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愛しのヴィーヴィー

作者: Ушка<3

ファンタジィです。

私、ルイーゼ・アントンにはこの世の何よりも愛おしい人がおります。


彼の名はヴィヴィアン・ブロンシュ。

ブロンシュ商家の次男である彼は、アントン男爵家の一人娘である私の幼馴染にして、許嫁です。


キラキラと光り輝く白金色の髪の毛に、サファイアをそのまま閉じ込めたかのような深い青色の瞳を持つ彼は、世界中の誰よりも美しいと言っても過言ではありません。

昔は髪も伸ばしていたので、私は暫く彼のことを女の子だと勘違いしていた時期もありましたわ。その事で彼を怒らせてしまったのだけれど。


私は彼のことが何よりも、誰よりも愛おしいのです。彼のためならば、どんなことでもするでしょう。きっと、私は彼を愛するためにこの世に産まれてきたのですわ。


ですが、その彼がどこまでも美しい上に、頭脳まで秀ですぎていたのがいけなかったのでしょうか。

齢16になった年の春、彼はその優秀さを認められ、国で一番と評される王都の学園へ連れて行かれることになってしまったのです。


国の中心部にある王都は、私たちが住まう領地からずっと遠いところにあります。それこそ、片道だけで二週間はかかってしまうほどの距離なのです。気軽に会いに行ける場所では到底ありません。


私は、それはそれは嘆き悲しみましたわ。

学園は、卒業するのに4年はかかるのです。その間愛おしい彼と会えないだなんて、私には耐えられません。それにもし、在学中に変な虫がついたりでもしたら困りますわ。


私、そんなことになったらきっと、相手のことをめちゃくちゃにしてしまいます。流石に結婚相手に犯罪歴がついてしまっては彼がお可哀想でしょう?

ですから、そうならないためにも私はある決心をしたのです。


私も学園に入学すると。


彼にもその事を言いましたわ、もちろん。

彼は、「お前みたいな阿呆には無理だろ。」なんて事を言っていましたけれど、私の愛を見くびってもらっては困ります!


時間はあまりありませんでしたが、それでも彼が王都に行くまでの二ヶ月間、私はどんな手を使ってでも学園に入学する手続きを整えましたわ。貴族制度とは名ばかりのこのご時世、我が男爵家が未だ膨大な富をもちあわせていることが幸いでした。


あそこは超がつくほどの名門校ですから、かなり手間どいましたけれど、最終的には私も入学することができるようになりました。

私も一緒についていくと伝えた時の彼の表情ったら!皆様にもお見せしたいくらいのものでしたわ。


兎にも角にも、そうして私は愛おしい彼との学園生活に幕を開けたのです。


ーー


彼との学園生活はまるで夢のようで、そして地獄のようでもありました。


先程から何度も言っている通り、彼は本当に容姿が美しいのです。学園には、結婚相手を探すために来るような貴族や裕福な家の出の令嬢が何人もおりまして、見目麗しく将来有望な彼はたとえ身分が庶民であったとしても、理想的な相手だったのです。

彼の隣には常に私がいるというのに、そんなの関係ないと言わんばかりに、彼女たちは彼に迫って行くんですもの。

目付きがもはや令嬢ではなく、肉食獣のそれになっている方々を蹴散らすのはかなり大変でしたわ。


それから暫くは虫を追い払うのに忙しい日々を送っておりました。迫られている当の本人である彼は、「お前がどこぞのご令嬢たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返しているのを見るのは、実に愉快だったよ」なんて冷笑しておりましたけれど。

でもあの冷たい嘲笑うような眼差しも、私は大好きなのです!


1年近くその様な生活を送っていますと、流石に彼を狙う令嬢は少なくなっていきました。

やはり、私の努力が実ったのでしょう!

私の学友も「ブロンシュ君を狙ったら最後、悪魔のような婚約者に命を狙われるって噂になっているからでしょうね」と言っていましたし!

悪魔ではなく天使のように可愛い婚約者ですけれど!


