一切れの肉
空腹だ。限界が近づいていることが目眩で分かる。山という物と甘く見ていたと、今更後悔する。私はそこらの落葉の山に倒れた。ここはもう夜となり、助かる見込みも無さそうだ。そう思い横になると、枝の隙間から明かりが見えた。私は最後のような力を振り絞りそこへ向かうと、小さな山小屋が建っていた。これを使わない手はない。私はドアをノックした。すると中から律儀そうな中年男性が顔を見せた。
「何かご用でしょうか?こんなへんぴな場所に。」
男はそう言った。
「助けてくれ、もう二日ほど何も食べていないんだ。」
「それは可哀想に、どうぞお入り下さい…
私は無事一命をとりとめた。私のために様々なもてなしをしてくれ、さらにはここに一泊してもいいというのだ。私はそれに甘え、泊まらせてもらうことにしたのだが、一つ注意すべき事を男は伝えた。
「下には必ず行かないこと。」
確かに下へと向かう階段には厳重にロープが巻かれている。男いわく最近そこで事故があり、危険だとのこと。特に人の家をうろつく趣味はないので大丈夫だろう。私は部屋に行き、寝た。
朝食は一切れの肉だった。男にこれは何の肉か訊ねると、山にいる獣の肉だと答えた。獣の肉にしては柔らかく、独特な食感だった。味に問題は無かったので良かったが、それよりも気になったのは、男がその肉を取りに行った場所だった。男はわざわざ下に行き、その肉を取ってきたのだ。危険と言われた下の階に。
朝食を食べ終わった後、男にその話をしようと思ったが、男は家のどこを探しても居なかった。家中を探し、残る場所は下の階だけとなった。勇気をだして一歩、また一歩と進む。だんだん暗くなっていく足元に恐怖感が増す。階段を降りきり、真っ暗な部屋に足を踏み入れた。暗いので電気のスイッチを入れようとするが、どこにあるか分からない。そのまま進んでいると、自動で奥から電気がついていった。その時、この部屋の全貌を見た私は絶句した。
山小屋は木造のはずだった。しかし、下の階を見る限りでは、とても木造建築だとは思えない。金属と複雑な機械、それが入り交じったような空間が広がっている。見たところ部屋のように区切られた鉄箱が一定間隔のスペースで置かれており、先程から不気味な機械音が続いている。何か危険な目にあうと、本能的に察した。急いで階段へ戻ろうとする。その途中、全ての鉄箱が開き、その中からこの世の物とは思えない化物が出現した。人でも、動物でもない。ぐちゃぐちゃと音を立てながらゆっくりと徘徊するその様は、地獄の様な光景だった。
「…ヵ…イ…ユ…イユカ…ユイ…」
水分の混じった声で、聞き取れもしない発音で何か言っている。私は階段を駆け登り、やっと一階へと戻ってきた。光が当たると動き回るのか、段差を登る知恵が無いのか、一階までは登って来なかった。こんな所には居られない。今すぐ荷物をもち、帰ろうとする。すると運が悪いことに、男が丁度帰ってきた。男はドアを開けるなり、冷たい目で私を睨んだ。
「…お帰りですか。」
「ああ、そうです。早く帰らなければ、妻が心配しますので…」
ありもしない言い訳を吐き、帰ろうとしたその時。
「…見たでしょう。下…」
身の毛もよだつほど恐ろしい言葉だった。
「…忘れないで下さいよ。あなたはあれを食べたんだ……それだけですよ。お気を付けて…」
私は走った。外の天気に合わず、私の気持ちは最悪だった。吐き気までしてくる。私は山小屋から離れた場所に倒れ込み、息を切らした。歩くのさえ困難になってきているようだ。そして、我慢が出来ず私は吐いた。想像もしたくない。想像もしたくなかったことを言われてしまった衝撃、気味悪さ。数分間吐き、胃の中身が空っぽになるまで吐くと、ようやく吐き気が治まってきた。また歩き始める。…しかし、山にいるからかやけに痒い。私は顔や足、身体中をかきむしった…。
「ああ、痒い、かゆい…カ…ユイ…」
…s…かし、…掻け、ば…掻 ほど、…体…崩れ…
「ア…アア…ヵ…かユイ…」
…………