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紅き英雄は怒り叫ぶ!  作者: なもスラ
第一章 始まりの村、スルト
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3話 母の背中

 

 結局、3年間の修業の中で、ユズハの体に木刀が触れることは一度もなかった。いくら木刀とはいえ当たり所が悪ければ大けがをさせてしまう。彼女に怪我をさせてしまったら、という不安は直ぐに杞憂と変わり果てた。それほどに、母と俺との実力には差が存在していた。


「いっ()つ………」


 俺は一向に縮まらない実力差にやりきれない気持ちを感じながら、さっきの修業でできた擦り傷に軟膏を塗っていた。恐るべきはユズハの身体能力だ。必要最低限の動きで攻撃をかわし続ける国直属の英傑ともなれば、その伴侶となる女性も相当の強さが求められるということだろうか。となると、当の本人である父ジェイムズはどれだけ強いのだろうか?


 いつも穏やかなあの笑顔が、妙に恐ろしく思えてきた。一体あの服の下にどれだけの筋肉が凝縮されて……




「ああ、あの人(ジェイムズ )はジアパルト家の生まれじゃないわよ?」


「へ?」


 その事が気になって仕方がなかった俺はある日、試合が終わった後にふと父のエピソードを聞いてみたのだが、返ってきたのは完全に予想外の答えであった。


「婿入り……って言ってもわからないわよね。お母さんは一人っ子だったから、お父さんと結婚するときにうちに来てもらったの。そうよね、ここらへんじゃ珍しいか。」


 台所でご飯の用意をしながら、ユズハは思い出に浸るように話し始めた。


「私は別に、あの人と結婚するなら家柄なんて気にしなかったんだけど……国がうるさくって。

 そんな時にお父さんのほうから『君の家の血を絶やす訳にはいかない、僕が婿入りする!』、って言ってくれてね。それで、今に至るわけです!」


 ……なるほど。全て納得がいった。化け物みたいに強い父さんを想像していた分、少しガッカリしたが、父さんの男らしいエピソードを聞くことが出来てなんだか嬉しかった。


「へえ~、お父さん、そんなかっこいいこと言ってたんだね。英雄の家系て言ってたから、てっきりお父さんがそうなのかと思ってたよ」


「あ~なるほどね!……お父さん、剣の腕はダメダメだったけど、魔法の腕はすごいのよ?今度、見せてあげようかしら。あと、頭もすごく良くてね――」


 料理そっちのけでへらを振り回し、だらしない顔でジェイムズについて語るユズハの熱量に押され、その後も談笑は続いていった。


 ちなみに、夕飯の準備が全く進んでいないことに気づいたのは日が落ち切った後の話である。





 ────────────────────────




 鍛錬期間の最後の1年は、ショートソードを用いた剣術指南だった。昔、持ち上げることすら叶わなかったそれは、驚く程に軽く感じられた。高校の授業で竹刀を振った時ですら筋肉痛に悩まされたというのに、9歳にして鉄刀を軽く振れるようになるとは…ユズハには心底頭が上がらない。


 その内容はより実戦を想定したものだった。ユズハが時には敵兵士を、時には魔物の役割を演じ、それらに対応するためにはどのように剣を降れば良いか。あらゆる局面で、生きるための剣術を教わった。



「さあ、どこからでもかかってきなさい。」


「……」


 牛の頭蓋骨で作ったマスクを被り両手を振り上げる彼女は少し、いや大分シュールだった事は黙っておこう。





 ……迂闊だった。

 その見た目にどこか油断していたのだろう。土埃を巻き上げながら庭を走り回る母をとらえるのに数時間を有してしまった。全身を砂まみれにしながらようやく背中に飛びつくことが出来たとき、ユズハは足を止めてマスクを脱ぎ、背中の俺に微笑みかけた。


 夕日に照らされた、汗に濡れたその笑顔に、自然と笑顔が伝染ってしまった。



 訓練終わりに庭で休憩していた時、ふと疑問に思ったことをユズハに聞いた。


「母さん、魔物と戦う訓練は分かるけど……人と戦う訓練をしてるのはなんでなの?」


「いい?私達はランドール王国の、文字通り剣となって戦う名誉を授けられた一族なの。……今後あなたが戦うのは魔物だけじゃないって事、よく覚えておいて。」


 タオルを首にかけ、髪の毛をポニーテールに縛って水を飲んでいたユズハは真剣な顔で、こう答えたのだ。その発言が気がかりで、俺は濡れたタオルで顔を拭きながらユズハに質問をした。


「魔物以外っていうと?……他に驚異になるものなんて、思いつかないよ」



 今、この世界を脅かしている最たるものは魔物である。


 ――魔物。この世界の大気中に存在する『マナ』と呼ばれる高エネルギー原子によって構成される、魔法生物。


 大気中のマナが偏り飽和する事でひとつの塊となることで自然に発生するこの生物は、現存する生物とは異なり、捕食や生殖といった生命活動を行わない。


 死に絶えれば特定の部位を除いて、マナとして大気中に霧散する。また、その生態は非常に攻撃的であるという特徴を持つ。寿命も存在しないので、この世界では魔物との戦いの歴史が今も尚続いている。


