俺と君との、変わらぬ日常
「実は私、来週引っ越すんだ。急にごめんね」
ある夏の帰り道。
彼女は俺にそう伝えた。
俺と彼女、向田凛は小さい頃からずっと一緒だった。
所謂幼馴染というやつだ。
記憶はないが、初めて出会ったのは幼稚園。
それから小学生、中学生、そして高校生。
全ての学校で、同じ学校に通学していた。
小さい頃から仲が良く、
小さい頃は一緒にサッカーをしたり、鬼ごっこをしたりして遊んでいた思い出がある。
高校に上がってからも仲が良いのは変わらず、
遊ぶ頻度は減ったが、月に一回は必ず遊んでいた。
高校からの帰り途中。
そんな彼女に、何の前触れもなく、引っ越すと伝えられた。
凛はいつ引っ越すとか、どうして引っ越すとか、
引っ越しについて、いろいろな事を話していたが、全く頭に入ってこなかった。
ただ引っ越すという言葉だけが、頭の中を満たしていた。
その後、特に会話をする事なく、俺たちは別れた。
翌日。
俺はいつも通り、高校へ行こうと家を出た。
昨日から、頭の中は凛の引っ越しの事でいっぱいだった。
引っ越しが中止にならないかとか、本当はドッキリなんじゃないかとか。
そんな都合の良い妄想を、ただひたすらに考えていた。
そんな事を考えながら歩いていると、後ろから背中を強く押された。
いつもの合図だ。
「おはよ、高志!」
「……おはよう、凛。それじゃあ、行くか」
「うん!」
昨日あんな話をしたというのに、凛はいつも通りと変わらない態度だった。
俺が動揺しすぎているだけなのかもしれないな。
そう思い、俺は凛と話しながら、高校へと歩き出した。
いつも通りと同じように、適当な話をし、適当に笑う。
平凡で、毎日繰り返す、いつも通りの時間。
毎日と言っていいほど繰り返しているが、
いつになっても、俺はこの時間が大好きだ。
楽しく話していると、俺たちはすぐに学校へ到着した。
俺と凛の教室は残念ながら違う。
だから、俺たちは靴を履き替えたのち、すぐに別れ、別々の教室へと入って行く。
教室へ入ると、すぐにもう一人の幼馴染に話しかけられた。
「はよー、タカ」
「おう、おはよう、司」
黒瀬司。俺の幼馴染だ。
凛と同じで、幼稚園で初めて出会い、今日までずっと同じ学校に通っている。
凛と遊ぶとき、よく司も一緒になって遊んでいた。
司が強豪のサッカークラブに入ったせいで、少し遊ぶ頻度は減ったが、それでも良く遊んでいる。
バックを横に置くと、司はゆっくりと口を開いた。
「……なあ、知ってたか?一週間後、凛が引っ越すって」
「俺は昨日聞いたよ。司は?」
「俺も昨日。久しぶりに家に来たと思ったら、急に引っ越しの話をされた。……全く、急すぎて意味分かんないよな」
「おう、そうだな」
どうやら、司も引っ越しの話をされたのは昨日だったようだ。
しかし、一週間後か。
いくら何でも急すぎる。
もっと早く行ってくれればよかったのに。
「なあ、お前良いのか?」
「良いって何が?」
「……いんや、何でもないや。明日でも、久しぶりに三人で遊びに行くか。最近じゃ、二人で遊びに行くことはあっても、三人で遊びに行くことはなかったからな」
「ああ、そうだな。さっそく凛にも聞いてみるよ」
そう答え、俺はスマホを使い、凛に明日の放課後開いてるかを聞いた。
返信は二つ返事で帰ってきて、すぐに遊びに行くことは決まった。
「それじゃあ、詳しくはまた後で話すか。……あ、先生来たし、席に戻るわ」
それだけ言うと、司はすぐに自席へと戻っていった。
それからすぐに、いつも通りの授業が始まった。
一時限目は国語。
無駄話が多くて、眠くなる授業をする男の先生が担当だ。
その日の授業は、いつも通り数分無駄話をしてから、授業に入った。
授業に入ってからも無駄話は続き、結局2ページ進んだ所で、授業は終わりを迎えた。
全く進んでないし、ただひたすらに眠い授業だった。
そんなことを思いながら、次の授業のために準備を進める。
準備を終えた頃には、既に次の先生が教室へと入っていた。
俺は一度背伸びをし、少し目を覚ましてから、授業に臨む姿勢に入った。
それからも、適当に授業をこなしていき、気が付けば放課後になっていた。
俺は司と少し話してから、いつも通り一人で帰路についた。
凛が引っ越すまで、あと六日。
俺たちは、学校が終わった放課後。
時々遊びに行っていた、カラオケボックスへと足を運んでいた。
「そう言えば久しぶりだね、この三人で出かけるの!」