しかし流石と言いますか、私の愛しの彼の溢れんばかりの魅力はやはり虫を誘ってしまうそうで、中には諦めないご令嬢もおりました。


ーー


それは丁度、お昼休みの時間帯でした。


私の愛しの彼は、食堂のテラスでサンドウィッチを片手に本を読んでおります。

そのお姿は、まるで教会に飾ってある絵画のように美しく、神々しいものでしたわ。


いつものように物陰に隠れて彼を見ていた私は、しばらくその姿を目に焼き付けた後に、彼に駆け寄りました。


「ヴィーヴィー!今日も美しくてかっこよくて可愛らしくもあるあなたのことを愛しているわ!あなたの髪はまるで真珠に黄金を混ぜたように美しく光り輝き、あなたのその瞳はどんな湖よりも深く私を溺れさせる!あなたが瞬き一つするたびに私はあなたに恋をして、あなたが呼吸をするたびに私の心臓はあなたに掴まれる!あぁ!私はあなたが命じればなんだってするわヴィーヴィー!私の過去も未来も現在も全てはあなたのためにあるのよ!あぁでもね、ヴィーヴィー、私は今とても激情に駆られているの…!だって、今日の朝の授業中あなたのことを烏滸がましくも見つめていた雌豚が5人もいたのよ!許せないわよね、あなたは私だけの婚約者だというのに…‼︎」


勘違いなさらないで欲しいのだけれど、これは私が彼に会うたびに言っている、もはやあいさつの様なものなのですわ。私は彼のことを愛情込めてヴィーヴィーと呼び、日頃胸の内にある彼への想いを伝えているのです。

そして、詩の教師にすら絶賛された私の愛の言葉に対して、彼はいつも、


「うるさい黙れ、雌豚はお前だルイーゼ。」


と答えるのです。


「はぅうん…!そんな…私がヴィーヴィーの可愛らしい雌豚だなんて…!えぇ…そうですわ!私はヴィーヴィーの愛おしい雌豚でございますわ!!」

「俺の可愛らしいだの、愛おしいなどは省いてのただの雌豚だ、この雌豚め。あとヴィーヴィーはいい加減やめろ。」

「っもう!ヴィーヴィーったら…♡そんなとこも愛しておりますわ!!」


眉間に皺を寄せ、その美しい顔を歪ませる彼は私にはいつもこう、いけずなのでございます。


でもそんなところも良いっ!


周りの皆様も、最初の頃は私達のこのようなやり取りに大変驚いておりましたが、毎日のように繰り広げられる内に慣れてきたのでしょうか。今はガン無視されておりますわ。

もちろん、一部の野次馬共を抜いてですが。


「あーあー、またやってるよアイツら。相変わらず顔に似合わず辛辣だなブロンシュは。」

「はぁ、全くですわ。私も最初はあの麗しいお姿にクラっとしたことがありましたが…あの性格はちょっと。あぁでもやっぱりお麗しいわ、ブロンシュ様…!」

「っおいバカ!あの悪魔がこっちを見ているぞ!」


はて、聞き間違いでございましょうか。

あそこの、今顔を急いで背けたご令嬢の1人、愛しの彼をサラッと貶した上に、見惚れやがりました?おめめ潰して差し上げましょうか?


「……サラ・コートマン子爵令嬢、覚えましたわよ。」

「っひぃ!」


私のヴィーヴィーに関することに限って優秀な頭脳には、全女子生徒の名前と顔が入っております。

そしてたった今、ブラックリストに1人追加されましたわ。


私に名前を呼ばれたその令嬢は、急いで席を立つと顔を青くしながらそそくさと食堂を出ていきました。


まぁ、あの程度の小物、別にどうってことないのですけれど。子爵ったって、どーせ私よりも貧乏なヘボ貴族ですからね、ふんっ!


私がそう勝利にほそく笑んでいると、いきなり目の前に人影が現れました。派手に吊り上がった翡翠色の瞳がこちらを睨んでいます。


「アントン男爵令嬢、先ほどのあなたの態度にはあまりにも目に余るものがありましてよ。子爵家のご令嬢を脅す様な真似をするとは、何と野蛮な。婚約者がその様ではヴィヴィアン様も苦労されるでしょう。」


先程出ていった子爵令嬢と入れ替わるように現れたのは、クソ害ちゅ…いえ、イリーナ・アシュトン伯爵令嬢です。


はぁ、またですわ。このお方も懲りないですわねぇ。彼女は、いつもこの様にして私に難癖をつけようとしては、私がヴィーヴィーには相応しくないなどという事をほざきやがるのです。

こいつ…!私が毎日のように駆除しようとしているのに、毎度毎度ゴキブリのように這い上がってきて彼を諦めようとしないクソ害虫め!!


