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5話:冷たい地下墓

【アルベルト視点】


 俺が授かった武神の加護は身体能力を僅かに上昇させるささやかなものだったが、少し珍しい能力も備わっていた。


 それは〈痛覚忘却〉という能力で、名前の通り一時的に痛みを忘れることができる。

 しかし一日に一度しか使えず、しかも十秒間しか持続しない。


 負傷が回復するわけでもないし、致命傷なら助からないし、効果が切れた瞬間痛みで気を失う可能性もある。

 それでも痛みを気にせず十秒間動けるというのは、生死を賭けた戦いの中での運命を十分に左右する。


 なので十秒間はどんな状況でも数えられるように訓練した。

 だから加護の力を増幅させるという〈開花の霊薬〉を飲んだ後にも関わらず、十秒きっかりで〈痛覚忘却〉が切れた時は絶望した。


 まあこれが仮に十五秒や二十秒に伸びていたとしても俺は死んでいただろう。

 そのくらい過去の英霊は強かったのだ。


 ダスター商会は王家御用達の商会で、ギルバート王子から紹介された。

 最初は嫌がらせ一辺倒の王子だったが、俺のレティシアに対する熱意に根負けして次第に応援する姿勢に変わっていった。


 王子はレティシアに好意を抱いていたが、隣国の王女の婚約者がいる。

 だからレティシアは正妻にはなれないし、側室では彼女の両親が許さないだろう。


 武勲を立てろという助言も、ダスター商会への伝手も本気で俺を応援してくれる故だと感じていたのだが、偽物の霊薬を扱う悪徳商会を紹介されたということは俺の思い違いだったか。


 今重要なのは、偽物の霊薬をレティシアが信用して戦力に組み込んでしまっていることだ。

 しかもレティシアの場合は俺と違って完全に切り札としての運用だった。

 切り札を使うことなく英霊を倒せればよいのだが……。


 守護霊獣のガルムに跨ったまま、レティシアは地下墓地を突き進んでいた。

 その後ろを亡霊の俺が追いかける。

 迷宮と化しているためゾンビやスケルトン、ゴーストが徘徊しているがその大半はガルムの速さに対応できず突っ切られていた。


「フレース」


 たまに立ちはだかる奴もいたが、レティシアが新たに召喚した守護霊獣、大鷲のフレースが翼を羽ばたかせると突風が巻き起こり壁際まで弾き飛ばしていた。


 はっきり言ってレティシアは俺より圧倒的に強い。

 もちろん世の中の公爵令嬢全員が強いわけではなく、レティシアの加護とグインドルチェ家の家宝〈ギルヴィの杖〉の相乗効果が強力で、彼女だけが特別だった。


 家格だけでなく武勲でも負ける己の弱さを惨めに思う。


 俺たち騎士団が二時間以上かけて攻略した地下墓地を数分で踏破したレティシアが、とある玄室の前に辿り着いた。

 レティシアがガルムから降りて玄室の中に入っていく。


『レティシア、その中に入ってはいけない。後戻りできなくなる。もう屋敷に帰ろう』


 聞こえないと分かっていても、触れないと分かっていても引き止められずにはいられない。

 俺が伸ばした腕は前に進むレティシアの肩を通り抜けた。


 レティシアが玄室に入ると入口の上部から鉄格子が降りてきて塞いでしまう。

 これでこの玄室の主を倒すまでは外に出られない。


 二十メートル四方の空間の真ん中に大きめの石棺があり、そこに腰掛ける人物が一人。

 全身に金属鎧を身に付けた巨漢で、体格に見合った巨大な両手剣を逆手に持ち、先端を地面に突き刺していた。

 レティシアはその人物に近づくと、外套の裾を持ち優雅に一礼する。


「貴方様は第二十二代目エルセル騎士団長ギリアス・イシナート様とお見受けします。貴方様に挑み破れたアルベルト・オクトアリエス様に変わって、()()()である私レティシア・グインドルチェが決闘を申し込みます」