「ああ、そうだな。俺とタカで遊びに行くことはあったけど、凛も含めた三人でってのは久しぶりだ」
「よーし、せっかくだし、たくさん歌うよ!」
そう言うと、凛はキョクナビを手に取り、楽しそうに曲を選び始めた。
少し考えたのち、凛が選んだのはいつも最初に歌っている、「友達」という曲だった。
「なんだよ、悩んだ末選んだのは、いつも通りの友達かよ」
「うっさい、司!良いの、私はこの曲が好きなんだから!」
少し大声で司に言い返しながら、凛はマイクを手に取った。
そして、前に出てこっちを向くと、ノリノリで歌い始めた。
何度聞いても綺麗な歌声だ。
透き通っていて、引き込まれるような歌声。
それでいて歌に合っている。
練習すれば、プロに引けを取らないくらい上手くなると思う。
そうこう考えていると、凛の歌が終わった。
採点結果は94点。
やっぱり、凛は凄いな。
「いやー、少し音外しちゃったし、やっぱりいつもより低いかー」
「いやいや、十分凄い点数だろ」
「ありがと、高志。それじゃあ、次は高志の番だよ!いってみよー!」
凛に促され、俺はもう一つのマイクを取る。
そして、しっかり曲を聞き、音程バーを見ながら歌いだす。
確実に音程を合わせ、全力で歌う。
所々ミスはあったが、ほとんど完璧に歌い終えた。
これなら、高得点間違いなしだ。
結果は78点。平均未満だ。
「……ふ、はっはっはっ!やっぱタカは変わらないな!いつまでたっても音痴なままだ!」
「ちょ、司笑いすぎだって!確かに凄い音痴で、聞くに堪えなかったけど、そんなに笑わないであげなよ」
「……凛、それフォローになってないよ。……ったく、そこまで笑うなら、司も歌えよ。お前がどれだけ成長したか、見せてみろよ」
「いいぜ、みせたるよ」
そう言い、司は歌いだした。
その歌声は、俺が言えたことではないが酷かった。
結果は78点。もちろん平均未満だ。
「……ふ、どうだ!」
「いや、どうだじゃないわ!お前も変わらず音痴だったじゃんか!」
「個性がある歌声って言えや!」
「どっちもどっちだよ!次私なんだから、さっさとマイク頂戴!」
そう言うと、凛はマイクを奪い取り、楽しそうに歌いだした。
それから、順番に歌ったり、話したりして、
俺たちは楽しい時間を過ごした。
久しぶりの三人でのカラオケだったが、
以前と同じように楽しく、幸せな時間を送ることが出来た。
カラオケを終えてからは、時間も時間だったため、現地解散となった。
凛が引っ越すまで、あと五日。
この日も、俺は凛と学校へ行くため、
いつもの待ち合わせ場所で待っていた。
「あ、おはよう……高志」
「……おはよう。凄い疲れてるな」
「高志こそ。……そりゃあ、昨日あんなに遅くまで騒いでたら、さすがに疲れるよ。それに、歌いすぎたせいで喉痛いし」
「それは分かる。歌いすぎたせいで、まだ少しガラガラ声だよ」
「だよね。……まあ、とりあえず学校いこっか」
そして、いつも通り学校へと歩き出す。
この日はのどの調子が良くなかった事もあり、会話の数は少なかった。
時々静かになったりしたが、居心地は悪くなかった。
学校に到着すると、俺たちは下駄箱で別れ、
それぞれの教室へと歩いて行く。
教室へ入ると、いつもと同じように、司が話しかけてきた。
聞いたことがないようなガラガラ声でだ。
「おあよ……」
「うお、凄い声だな。大丈夫か?」
「むりー」
「バカだなー。すでに声が枯れてたのに、無理して高い曲を歌ったからだろ」
「しゃーないだろ。歌いたかったんだから」
司はこういう所があるからな。
きつい時は無理せず、やめれば良いのに。
自分の限界を分かってないというか、諦めが悪いというか、バカというか……。
「そう言う所は、直したほうが良いと思うけどな」
「知らねえのか?バカは死んでも治んないんだよ。だから、俺は変わらないんだよ!……あ、そう言えば一時限目の数学。先生が休みだから、自習らしいぞ」
「まじか、ラッキーだな」
そんな風にたわいもない会話をしていると、先生がドアを開け、教室に入ってきた。
俺たちは適当に話を切り上げ、それぞれの席へと戻った。
一時限目の自習の時間。
最初の方は何も考えず、適当に落書きをして過ごしていた。
しかし、数分が立った頃。
ふと、凛の事が頭に浮かんだ。
確か、凛は山形に引っ越すと言っていた。
東京からだと、どれくらいかかるんだろうか。
それなりに遠いし、新幹線で三時間くらいか?