…失礼、少々言葉が乱れましたわ。


ですが、このイリーナ嬢が私の愛おしい彼に恋焦がれ、いつまでも諦めないと言うのは紛れもない事実なのです。

しかも厄介なことにこの娘、大貴族であるノートン伯爵の末娘だかなんだかで、とぉーっても甘やかされているのです。


ですから、さすがの私でも伯爵家の愛娘には下手に手が出せないのですわ。

それにしても、ほんっとうに嫌味な女です!

ブラックリストの殿堂入りですわ!


「…イリーナ様、私は別に脅した覚えはございませんわよ?ただ、私の愛しの婚約者を貶すような発言をしていたので、注意のつもりでお名前を覚えさせていただいたのです。」

「あなた、ご自分がどのような評判を持っているのか知っておりまして?黒い噂どころではありませんわ。裕福な上、権力もより多く持ち合わせるアントン男爵家御令嬢からのあの様な発言は、彼女にとっては脅しと同等のものではありませんか。」

「まぁまぁ、それは流石に買い被りすぎですわイリーナ様。しがない田舎貴族の我が家に、そこまでの力はないですわよ。それに、私はただヴィヴィアンの婚約者として当然のことをしたまでですわ。」

「…あなた方の婚約関係は、ただの口約束の関係でしょう。正式なものではないと伺っております。ヴィヴィアン様はもう立派な大人ですから、ただの幼馴染であるあなたに彼の女性関係についてとやかく言う権利はないのではなくて?」


ーえっ?婚約してないの?

きっと、食堂にいる全員がそう思ったことでしょう。


っちぃ!この女今日は色々とリサーチしてきやがったな!

…そうなのです。私たちは許嫁とは言いますが、実は未だ書類上ではただの赤の他人なのですわ、残念なことに。


そしてその理由は、私の両親にございますの。

私は一人娘ですから、本当であれば爵位を持つ貴族か上流階級の家の男性を婿に取る筈でした。ヴィーヴィーのような一般的な商家の子息ではなくて、それこそ政略的に有利なお相手と。


ヴィーヴィーはそこらの坊ちゃんより何倍も優秀な方ですが、希少な純潔貴族として残っている我が男爵家に、彼のような平民の血を入れることを私の両親が渋ったのです。

それに、彼の家は特別繁盛している訳でもない普通の商家ですから、婚姻を結んでもそこまで利にはならないのですわ。


ですから、卒業までは彼との正式な婚約は待てと言われているのです。きっと在学中に他の貴族の子息に乗り換えてもらおう魂胆だったのですわ。全く我が親ながら私のことをちっとも理解しておりませんのねクソが。


「…私たちは、確かにただの口約束で成り立っている関係ですが、それでもお互いに将来を誓い合った許嫁であることには変わりありませんわ。それに、そう言うイリーナ様こそヴィヴィアンの幼馴染でも、許嫁でもありませんのではなくて?私、失礼ながらその様なお方にとやかく言われる筋合いはありませんわ。」

「何と無礼な!私のことを一体を誰だと思っているのかしら。あなた、ご自分の身分をお忘れではありませんこと?」

「あらあら今時そのような脅しは少々古臭くてはなくて?なにより、この学園内では生徒は皆平等であると、国王陛下が自ら定められております。まさか、かの尊いお方の方針に反発するおつもりなので?」


私とこの思い上がりカス令嬢との睨み合いに、食堂中に緊張が走りました。あたりはいつの間にか静まり返り、私たちに全集中しております。


話の中心人物であるヴィーヴィーだけは私たちの言い合いをガン無視しており、こちらを見向きもしていませんが。


「あ、あなたねぇ、そもそもヴィヴィアン様にまともに相手にされていないくせに図々しいのですのよ!彼が嫌がっていることに気が付かないのですか?」

「ヴィヴィアンが本気で嫌がっているのなら、最初から彼は私のことなど容赦無く切り捨てていますわ。それこそ、口約束だけの許婚関係などさっさと解消するでしょう。」

「そんなこと、平民である彼が男爵令嬢であるあなたに対してできるわけがないでしょう!」

「あら、たった今イリーナ様ご自身で、彼が私のことなど相手にしていないと仰ったではありませんか。彼は確かに平民の身分ですが、それでもこの学園直々にお誘いが来るほどの優秀な人材でございますわ。国王陛下からの覚えもめでたい彼にとって、言って仕舞えば、私は”たかが”男爵令嬢なのですのよ?」