 レティシアの言葉に反応するように騎士団長ギリアスが立ち上がる。

 ヘルムの隙間から覗く眼を赤く輝かせると、両手剣を抜き放つ。


 それが合図となり、レティシアとギリアスの決闘が始まった。


 レティシアはガルムを前衛にして自身とフレースで援護するように立ち回る。

 ギリアスは彼女の思惑通り、目の前に立ち塞がる巨狼に両手剣を振り下ろした。


 ガルムが横に飛んで躱すと両手剣が床に激しく叩きつけられ、轟音と共に石畳が砕け散る。

 あんな攻撃がレティシアに当たれば一撃で終わりだろう。


 肉体を失っているというのに、俺の背筋に冷や汗が伝う感触を覚えた。

 レティシアも命を賭けた戦いは初めてのはずだが、気丈にも魔術の詠唱を始める。


『母たる大地を司りし女神よ 聳え立つ御難に抗う衝角を 我が手に授け給え』


 詠唱により構成が展開される。

 そこに魔力を注ぎ込むことにより、魔素を媒介として事象が発現する。


 レティシアが頭上に掲げた手のひらに光り輝く棒状の物体が生まれた。

 それを投擲するとギリアスの元へ高速で真っすぐに飛んでいく。


 そしてガルムへの攻撃を空振り、丁度がら空きになっていたギリアスの胸元に突き刺さった。

 ばかん、と両手剣が床に叩きつけられた時に負けない大きな音を響かせて、ギリアスの金属鎧が大きくへこんだ。


 《聖撃ホーリースマイト》の直撃を受けて仰け反るようによろけたギリアスは、首を巡らして目標をレティシアに切り替えようとした。

 それをさせなかったのは大鷲フレースと巨狼ガルムだ。


 フレースが翼を羽ばたかせると、無数の羽が矢のようにギリアスへと突き刺さった。

 金属鎧を貫通することはなかったが、鉄板に大量の石を投げつけるような甲高い音をこだまさせギリアスの注意を惹く。

 その隙にガルムがギリアスの正面に陣取り、レティシアへの接近を許さない。


 ギリアスは〈英雄の地下墓〉の最奥にある遺物の力で遺骸を操られているアンデッドで、その戦闘能力こそ生前と遜色ないが知能自体が戻ったわけではなかった。

 なので単純な陽動にもこうやって簡単に引っかかる。


 守護霊獣を巧みに操り続けて順調に《聖撃》を当て続けていたレティシアだったが、四発目が直撃した時にそれは起こった。

 《聖撃》に耐えられなくなったギリアスの金属鎧が遂に砕けたのだ。


 最初に受けた胸元からひびが入り、それが全身に伝わるとギリアスの体から弾け外れて地面に落ちた。

 もう一押し、レティシアはそう思っただろう。


 鎧を失い無防備なギリアスに《聖撃》を放とうとしたが、その姿が見当たらない。

 床に壊れた金属鎧があるだけで、忽然と姿を消してしまう。


 レティシアの端正な顔に焦りの色が浮かんだのと、フレースが切り付けられたのは同時だった。

 縦に両断されフレースは短い悲鳴と共に光の粒子となって消える。

 ころんと床に紅い宝石が落ちた。


 そこには両手剣を振り下ろした姿勢のギリアスが立っていた。

 鎧の下は白地の貫頭衣姿で、剥き出しになった手足は木乃伊ミイラのように干からびている。

 頭髪はすべて抜け落ちていて、髑髏に限りなく近い頭部では窪んだ眼窩が赤く光っていた。


 金属鎧を着こんでいた時とは対照的な痩躯で、《聖撃》が一撃でも当たれば決着がつきそうだが……動きが素早くて当たらない。

 雷のような速度で迸る《聖撃》を巧みな体捌きで躱していた。


 防御力と引き換えに速さを得たギリアスは、レティシアにとって相性の悪い相手になってしまった。

 その速度はガルムすら上回り、フレースもいないため次第に追い詰められ、遂には切り伏せられた。


 床に転がる蒼い宝石をぼんやりと見つめていたギリアスが、レティシアに視線を向ける。

 彼女はガルムが倒される前に腰のポーチから二つの霊薬の小瓶を取り出し飲み干していた。


 一つは魔力回復の霊薬で、もう一つは効果の無い偽物の〈開花の霊薬〉だ。

 ああ……ついに恐れていた事態になってしまった。


『頼む、やめて……やめてくれ』


 両腕をだらりと下げた姿勢のギリアスがレティシアに近づく。

 彼女は両膝をつき、祈るようにして〈ギルヴィの杖〉を掲げて魔力を籠め始めていた。


 俺は知っている。

 〈開花の霊薬〉は偽物だからレティシアの聖気は増幅されず、〈ギルヴィの杖〉に嵌った琥珀色の宝石から守護聖霊を呼び出すことはできないということを。


 またもや体が勝手に動いていた。

 レティシアとギリアスの間に割って入り両手を広げる。

 無意味だと分かっていても足掻くしかなかった。


 あっさり俺をすり抜けたギリアスが、祈り続けるレティシアに向かって両手剣を振り上げた。


『やめろおおおおおおお!』


「アルベルト様、今お傍に……」


 レティシアの言葉を最後に、俺の視界は黄金の輝きに包まれた。

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