表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

4,一人目と死闘

「とりあえず、ずっとこんなところにいるのも何ですから、まずはパステリトゥムに戻りましょうか」


 そう言って、エールはカインの手を引く。


「ああ。こうなっては異世界勇者との全面戦争は()けられないからな。一刻(いっこく)も早く勢力を集結させたい」

「そうですね」


 エールはどこからともなく(つえ)を呼び出し、くるくると器用に回転させた後、何もない空間へと突き出した。


 すると、太陽と半月を(かたど)った先端(せんたん)の装飾が(かがや)き、目の前に縦長(たてなが)の、白い空間とは対照的(たいしょうてき)な黒い長方形が現れる。それは『ただの穴』以外に形容のしようがなく、扉や窓枠のような装飾は特に(ほどこ)されていない。必要最低限の機能のみを持ち合わせているように見えた。


「……随分(ずいぶん)質素(しっそ)な穴だな。前に見たときはもっと豪華(ごうか)な造りをしていたと思うんだが」

「あ、はい。神界が乗っ取られて、使える力も弱まってしまって……」


 エールがまた(ばつ)の悪そうな、困った笑顔を見せる


「まあ、俺はこっちの方が好感が持てるがな」


 二人は穴を(くぐ)った。そのときも取り立てて描写(びょうしゃ)できるイベントはなく、穴の向こう側は転移先の空間に直接(つな)がっていた。


 __その転移先は大広間であり、まず十メートルの高さはある大扉(おおとびら)が目を引いた。その対角線上の(かべ)は、光を室内へ取り入れるために大きくくり抜かれており、差し込む光が空間に臨場感(りんじょうかん)をもたらしている。そして、そのくり抜かれた壁の少し手前には闇堕(やみお)ちした玉座のような椅子(いす)があり、その玉座と大扉(おおとびら)の間は長広い赤紫(あかむらさき)のカーペットで(つな)げられていた。


 詰まるところは魔王カインの謁見室(えっけんしつ)である。


「俺の謁見室(えっけんしつ)か。便利なもんだな」


 エールはふふんと鼻を鳴らし、静かに胸を張った。


「さて、まずはヒトを呼ぼう。__来い」


 カインがパチンと指を鳴らす。しかし何も起こらなかった。

 カインがパチンと指を鳴らす。しかし何も起こらなかった。

 エールは困惑している。


「……えっと、カインさん?」


 カインはこの事態に強い疑問を覚えた。魔王を(つと)めてそれなりになるが、これは初めての出来事だった。いつ、何時(なんどき)であっても、魔王の側には必ず誰かがいた。これが不手際(ふてぎわ)であれば、配下の沽券(こけん)に関わる事態のはずだ。


(みょう)だな。なぜ誰もいない」


 __そのとき、大扉(おおとびら)(おごそ)かに開かれた。奥には等身大(とうしんだい)の人影があり、それは小川(おがわ)のように穏やかな声で言う。


「ここにいた魔物達なら、もう全員やっちゃいましたよ」


 若い男の声。人間換算(かんさん)で十代半ば程度だろうか。二人はその影を警戒(けいかい)した。


「誰だ」


 影はゆっくりと歩みを進め、足元から徐々(じょじょ)に大広間の光を浴びていった。そして、黒髪、茶目の『普通の少年』が姿を表す。


「どうも、田中キョウマです。しがない勇者やってます」


 その如何(いか)にも無害そうな微笑(ほほえ)みが、この緊迫(きんぱく)した現場とは(ひど)くかけ離れていた。


「あなた達二人のことはずっと『見えて』いました。面倒な事をされても困るので、先手を打たせてもらったってわけです」

「……!!そんな!あの領域まで……!」


 何も知らされていないカインは、キョウマと呼ばれる少年の(ふく)みとエールの焦りに、いくつかの疑問符(ぎもんふ)を浮かべた。しかし、その説明をひとつひとつ求める時間的余裕はどうやら無さそうだ。