私が自慢げにそう言うと、イリーナ嬢はただでさえ吊り上がっているその目をさらに鋭くさせました。

おー怖い怖い。ですが、これもまた事実ですわ。学園からの入学招待とはそれ即ち国王陛下からのご招待。これ以上に誉しいことはございません。


何より、私が愛しているヴィーヴィーは本気で私のことを嫌だと感じれば、それがたとえ長年の付き合いである幼馴染であっても簡単に切り捨てられる様な方なのです。

そこがまたクールで良いっ!!冷酷な感じがして興奮しますわっ!!!


「…それでは尚更、彼はあなたのような人とはさっさと口約束の婚約を解消して、本当に愛する人と結ばれた方がいいに決まってるわ。例え、彼にあなたに対して幼馴染の情があったとしても、恋人同士ではありませんのでしょう?それならば、今のあなたのそれはただの片思いですわ。全く鬱陶しいことこの上ない。」

「っ……」

「そうですわよね、ヴィヴィアン様。」

「……」


いやらしく口角を上げながらイリーナ嬢は、私の後ろにある机で読書をするヴィーヴィーに問いかけたましたが、彼にはフルシカトされましたわ。

ザマァ!!


その様子に、彼女は少し眉を顰めましたが、勝手に自己完結したのでしょう。いきなり勝ち誇る様な笑みでまた彼に語りかけるのです。


「ヴィヴィアン様。あなたはとても優秀で、その上見目も麗しいわ。このような男爵家の娘の婿として腐っていくのには勿体なさすぎる人材です。でも、この私ならばあなたを高みへ連れて行くことができますわ。ですから、私は伯爵令嬢としてこの場で正式にあなたにお付き合いを申し込みますわ。あぁ、身分のことはご安心なさって。私は伯爵令嬢ですけれど、10人兄弟の末っ子なので自由恋愛なのです。」


……こ、こんのクソアマぁああ!!びっくりですわ!えぇ、びっくりです!!

仮にも!仮にも、許婚である私の目の前でヴィーヴィーにお付き合いを申し込むだなんて!あり得ませんわ!この女、本当に伯爵家のご令嬢ですの?脳みそ腐りすぎてうんこ色になっているのではなくて???

伯爵令嬢として正式に、だなんて言葉を使うなんて!それこそまるっきし脅しではありませんか!

よくもまぁそれで私に子爵令嬢の事で説教なんぞできたものですわねぇ!


ヴィーヴィーは、昔馴染みである私の頼みはバッサリ断ることは出来ますが、さすがに大貴族である伯爵家の頼みを断るのは難しいでしょう…!

なのに、こんなの卑怯です!最低ですわこの女!死すべし!!


食堂の生徒たちも私と同じ様な意見を持ったのか、皆様心なしかドン引きしておりますわ。

無理もありません。私は置いといて、普通、ご令嬢がこのような場で大っぴらに男性へ求愛する行為は大変はしたないのですから。私は置いといて。


流石のヴィーヴィーも、反応せざる得なかったのでしょう。読んでいた本を閉じると、イリーナ嬢の方ではなく私の方を向くとただ一言、

「…ルイーゼ」

とひどく疲れた様な声で私を呼びました。


あぁ、お可哀想な私のヴィーヴィー。

私はその言葉だけで、瞬時に何をすべきかを悟りましたわ。私は愛するヴィーヴィーの望みとあれば、何でも汲み取ることができるのです!