いや、確か東北の辺りだし、もっとかかるかもな。
……行くのに時間もかかるし、それなりに金もかかるよな。
そうなると、全然会えなくなるよな。
いつもみたいに、遊ぶことは出来なくなるんだよな。
そう考えていると、急に悲しい気持ちになってきた。
俺は落書きを再開し、その気持ちをごまかした。
凛が引っ越すまで、あと四日。
この日、いつもの様に凛と学校へ向かっていると、
思い出したかのように、凛が話をし始めた。
「あ、そうだ!高志、一つ聞きたいことがあったんだよ!明後日って開いてる?」
「開いてるけど、それがどうした?」
「それなら一緒に出掛けない?久しぶりに、遊園地に行こうよ!」
「遊園地か……」
そう言えば、最近全然行ってなかった。
高校に入って、忙しかったってのもあったが、
家でゲームしたり、カラオケとかボウリング場で遊ぶことが増えたからというのもある。
「……よし、良いよ。一緒に行こか」
「やった!それじゃあ、約束ね!」
俺たちは遊園地に行くことを約束し、いつも通り他愛もない話に戻る。
テレビでやっていたサッカーの試合の話や、最近はやっているウイルスの話など。
何の変哲もない話をしていると、すぐに高校へ到着した。
俺たちは明日の待ち合わせ場所と、時間を話してから、それぞれの教室へと向かう。
教室に入る直前、誰かから名前を呼ばれ、俺は立ち止まった。
振り向いてみると、そこに立っていたのは司だった。
「はよー、タカ」
「おー、今日は遅いんだな」
「少し寝坊しちゃってさー。夜遅くまでテレビ見てたからかな」
「もしかしてお前もサッカー見てたのか?昨日の試合熱かったよな。」
「お前も見てたのか。まじで、めちゃくちゃ良い試合だったよな」
そんなことを話しながら、俺たちは教室入る。
そして、いつもの流れで荷物を置くと、司がゆっくりと歩いてきた。
「なあ、もうすぐ凛引っ越すじゃんか。それでその……最後になんかプレゼントとかしたくね?らしくないかもだけどさ」
「お、良いじゃんか。引っ越しちゃったら、しばらく会えないかもしれないしな……」
「そうと決まれば、なんか考えるか。なんかアイデアとかある?」
「そうだな……」
アイデアか。
一体どんなものが良いんだろうか。
シンプルに凛の好きそうなものとか?
それとも日常的に役に立つもの?
