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紅き英雄は怒り叫ぶ!  作者: なもスラ
第一章 始まりの村、スルト
5/5

4話 つかの間の休息

 5年にわたる全ての訓練を終え、最後の試験を終えた後日。


 俺は普段通り朝早くから木造の椅子に腰掛け、同じく木で作られたテーブルに頬杖をついていた。素朴なキッチンで何かを焼いている母の背中をぼんやりと見つめながら。


 いつもなら部屋全体にパンの匂いが立ち込めるところだが、今日はそれに加え、部屋全体に甘い匂いが漂っている。



「さて、と。まずは5年間お疲れ様。よく頑張って耐えたわね。」


 笑顔で振り返った母は、後ろ手に何かを隠しながら近づいてきた。

 その笑顔は、今日の鍛錬はどうするのだろう、と杞憂ていた俺の心を少しだけ軽くした。


「ううん。僕の方こそ、厳しく指導してくれて感謝してるよ」


 その言葉に、面食らったように目を丸くするユズハ。直ぐにその表情も綻び、対面の椅子に腰かける。


「そう……少し、気が楽になったわ。ありがと。」


 そう答えた彼女はふふん、と可愛らしい笑顔を見せながらモジモジしている。手に持った何かを渡すタイミングを完全に逃してしまったのだろう。


「えっと……ちなみにそれは……?」


 ユズハが待ってましたとばかりに後ろ手に持っていた何かを目の前のテーブルにどん、と置いた。


 そこにあったのは、鮮やかな赤青の木の実に彩られた、大きなスポンジケーキだった。


「じゃーん!お誕生日おめでとう、カレン!」


 一瞬、理解が追いつかなかった。


 ユズハの表情から、何かしらのプレゼント、それも5年間の訓練を耐えた事のご褒美だとばかり思い込んでいた。

 そうか。一年経ったら人は誕生日を迎えるんだった。


 とてもバカな発言に聞こえるかもしれないが、この世界に時計なんてモノはなく、英語圏で用いられるTally(正の字のようなもの)で記入するカレンダーを使用している。


 目まぐるしく日々を過ごしていた俺にそんな棒を数える余裕なんてあるはずもなく。今日に至るまで自分の誕生日が近づいていることさえ、全く気づかなかったのだ。


「……ありがとう、母さん」


 込み上げてくるものを隠すように、俯きながらそう答えた。

 ああ、こればっかりは何度経験しても慣れないな。


 これまでの5年間、絶やすことなくその言葉は送られてきた。ただ、日中を訓練に費やす日々が続いたせいで、落ち着いて祝われるのは数年ぶりだった。

 二度と聞くことは叶わないと思っていた母からのその言葉は、何度聞いても目頭を熱くさせる。


 そんな俺の様子を見て曲解したのか、ユズハは慌てて言葉を紡ぐ。


「カレン、お母さんね、ずっと不安だったの。家のしきたりに付き合わせて重荷を背負わせて……無理させていないかって。」


 ユズハはテーブルの木目をなぞりながら苦しそうに自分の思いを吐露する。

 きっと、その思いも厳しさの裏側に隠し続けていたのだろう。


「ううん、そんな事ないよ。これからも、厳しく指導して欲しい。……母さんの子どもに生まれて、良かった。」



 そう言うと、ようやくユズハの顔が柔らかくなった。

 どこか物憂げだった母の表情がようやく晴れ、俺の心のざわつきも鳴りを潜める。



「ありがとう……!カレンって大人っぽいこと言うのね。昔から全然泣かなかったし。」


 その言葉に心臓が飛び上がるほどにドキッとした。

 そういえば、物心ついてからは全然泣きまねをしてこなかったな。マズイか……?


「それこそ、あなたのオムツを変える時に静かに泣いてた時くらい…」


「ちょっ、その話はいいだろ!?」


 俺が純真無垢な子どもではない事がバレたのでは、と内心とても焦っていたが、それはすぐに、別の負の感情へと変化した。


 ……すっげー嫌な事を思い出してしまった。


 焦る俺をみて、笑いながらケーキを切り分けるユズハ。そこに1片の悪意もないことが恐ろしい。


 少し固めのパンとあっさりとした肉と野菜のスープを平らげ、湯気の立ち上るケーキを口いっぱいにほお張る。芳醇で自然な優しい甘みが、香りが、口の中にじゅわりと広がる。久しぶりの甘味に、思わず口元が緩んでしまう。


「……おいしい!」


「ふふ、良かった♪ ……あ、ちょっと動かないでね……」


 俺の頬を目掛けて手を伸ばすユズハ。何かをつかみ引き戻した手には、ケーキのかすが掴まれていた。


「ふふ、慌てなくてもケーキは逃げないわよ?」


「い、いいよ!自分で取れるから……」


 この歳になって(子どもだけど)食べかすを口につけて、それを母親にとってもらうなんて……恥ずかしすぎて顔が熱くなってくる。


 そんな様子を見て、またユズハが笑う。頬杖を付きながら楽しそうに笑う彼女の顔に、また可笑しくなって……




 こんな時間が、永遠に続けばいいな。



 ◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇


 木と鋼がぶつかり合う音が鳴り響く。何度も蹴りあげられ立ち上る砂煙。その中でユズハは足を動かすことも無く、片手に握った木刀ひとつで俺の攻撃をいなし続ける。


「はぁああっ!!──ごぶっ!」


 飛び上がり、天高く剣を振り上げた俺は一閃、居合気味に腹目掛けて振られた木刀の一撃で墜落、地べたに這いつくばっていた。



「隙が多い。空中はただでさえ隙だらけなんだから、相手が構えている時にあんな大振りでは『斬ってください』って言ってるようなものよ。」



 腹部の痛みに悶えながら顔を上げると、既に納刀した母が腕を組んでこちらを見下ろしていた。誕生日パーティを終えた俺を待っていたのはひたすらに母と手合わせを繰り返す、試合形式の訓練だった。


