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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人の不幸の上に成り立つ願い

作者: 折原さゆみ

 僕は人には言えない特別な能力がある。しかしそれは、どうやら他人の不幸の上に成り立つ能力らしい。その能力が最初に発言されたのは小学校一年生の頃の出来事までさかのぼる。


『かけっこで1ばんになりたい』


 それは、小学校1年生の運動会でのことだった。1年生の秋に行われた運動会でそれはおこった。


 運動会での目標を書こうということになり、皆、思い思い、自分の目標を紙に書くという作業があった。僕はその時、クラスで2番目に足が速い児童だった。いつも、1番になる子がいて、その子にはどうしても勝つことができずに、ずっと2位のままだった。だからこそ、運動会ではそいつに勝って1位になりたいと思うのは自然なことだろう。


 だからこそ、僕は紙に『1ばんになりたい』と記入した。誰も僕の目標に文句をつけるものはいない。


 運動会当日は、雲ひとつない快晴だった。1年生は50mを走ることになっていて、僕は1位の男子と同じ組で走ることになっていた。


「今日は絶対負けないからな」


 僕の出番は3組目で、すでに1組目はスタート位置についている。隣にいた1位に君臨する男子に宣言するが、返事がない。いつもなら、「バカな奴だな。今回も1位は俺だ」とか言って、自信満々に僕を馬鹿にするのに、おかしい。ちらりと男子の顔を覗くと、なぜか顔色が真っ青で今にも倒れそうな様子だった。


「お前、そんな調子で走れるのか?」


 正直、万全の体調で相手に勝たなければ勝っても面白くない。それなのに、奴は気丈にも絶対負けないと言っていた。


「位置について、よーい、ドン」


 そうこう言っているうちに僕たちの出番がやってきて、すぐに50m走は始まった。


 スタートが苦手でいつも、少しだけで贈れてしまう僕だが、今日に限ってスタートは大成功だった。無我夢中でゴールに向けて足を動かしていく。みるみる周りの児童が視界から消えていく。


「1位、おめでとう」


 50mなど、時間にして10秒少しで走り終えてしまう。時間としては一瞬だ。すぐに勝敗はつく。


 ゴールまで走りきると、係りの人が順位を教えてくれた。僕はこの時初めて1位を取ることができた。後ろを振り向くと、いつも1位の男子は2位の順位の場所に並んでいた。


 これは後から聞いた話だが、その男子のおばあちゃんが運動会前日に急に部屋で倒れてしまったらしい。すぐに救急車が呼ばれ、病院に搬送されただが、危篤状態になってしまったようだ。男子は両親と祖父母と一緒に住んでいて、大層なおばあちゃん子で有名だった。そのため、倒れたことがショックで顔色が悪かったみたいだ。


 そのまま、そいつのおばあさんは運動会の翌日に亡くなった。あまりのショックでそいつはしばらく学校に来なかった。


 まあ、そんな不幸が自分の書いた目標で起こった悲劇だと思う奴は普通いない。ただの偶然だと思うはずだ。しかし、その後も同じようなことが何度も続いていく。


 自分が書いた目標が現実となる。かけっこの順位、テストの順位、大会での成績、様々なことがあった。どれも相手がいてその相手が不幸に見舞われることで願いがかなった。そして、それは必ず、相手の身近な人間の死だった。身近な人間の親戚、大事なペットなどが死んでいく。


 自分が書いたことが現実になる。そして、その願いの代償に誰かの命が犠牲になる。


 だとしても、僕はこの能力を使わない手はないと思った。相手が死んだとしても、どうやっても自分が犯人になることはない。僕が殺したという証拠がないからだ。僕の願いがかなったとして、悲しむのは僕のライバルたちだ。ライバルたちが悲しむことに僕が心を痛めることはない。今まで紙に書いた目標で僕の直接の知り合いが死んだことは一度もなかった。


