなこと考えてたのに。
「そ、それは、その…なんていうか……冗談っていうか、えっと……」
逃げようとした俺の言葉に、樹くんがぴしゃりと被せた。
「え、どっちなん?」
……逃げられないんだって思った。
一か八か、覚悟を決めた。
「そ……その…実は、そうなんだ。俺、樹くんのこと……好き、なんだ」
沈黙が落ちた。
でもすぐに、彼は笑って言った。
「要するにゲイ…ってやつ?まあ、そういうやつもいるもん な」
よかった、引かれてない───
そう思ったのも束の間
「でもさ…俺はゲイじゃないし。鈴木がそういうやつなら、同じ人間とつるんだ方がいいんじゃ ね?」
「わ、わかってるよ。無理だったら、今まで通り友達のまま接してくれればいいだけだし……気にしなくていいから…!」
何とか笑おうとしたけど、声が震えてるのが自分でもわかった。
だけど、彼はもう──
「いや…これ聞いて、そのまま仲良くできるわけないじゃん」
その日から、友達だった樹くんは、簡単に“他人”になった。
そりゃ、そうだ。
男友達に、そんな目で見られてたなんて知ったら、近づきたくなくなるのは当然。
きっと気持ち悪かったんだろう。
気まずくなったんだろう。
でも、だとしても
「同じ人間とつるんだ方がいいんじゃね?」
そんなふうに言われるなんて、思ってなかった。
ただ「無理」と言われるほうがマシだった。
まるで俺が〝人間〟じゃないみたいだった
〝普通〟の人と違うだけで、線引きされて、拒絶されて。
確かに、俺はこれまで女の子を好きになったことがない。
でも、それだけでこんなふうに否定されなきゃいけないなんて。
悔しくて、悲しくて、苦しかった。
樹くんの言葉で、俺の初恋は終わった。
静かに、でも確実に、心が裂けた。
ゲイであることを、拒絶されたのと同時に
〝人間として〟も拒まれた気がした。
やっぱり気持ちなんて伝えない方が良かった
そうすれば、ずっと友達でいれたんだ。
俺は深く後悔して、自責に苛まれ
誰にも嫌われないように
ちゃんとした恋をしなきゃって思った。
今度こそ、“普通の”恋をしようって一ー
思ったはずだった。
……なのに。
樹くんを吹っ切った中学二年の春
俺はまた、男に恋をしてしまった。
それも、今じゃ一番の親友一一日高 圭に。