引っ越すわけだし、引っ越し先で役立つものとかもいいかもしれない。
駄目だ、これだ!と決まるようなアイデアは浮かんでこない。
今まで引っ越しをする人に、プレゼントなんて上げたことがなかった。
そもそもとして、身近で引っ越す人がいなかったからな。
それもあって、こういう時に渡したらいいものが全く分からない。
好きな物が良いのか、便利な物が良いのか……。
「司はどんなの上げたいんだ?言い出しっぺなんだし、いろいろあるよな」
「いや、それがさ。良いプレゼントが全然浮かばなかったんだよ。こういう時プレゼントするのってどんなものが良いのか分からなくてさ」
「なんだよ、お前も分からないのかよ。……そうだ今日の放課後開いてるか?直接見てみればいろいろ思いつくかもだし、放課後プレゼント見に行かね?」
「お、良いね。それじゃあ、放課後見に行くか」
「そだな」
そんなことを話していると、一時限目の担当である男の先生が教室へ入ってきた。
俺たちは話を終わらせ、それぞれの席についた。
一時限目は国語。
火曜日と同じ一時限目の授業だ。
いつも通り、先生は無駄話から授業に入った。
今日はネタが少なかったせいか、少し早めに授業に入り、
いつもよりかはしっかり授業をしていた。
それから適当に授業をこなし、放課後。
俺と司は近くの商店街へと足を運んでいた。
「んー、なんか良さそうなのあったか?」
「いや、駄目だわ。司は?」
「俺も良いのが見つかんないわ。プレゼント見つけるのって、意外に難しいんだな」
メイク商品にスポーツ用品。
他にも様々な種類の物が、この商店街には売られている。
選び放題だが、種類が多すぎて逆に悩む。
これだ!っていう物も見つからないし、どうするか。
「うーん、サッカーやってるし、やっぱりサッカー用品の方が良いのかな?」
「いやいや、よく考えろよタカ。引っ越しのプレゼントでサッカー用品ってなんか変じゃね?それなら、引っ越し先で使える物の方が良くね?」
「引っ越し先で使える物って、例えば?」
「俺に聞くな」
どうやら司もどういう感じの物が良いかは決まっても、
その実物は決められていないようだ。
「とりあえず、お互い適当に見てこようぜ。それで、良いのがあったら買うって感じで」
「おっけー、また後でな」
それだけ話して、俺たちはそれぞれ別の店へ入って行く。
しかし、本当にどうするか。
これだけ見て回っているが、中々良いプレゼントは見つからない。
やっぱり、深く考えずに凛が使いそうなサッカー用品で良いか。
そう考え、近くのスポーツ用品店へと入った。
そこにはテニス用の道具や、野球用の道具など、
様々な種類のスポーツ用品が売られている。
その中から、サッカー用品売り場へ行き、一通り何が売ってあるかを見てみる。
見た感じ大抵のものはそろっているみたいだ。
この中から一つだけ良さそうなものを選ばないといけないが、どうするか。
ボールに、シューズ、コーンなんかもあるが、凛は一通りの道具を持ってるイメージがある。
何か珍しい物はないだろうか。
そう思いながら、適当に見ていると、一つの物が目に留まった。
これは……。
そうだ、これにしよう。
これならきっと、喜んでくれるはずだ。
俺は様々な種類があるそれの中から、一番凛に似合いそうなものを選び、会計へと持っていった。
買い物をすまし、司と待ち合わせした場所へ行くと、
そこにはすでに司が待っていた。
「悪い、待たせちゃったか?」
「いや、今きたとこだよ。お前は何買ったんだ?」
「俺はこれだよ」
「これは……確かに良いかもな!俺もそれにすればよかったかもなー。ちなみに俺が買ったのはこれだ!」
そう言って、司はバックの中から袋を取り出した。
その袋から司が取り出したのは、入浴剤。
バラの香りのする、少し高い入浴剤だ。
「入浴剤か。確かに良いな、絶対凛も喜ぶよ」
「だろ!我ながら良い物を選んだよ。……さて、買い物も済んだ所だし、カラオケでも寄ってくか?」
「良いね、賛成」
そう話して、俺たちはカラオケへと向かって行く。
凛が引っ越すまで、あと二日。
一昨日約束した通り、俺と凛は遊園地に来ていた。
その遊園地は俺たちの最寄駅の四駅となりの駅にある。
大きくはないが、それなりに施設が充実している。
前に来てから、随分と時間が立っているが、そこまで変わってなさそうだ。
前と変わらない、楽しそうな子供の声で溢れている。
「いやー、ここはやっぱり変わんないね!」
「そうだな、昔のまんまだ」
「よし、目一杯遊ぶぞ!ほら、行こ!まずはジェットコースターだ!」
そう言って、凛は俺の左手を掴み、引っ張りながら走り出した。
仕方なく、俺も走り出し、凛について行く。
最初に乗ったのはジェットコースター。
この遊園地で最も人気なアトラクションである。
スリル満点で、子供から大人まで楽しめるアトラクションで、
絶叫系が好きな俺たちからしたら、最高のアトラクションだ。
「このジェットコースターも久しぶりだし、楽しみだね!……お、動き出した!」
「ホントにな。やっぱりここのジェットコースターは最高だからな。凄い楽し……うおおおおおおおお!」
話しているとすぐにジェットコースターは頂点に達し、
ものすごい勢いで下降し始めた。
風が強すぎて、途中から全然口が開けない。
勢いが強すぎる。
だけど、これがまた良い!
