表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

転生して25年、召喚された勇者の師匠をやっています〜あの、帰っていいですか?俺より強いよね?〜

作者: あんでぃー

 16歳の時、俺はバイト帰りにトラックに轢かれた。坂を自転車で登っていたらトラックが一直線に向かって来たんだ。


 轢かれたことは恨んでいない。死ぬ前に見えた運転手は過労なのかクマも酷く、大丈夫?って言いたくなる顔をしていたんだ。あの後どうなったのかな?過労の上に殺人で責められるとか、かわいそうすぎる。


「おぎゃーー!」


 そんなこんなで転生した。マミーは派手な美人って感じだった。金髪で切れ長の青い目。旅団の踊り子らしく、産まれた俺は王都にある孤児院に置いてかれた。捨てられた俺はというと……


「ばぶー!ばばぶばぶぶーー!!(うおー!異世界転移きたーー!!)」


 浮かれていた。


 だって異世界転移だよ!?浮かれるわ!

 oh〜!マリョク〜!マホウ〜!チート〜!






 ……って時期が俺にもありました。いやー、この世界野蛮すぎ。法律?あー、臨機応変にねーって感じだ。


 俺が5歳のとき孤児院で8歳のジャイ○ン的な奴に生意気だって言われて殺されかけた。取り巻きと一緒になってボッコボコにされたんだ。

 体中が痛くて動けなかった。リンチにあったのが昼間のこと。翌朝やっとのことで院長に会いにいくと、


「なんだ、生きてたのか」


 これで終わり。なめてんの?ってなるよね。


 孤児院では子供が死ぬなんてよくあることで、いちいち構ってられないって事らしい。


 え、やば(笑)



 この世界の倫理なんてそんなもんだ。ただ!やられっぱなしってのは気に食わない。ジャイ○ンの食事に下剤を仕込み、トイレの前でしばき倒した。もちろん脱糞もしてたよ。腹パン一発で漏らしてた。


「てんめ〜!!ぶっ○してやる!!〜〜〜っ!!!」


 と言っていたので、やり返される事を恐れた俺は心が折れるまでしばいた後、失神しているジャイ○ンを孤児院の門の前に吊るしておいた。赤いペンキでジャイ○ンに『次はお前らだ』と書くのも忘れない。孤児院にも何人か文字を読める奴らがいる。そいつらが読めば伝わるだろう。いや、めんどくさいからやんないけど。せいぜい怖がってくれ。


 その後、孤児院から逃走。いや、だってやり返されるの怖いじゃん(笑)


 テンプレ通り冒険者になってそこそこがんばった。5歳でも冒険者になれるのはこの国が実力重視で、「冒険者でもなんでもやってみろ?お?」ってことらしい。


 そこから駆け抜けて20年。A〜Fランクまである内の最高峰、Aランクまで来た。


 あ、チート?あったよ、死に戻りってチートが。すごいって思う?最悪だよ!!何回も死ぬんだよ!?この能力のおかげで生き残れたので感謝してはいる。ただ、この能力を授けたであろう神様を一発ぶん殴りたい!!あ、やっぱり100発で。


 最初にこのチートに気づいたのはゴブリンに殺された時だ。薬草を摘んでいると、背後から頭を棍棒で一発。その後、死ぬまで巣でBLな展開にあった。


 死に戻った俺は混乱よりも怒り心頭で、ゴブリン滅ぼすマンになった。背後からしのびよるゴブリンを罠にかけ、宙吊りにして棍棒で頭を叩き割った。ゴブリンの巣は出口を閉じて煙でいぶし、全滅させた。


 全滅させた後、


「あ、これチートか」


 と気づき、これを駆使してAランクまで駆け登った。




 ☆




 ギルドに併設された飲食店飲んでいると他の客の声がこちらまで聞こえてきた。格好からして騎士かな?


