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4話:夜の王都

【レティシア視点】


 幸せな時間はあまりにも短かった。

 短いからこそ余計に幸福だった頃が眩しい、強烈な思い出となって私の心に刻み込まれている。


「よう姉ちゃん。こんな夜道を一人で何処へいくんだ?」


 路地裏を進む私の前に二人組の男が立ち塞がる。

 僅かに差し込む月明かりだけでも、汚れた身なりと赤ら顔なのが分かるごろつきたちだ。


「そこを通してください」


「通して欲しかったら金を払うか、一晩俺たちの相手をしてもらおうか。お勧めは後者だぜ。なんせあんたも楽しめるんだからなあ」


 下品な笑みを浮かべて私へとじり寄る男たち。

 言葉だけでどうにかなるとは微塵も思わなかったけれど、それでも彼らの愚かさに思わずため息が漏れてしまう。


 先を急ぐ身なので押し通ると覚悟を決めると、羽織っている外套マントの腰帯に差していた杖を抜いて構えた。

 それは私の肘から指先くらいまでの長さの、節くれだった枝みたいな短い杖で、先端には小さい三つの宝石が埋め込まれている。


「おいおい、そんなもん出しても何の脅しにも―――」


 私が杖に魔力を籠めると宝石のひとつが光り出し、杖から外れてぽとりと落ちた。

 宝石は地面の上で青白い輝きを放ち、光は瞬く間に大きくなり立体的に形を変えて、四足歩行の獣の姿へと変貌していく。


 輝きが収まると私の顏の位置に頭があるくらい巨大な、純白の毛並みをした狼がそこにいた。


「ガルム」


 私が狼の名前を呼ぶと、魔力を介して伝わった命令を受けて彼の姿が忽然と消える。

 本当に消えたわけではなく、そのくらい素早い動きだった。


「ぎゃっ」

「ぐわっ」


 ガルムは一瞬でごろつきの片方を体当たりで弾き飛ばし、唖然としていたもう片方を押し倒してしまう。

 前足で倒したごろつきの肩口を押さえ付け、牙を剥き出しにして威嚇している。


「もういいわ」


 声にすぐさま反応してガルムが戻ってくると、褒めてと言わんばかりに私の胸元に顔を摺り寄せてくる。

 喉もをと撫でてやると気持ちよさそうに目を細めた。


 この狼はグインドルチェ公爵家に伝わる家宝〈ギルヴィの杖〉で召喚した守護霊獣だ。


 グインドルチェ家の子女には代々地母神の加護を授かるという特異体質だった。

 普通なら個人ごとに与えられる神の加護の種類も質も異なり、それは奴隷でも王族でも代わらない……はずなのだが、グインドルチェ家だけは違った。


 そして地母神の加護の強い者の魔力には聖気が宿ると言われている。


 〈ギルヴィの杖〉は埋め込まれた宝石に聖気を込めることによって守護霊獣を召喚することができた。

 蒼い宝石からは狼を、紅い宝石からは大鷲を。

 琥珀色の宝石からは守護聖霊を召喚できると言い伝えられている。


 守護聖霊の召喚には大量の聖気が必要で、二百年以上前のグインドルチェ家の当主が召喚したのを最後に確認されておらず、守護聖霊がどういった姿形なのかもわからない。


 私が試しても召喚はできなかったが、ただもう少しのような手ごたえは感じていた。

 そう、あともう少しだけ、加護の力が強ければ……。


 私がガルムを撫でている間に、押さえこまれ倒れていたごろつきは逃げ出していた。

 弾き飛ばされ壁に激突、気絶した方のごろつきは見捨てられて道に倒れたままになっている。


 申し訳ないけれど、私も構っていられないのでそのままにして先を急ぐ。

 守護霊獣の再召喚には魔力を余計に消耗してしまうので、ここからはガルムと共に行動する。


 ガルムに伏せさせると私はその大きな背中にまたがった。

 立ち上がると乗馬の時と同じように視線が高くなり、最初は慣らすようにゆっくりと歩いていたガルムが次第に加速する。

 鞍もあぶみも無い状態で騎乗している私だけれど、守護霊獣の能力により振り落とされることはなかった。


 周囲のものが高速で背後へと流れていき、何度か人とすれ違うたびに驚き悲鳴を上げられた。

 私が居なくなっただけでなく家宝の〈ギルヴィの杖〉までなくなっているのだから、屋敷でも今頃大騒ぎになっているだろう。


 多分、迷惑をかけるのも最後だから許してほしい。


 首都エルセルの夜道を暫く駆けると目的地に到着した。

 共同墓地の中央にそびえ立つ巨大な門……それはアルベルトが命を落とした〈英雄の地下墓〉への入口。


 名前の通り王国にまつわる歴代の英雄が眠る地下墓地で、普段は厳かな雰囲気を纏った静かなる墓所と聞いている。

 しかし今はかつての英霊が自らが眠る墓から起き上がり、内部は迷宮と化していた。


 これは地下墓地の最奥にある国宝級の遺物アーティファクトの反魂の力によるもの。

 迷宮化は数年に一度の頻度で発生し、腕試しとして王国の騎士団や上位の冒険者が攻略する。


 そこには定期的に強者と戦わせて王国の戦力を維持をするという目的があった。

 過去の英雄と戦えるのだから、確かに良い経験にはなるのだろう。

 ただし命懸けなのは普通の迷宮と変わらない。


 アルベルトも騎士団の一員としてこの迷宮に挑んだのだけれど、その際にギルバート王子から英霊を一体倒せと命令を受けていた。

 公爵令嬢の婚約者に相応しい武勇を立ててみせろ……と。


 つまり私のせいでアルベルトは英霊に挑み帰らぬ人となってしまった。


 私なんかのためにあんな優しい人が死んでいいはずがない。

 貴族として不出来な私を支えてくれた彼こそが、私にとっての英雄だ。


 〈英雄の地下墓〉に入れば彼の亡霊に会えるだろうか。

 亡霊でもいいから会いたい……。


 私は彼がこの世界から失われた責任を取り、彼の名誉を回復しなければならない。

 地下へと通じる門の左右には見張りの兵士が立っているが、私は気にせずガルムに乗ったまま押し通る。

 アルベルトが命を落とした場所と相手は騎士団長から聞き出してあるので問題ない。


「うわあっ、なんだこいつは!」


 突然現れた巨大狼に兵士たちが狼狽えているうちに門を蹴破り、私を乗せたガルムは地下墓地への階段を飛び降りるようにして進んでいった。

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