 中学校での高校入試でも僕は、自分の能力を使うことにした。どうしても行きたいというわけではなかったが、両親がうるさいので、第一志望の高校に行きたかった。高校などどこでもいいと僕は思う。とはいえ、進学の費用を出してくれるのは両親なので、両親の言うことに従うのは自然なことだ。


 高校入試で犠牲になったのは、クラスの室長だった。僕の両親は僕を進学校と呼ばれる頭の良い学校に入れたがった。中学三年生のクラスでの室長は、僕と同じ志望校だったので、運が悪かった。そいつもまた、受験日の前日に自分の恋人が急に倒れたらしい。突然の心臓発作ですぐに死んでしまった。


 ライバルを一人、蹴落としたことで合格者の枠が一人増えたというわけだ。そいつは普通に勉強していれば合格圏内だったのに。





『転校生が来て欲しいです。退屈な毎日を変えるような刺激的な奴がいいです』


 無事、第一志望の高校に合格した僕は、勉強漬けの毎日に嫌気がさしていた。どうせ、僕が紙に行きたい大学名を書けば、その願いは必ずかなってしまう。それならば、勉強をそこまで必死にやる必要はない。


 だからこそ、僕は退屈な毎日に刺激を求めた。高校一年生の4月の終わりに、日直が回ってきたとき、学級日誌のコメントに転校生が欲しいと記入した。


 それはすぐに叶うことになる。


「転校生だ。席は真ん中の列の一番後ろが空いているな。そこに座ってくれ」


「ハイ」


 GW明け、転校生はやってきた。僕は転校生の性別を記入しなかった。男でも女でも自分を楽しませてくれるのなら、どちらでも良かった。ただ、刺激的な奴だったら誰でもいい。そいつは確かに僕にとっては刺激的な奴だった。


 ちょうど、名簿順で座っていた席で僕は、真ん中の列の一番後ろだった。そのさらに後ろに席を新たに設け、そこが転校生の席となった。転校生は自分の席に着くとき、僕の席の横で一瞬立ち止まった。そして、僕と目があった。その瞳の中には、怒りや憎悪と言った負の感情が読み取れた。


(これはおもしろくなりそうだ)


 どう頑張っても、僕が転校生を呼び寄せたという証拠は見つからないだろう。それなのに、転校生は僕が悪いと言わんばかりの態度だった。


 こうして、僕の波乱に満ちた高校生活が幕を開けた。


「ねえ、君は自分の能力がどれほど周りに不幸を及ぼしているか、気付いているだろう?」


「何のことだかわからないんだけど」


 転校生はさっそく、僕に接触してきた。転校初日は睨むだけで話しかけることもなくただ僕の後ろの席で、クラスメイトに囲まれていただけだった。高校生にもなって、GW明けという微妙な時期に転校生が来るのは珍しい。そのため、興味を持ったクラスメイトが転校生に群がることに不思議はない。しかし、すぐにその熱は冷めていく。次の日にはもう、クラスメイトの興味は薄れたのか、誰も転校生に近づくものはいなくなった。


 次の日、転校生は僕が一人でトイレに向かったのを見て、ついてきた。僕はツレションとかいう、仲間と一緒に行動するタイプではない。そこを見計らって転校生が話しかけてきた。突然、僕の能力の核心に触れた質問に白を切ってみる。


「それ以上、能力を使うつもりなら、僕は君を消さなくてはならない」


「能力者を排除するために、うちの高校にやってきたわけ、か」


 漫画みたいな展開だ。どうやら、転校生には僕を消すための算段が付いているようだ。転校生は、冗談を言っているようには見えない。真剣な表情でじっと僕の反応をうかがっている。


(さて、転校生をどう扱うべきか)


 転校生を意のままに操ることは簡単だ。他人を操るなど、紙に書いたことはないが、実現不可能な願いではないだろう。すでに自分の能力はどうやって知ったのかばれているはずだ。紙に書いたら何かしらの力が働いて、僕の言うことを聞かざるを得ない状況になるだろう。