 その存在が猛威を振るいだした事により、人々は争うことを辞め、他種族との協力がなされた──というのが、俺の知る世界史である。



「……異能使い、と言えば分かるかしら?」


「……!う、うん。」



 その名も、様々な本を読む上でよく聞いてきた。


 強い目的意識を抱いた人間に、稀に発露する異常能力を異能と呼び、それを有する者を異能使いと呼称する――だったか。


「近年、異能使いによる犯罪が増加しているの。異能使いを相手にするのは、一般の兵士には負担が重すぎる。――そこで、私たちの出番ってわけ」


 俺の上着の泥をはたき落としながらそう答えたユズハの表情は、少しだけ悲しそうだった。


 大きな力を持つものが、その力を使って悪事に手を染める。それは人という生き物の持つ性なのだろうか。人同士の争いのない、美しい世界だと思っていた俺にとって、その事実は寝ぼけた目を覚まさせるに十分なものだった。


「そっか……なんか、悲しいね。」


「それを悲しいことだと捉えられるなら、カレンは強い戦士になれるよ。――優しすぎるのが玉に瑕だけどね。」


 俺の頭をくしゃくしゃと撫で、微笑を浮かべる。

 撫でられたからか弱みを指摘されたからか、少し恥ずかしくなって。


「俺、強くなるよ。母さんのことを守ってあげられるくらいに。」


 母の手から上着を取り、顔を見せずにそう言った。少しの間が開いた後に、ユズハの吹き出す声が後ろから聞こえて、さらに顔が熱くなる。――どちらかといえば自分の発言に対してだが。


「お~、一丁前なこと言うようになったじゃんー!それじゃあもっと修行して、強くなってくださーい!」


 後ろから抱き着き、両腕で俺の頭を撫でまわすユズハに、高校生としての羞恥心が爆発しそうになる。

 転生前後の合計年齢でいえば27歳にもなる俺だが、幼児児童としての扱いをされる環境に身を置くせいか、精神年齢は増すどころか低くなっている気がする。


「あーもう、ぐしゃぐしゃすんなよー!」


 これが正しい9歳児の対応だろう。そんな可愛げのないことを考えながら俺はカレン・ジアパルトを演じる。


 そんなやり取りをしながら、俺たちは食卓の待つ玄関へと歩を進めた。



 ────────────────────────



 ──母の告げた鍛錬期間の最終日。



 いつもは魔物を模した被り物を被って唸っていた母が、木刀を構えて庭に立っていた。



「……今日はお母さんに一撃、入れてみなさい。」



 ……何を言っているか分からなかった。今更木刀に持ち替えてやるのか?とも思ったが、これまでの母の教え方から考えるに…ショートソード(真剣 )で、という事なのだろう。



「で、でも。そんなことしたら……!」


「敵を前にしても、そんな甘えた事を言うの?」



 俺を見つめる母の表情は、恐ろしい程に真剣そのものだった。

 ……震えが止まらない。形式上構えはするものの、この刃先を母に向けるという行為そのものに冷や汗が止まらない。


 ……苦しい、気持ち悪い。どうしてもあの時( ・・・) を思い出してしまう。止めようとしても、歯がガチガチと鳴ってしまう。



「……カレンッ!!」


「――ッ、うおおおおぉ!!」



 一喝され、その勢いに任せて地面を蹴りあげる。こうなりゃヤケだ、きっと大丈夫と自分に言い聞かせる。


 ユズハと俺の実力差を思い出せ……!きっと、ケガをさせるかも、なんて思い上がりも甚だしい。最悪の結果なんて考えるな。


 距離を詰める俺を見て、ユズハは上段に木刀を振りかぶる。

 ──正面から縦に斬り下ろす攻撃に対しては、体を横に滑らせ、潜り込むような形で──



「あああああぁああッ!!」



 不安、焦り、様々な感情をねじ伏せるように咆哮を上げながら、横薙ぎに剣を振るう。──絶対に目をつぶるな、敵が目の前にいると思え。

 母の教えを繰り返し唱える。顔のすぐ横を木刀がすり抜けるのを肌で感じながら、ユズハの腹部に剣が触れ───



 カキン──



 確かに腹部に剣が当たった。が、到底そうは思えない、金属同士が触れ合うような音がした。


 唖然としたまま目線を上に上げると、目に涙を浮かべながらも、ほほ笑みかけるユズハの顔があった。


「……合格。よく頑張ったね、カレン。」





 話を聞くに、この世界では硬化術式なるものがあるそうだ。人の肌を木や石、術者の力量によっては鉄のように固く硬化する魔法。ユズハは予めそれを全身に張り巡らせていたらしい。


「……先に言ってよぉ……」


「あはは、ごめんごめん!……でも、言っちゃうとほら、カレンの覚悟を見定められないし。」


 全身から力が抜けた。ぺたりと座り込んだ俺の元にユズハが駆け寄る。─訓練中に彼女の笑顔を見るのは久しぶりだな。


「……でも、良かった。」


 もし母に怪我をさせてしまったら……?可能性を否定していたとはいえ、その心配は常に心を縛りあげていた。


 安堵の表情を見せる俺を、ユズハは優しく抱きしめてくれた。顔は見えなかったが、その腕はかすかに震えていた。














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