6話:私の英雄
【レティシア視点】
私は賭けに紙一重で勝ったようだ。
〈開花の霊薬〉が効果を発揮し、二百年以上召喚されていなかった〈ギルヴィの杖〉に封印されし守護聖霊が顕現する。
目を開けていられないような眩しい輝きと共に現れたのは、黄金の騎士。
芸術品のような美しい意匠の黄金の鎧を身に纏っていて、ふわりと私とギリアスの間に降り立つと手にしていた剣で攻撃を防いだ。
両手剣よりかなり細身な剣だったがしっかり受け止められていて、背後の私には風圧ひとつ届かない。
その頼りになる背中は逞しく、見覚えのある癖の強い焦げ茶色の髪がなびいていて……。
「あ、ああ……」
もう二度と逢えないと思っていた姿を見て、私の目からは涙が止めどなく流れる。
その雄姿を脳裏に焼き付けようと必死に涙を拭うが、すぐに視界はぼやけてしまう。
「アルベルト様!」
「うおおおおおおおおおっ!」
かくして私の英雄と過去の英雄の戦いが始まった。
【アルベルト視点】
死後失われていた感覚が蘇る。
玄室のひんやりとした空気が肌を撫で、黴臭さが鼻孔を刺激する。
これらは俺が死ぬ直前まで感じ取っていたものと同じだ。
眩い光が収まり視界が戻ると、目の前には今まさに両手剣を振り下ろそうとしているギリアスの姿が。
反射的に握っていた剣で受け止める。
以前ならまともに受け止めれば掲げた剣ごと叩き切られていたはずだが、今は問題なく受け止められていた。
背後から俺の名を叫ぶ愛しい声が聞こえて振り向きたくなるが堪える。
ギリアスをなんとかするのが先だ。
以前より体が軽いし、怪力にもなっている。
受け止めたギリアスの両手剣を力任せに押し込むと、木乃伊の痩躯が後方に飛んでいった。
ギリアスは俺を攻撃目標に定めたようで、着地と同時に床を蹴り再度こちらに突っ込んでくる。
前なら目で追うのがやっとの動きに、今度は体も反応できた。
掬い上げるように振るわれた両手剣を手にした装飾の美しい剣で受け流す。
剣だけでなく身に着けている鎧も相当豪華なようだが、今はじっくり観察している余裕はない。
立て続けに振り下ろされた両手剣を横にステップして躱す。
両手剣が床を砕く瞬間の僅かな硬直を狙って剣を横に薙いだが、ギリアスには後退して避けられた。
「はあああああああああっ!」
反撃の隙を与えまいと追いすがり、剣をひたすら振るえばギリアスは両手剣で防ぐのに精一杯になる。
こちらの剣のほうが両手剣より小回りが利くため、密着していれば反撃の隙を与えなかった。
剣は黄金のオーラのようなものを纏っていて、ギリアスが両手剣で防ぐたびに刃こぼれが増えていく。
もう数合打ち合えば相手の武器を破壊できるかもしれない。
このまま押し切れるかと思ったが、過去の英雄はそう甘くなかった。
距離を取ろうと後ずさるギリアスを逃がすまいと踏み出して刺突を放つ。
ここで更に下がると思っていたギリアスが、前に踏み出して俺の刺突を両手剣で弾いた。
想定外のタイミングで弾かれて大きく体勢を崩した俺は、腹を蹴りつけられて地面を転がる。
蹴られた痛みはたいしたことはなかったが、急いで起き上がろうとする俺の頭上で両手剣を振りかぶるギリアスの姿が。
万事休すか……いや、相打ちになってでもレティシアを守る!
そう覚悟を決めて仰向けのまま刺し違えようとした俺とギリアスが光に包まれる。
眩しさに目をしばたたかせていると、鼓膜を震わす轟音と共に何かが落ちてきた。
それはレティシアの放った《聖撃》が直撃して千切れたギリアスの左腕だった。
このチャンスを無駄にはできない。
腕を失いよろめいているギリアスの右足を起き上がりつつ切り飛ばす。
そして俺と入れ替わるように片膝立ちになった木乃伊の首を返す刃で刎ねた。
ギリアスの首は玄室の床を転がりながら急速に風化していく。
転がる度に砂のように崩れ行き、石畳の上に導火線のような痕を残して消えた。
「なんとか倒せたな……おわっ」
「アルベルト様、会いたかった」
ギリアスの首から下が風化した砂山を蹴とばして、レティシアが抱きついてきた。
俺も再会の喜びを爆発させたかったが、レティシアに先を越されてしまう。
子供のように泣きじゃくる彼女が落ち着くまで頭を撫で続けた。
「ああ、やはり私の守護聖霊はアルベルト様だったのですね」
「レティシア様、色々と状況を確認したいのですが」
「はい、何でしょうか?」
可愛らしく俺に抱きついたまま、こてりと首を傾げるレティシア。
普段の凛とした雰囲気は霧散していて、潤んだ瞳で見上げてくる。
今更になって彼女と密着している状態に緊張してきた。
意識すればするほど間近にある端正な顔立ちや甘い香りに惑わされてしまうので、誤魔化すように質問する。
「俺が守護聖霊とはどういう意味ですか?さっきまでは無我夢中でしたが、死んだはずなのに今は体があり、五感もしっかりしています。それにこの剣や鎧はいったい」
「アルベルト様、貴方は〈ギルヴィの杖〉の最後のひとつ、琥珀石を触媒にした守護聖霊として私が召喚した存在で、その武具も召喚の一部だと思います。誰かに言われたわけではありませんが、私は確信しています」
「レティシア様の加護では聖気が足りないと聞いていましたが」
「ええ、だから貴方も利用していたダスター商会から〈開花の霊薬〉を調達したのです。その効果のおかげで聖きが増幅され召喚に成功したのです」
そんな馬鹿な……〈開花の霊薬〉は偽物だから、レティシアの加護の力が増幅するわけがない。
しかし彼女の直感を信じるならば、俺は守護聖霊として召喚された存在となる。
それ以外に俺が生き返ったような状態になった理由を説明できるものはない。
そうなると〈開花の霊薬〉も効果があったことになってしまう。
もしかして俺だけ偽物を掴まされたのだろうか?
ギルバート王子の差し金と考えるとその可能性は高いかもしれない。
黙り込んでしまった俺の様子に気付かずに、レティシアが嬉しそうに話す。
「召喚は半日しかもちませんが、〈開花の霊薬〉があれば週に一度は会えますね。もっとたくさん霊薬を用意できないのかしら、ううん」
再び首を傾げながら唸るレティシアの純真無垢な姿を見ていると、〈開花の霊薬〉がもし偽物だったとしても彼女には効果があったのかもしれないと思えてきた。
信じる心が奇跡を呼んだのではないか……と。