「おい、聞いたか?勇者の召喚!失敗したらしいぞ!」

「あははははっ!ばかだねー!」


 突然ですが、この国は魔族と戦争中だ。勝ったり負けたりが続いているが、長引くと物資が心許なくなる。

 なのでさっさと勝つために勇者を召喚しようとしたらしい。


「で?また下半身だけとか頭だけとかか?」


 そう、何を隠そうこの召喚、御体満足に召喚されるのは稀だ。


「いや、体に異常は無かったみたいだ。でもこの国の者じゃなかったみたいだな。なんとそいつ泣いきながら漏らしてたんだとよ!」

「あははははっ!あはははっ!あはっ!ごほっ!げほっ!」


 あ、忘れてた。この世界の勇者召喚は、この世界の住人から召喚される。そもそも異世界って概念が無い。


 帰れるかも?と思っていたが、痕跡のカケラもない。25年もいれば大抵は諦めもついてきた。

 Aランクってのもあって、生きていく金にも困っていない。ロード&トライで頑張って稼いだ蓄えもある。のんびりしよう。もう死ぬのは嫌だ。


「あーでも『スマホー!ケーサフ!」とか言ってたから頭やられてんじゃねーか?」


 ……それ『スマホ』と『警察』だよな。いや、やめよう。どの道勇者は国が囲うはずだ。国家戦力だからな。一介の冒険者には関係ない話だ。

 関係ない。関係ないんだ。俺はもうのんびり暮らしたいだけだから。



 ☆




「王からの勅命です。勇者の指導にあたっていただきたく存じます」

「えー」


 休日(週休7日)を楽しんでいた俺の元に王の使者と勇者が来た。




 ☆




「えっとー」

「あっ!すすす、すみません!鈴木りんです!よろしお願いします!」


 完全に厄介者を押しつけられている。面倒ごとの匂いしかしない。

 やーだーよー!ごろごろすりゅのー!


 ちなみに使者はさっさと帰ってった。


「あの……」

「……入って」

「は、はい」


 180の俺と頭一つ分低いから150ないくらいかな?ボサボサの黒髪で目元を隠している。声が高いから、声変わり前か生まれつきか。前者だとすれば15歳くらいかな?

 あ、目がちょっと見えた。潤んだ瞳でこちらを見上げ、ぷるぷるしている。


 なんというか、こう……


「嗜虐心がうずきますね」

「へ?」


 あっやべっ


「おっほん!えっと、鈴木りんさん。君は勇者でいいのかな?」

「は、はい」

「王様には何か言われた?」

「はい……あの、弱者はいらないと……それと5年以内に魔王を討伐出来ないなら……く、くびり殺すと」


 えへー、こわー!相変わらずだな、あの王様。


「なるほど。それで君はどうしたい?望むならこの国から逃してあげるよ」

「あの……出来れば……困ってる人を助けたいな……と……」


 へー。伊達に勇者じゃないってことかな?世界の全てに怯えてますみたいな奴なのに、助けたいと。

 力に酔ったバカではないのは明らかだ。

 ただなー。めんどくさいんだよなー。よし!適当に鍛えて逃がそう!腐っても勇者だし、護身くらいは出来るようになるだろう。


「……よし、じゃあ鍛えてあげよう。ただし、無謀な事はしないと約束してもらえるかな。蛮勇は周りに迷惑をかける」


 特に俺に。


「返事っ!」

「は、はい!」

「よろしい」

「こ、これからお世話になります!師匠!」


 お?し、師匠?なんだろう、ムズムズする。


「……もう一回言ってみて」

「へ?」

「あー、その、ほら……し、ししょ……って」

「は、はい。師匠?」

「んんんんんっ!!?」

「し、師匠!?」


 ヤバイ。師匠呼びがこんなにいいとは。


「な、なんでもない。よし!師匠に任せろ!」

「はい!よろしくお願いします!」





 ☆



 あ、どうも師匠です。

 結論から言うと勇者ぱねぇ〜。あれから1年経ったが、もう俺よりも強い。いや、そもそも俺は死に戻りによるロード&トライでAランクまで上がっただけで元々強さはそんなでもなかった。でも1年で抜かされるとはなー。

