5,死闘と決着
戦闘の中で、勇者キョウマは違和感を感じていた。目前の敵が想定を遥かに超えてしぶとい。ただの魔王のはずなのに。今まで何人も殺してきたはずなのに。
__ステータスは圧倒的に有利なはずなのに。
しかし、魔王カインの方とて、息を切らして何とか持ちこたえているような危うい状況だった。
このままでは決着も時間の問題だろう。さてどうする……。
そうカインが思案しているときだった。
「__極大光線魔法!!」
辺り一帯に響き渡る詠唱宣言の後、天からの極太レーザーが勇者キョウマを目掛けて降り注がれた。勇者はそれを避けたが、光の柱はその威力を維持したまま彼を追いかける。
カインは振り向き、この魔法の詠唱者を目視した。
「エールか!」
そこには複数の魔法陣に囲まれた女神エールがいた。服をはためかせながら玉虫色の淡い光に包まれていている。
勇者キョウマは光を躱しながらエールに問いかける。
「あれ?確か神様は世界に直接干渉できないって聞いてたんですけど」
「確かに神界ではそういう決まりになってましたよ!でも何せ、その神界が制圧されちゃいましたからね!」
なるほど。と勇者は微笑み、女神の目と鼻の先まで迫る。
「__じゃあ、ごめんなさい」
一瞬だった。近付かれるまで何も見えなかった。エールは時が止まったかのような錯覚を覚える。勇者の右手には魔法の光。予備反応とその緑の輝きから察するに、先の『生滅の破砕』なる魔法か。
そこまで分かっているなら、後はその範囲から抜け出すだけだ。……しかしながら、エールは目を見開くばかりで身体を動かせなかった。それぐらいの刹那的な出来事だったからだ。
__横から蹴りの割り込みがなければ、彼女は間違いなく死んでいただろう。
エールの時の流れは正常に戻り、吹き飛ばされた勇者キョウマは百メートル程の長い砂ぼこりを立てて失速した。
「あ……カインさん……!」
「無事か、エール」
「こここ、怖かったぁ……」
「しっかりしろ、阿呆。……だが、良く耐えてくれたな」
そう言って、カインが笑みを溢す。初めて見せる彼の優しい表情に、エールは顔を少し赤らめさせた。しかし好意を向けられた本人はそれには気付かず、すぐに勇者キョウマを注視する。
「もうそろそろだ。奴の……異世界勇者の化けの皮が剥がれる」
「え?」
エールは遠くに伏している勇者キョウマを見やった。彼は中々起き上がらず、つい先程までと比べて明らかに動きが鈍くなっていた。
そして、その変化に最も驚かされたのは、他ならぬキョウマ自身だった。
「な、何だよこれ?何で俺、怪我なんか……」
「__簡単な話だ」
見上げると、そこには魔王と女神がいた。
いつの間に……いや、違う。奴らは普通に歩いて来た。ただ俺が、ぼうっとしていただけだ。
なおも状況の理解が追い付いていないキョウマに、魔王カインは冷酷に言い放った。
「自分のステータスを見てみろ」
その提案はキョウマにとって、身の毛もよだつ末恐ろしい結末を示唆していた。
どうして一々、そんな提案をするんだ?俺のステータスは最強なんだ。今更見る必要もない。
……いや、見たくない。今、何が起きているのか、奴が何を見せたいのか、俺にだって少し考えれば分かる。
__自分がただのザコに戻っただなんて、認めたくない。
しかしこんな状況においても、好奇心には逆らえない。知りたいという欲には抗えない。なぜならそれが人間だからだ。魔王はこれを理解した上で提案しているのだ。
キョウマは心臓の底から震えていても、自分のステータスを確認することを自制できなかった。
HP:62、MP:14、攻撃力:27__ああ、もう十分だ……。
キョウマは糸の切れたマリオネットのように、その場にうなだれた。その姿はまるで、ただいたずらに『そのとき』を待つ、許されざる囚人のようだった。
大剣を手にした魔王が、キョウマを見すえたまま後方のエールに聞く。
「エール。死んだ異世界転生者はどうなる?」
「……戻れる身体があれば、そこへ戻ります」
「戻れる身体が無ければ?」
エールは何も答えない。
魔王はただ一言「そうか」と呟き、大剣を振りかぶった。
「……勇者キョウマ。お前はやり過ぎたんだよ。残念だが、ここで死ね」
キョウマは抵抗も反論もしなかった。__自分が最強じゃなければ、こんな世界に意味などないのだから。
大剣が振り下ろされ、勇者キョウマの肩から斜めに、一閃が走る。
不思議なことに彼の身体から血のような類は出ず、その全身は虹色に輝く粉となって霧散した。それら全てが風に流され、やがて世界の一部となるまで、二人はただ、見送り続けていた。
__現実世界では、トラックに轢かれた田中恭馬という男子高校生が一命を取り留めたらしいが、異世界の住人がそれを知る術はない。