そんなこんなで楽しんでいると、すぐにジェットコースターは終わりを迎えた。
楽しかったが、さすがに久しぶりのジェットコースターは応えた。
次はもっと穏やかな乗り物に乗りたいな。
「す、凄かったね!久しぶりに乗ったけど、やっぱりこのジェットコースターは凄いや!」
凛が子供の様に無邪気に喜んでいる。
楽しむときは全力で楽しむ。どれだけ立っても、これだけは変わらないな。
楽しそうで何よりだ。
「けど、久しぶりだったせいで少し疲れたな。一回緩い乗り物に……」
「何言ってるの!久しぶりの遊園地だよ?ジェットコースターに乗らないと損でしょ!」
そう言うと、凛は俺の腕を掴み、無理やりジェットコースターへと引っ張っていった。
少し抵抗しようとするが、毎日凄い運動をしている凛には敵わない。
そのまま連れていかれ、俺は数回連続でジェットコースターに乗ることとなった。
それから、メリーゴーランドや、コーヒーカップ。
お化け屋敷で遊んでいると、いつの間にか時間は夕方に差し掛かっていた。
楽しい時間は、本当にあっという間だった。
俺たちは最後の思い出に観覧車に乗ることにし、
少し出来ていた行列に並んだのち、観覧車へと乗り込んだ。
「いやー、楽しい時間はあっという間だったねー」
「そうだな。久しぶりに来れて楽しかったわ。また、来たいな」
「うん……そうだね。また来たいね」
それから少しの間、観覧車の中は静寂に包まれた。
そんな時、俺は一つの疑問を思い出した。
特に深く考えることなく、俺はその疑問を凛に聞いてみる事にした。
「そう言えばさ、何でもっと早く引っ越しの事を言ってくれなかったんだよ。もっと早く言ってくれれば、いろいろと出来たはずなのにさ」
凛は少し黙ったのち、
ゆっくりと話し始めた。
「……嫌だったんだ。少しでも日常が壊れるのが。もし私がもっと早くに言ってたら、高志たちは私に気を使ったり、なんか変な事を考え出したしたりしてさ。ともかく、いつもの日常がなくなっちゃうような気がしたの」
「別に、それくらい良いだろ。引っ越すことが分かったら、そりゃあ色々するに決まってるじゃん。それにいやな事なんてないだろ」
「……嫌なの。私はいつもの高志と司との日常が好きなの。いつもの、何の変哲もない毎日が好きなの。だからさ、出来るだけ、出来るだけその日常を味わっていたかったんだよ」
いつもの日常が好き。
確かに、もしもっと早くに引っ越しの事を知っていたら、
一日一日を大事にして、もっと凛に気を使ったりして、いつもと接し方が変わっていたかもしれない。
俺たちが引っ越しを知ったのは最近で、急すぎたから実感もそこまでなくて、いつもと変わらずに入れたのかもしれない。
確かに凛の言ってることは正しいし、
凛がいつもの日常を味わいたかったなら良かったのかもしれない。
それでも……。
「それでも、流石に急すぎるよ。俺らからしたら、凛は大切な幼馴染なんだよ。こんな急に話されたって、心の決心も出来ないし、理解も出来ないよ。俺たちだって、早く知れていればもっといろいろとしたかった。凛はそれで良いのかもしれないけど、俺らは良くないんだよ!」
「つまり……つまり、何が言いたいの?」
「何が言いたいって……俺だって、良く分かんないよ!とりあえず急すぎだって話だよ!なんで、自分の事しか考えてないんだよ!もっと……もっと周りの気持ちとか考えろよ!」
思わず俺は、大声でそう言ってしまった。
凛は少し涙目になると、何も言わず俯いてしまった。
やってしまったと思い、謝ろうとしたが、言葉が出なかった。
それから俺たちは、一切言葉を発することなく、それぞれの家へと帰った。
凛が引っ越すまで、あと一日。
この日、俺は初めて学校をさぼった。
何度か司から連絡があったが、全て無視で通した。
誰とも会いたくない気分だったからだ。
……いや、本音を言えば、
あんなことがあった後で、凛に会いたくなかったんだと思う。
何であんなに怒ってしまったんだろうか。
別に凛は怒らせるようなことはしていない。
それなのに、何でか俺は怒ってしまった。
こんなことは初めてだ。
胸がズキズキと痛む。
あ、そう言えば今日プレゼントを渡すように約束したっけな。