私は、ヴィーヴィーに安心させる様に微笑むと、またイリーナ嬢の方に向き直りました。


「イリーナ様。」

「何よ。私はヴィヴィアン様とお話しておりますのよ。恋人でもないくせに、あなたは引っ込んで、」

「あら?私、いつ彼とは恋人同士ではないと申しましたでしょうか?」

「…は?」


イリーナ嬢の言葉を途中で遮り、私はそう言いましたわ。

ふぅ、本当はこの様なお話を公の場ではあまりしたくないのですけれど。一応、皆様お食事中でございますし。


ですが、仕方がありません。ヴィーヴィーにも言われましたしね。

そう、心の中で納得させると私は、イリーナ嬢にニッコリと微笑み、口を開きました。


「イリーナ様申し訳ございませんが、ヴィヴィアンにはどうしても貴方とお付き合いすることができない理由がございますの。」

「な、何よ!」

「彼には、私のことを”責任とって”娶ってもらわなければいけないからですわ。」

「…?」

「私、ヴィヴィアンに文字通り全てを捧げている身でありまして。彼にはきちんとその責任をとってもらわないといけないのです。」

「……?……っ!?」


私のその言葉でイリーナ嬢だけではく、食堂中がざわつきました。


察しが良い方はもうわかっているでしょうね。


さすがのイリーナ嬢も、腐っても英才教育を受けてきた伯爵令嬢。私の全てを捧げたと言う言葉の意味を、そのうんこ色の脳みそでも理解できた様です。顔がこわばり、お口もワナワナと震えておりますわ。


「私たちは確かに、正式な婚約者ではありません。私の両親がそれを許してくださらなかったからですわ。ですが、私は両親の反対如きで彼を諦めるつもりなど毛ほどもありませんでしたの。親に反対されようと、深く愛し合っていた私たちが歳を重ねるうちに”深い仲”となったのは、自然なことでした。」


私の、”深く愛し合う”と言う言葉に、一斉に食堂中の視線がヴィーヴィーに集まりました。イリーナ嬢はとうとう、あんぐりとお口を開いてしまっております。


皆様目をまんまるに開いてしまって、何をそんなに驚いているのでしょう?もしかして、本当に私が一方的に片思いをしていたのだと思っていたのかしら!失礼な!


今まで傍観者に徹していた彼は、そのあまりの視線の多さに眉を顰めました。


「…なんだ。言っておくが、先に仕掛けてきたのはあっちだからな。」

「「「…っっ!!!???」」」


まっ!その様なことをバラさなくてもよろしいではありませんか!もうっ!許しますけど!!

照れる様子もなく、苛立たし気にそう言った彼に、皆様は驚きのあまり音のない悲鳴をあげております。

やはりこの様な話題はあまり大っぴらに言うものではありませんね。


「っそ、えっ、は、はぁ!?」

「えぇそうなんですの。それで、深い仲になった私たちにとうとう両親も諦めてくださいまして、卒業後は正式な婚約関係を結んでくれると約束してくださったのですわ。」

「う、…え?」

「そう言うことで、ヴィヴィアンは私のお手付きでございますから。残念ながら、イリーナ様には彼とのお付き合いは諦めていただきたいのです。さすがに、幼馴染兼許嫁兼恋人がいる男性とのお付き合いは貴方もご勘弁願いたいでしょう?」


顔を青くしたり赤くしたりと忙しそうなイリーナ嬢に、私は最大級の笑顔でトドメを指しました。


あぁしかし、なんと清々しい気分でしょう。この害虫クソ女に一泡吹かせただけでなく、私とヴィーヴィーの仲を学園中に改めて知らしめることが出来たのですから。


今までは彼にこのことを口止めされていたので、言えなかったのですが、本当はずっと言いたかったのです!彼が私のお手つきだということを!!


わかりますか!?ヴィーヴィーは私のお手つき!!ヴィーヴィーは私のお手つき!!ヴィーヴィーは私のお手つき!!私だけのヴィーヴィーなのです!!


あぁ、なんて素敵な響きなんでしょう…!!


思わず恍惚な笑みを浮かべてしまう私に、眉を顰めたままのヴィーヴィーは溜息をついて席を立ちました。そのまま長い御御足でこちらへ近づいてきます。


「静かに読書をしていたというのに、最悪だ。」


そう毒づきながら当たり前のように私の手を取って、彼はイリーナ嬢を通り過ぎると、未だ静まりかえった食堂を後にしました。


私たちが出ていった少しあと、食堂では阿鼻叫喚となっているのが聞こえてきましたが、私にはそんなことどうでもようございますの。


だって、愛しの彼に少し強めに手を引かれているというこの状況に、私ははしたなくも興奮してしまっているのですから…!