 おどおどしてるのは治らないけど。


「そう言えば弟子は男だよね?」

「へぇ!?なな、なんです急に!?男ですよ?」

「弟子の修行中、暇だっ……修行のご褒美に風呂作ったんだ。一緒に入ろう」


 俺は別に体を拭くか沐浴とかで充分だったんだが、弟子が風呂に入りたそうにしていたので作った。ちなみにこの国で温かい風呂に入ってるのは貴族くらいだ。

 うちにも無かった。なので作った。


 木材で5m×2mの湯船を作って丁寧にヤスリがけする。そしてワックスで艶を出し、撥水加工をつけたものだ。生木で作ったので一年もたないとは思うが、まぁご褒美としては充分だろう。


「えっ!?い、いっしょにですか!?……それはちょっと」

「ぐはっ!」

「師匠!?」

「そうだよねー、嫌だよねー、ごめんねーorz」

「あっ、いや、その……嫌とかではなく……は、恥ずかしくて」


 え、かわいっ。


「そっかー!恥ずかしいよね!」

「は、はい……ごめんなさい」

「いやいや!いいよー!」


 思春期だものね!恥ずかしいよね!うん、なんか愛しさすら浮かんでくる。


 可愛さは正義だわー。



 ☆



 3年目

 弟子よ。強すぎないか?今朝、


「おっはよー」


 と言ってケツに軽く平手打ちしたら、


「きゃっ!?」


 と、見えるか見えないかギリギリの速度で裏拳が飛んできた。そして上半身が弾け飛んだ。それはもう見事に、木刀で割られたスイカのように。


 ……弟子にちょっかいかけるの控えよう。


 ただ、師匠としてちょっと悔しかったので、死に戻った後ケツを撫でて避けてやった。へへっ!ざまぁみろ!(小並感)



 ☆



 4年目。

 マジ弟子が可愛すぎてつらい。


「師匠〜!」


 遠くから弟子のりんが走ってくる。手を振りながら。

 はぁ〜っ!!弟子しか勝たん。


「師匠!魔王直属四天王第一席のロランティーナを倒しました!」

「うむ!よくやったな!よーしよしよし」


 なでなでする。かわぇえ。


「それで、そのロランなんとかは?」


 弟子は不殺を貫いているので、そいつもどこかに転がしてあるはずだ。


「はい!両手足折って吊るしてあります!」

「え……あ、そっかー。あははは、さすが弟子だな!」

「はい!師匠の教えの通り心を折っておきました!」

「うむ!さすがだな!」


 はぁ〜、可愛い。何言ってたのか聞こえなかったけどマジ天使だわ〜。




 ☆




 5年目。


 勇者が立派な片ツノを生やしたおっさんを引きずってきた。魔王だってさー。わぁー、お空がキレイだなー(遠い目)。


「師匠……これでおわかれに……なっちゃうんですかね」


 俯きつつ弟子が訪ねてくる。可愛い。


「パレードとか色々と忙しくなるだろうな。しばらくは会えなくなると思う」

「やっぱり……」


 落ち込んでいるようだ。可愛い。


「しばらくはって言ってるだろ。全部終わって暇になったらいつでも来い。いつでも歓迎してやる」

「師匠……っ!!」


 ぱぁっ!!と弟子が花咲くように笑う。可愛い。


「なんなら一緒に住むか?なんてな。あっはっは!」

「はいっ!」

「え?住むの?」


 弟子は一人暮らしに憧れはないらしい。年頃の男子だろうし女の子連れ込んだりしたいだろうに。二人暮らしだと邪魔じゃなかろうか?可愛い。


「あ……ご迷惑でしたでしょうか」

「いやいやいや!二人で暮らそう!そうしよう!」

「はい!!」


 ……可愛い。




 ☆




 パレードの後、弟子はさっさと帰って来た。あれ?爵位がどうとか、どこの派閥が勇者の力を手中に収めるかとか、面倒な話があったはずだ。


「えへへ〜、師匠〜このエール美味しいですね〜」


 金は魔王討伐?として国からたんまり貰っている。魔王からも示談金?としてたんまり貰っている。なのでこうして昼間から青空の下、エールを嗜んでいた。

 今は雨季が開け、乾季だ。色んな花が咲いている。花見にはもってこいだな。


「んふふ〜」


 弟子が頬擦りしたり胸に顔を押し付けて深呼吸したりとダル絡みしてくる。

 にしても大きくなったよなー。165はあるかな?長く伸ばしはじめたセミロングの髪は艶が出て綺麗に整えられているし、顔も女顔だが、確実にイケメンだ。最近は男の俺でもドキッとする瞬間がある。……いい匂いもするし。