完全に忘れていた。
凛が山形に行くのは明日だし、もう渡せなそうだ。
こんなことになるなら、司に言って預かってもらうんだった。
まあ、もう遅いか。
そして、この日は何もないまま終わった。
凛が引っ越す日。
この日、俺は凛を見送ることはなく、
いつも通りに学校へ向かった。
まだ、胸が痛いままだった。
教室へ到着すると、司が凄い形相で俺へ近づいてきた。
「お前何やってんだ?昨日急に休んだと思ったら、何で学校に来てんだよ!見送りはどうした?」
「……いやさ。……凛と遊園地に行った日にさ、なんか良く分かんないんだけど、いろいろと爆発してさ、喧嘩しちゃったんだよ。それから凛を思うと、胸も痛いし……ちょっと、凛と顔を合わせたくなくてさ」
「お前……お前は、馬鹿か!!!」
「え?」
「ほらこれ、俺の自転車の鍵!ここから駅まで近いし、自転車使えば間に合うから、行ってこい!」
「いや、だから……」
「うるせえ良いか、良くお前の日常ってやつを見返してみろ!そうすれば、きっと答えは出る!分かったら、行ってこい!早く!」
司に押されるがまま、俺は見送りに行くことになった。
急いで司の自転車に乗り、ごちゃごちゃの気持ちのままで、俺は駅へと向かいだす。
お前の日常。
その言葉から、俺の日常を思い出してみる。
俺の日常は、凛と高校へ行き、教室で司と出会う。
それから他愛もない話をして、めんどくさい授業を受けて、また話す。
時々、司か凛と遊びに言ったりして、楽しんで……。
……俺の日常には、司と凛がずっといたな。
困った時には二人が助けてくれて、二人が困った時には逆に助けて。
二人がいたから、俺はここまでやってこれたのかもしれない。
二人がいたから……。
二人は大切な幼馴染だ。
それでもって、司は大切な親友だ。
それじゃあ、凛も親友か?
いや、何か違う気がする。
司には何でも話せて、いつでも俺のほしい答えをくれる。
凛といると、いつでも本当の自分で入れて全てをさらけ出せる。
もちろん何でも話せるし、一緒にいるだけで、不思議と心が落ち着く。
とても、とても大切な存在。
俺にとっての凛は……凛は……。
「……ああ、そうだったんだ」
俺の中で、一つの答えが出た。
それから俺は、全力で自転車をこいだ。
もう胸のズキズキは消えていた。
駅に着くと、全速力で改札へと向かって行く。
ただ、ただ走った。
改札の目の前。
そこに彼女立っていた。
「凛!」
俺は思わず大声を上げた。
「え、高志!?なんで……」
「凛…………好きだ!」
芽生えた一つの気持ちが、溢れ出した。
それからはもう止まらなかった。
「俺の日常で、凛は欠かせない存在だったんだ!凛がいなきゃ俺の日常は成り立たない。凛がいたから、俺の日常は成り立ってたんだ!やっと、やっと分かったんだ。当然の事過ぎて気づかなかった。俺の中の凛は大切で、絶対に欠かせない存在。やっと、この意味に気が付いたんだ!……凛、俺はお前が好きだ!」
全てを出し切った。
言いたいこと、思ったこと。全て。
「高志……全く……遅いよ。高志、私は……私も……」
その時、駅内アナウンスで、
凛の乗る電車が、もう来ることが伝えられた。
どうやら、少しだけ遅かったようだ。
俺はバックから、プレゼントを取り出し、凛に渡した。
「これは……リストバンド?」
「プレゼントだよ。迷ったんだけど、リストバンドにした。俺と司は色違いを買ったから、三人でお揃いだ!」
「ありがとう……凄く、凄く嬉しいよ!……ごめん、私もう行かないと」
「分かってる……凛!またな!」
「…………うん、またね!」
凛は笑ってそう答えると、ホームへ向かって走り出した。
俺はその様子を見送ってからも、しばらくの間改札で立ち尽くしていた。
数分後、俺はゆっくりと学校へと戻っていった。
それから、俺の日常は変わった。
毎朝、凛と高校へ行くことはなくなり、
一人で行くようになった。
めんどくさい授業を少し真面目に受けるようになった。
司とは以前より良く遊ぶようになり、
凛とは会いにくくなったが、毎日欠かさず連絡を取るようになった。
日常が変わってから、いろいろな事があった。
ただ、俺と凛との日常は、変わらず最高だ。