あぁ、なんて逞しい手なのでしょう!!骨ばった男性らしい手でございますわ、私の小さな白魚の様な手がすっぽりとおさまってしまって…!興奮いたしますわっ!!!


「ルイーゼ、うるさい。声に出てる。」

「聞かせているのです!!」


私はいつだって彼への愛を曝け出すことを習慣としているのですわ!

私は、こうして彼といるだけで先ほどまでの害虫による不愉快感がおさまっていくのを感じました。


「はぁ…けれど、最近やっと俺をきちんと“男”だと認識してくれているようでよかったよ。前は俺のことを女だと思っていたことだしな。」

「まぁ!ヴィーヴィーったらまだ根に持っているのですか?あれは随分と昔のことでしょうに。」

「何が随分昔だこのど阿呆が!一昨年の春に夜這いを仕掛けて、その時初めて俺が男だと気が付いたくせに!」


足を止め私に向き直ると、彼は大層不機嫌そうにそう言いましたわ。

私はその剣幕に、思わず目を見開いてしまったのですけれど、彼の言っていることは事実なのです。


えぇ認めましょう、私は彼とは幼い頃からの付き合いだというのに、ついこの間まで彼のことを女性だと思っていたのですわ。まぁでも、もう2年も前のことです。


実は両親がなかなか婚約の許可を出してくれないのも、彼の性別が女性なのが理由だとも思っていました。

しかし、性別如きでヴィーヴィーを諦める私ではありません!なので、このまま結婚の許しが出ないのであれば、いっそ既成事実を作ってやろうと思いましたの。

今より少し幼かった私の中で、既成事実イコール結婚でしたので。


それで、私はある夕時に脅した使用人に協力させて、完全に密室に彼と二人きりになったのです。気分が良くなるというお香を炊き、精一杯めかしこんだ私が薄着で迫ると、意外とヴィーヴィーは簡単に堕ちてくれました。

私のせいで顔が真っ赤になってしまったヴィーヴィーを見た時は、感動と興奮でつい泣いてしまいましたっけ。


そして、私はお香で意識が朦朧とした彼をベッドに引き摺り込んで、服を剥いだ時にやっと彼が女の子ではなく男の子であることを知ったのですわ。


まぁ、確かに女性にしてはいつも男服を着ているなぁみたいなことは思っていましたのですけれど。私てっきり最近流行りの男装の麗人だと思っていたのですわ!!


だって仕方ないじゃないですか!!!彼ってばあんまりにも女の子っぽかったのですから!当時は髪の毛も長かったし!お顔も中世的で美しいし、名前も可愛いし、声も高いし、線も細かったんですからね!何よりヴィーヴィーに初めて会ったとき、彼は彼のお母様の趣味でなんとスカートを履いて現れたのですから!そんなの完全に女の子だと勘違いするでしょ!?


私は、悪くない!!


…まぁそれで私、彼の身体を初めて拝見させていただいた時に、ついうっかりびっくりして、「ヴィーヴィー、あなた女の子にしてはお胸がないのね」だなんて言ってしまったのです。

おかげで、高揚としていた彼の表情がすとんって抜け落ちてしまいました。


私、人間のお顔があそこまで無になる瞬間を初めて見ましたわ。


彼が私に押し倒されたまま、「ルイーゼお前、まさか今の今まで俺のことを女だと思っていたのか…?」なんてことを聞いてきたので、愚かにも私は馬鹿正直にそうだと答えてしまったのです。


それからは本当に怒涛の勢いで形勢逆転されまして、彼の“男らしさ”なるものを身をもって知らしめられましたの。

あぁ、思い出すだけで涎が……!!


しかしこれはまことに嬉しい誤算でしたわ。異性同士だったからこそ、一線を超えた私たちに、とうとう両親も折れたのですから!