 あとは線が細いのがなー。細くて長い脚は少し羨ましい。おれは太腿が太すぎて履けるパンツが少ないからなー。


「師匠〜。……zzz」


 ありゃりゃ。俺の膝の上に頭乗せて寝ちゃった。


「いい日だな」


 こんな日がずっと続けばいいのに。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




(弟子の鈴木りん視点)


 トラックで少年を轢いてしまった。世間からのバッシングは酷く、私は周りからの視線が全て非難しているように感じる。


 人前に出るのが恐ろしくなった。自宅から出られなくなった。


 私を擁護してくれる意見があるのは知っているが、前途ある少年を殺してしまった罪悪感に押し潰されていた。あの時、あの少年と確かに目が合ったのだ。あの目が頭にこびりついて離れない。寝ても起きても悪夢の中にいるようで……。


 それに耐えられなくなった私は私は首を吊って自殺した。



 ☆



 目が覚めると広い空間にいた。とても自宅とは思えない。ボヤけた視界が段々とはっきりしてくると……


「ひっ!?」


 周りには大勢の人、人、人……。その誰もが私に不躾な視線を向けてくる。その全てが悪意に、憎悪に満ちているようで……その全てが責めているようで……。

 ぽろぽろと玉のような涙がこぼれ落ち、あまりの恐ろしさに私は失禁して崩れ落ちてしまった。


 その時私は視線を恐れるあまり、周りの格好が日本とはかけ離れている事に、気付いていなかった。


「おい。私の顔が怖いのは知っていたが、漏らすほどだったか?」


 後で考えると、きっと王様だったのだと思う。眼前から見下ろしてくる視線の主から、声をかけられてやっと今の状態を理解する。

 あはははっと周りから笑う声が飛び交う。その笑い声も怖く思えてしまい、女の子座りのまま動けずにいた。しかし、異常な状況であることは理解できる。


「ひぃっ!?……スマホはっ……け、警察に」


 周りに何もない。いや、それどころか何も着ていない!?その上、身体が若くなっているようだ。まるで第二次成長期に入る前に戻ったように……。

 呆然としていると王様が興味を失ったように話し出す。


「なんだ。勇者召喚も知らないということはこの国から相当遠い国の者なのだろうな。折角の成功例だと期待したのだがな」


 勇者召喚……!?どういうことなの!?


「はぁ……つまらん。闘う能力はあるかもしれんが意識が伴わぬ者を強者とは言わぬ。ただの弱者だ。要らぬよ、そんな者はこの国に。だが、召喚に御体満足で現れた強運に免じて5年だけ時間をやろう。5年で殺戮、侵略を繰り返す魔王を討伐してみせろ。できなければ余が自ら貴様をくびり殺す。興が削がれた。今日はお開きだ。去れ」


 鎧で身を包んだ男2人に両脇を掴まれ、無理矢理立たせようとしてくる。しかし、完全に腰が抜けてしまっていたので引きずられるように広い部屋から連れ出されていった。



 ☆



 その後、私は豪華な天幕付きのベットがある部屋へ連れてこられ、身体をメイドさん?に拭かれ、服を着せられた。服は白く丈の長いシャツに黒のズボンと、シンプルだったが生地が良いことが分かった。

 その間、私は腰が抜けた事もあり、人形のように動かずにいた。服を着せ終わると、メイドさん達は一礼して出ていった。


 部屋から人がいなくなり、だいぶ落ち着いた頃、妙齢の小太りな男性が現れた。


 その人は魔王率いる魔族の国と戦争をしていること、そのせいで大勢の人が亡くなっていること、このままいけば食料不足に見舞われ、戦争以上の死人が出るかもしれないことを説明された。


