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19.

私は今、暗闇に1人立っている。


光を求めて、あてもなく歩く。


ふと、きらりとした光が目に入った。


それは鋭くとがったナイフの光。顔のはっきりしない男がそのナイフを持って襲いかかってくる。


私はそれを軽々とかわして、男の首を捻り、息の根を止める。


そんな風なことがずっと続く。


襲いかかってくるのは、年老いた男、若い男、妖艶な女、と様々だ。その度に私はナイフで心臓をひと突きに、あるいは鈍器で頭を叩き割って、またあるいは首をねじり上げて、殺していく。


やめてと叫ぶ心に反して、身体は言うことを聞かず、機械仕掛けの人形のように襲いかかってくる者の命をただひたすら奪っていく。


わかっている。これは心を殺していた『リズ』の頃の自分だ。そしてこれが夢であろうことも何となく理解している。


いつかは目が覚めると言い聞かせながら、ままならない身体にあの頃の自分の非情さをまざまざと見せつけられるこの状況を、享受し続けていた。


しかし、そんな長い時間の中でほんの僅かな一時だけ、眩しすぎるほどの光が差した時間があった。


それはジルが私の名前を呼んだ声が聞こえたのと同時だった。


そちらに目を向けると驚いたような表情でこちらを見つめるジルがいた。ジルが今の私に対してこんなに感情を全面に出すことはないことに気づいて、すぐに夢だとわかった。


夢なら、いいよね。ずっと言いたかった言葉、あなたに伝えても。


「ねえ、ジル。好き。ずっと好き。」


さっきまであんなに暗い中にいた『リズ』の自分も、今ジルに好きだと伝えているウィステリアの自分も、どちらも間違いなく私だ。


それなのに──────。



すぐにまた視界が暗くなっていく。ジルのほうけたような表情も見えなくなっていく。


戻りたくない。でも自分の居場所は暗く血に染まったあの空間なのかもしれない。


一体自分は何者なのか。もう『リズ』は死んだ。ウィステリアに戻ってきた。なのに、誰かを騙すことも、人を殺めるときの感覚も。何の穢れも知らなかったころのウィステリアには、もう戻ることはできない。ウィステリアに戻ったことで取り戻した心が『リズ』がしたことを許してはくれない。『リズ』はもう死んだのだからと割り切らせてはくれない。


差し込んだ光はまるで幻のように消え失せ、光の届かない深い深い穴の中へと落ちていく。


──────助けて。


声にならない、いや声にすることの許されない思いを抱えながら――――――。





眩しい。


「お、お嬢様ぁ!?お、おじょおざまあぁぁあ!」


マリーが泣いている。ばたばたと慌ただしくしている使用人たちがいる。


ああ、私は毒を飲んだのだった。今意識が戻ったんだ……。


そう分かった途端、今まで見ていた悪夢のことを思い出す。


「マリー。」


ただただ怖い。『リズ』が。あの、制御できない『自分』が。いま私は何者なのか。


「は、はい、おじょうざま、マリーでございばす。ううっ。」


「すぐに領地へ行きたいの。馬車の準備をして。」


どれだけ眠っていたか分からないけれど、使用人たちの様子からすると、結局、随分周りに迷惑をかけてしまったようだ。今、誰かに、大好きな人達に軽蔑の目を向けられたら、叱責でさえ受けようものなら、受け入れられなくなる。受け入れなければならない罰を。今にも、怖い、恐ろしい、理不尽だ、自分が被害者なんだとみっともなく叫び出してしまいそうな気がする。


その前に逃げ出したかった。血に濡れた『リズ』も、意地汚い『ウィステリア』も知らないところに。自分はただのウィステリアだと感じられる場所に。


「なっ、まだ、お身体が──」


「お願いよ。お願い、マリー、子供たちに会いたいの。どうか、どうかお願い……。」


「お嬢様……。っ、承知しました。」




そこからは怒涛の勢いで準備がなされ、タウンハウスの前で馬車を待つこととなった。


そうして私が震え出しそうな体を、拳を握りしめて抑えこみ、待っていた時だった。


―――――シュッ


横からなにか黒いものがとんできた。反射的に体を引いて避ける。


―――パシャッ


水っぽい音を立てて地面に落ちたのは泥の塊。


それが飛んできた方を見るとそこにはまだ幼い少女がいた。


そして――――


「あんたなんか、地獄に落ちろ!!!」


その少女がそう言った瞬間。胸の奥にしまい込んでいた、ある記憶が鮮明に思い出されたのだった。


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