 穏やかな時間からの落差と胃の中で縦横無尽に暴れ回るケーキに、俺は打ちのめされかけていた。


「ただ、全体重をかけなければ私の硬化魔法は打ち破れない。そこを理解している点はよかったわ。後はその一撃を叩き込む隙をどうやって作るか。そこを意識してみなさい。」



 確かにその通りだ。ユズハと対峙するにあたって厄介極まりない硬化魔法(それ)を突破することにしか目が向いていなかった。それだけ昨日体感した鋼の皮膚は俺に衝撃を与えたのだ。


 これまでの訓練は基礎の基礎。俺はこの5年間でようやくスタートラインに立てただけなのだと気付かされる。今後、強敵と戦っていくためには肉体だけでなく技術も高めていかなければならない。


 そのためにも、まずはをユズハから一本取ることを当分の目標と定める。それくらいもできないようでは、この世界で生きる事すらもままならないだろう。


「どうする?もう休憩する?」


「まだまだ……!」


 地に鉄剣を突き立て、それを支えに立ち上がる。

 再び空気が張り詰め、間合いが触れ合ったその時。



「ごきげんよう――あら、お取り込み中だったかしら?」



 透き通るような美しい声とともに、ひんやりとした風が周囲に吹き抜ける。


 突如として現れたその存在感に思わず振り向くと、庭を取り囲む中背の垣根に前傾で寄りかかる美しい女性の姿があった。


「「アグナ(さん)!?」」


 軽く一礼するその若々しい女性は紫色のゴシック調のワンピースとコバルトブルーに輝く髪の毛を風に揺らしながら微笑んだ。彼女の名はアグナ・フォルデリス。村の中心部、うちのすぐ近くに家を構えるご近所さんであり──


 この人もまた、ランドール王国の最高戦力の一人である。


「あなた、王都へ召喚されたー、とかで数日前に村を立ったばかりじゃ……」


「まー色々あってね。愚痴り合いも兼ねて、一緒にお茶でも、と思ったのだけれど」


 微苦笑を浮かべながら俺の方へと近づき、俺の肩を軽く揉み出した。彼女の甘い香りがふわりと鼻をくすぐり、思わず赤面してしまう。すると、アグナさんの手が触れた部分がじんわりと暖かくなり、全身の生傷の痛みがぐんぐん引いて行った。


 驚きのあまり振り返ると、アグナさんが俺の体を見つめていた。小声で「カレン君も大変ね、お疲れ様」と呟く。先程地面ですった腕を見ると傷口は塞がり、薄らと跡が見えるほどにまで治っていた。

 これも魔法と言うやつなのだろうか。異世界の便利さには驚かされてばかりだ。


 ありがとうございます、と礼を述べるとアグナさんはにっこりと微笑み、視線をユズハの方へ戻す。


「昨日でカレン君の修業はひと段落ついたんでしょ?今日くらいは大きく伸びをさせてあげてもいいんじゃないかしら。」


「で、でも……」


 俺とアグナさんを交互に見つめ煮え切らない様子のユズハに、頬に手をあててやれやれと首を振る。



「悪いけど、今日は何としてでも付き合ってもらうから。――ほら、挨拶しなさい。」


「ん、ふんっ……こんにちは!」


 アグナさんの足元から、幼い女の子の声が聞こえる。注視してみると、すぐそばの垣根をつかむ小さな手と、水色の頭頂部がかろうじて見えていた。プルプルと震えるそれらは彼女が精いっぱい背伸びしていることを容易に想像させた。

 俺にとって聞きなじみのあるその声と背丈に、顔が見えずともすぐにその正体はわかった。


「あら、リーナちゃんも来てたのね!」


 ピョンピョコ飛び跳ねて何とか顔を見せようとするリーナをひょい、と抱きかかえるアグナさん。その色白い腕の中には淡い水色の髪の毛をセミロングに揃え、年相応のあどけなさがありつつもどこか大人びた美しさを併せ持つ少女の姿があった。その微笑ましい様子に思わず吹き出してしまうユズハと俺に、顔を赤らめるリーナ。


「ふうー……そうね。たまには息抜きしないと駄目よね。――よーし、今日はリーナちゃんと一緒に目一杯遊んできなさい!お母さんは家でアグナとお話ししてるから。」


「……うん!」



 笑顔で俺の頭をぽんぽんと撫でるユズハにそう返事をして、庭の垣根に取り付けられた開き戸を押し、土草が広がる村の路地に出る。


「ふふ、リーナのこと、よろしくね?」


「も、もう!やめてよお母さん!」


「はは……」


 入れ違いに家の庭へと入っていったアグナさんが振り返り様にそんなことを言って、ようやく姿の見えたリーナが隣で顔を真っ赤にしながら怒っている。いたずらを仕掛けた子供のように、可笑しそうに笑う2人の背中を見て苦笑交じりのため息が出る。


「と、とにかく行こ!カレン。」


「あ、ちょっと待ってよ!」


 恥ずかしさに耐えかねたのか、村の中心に向けて早足に歩いていくリーナ。この様子だとどこへ行くといった目的もないのだろう。ただ俺の家から――正確に言えばあの二人から離れたいのだろう。


「あまり遅くならないようにねー!気を付けるのよー!」


「はーい!」


 後ろの方から聞こえてくる母の声に答えながら、尚も歩みを進めるリーナの後を慌てて追いかけた。







思春期の少年少女達よ、お父さんお母さんを大事にしようね。

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