 その間、私は前髪で目元を隠し、体を震わせることしか出来ずにいた。


 ……でも……それでも、こんな私でも誰かを救う事が出来るかもしれない。罪滅ぼしなんて言う気はさらさらない。私が殺した命はもう二度と戻ってこないのだから。でも、救える命があるのに何もしないなんて、それは……そんなこと……きっと出来ない。

 こんな私に出来るかはわからないが、しない理由にはならないと思った。

 こんな私でも……



 ☆



 初老で小太りの男性は王様の使者らしい。使者として国中を走り回っていると、なにも喋らない私に馬車の中で話しかけてくれていた。

 そして自分を擁護しようという貴族の派閥はおらず、ならば外部委託しようという運びになったとか。


 そりゃ5年後に死刑宣告された見るからに精神的に弱そうな勇者を擁護しようとする変人はそうそういないだろう。


 そして、その外部委託先は王様に喧嘩を売って今も生きている人だとか。

 最年少で冒険者ギルドという所の最高峰ランクに上がったにも関わらずお金がある内は働かず、お金が欲しくなった時に討伐依頼を受ける変わり者だとか。

 その冒険者の二つ名は『最善』だとか。


 私の委託をしたのは王様のただの嫌がらせで、駄目で元々、受ければラッキーくらいの気持ちらしい。



 ☆



 馬車で着いた先は小洒落た西洋風の、一人暮らしには大きいが家族で暮らすには少し小さいくらいの家だった。王都を囲う大壁の外にあることもあり、周りのには家が一軒もない。


 ドアをノックすると金髪碧眼で眼力の鋭い、派手なイケメンが出てきた。ワイシャツに赤茶色のパンツを履いたラフな格好をしている。


「王からの勅命です。勇者の指導にあたっていただきたく存じます」

「えー」


 あ……え?帰っちゃった。あれ、私、ここで断られたらどうすれば……。


「えっとー」

「あっ!すすす、すみません!鈴木りんです!よろしお願いします!」


 なんとかこの人の弟子にならないと……。じゃないと私……野垂れ死ぬ。

 言い知れぬ恐怖が身体を襲う。


「あの……」

「……入って」

「は、はい」


 180cmくらいあるだろうか。玄関で上から見下ろされる。私は勇気を振り絞ってその人を見上げる。

 それでも怖くて……胸の前で手を握り合わせてしまう。身体が震えてきて……涙が溢れそうになる。


「嗜虐心がうずきますね」

「へ?」


 小さな声だったので聞き流してしまった。どうしよう……もし大切なことだったら……。


「おっほん!えっと、鈴木りんさん。君は勇者でいいのかな?」

「は、はい」

「王様には何か言われた?」

「はい……あの、弱者はいらないと……それと5年以内に魔王を討伐出来ないなら……く、くびり殺すと」

「なるほど。それで君はどうしたい?望むならこの国から逃してあげるよ」


 生き残るだけならこれは望外な提案なのだろう。でも……


「あの……出来れば……困ってる人を助けたいな……と……」


 きっと私がこの世界に呼ばれた理由があるはずだから……。


「……よし、じゃあ鍛えてあげよう。ただし、無謀な事はしないと約束してもらえるかな。蛮勇は周りに迷惑をかける」


 よ、よかった!


「返事っ!」

「は、はい!」

「よろしい」

「こ、これからお世話になります!師匠!」

「……もう一回言ってみて」

「へ?」


 もう一回?なんのことだろう??


