8,希望の炎とネクロ少女
__魔者達の埋葬が終わる頃には、昼下がりを過ぎていた。
カインと共に、粗末な墓の前で一段落を付けたエールは「ふうっ」と満足気な溜息をつき、ぱん、ぱんと手を払う。それを横目に見ていたカインは、エールを気遣うように、それでいてぶっきらぼうに様子をうかがう。
「平気だったか?」
エールはカインを見上げた。そして一拍置いて、いつものあの笑顔を返す。
「それはこっちのセリフです。カインさんを差し置いて、へこたれてなんかいられませんよ」
それを聞いたカインは、小さく顔を綻ばせた。
カインは墓石に見立てた大きな岩に向かって手を合わせ、頭を下げる。
エールもそれにならい、ひざまずいて両手を組み、目を閉じることで死者への祈りを捧げた__
「……さて、そろそろ戻るか」
「そうですね」
二人はどちらからともなく、魔王城へと踵を返す。
「……ねぇ、カインさん。次の勇者はどうして現れないのでしょうか?いつ襲って来てもおかしくないはずなのに」
「恐らく、そこまで急ぐ必要が無いからだろう。俺達は既に大幅な足止めを喰っている。それに……」
カインは、少し不愉快そうに顔を歪ませた。
「……『見られている』。これだけでも充分な精神攻撃になり得る。例え次の勇者が現れなかったとしても、俺達はこの先、一切の気を抜けないんだからな」
エールは「なるほど」と呟いて、一筋の冷や汗を流した。
カインは物憂げに、魔王城の正面扉を開ける。
エールもそれに続こうとした。
__その時、目の前を青緑がかった炎が横切る。
「へ?」
エールが何事かときょろきょろ見回すと、その炎はすぐに見つけられた。__ただし一つどころではない。だだ広い正面玄関、その吹き抜けまでをも敷き詰めんばかりの、大量の火球が縦横無尽に飛び交っていた。
「ぴゃあああぁぁっ!!」
エールは素っ頓狂に叫んでカインの後ろに抱きつき、目元をうるうるさせてぷるぷると震えた。
カインは若干手慣れ気味にポンコツ女神をなだめる。
「おい、落ち着け。何も問題はない」
「問題ありありじゃないですかぁ!きっと次の勇者が私たちを殺しに来たんです!私の勘もそう言ってます!」
「だったら今回の勘は外れだ。見てみろ」
「……え?」
エールがカインの背中越しに覗くと、正面玄関の奥側、取り分け火球の密集した箇所に、一人の少女らしき人物がしゃがみ込んでいる様子が見えた。ここからだと後ろ姿しか見えないが、ぼさぼさに伸ばしきった銀髪と大きな猫耳だけははっきりと映る。
カインはビビり散らかしているエールを抱き付かせたまま引きずり、その少女に声をかけた。
「ステラ!」
そう呼ばれた少女はぴょこんと猫耳を立てて振り返り、それがカインだと分かると「おろ」と間の延びた声を漏らして立ち上がった。__そこで少女の全身像があらわになる。
その無数の枝毛を跳ねさせた銀色の頭髪は、ワンサイドアップにまとめられており、見るからに手入れはされてなさそうだ。
淡く光る薄紅色の瞳は半分ほど開かれ、『へ』の字の小さな口と相まって少し気怠げな雰囲気を感じさせる。
服は、かろうじて股下まで丈の届く、ボロボロの上着を一枚着崩しているだけであり、華奢な体つきとは言え中々際どい。
ただし袖だけはやたらと長く、末広がりに伸びる袖口は持ち上げなければ地面に擦れてしまうほどだった。身長はエールよりも更に頭一つ低く、百四十を下回っているかもしれない。
全体としてその風貌からは明らかな幼さが見られ、顔立ちこそ非常に整ってはいるがその印象は『美人』というより『かわいい』と形容した方がしっくり来る。
そんなステラは眠そうな目でぽてぽてと駆け寄って、カインを高く見上げた。
「おかえりあるじー」
「生きていたのか。お前さんの死体が無かったからよもやとは思ったが……」
「生きてないよ、死んでるよ。棺桶の中で眠ってた」
「……ああ、そう言えばそうだったな」
ステラは非凡な才覚を持つ死霊術師だった。普段の彼女は魂だけで存在しており、必要に応じて自分の身体と魂を、死霊術により強引につなぎ止めて活動している。……つまり、彼女は最初から死んでいた。
「お前さんは『死んでいる時間』の方が長いから、奇しくも勇者の目を逃れていたんだな」
「いつも死んでるよ」
「ん?ああ、まあそうだな」
カインは生き残っていた唯一の配下を愛おしく思い、何とは無しにステラの頭をわしゃわしゃした。ステラは何も言わないが、撫でられた猫のように、ただ目を閉じて頭を差し出していた。
エールは未だにカインの後ろから顔を覗かせて、二人を不思議そうに見比べている。
「お知り合いなんですか?」
「ああ。こいつはステラ、死霊術師だ。こう見えて四天王の一角でもある」
「おねーさんこんにちはー」
「あ、こ、こんにちは……」
目の前の少女が害のない者だと知ると、エールはようやくカインの背中から離れた。そのままステラに近付いたエールは、目線を同じ高さに落とす。
「ねぇステラちゃん、この綺麗な炎はステラちゃんがやってるの?」
ステラは「んー……」と、どっち付かずな返事をして、たどたどしくも簡潔に説明した。
「起きたら魔王城のみんながふわふわしててね、迷子になってたからここに連れてきたんだー」
……あれ?今、何気にとんでもないこと言ってなかった?
「じゃあ今浮かんでるこの火の玉って……」
「うん、魔王城のみんなだよ」
エールは思わずカインと目を合わせる。カインは一足早く察しているようだった。
__魔王城の犠牲者達は、まだ『存在』している。これは幸運と言って良い事実だった。