8. 陽光
レイがアカデミーを卒業してから一年が経った。
へーベルグ家の庭園は新緑が芽吹き、芝生の隅には可愛らしい鈴蘭の花が揺れている。
並べられた白いテーブルには、午前中に行われたセシルとレイの結婚を祝いに旧友や家族、町の人々も集まり、いつになく賑わっている。
この一年は、レイはほとんどへーベルグ領で過ごし、相変わらず魔獣退治に行ったり、町の設備を増強したり、バイトで来ていた頃とあまり変わらない生活をしていた。
へーベルグ男爵は少しづつレイに領内のことを教えてくれている。執事のエバンスさんが『レイ様がこられて、屋敷に明かりが灯ったようです』と言ってくれた。
両親もへーベルグに移り住み、町外れの家で畑をしながらゆっくり暮らすようになった。セシルと婚約することになったと伝えた時は、それはもう驚いていたが、なんだかすぐに納得がいったみたいだ。最近は家で週に何度か、手作りの菓子とお茶を提供するお店を開いているので、レイもちょくちょく寄っている。
今日は王都からエレノアが駆けつけてくれた。アカデミーにいる間、急に呼ばれるようになった貴族達のお茶会や夜会で成り上がり者と嘲笑される中、初めに話しかけてくれたのは彼女だった。いつの間にか、アカデミーでも最も仲の良い友人となっていた。
今日エレノアは恋人の宮廷魔術師の彼と共に来ている。エレノアは散々悩んでいたが、始めから相思相愛だろうことはそこら辺の機敏に疎いレイでも分かっていた。可憐な見た目を裏切り、意外とはっきり物を言うエレノアには、彼女を崇拝するように慕う令息よりも、穏やかな愛で包み込んでくれる彼のような人が合っていると思う。
今年卒業したライアンからは、先日祝いの手紙が届いていた。強すぎる魔力を持て余していたライアンは、アカデミー在籍期間修練に励み、同期を突き放す圧倒的実力を携えて第一騎士団に入団することとなった。手紙には『へーベルグまで僕の活躍の話が届くよう励みます。感謝をこめて、ライアンより』と書かれていた。
セシルとレイが人の輪にからめ取られながらテーブルを移動していると、顔を赤らめた宿屋と居酒屋の主人が酒杯を片手に話しかけてきた。
「君は、夏にレイちゃんを追いかけてきてた青年だね!」
ごきげんな宿屋の主人に、セシルは気まずそうな笑みを返した。
「いやーあん時は、レイちゃんに話しかけもせず、帰っちまったもんなー
まさかあんたが男爵様のところに婿入りするとはな。
よかったな! 追いかけた甲斐があったってもんだ!」
居酒屋の主人がセシルの背中を大きな手で叩いた。
この土地は、どうも男爵家と町民の垣根が低い。でも、嫌そうでないセシルの表情を見て、レイはほっとした。
庭園でのパーティーは日が暮れるまで続いた。やっと開放されたレイとセシルは、湯を浴び、楽な格好に着替えてソファーに深く座りこんだ。
この一年はレイはへーベルグ、セシルはアカデミーにいたので、あまり一緒にいられなかった。春にセシルが卒業してから今日までも、セシルの籍の移動などの煩雑な手続きであっという間に時間が過ぎた。明日からはこの地でいつもセシルと一緒にいられると思うと、安心する。
レイは隣に座るセシルの肩にもたれ、久しぶりにセシルの温かさに浸った。セシルが髪を撫でてくれるのが心地よい。
セシルはレイを少し起こすと、浴室のバラ水の香りが残るレイの髪をかき上げた。
「レイ……」
セシルの柔らかい唇がレイの唇を喰む。セシルの舌が少しレイの唇を割り、口内に入ったり唇を舐めたりして戯れている。くすぐったいような、可愛らしいようなキスに、レイは思わず笑みに目元を緩めた。
いつのまにかセシルの舌はレイの口内に深く侵入し、口蓋を摩り始めた。ゆったりと絡みつくセシルの舌に動きを合わせて応えると、太陽の光に包まれるようにだんだんと恍惚となり、何も考えられなくなっていく。唾液がチャプリと立てる音が聞こえ、なんだか腰が落ち着かない。
「俺のレイ……」
セシルは熱い吐息のままつぶやくと、ひんやりする指をレイの首元から胸元へゆっくりと滑らせた。
「ん……セシル……」
レイはセシルの指がもたらす甘い痺れに全身をピクリと震わせた。寄るべなくセシルの腕を掴むと、益々敏感にセシルの撫でる指を感じ取っていく。
「やっとレイを抱ける……」
セシルは青く揺らめく瞳でレイを見つめると、再度深く口付け、ソファーからレイを横抱きに抱え上げた。
*****
泊まり込みで来ていた来賓客達も帰り、へーベルグの屋敷は新しい穏やかな日常が動き始めていた。
レイとセシルがまたがった毛艶の良い二頭の栗毛の馬が、領内の丘をゆっくりと超えていく。今日はセシルに東の領内を案内するつもりだ。丘の向こうに、青青とした小麦が風に揺れ、光を反射しているのが見える。
レイはすぐ横を行くセシルによく通る声で話しかけた。
「この間火山湖のそばで見つけた鉱石だけど、あれはどうも良質のセレスタイトみたい」
レイは半月ほど前に魔獣退治で入った森の奥で、湖のそばの崖に淡い青色の鉱石が多数含まれているのを見つけたのだ。
「セレスタイト?」
セシルは一旦馬を止めた。
「大地の活力を取り戻す力を宿す魔石のたぐいで、簡易版『アスタルトの涙』って感じ」
セシルが驚きに表情を消し、真顔になった。
「すごい」
「でしょ」
レイの微笑んだ瞳が太陽の光を反射した。
レイとセシルは、夢中で鉱石の活用や採掘方法について話をしながらへーベルグの美しい地を進んでいった。
fin.
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