「あー、その、ほら……し、ししょ……って」

「は、はい。師匠?」

「んんんんんっ!!?」


 急に悶えてはじめた師匠にびっくりする。


「し、師匠!?」

「な、なんでもない。よし!師匠に任せろ!」

「はい!よろしくお願いします!」


 師匠となった人は何故かとても嬉しそうな雰囲気だった。



 ☆



 師匠の修行は手厳しかった。魔力の操り方、剣の扱い方、槍の扱い方、小楯、大楯、素手での戦い方。

 魔法は簡単な火、水、風、土の四属性だけ教えてもらった。師匠いわく魔法は魔力量の差が明確に出るらしく、魔力量が少ない自分は習わなかった。むしろ単純な魔力で殴られる方が相手にすると面倒だとか。どうしても魔法が使いたいなら他の人に聞けと言われた。ちょっとムスーッとしていたので……私は不覚にも可愛らしい人だなと思った。


 でも、食料としてうさぎの屠殺をしろと言われた時、私はどうしても出来なかった。殺そうとすると、どうしてもあの少年のことを思い出してしまう。どうしても出来なかった。


「ご、ごめんなさい」

「いや、しょーがないよ。でも俺らは命を頂いて生きている。だからこそ自分の糧となる命に感謝し、無闇に命を散らしてはいけないって教えてたかったんだ」

「は、はい……」


 師匠はいつも私のことを考えてくれている。大切にしてくれている。そのことがヒシヒシと伝わってきた。

 そして、この日々がとても楽しく思えていた。


 ……………そんな資格、わたしには無いというのに。



 ☆



 ある日、師匠の日記を見つけた。日本語で書かれた日記を……。


 薄々気付いていた。お風呂はどうしているのかと聞いた時、


「沐浴か布で拭くとかかな?お湯を張れるのは貴族くらいだしー。銭湯とかも無いしなー」


 そう、銭湯は無いのだ。……この世界には。


 そして日記には、いや、日記の表紙には私の殺してしまった少年の名前が書かれていた。呆然とした私は無意識に日記を開き、綴られた文章に目を走らせていた。


 最初の一文、日記のはじめに書かれていたのは殺した私を心配する言葉だった。


 ぽろぽろと涙が(こぼ)れる。憎まれていると思っていた。恨まれていると思っていた。なのに、この人ときたら……殺した人の……心配なんてして……


 それからも日記を読み続けた。親に捨てられ、いじめにあい、殺されそうになったりしていた。なのにこの世界に来る原因になっていた私への恨み言は一つも書かれていなかった。

 この人は……どうして私を……こんな私を救ってくれるのだろう。


 捨てられた私を受け入れてくれて、私の心まで救ってくれて……いまだに私に「逃げたくなったらいつでも言え。なんとかしてやるから」と、自分が不利な立場になるのは明白なのに、私を助けようとしてくれる。


 溢れる涙が止まらなかった。日記を抱きしめ、しばらく泣いていた。


 この時、きっと私は覚悟が決まったんだと思う。


 次の日、私ははじめて自分の意思でうさぎを殺し、泣きながら食べた。

 そして「食べるのに必要な命以外は奪いだぐないでず!奪わないでず!」


 と言うと一言


「そうか」


 と言い、少年は……いや師匠は、そんな私を優しく見守ってくれていた。



 ☆



 2年目


 師匠の修行は相変わらず厳しい。魔力を限界まで吐き出し、その傍から周りの魔力を吸収する。その魔力をまた吐き出し続ける。こうすることで魔力回復力が大きく伸び、魔力総量がほんの少し伸びるらしい。


「そう言えば弟子は男だよね?」

「へぇ!?なな、なんです急に!?男ですよ?」


 咄嗟に言ってしまった。師匠の私に対する対応から、男だと思っていることは知っていた。……知ってたけどちょっとショックだ。髪で顔を隠しているからだろうな……。

 でも、男の方が色々言いやすいこともあるだろうし、


「弟子の修行中、暇だっ……修行のご褒美に風呂作ったんだ。一緒に入ろう」


 暇だったらしい。


 とても立派な木製のお風呂ができていた。前にお風呂に入りたいと言ったことを憶えていてくれたのだろう。胸がキュゥッと熱く、苦しくなった。……嬉しい。

 ちなみに、露天風呂らしい。


 あれ、ちょっと待って!?一緒に!?