「俺達を殺しに来たということか」

「察しが良くて助かります。でも、できれば穏便(おんびん)に済ませたいんですよね。今からでも仲直りできませんか?」


 __次の瞬間(しゅんかん)、魔王が勇者の背後から大剣(たいけん)を振り下ろす。

 それより早く剣を()いていた勇者は、振り返らずにそれを受け止めていた。


「カインさん!」


 遠くでエールが(さけ)ぶ。

 カインはその呼びかけには返さず、勇者キョウマに語りかけた。


「仮に仲直りしたところで、俺達が生き残れる保証は無いよな?」

「……察しが良過ぎるのも困りものですね」


 勇者キョウマは、魔王の背後から魔法を詠唱(えいしょう)した。

 __まずい!

 魔王のどこかで警鐘(けいしょう)が鳴り(ひび)く。これは理性によるものではない。


「エール!急げ!早く!」


 (さけ)ぶが早いか、魔王カインは女神エールを抱きかかえ、くり抜かれた壁から外へ飛び出した。

 

 勇者キョウマの詠唱(えいしょう)が完了する。


「__生滅の破砕(バイオ・ブレイク)


 鼓膜(こまく)が破れんばかりの破裂音。それと共に、謁見室(えっけんしつ)のおよそ八割以上が球状に吹き飛ばされ、その範囲中にあったものは塵も残らず消し飛んだ。反動の風圧と自重で(くず)れた城の一部によって、砂煙(すなけむり)が高く舞い上がる。


 __そこより五十メートルほど下の地面。カインとエールは間一髪(かんいっぱつ)、攻撃範囲から逃れることが(かな)っていた。


「けほっ、けほっ!カインさん、ありがとうございます……!」

(しょ)(ぱな)から勇者と戦闘するとは聞いていないぞ」

「すみません、私の不手際(ふてぎわ)です……」

「もう良い」


 カインはエールを抱きかかえたまま、勇者キョウマの死角に隠れた。エールは自分の体勢にようやく気付き、(ほほ)を赤らめながらぺしぺしとカインを(たた)いて腕から降ろさせた。


 勇者キョウマは自分の作り上げた急勾配(きゅうこうばい)(ふち)に立ち、二人を探している。


「奴のことは知っているか?」

「……いいえ、私が呼び寄せた転生者じゃありません。ですが、あの魔法力……恐らくステータスが強化されているものと思われます」

「なるほどな」


 魔王は影から勇者を(のぞ)き、ステータスを確認・表示させた。ステータスの説明はもはや不要だろう。


「……全ての能力値が9999。馬鹿げているな。エールよりも高いぞ」


 エールは苦笑いをするしかなかった。それを与えたのは自分達神々なのだから、自業自得である。もっとも、巻き込まれたカインにとってはたまったものじゃないが。


「しかも、奴は俺達の動きが『見えて』いるらしいな。ここもすぐ(あぶ)り出されるだろう」


 エールは『その』言葉に反応を示した。


「いえ、それはありません。今まで『千里眼』のスキルを与えたのは私だけ、それもたった一人です。つまり彼の能力じゃありません」


 ……また疑問が増えた。


「後で説明しろ」

「は、はい」

「……とは言え、このステータス差ははっきり言ってまともに太刀打ちできない。正攻法は通用しないだろうな」

「そんな、何か手立ては……」


 おろおろと戸惑うエールを尻目に、カインは考えを(めぐ)らせていた。

 __その時、少し離れた所から楽しげな声が聞こえる。


「そこにいるのは分かってますよ!早く出て来ないと、ここら辺一帯が全部消し炭になっちゃうかもなー!」

「ひい!」


 エールは(あわ)てて口を(ふさ)ぐが、勇者キョウマの耳には届いてしまったようだ。

 このポンコツめ……。

 とカインは心の中で毒づくが、後の祭りである。仕方がないので(あき)れ顔でエールをなだめた。


阿呆(あほう)。もう遅い」


 エールは目一杯(めいっぱい)に涙を浮かべてカインを見つめた。何かしらの助言を求めているらしい。コイツ本当に神か?

 __しかし、こんな状況でもカインは(つと)めて冷静だった。


「……とにかく今は時間を(かせ)げ。やりようはある」

「え?」


 返事を待つことなく、魔王カインは勇者の前に(おど)り出た。エールの見えない岩場の向こうで金属の打ち合う音と衝撃(しょうげき)が鳴る。


 彼女は咄嗟(とっさ)にカインの言葉の意味を考えようとした。……が、それより早く、そんなものは無駄だと理解した。


 時間があれば打開できる。彼女の(かん)が、それを信じさせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 犬猿の仲の魔王と女神が共闘するのが面白いと思いました。 [気になる点] ちょっと読んでて漢字のルビというか、ふりがなが多いように思いました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