それからは、ただでさえ毒舌だった彼はさらに辛辣になられて、お髪も切ってしまわれたのです。彼のお母様の反対も押し切って、剣術にも取り組むようになってからはあっという間に一人前の男性に変貌していきました。

お腹も今はバキバキですわ!細身なのは変わらないですけれど。


彼曰く、「お前みたいなどうしようもない馬鹿に今後出会った時、二度と女であるという不名誉な勘違いをされたくないから」らしいですの。


「ヴィーヴィー、前から何度も言っておりますが、私はヴィーヴィーが女であろうが男であろうがどちらでもよかったのですわ!私にとってヴィーヴィーはヴィーヴィーですから!!」

「だからと言って、仮にも女と既成事実を作ろうとするな。そもそも同性同士で婚約するという状況に疑問は湧かなかったのか。」

「法律上、男女での結婚が義務付けられているのは貴族だけですわ!ヴィーヴィーは平民だから大丈夫だと思ったのです!何より私は性別関係なくヴィーヴィーを抱けます‼︎抱かせてくださいまし‼︎」

「…お前はよくそんな思考回路で今まで生きてこれたな。まるで発情期の犬だ。」

「まっ!!私がヴィーヴィーの可愛い子犬だなんて…!えぇ、そうです私はヴィーヴィーの愛らしい子犬でございますわ!」

「…お前よりアシュトン伯爵令嬢の方が人間としてまともだと俺は思う。」

「私の前で他の女の話をしないでくださいましっ!あれはただの害虫ですわ!」


全く、よりにもよってあの害虫の名前を出すなんて、ヴィーヴィーも余程のいけずですわ!

そもそも、ヴィーヴィーは根に持ちすぎですのよ。たかだか十数年間性別を間違えていただけだというのに!

思わず眉を吊り上げてしまった私を見ると、負けずと彼も睨む瞳をさらに尖らせました。


「知らん。なんにせよその害虫令嬢とやらは最初から俺を男だと知っていたぞ。なのにお前は人生の大半を一緒に過ごしたにも関わらず、最近まで俺の性別も知らなかっただなんて。本当にお前は俺のことを愛しているのかもはや疑わしいな。」

「ヴィーヴィー!!なんてことを言うのですか!私は、昔から性別以外のことならばあなたの全て把握しておりましたわ!この世の何よりも誰よりもあなたのことを愛しているのです!あなたのその髪も、目も、口も、鼻も、身体も、性格も、匂いも、声も、言葉も、眼差しも、仕草も、癖も、何もかもを!それなのに、私のこの大きすぎるほどの愛を疑うと言うのですか!!監禁いたしますわよ!」

「はっ、どうだかな。」


ショックでございます!私は日頃から彼を心身ともにずぶずぶに愛している自覚があるのですから。それなのにその愛を疑われてしまったことで涙目になってしまう私を、彼は慣れた様子でそうバッサリ切り捨てました。


「むぅ…!でも私の愛は本物ですわ!」

「あっそ。」

「…まじで監禁してやろうかしら。」

「聞こえているぞ、おい。」

「聞かせてるんです!」

「はぁ…」


そうしばらく言い合いをしているうちに彼は疲れてしまったのでしょう、眉間を指で揉みながら大きなため息をつかれました。

私はというと、プリプリと怒って頬を膨らませてみていますが、実際は密かにこの様な言い合いも楽しんでおります。

ヴィーヴィーはそのことを承知でしょうから、余計に冷めた目でこちらを見てきますが、私は何処吹く風としていますわ。


ふと、ヴィーヴィーは何もないところで急に足を止めました。不思議に思って彼を見上げると、どんな宝石よりも美しい青い瞳と目が合います。


「…まったく、ほんとになんでお前はそんなに俺のことが好きなんだろうな」

「ヴィーヴィー?」


ポツリと呟かれたヴィーヴィーの言葉は、よく聞こえませんでした。聞き返しても握られた手に力が込められるだけ。


ヴィーヴィーは、繋いでいない方の手を上げると、私の頬にそっと触れました。そのまま顔にかかった私の髪を耳にかけてくれる彼の仕草は、不機嫌な眼差しに反してとても優しい。

これは、彼が私に口付けをする合図なのです。そのことを知っているから、私も素直に瞼を閉じました。


口の悪いヴィーヴィー、怒ったヴィーヴィー、鬱陶しそうなヴィーヴィー。眉を寄せたあなたのお顔も大好きですが、私はやっぱり、私を求めるヴィーヴィーが1番好き。


彼のキスは、いつだって傲慢で、独占的で、蕩けるように甘いのです。


愛しております、ヴィーヴィー。

あなたのために、私は何度でも申しましょう。


「ヴィーヴィー、あなたを世界で一番愛しておりますわ!!」

「ちょっとお前ほんとに黙っていてほしい。」


失礼!キスがまだ途中でしたわね!!

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