「えっ!?い、いっしょにですか!?……それはちょっと」

「ぐはっ!」

「師匠!?」

「そうだよねー、嫌だよねー、ごめんねーorz」


 師匠を悲しませてしまった。ひどく罪悪感に襲われる。……でも一緒になんて、そんなの……


「あっ、いや、その……嫌とかではなく……は、恥ずかしくて」

「そっかー!恥ずかしいよね!」


 何故か師匠が嬉しそうだ。


「は、はい……ごめんなさい」

「いやいや!いいよー!」


 師匠が嬉しそうならいいか。……でも、いつか一緒に入りたいなと思う私は変だろうか。



 ☆



 3年目


「おっはよー」


 朝食の準備をしていたらお尻を触られた。


「きゃっ!?」


 ビックリして反射的に師匠に教わった裏拳が出てしまった。

 しかし流石師匠だ!まるで最初から知っていたかのように裏拳を避けて、もう一度お尻を撫でられた。

 もう!朝からなんてビックリしちゃいますよ、師匠!


 これ以降、師匠が悪戯をしてくる回数が少し減った。

 ……ちょっと残念に思ってしまった。



 ☆



 4年目


 魔王の四天王に遭遇した。いや、下品にも大量の魔力を垂れ流している奴がいたので見に行ったら四天王だった。


「ふんっ!私は魔王直属四天王第一席のロランティーナだ。人間如きが何用だ?今日は機嫌がいい。聞いてやろう」

「この先は師匠の家がある。バカみたいに魔力を垂れ流している奴が近くにいると目障りだ。帰れ」

「あ”?」

「聞こえなかったか?帰れ。殺す気はない」


 師匠との時間を邪魔され、少し……いや、かなり苛立っていた。


「……師匠は誰だ?」

「『最善』と言えばわかるか?」

「あぁ、運がいいだけのあの雑魚か。貴様の目の前で惨たらしく殺してやろう」


 ニタァ……と笑う。






 プチっ





 そいつの横っ面に魔力を乗せた左フックをかます。顎が砕けたようだ。構わず両腕を逆関節して壊す。足は雑巾をしぼるようにぐちゃぐちゃに捻り潰した。


「ご……ごえんあざい……ごえんあざい」


 気がつくと四天王が泣きながら許してを懇願してきていた。


 しかし!師匠いわく、やり返されないためにも徹底的に心を砕けとのことなので、ヤスリで魔族の立派なツノを削ってあげることにした。叫びやすいように顎だけは回復魔法で治してあげる。魔力を乗せて殴ったので、その魔力が邪魔して傷を治せなかったようだ。邪魔してるのと同じ魔力なら簡単に治せる。


 魔族は二本のゴツゴツした持っており、片方は誇り、もう片方は魂が宿っていると言われている。四天王のツノは羊のツノのようになっていた。それをヤスリでごーりごーり


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!!!!!」

「うん!丸くなったね!いいハンドル!」


 四天王は途中で気を失っていた。失禁もしていたようだ。

 土魔法で鎖を作り、木の上に吊し上げておいた。


「師匠〜!」


 手を振りながら師匠に向かって走る。


「師匠!魔王直属四天王第一席のロランティーナを倒しました!」

「うむ!よくやったな!よーしよしよし」


 えへへ。撫でられた。


「それで、そのロランなんとかは?」

「はい!両手足折って吊るしてあります!」

「え……あ、そっかー。あははは、さすが弟子だな!」


 褒められた!