「僕には能力が効かない」


 しかし、心を読まれてしまったのか、転校生は先に僕の行動を止めてきた。そんなことを言っても、試してみないとわからない。


「僕は君を排除して、これ以上、不幸な人間を増やさないようにしなくてはならない」


「そうなんだ。じゃあ、僕が不幸になってもいいというわけだね」


 僕の能力が効かないのは、はったりかもしれない。だとしたら、もっと面白いことを思いついた。


「何を」


「こうするのさ。これ以上、不幸な人を増やしたくないんだろう。だとしたら転校生。お前はオレの行動を止めるしかない」


 ほんの出来心だった。別に自殺しようと本気で思ったわけではない。ただ、こいつの困った顔が見たくなった。


 オレは廊下の窓を開けてそこから飛び降りた。オレ達一年生のクラスがあるのは二階。窓から飛び降りたところで、まず死ぬことはないだろう。


「馬鹿か!」


 飛び降りた瞬間、走馬灯のように今まで不幸になってきた人間を思い出す。最初にかけっこで1位を取った時に隣にいた元1位の男の青白い顔。受験で失敗したクラスの室長。その他、いろいろな人の顔が頭をよぎった。


 だからと言って、彼らに謝罪するつもりはない。これはオレの能力であって、その能力の代償が人の命だっただけだ。たまたま、その代償になってしまった可哀想な奴らだ。


 一瞬で足が校舎近くの地面にたたきつけられる。


「痛くない」


 はずだった。最悪、足の骨が折れる覚悟はできていた。それなのに、地面に足がつく直前に不自然に風が吹き荒れ、オレの足はふわりと地面におろされた。上を見上げると、必死な顔をした転校生の姿があった。どうやら、転校生はオレと同じ普通の人にはない、特殊な能力を持っているようだ。


「本当に窓から飛び降りるなんて」


(ああ、こいつの根はやさしい)


 オレはその場で大の字に寝転がる。太陽がまぶしく身体を照り付ける。そこから、オレは転校生を困らせることが日課となった。




「ねえ、どうしてオレを消さなかったんだ?」


 転校生と出会ってから数十年。オレと転校生は一緒に住む仲までになった。その過程にはいろいろな試練があった。ダブルベッドの隣に転がるやつにオレは問いかける。


「別に。ただ、僕は組織から抜け出したいと思った。そのために、お前の力は使えると思ったからだ」


 眠たそうな声でつぶやかれた声に険はない。転校初日に見せたあの憎悪に満ちた瞳も今はない。


「お前は今、それで幸せなのか?」


「どうだろうな。お前のせいで僕の人生はめちゃくちゃだ」


 奴ははははと力なく笑う。その身体には無数の傷跡があり、見るも無残な有様だった。


「お前の能力の代償を僕に移す」


 なぜか、転校生はオレを排除することを選ばなかった。それがどういう心理か知らないが、オレは助かったようだ。その代わり、オレの能力で死ぬ人をなくすために転校生は己に代償が来るよう仕向けた。


 人の命を代償にするのに、どうやってその代償を人間一人に抑え込むのか。


「僕の身体に消えない傷を刻む」


 人の命が傷一つで済むなら、どうってことはない。だが、その前にどうしても消して欲しい人間がいる。


 転校生が所属している組織は、オレの能力でつぶすことに成功した。そして、それがオレの不幸の上に成り立つ能力が最期に出した犠牲者だった。


「お前、そろそろ限界かもな」


 人の命を己の傷に変える。そんな無茶のことをしてきた代償が現れ始めている。最近、奴は眠る時間が長くなった。痛みに顔をしかめることも多くなった。そろそろ限界かもしれない。


「最期はお前の手で」


「ふうん」


 まだそんなことを言えるのなら、大丈夫そうだ。


 そんなことを思ったオレがバカだった。人の命など簡単になくなってしまうものだと自分であれほど経験していたはずなのに。


 次の日、奴はオレの眠るダブルベッドの横で冷たくなっていた。

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