「はい!師匠の教えの通り心を折っておきました!」

「うむ!さすがだな!」


 はぁ〜!師匠〜!今日も優しいな……。



 ☆




 5年目。



 師匠が私のせいで無能呼ばわりされるのは嫌だ。私は魔王に戦いを挑み、ボコボコにした。魔族の人達の心を折るために、マジックの披露もした。


「はーい!このギロチンに魔王のツノを通すと」


 ガタンッ!!と音を立ててギロチンを下ろすと、ツノが綺麗に割れてた。


 ツノの中には神経や血管も通っているらしく、盛大に血しぶきを上げていた。


「しかーし!こっちのツノを通すと?」

「や、やめろ!!」

「そうよ!もうツノを一本詰めたのよ!?」

「許してあげてください、お願いします!!」


 ガタガタうるさい


 ガタンッ!!とギロチンを下ろす。



 だが、ツノは落ちなかった。、



「じゃじゃーん!!マジックでしたー!!」

「ひ、ひでぇ……」

「正気かよ……」


 何人も殺してきた奴らがツノ如きで何をぬかしているのだろうか。


「次にまた責めてきたらこのツノも貰いに来ますからね〜。……ちゃんと憶えておけよ?」

「「「「「ひっ!」」」」」


 ここまですればいいだろうか?

 私は魔王を引きずって師匠の元まで帰った。



 ☆



「師匠……これでおわかれに……なっちゃうんですかね」


 5年までの、魔王を倒すまでの約束だった。でも……離れるなんて……いやだよ。


「パレードとか色々と忙しくなるだろうな。しばらくは会えなくなると思う」

「やっぱり……」


 もう、会えないのかな。


「しばらくはって言ってるだろ。全部終わって暇になったらいつでも来い。いつでも歓迎してやる」

「師匠……っ!!」


 やっぱり師匠は最高の師匠だ!もう離れたく無い!


「なんなら一緒に住むか?なんてな。あっはっは!」

「はいっ!」


 やった!師匠とずっと暮らして!?こ、こここれってもう、実質結婚と変わらないのでは!?

 キャーーーー!キャーーーー!!


「え?住むの?」


 あ……え?……だ、ダメだったかな。


「あ……ご迷惑でしたでしょうか」

「いやいやいや!二人で暮らそう!そうしよう!」

「はい!!」


 やった!!ふ、ふふふふ、二人暮らし!!!

 えへっ!えへへへへへっ!!



 ☆



 でも、まだやらなければならないならないことがある。パレードは出てもいい。私が有名になれば師匠の権威が高まるはず。

 いや、むしろマーキング済みって宣伝できるのでは?


 おっと、話が逸れてしまいました。


 “人間は取引をする唯一の生き物である。骨を交換する犬はいない”


 これはアダムスミスの名言だ。


 つまり、王との交渉だ。ちなみに、私を送ったのは嫌がらせだったらしいので、右耳と右眼を貰った。すぐ捨てたけど。だって汚いし。

 初めて会ったときはあれだけいばり散らしていたのに、今は借りてきた猫のようにプルプル震えている。


 あのときとは逆だねー。


 連れてきた魔王を使って魔王の国との戦争終結を両国に認めさせた。


 異議を唱える奴らは声帯を潰し、すり寄ってきたゴミどもはぶら下がっている玉を棒ごと踏み潰した。


「師匠との生活を脅かした奴は地の果てまで追って死んだ方がマシな苦痛を与える」


 と言ったらみんな震えていた。


 “才能を隠すにも卓越した才能がいる。”

 ラ・ロシェフコー


 これは隠しているのだろうか?




 ☆





 パレードの後はさっさと帰って来た。

 今日は師匠とのお花見だ。


「えへへ〜、師匠〜このエール美味しいですね〜」


 酔ってるフリをしているが、全然酔っていない。


「んふふ〜」


 頬擦りをしたり胸に顔を押し付けて深呼吸したりしているが、もう一度言う。全然酔っていない。


「師匠〜。……zzz」


 そろそろ剥がされそうだったので狸寝入りに移行することにした。


「いい日だな」


 はい♪ そうですね師匠!

 こんな日がずっと続けばいいのに。




 ーー完ーー

好評ならIFルートで一緒にお風呂入るやつ書きたいですね〜。

主人公が女の子なのに気づかずに一緒に入っちゃって、全く気付かず、女の子だけがドキドキ、ヤキモキするって最高じゃないですか?

主人公も男って思ってる子にドキッとしてそっちの気があるのでは?と心配になる感じも好きです。


いっやっほーーーーーわーれ!!(☝︎ ՞ਊ ՞)☝︎

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