8.葦嶽山に向かって
磐船に戻ってきた美咲は、青く変色してしまった髪を気にしている。
「ミナカヌシ様、この髪はどうしてなのですか…?」
ミナカヌシの声が美咲の頭の中に響く。
「…ミサキ、貴女の波長が姫神の波長と同調している証拠と言えます。もう暫く我慢するのです。神気を扱えるようになれば、徐々に回復するでしょう…」
「では、また元に戻るのですね?」
「そうですね…いつになるかはわかりませんが…」
「そんなぁ…」
ミナカヌシの神と話す美咲を見て、白兎は声をかける。
「ほほう、もうミナカヌシの神様と話せるとはのう。そう早くできるものではないぞ」
美咲は驚いて答える。
「え、そういうものなのですか?」
「ああその通りじゃ。愛菜はどのくらいかかったかのう?」
「はい、私は会話らしい会話はしていませんが…伝えてくる言葉がわかるくらいです。ですから美咲先輩が普通に会話しているのが信じられません」
「えっ、そうなの?ちょっと聞いてみる…ミナカヌシの神様、カミムスビの神子は会話できないのですか?」
また頭の中にミナカヌシの声が響く。
「…少し波長がずれているようですね。私が調整してみます…」
しばらくしてミナカヌシから伝えられる。
「ミサキ、これでカミムスビと神子は話せるようになったと思います」
「はい、ありがとうございます…愛菜、大丈夫だって」
わかりましたと声をかけ、愛菜はカミムスビにコンタクトする。
「カミムスビの神様、私の声が聞こえますか…?」
「…はい、やっと話せるようになりましたね。アイナ」
突然愛菜の目から涙が流れる…。ミナカヌシの神と会話できた事が心底嬉しかったのだ。とても温かい、親しみのある女性の声だった。
「やっと、お声を聞く事が出しました…カミムスビの神様。ずっと話したかった…」
「アイナ、伝えてください。タカミムスビは交戦的な性格です。神子になる者に気をつけるようにと…」
「わかりました、そのようにお伝え致します」
愛菜は涙を拭いながら、蓉子に伝える。
「蓉子先輩、タカミムスビの神はとても交戦的だと、カミムスビの神がおっしゃってます。気をつけて、と…」
蓉子は答える。
「面白い、私もやる気になって来た!…あ、それと愛菜、先輩はいいよ。お蓉って呼んで」
「は、はい。では、お蓉さん」
「まあいいか。美咲も、だよね?」
「うん、美咲で大丈夫!」
「はい、では、お蓉さん美咲さん、改めてよろしくお願いします」
話を聞いていた白兎が3人に声をかける。
「話は済んだか?良ければ葦嶽山に向かうが…?」
3人は了解した事を伝える。白兎が何か詠唱し、再び磐船は音もなく浮上し、葦嶽山に向かって飛んで行く。
…そんな一行をじっと見つめるものが存在していた。余り目立たずに枝の上にじっと止まっている。一羽の烏である。漆黒の羽で覆われ、存在を消している。一見見た目は普通の烏だが、その足は3本だった…。
「ふーん、ミナカヌシとカミムスビの姫神が生まれたか…さて、タカミムスビはどうか…」
そんな事を考えながら異様な烏は、磐船が飛び去った後にその場を離れ飛び去って行った…。
葦嶽山に向かう磐船の中で、美咲はミナカヌシと会話していた。
「…え、この磐船はレムリアの技術では自転車のようなもの?動力はイオンと水で動き、大気中の水をエネルギーに替えて飛ぶ、光の屈折を利用して他の者には見えないようになっているって事ですか?すごい…」
白兎は、まるで自分が褒められているように話す。
「どうじゃ、磐船はすごいじゃろう?」
「ところで理事長、この磐船はどうやって手に入れたのですか?」
蓉子が問いかける。
「うむ、初めて黒又山に行った時に、この磐船は御神体のように飾ってあったのじゃ」
「それで、当時の徐福としての理事長は、これがこういう乗り物って事はすぐに理解できたのですか?」
「当時の神子…つまりは君達の先代じゃが、その神子に教えられたのじゃ」
今度は美咲が白兎に聞いた。
「先代の神子ってどんな方だったんですか?」
白兎は少し時間をあけて、思い出すように答える。
「…とても美しい女子じゃった。肌は儂らと違って褐色で、顔立ちはハッキリとしておったのう…とても清らかで、自然を愛する娘じゃった」
「当時は、他国から来た人も住んでいたのですか?」
「うむ、古代の日本は今よりもグローバルと言うか、様々な人種が混在しておったのじゃ。西洋から来た者、中東から来た者、東南アジアから来た者も多かったのう」
「じゃあ、私達はそういった色々な肌の色の人達の血が混ざっているのですね?」
「そうじゃ、長い年月をかけて今の君達が存在するのじゃ」
美咲は遠い過去を思ってみた。人々はどんな生活をして、どんな人達がいてどんな場所に住んでいたのだろう…?
すると突然、ミナカヌシが美咲に話しかける。
「当時の生活はこんな感じです…」
突然、美咲の目にビジョンのようなものが映し出される。様々な肌の色の人が、平和に生き生きと生活している姿、子供達、機織りをする女性、狩りをする男性、老人の世話をする女性の姿もある。平和で、現代人にはない純粋さが感じられる。そして遠くに黒又山の姿が見えた。今のように樹木に覆われていない、人工物のような山だ。
美咲の目に、いつの間にか涙が溢れていた。人は元々こういう自然と共存した生活が正しいのだろう。その生活が美しいと感じ、眩しくもあり、感動したのだ。
「あれ、私泣いてる…何でだろう?」
「ミナカヌシ様にビジョンを見せられたかのう?どうじゃ、当時の日本は美しいじゃろう?」
「はい、素晴らしい光景が見えました。理事長が守ろうとしていたのはこういうものだったのですね?」
「わかってもらえたかな?じゃが、やはりその世界も戦乱に覆われて行ったのじゃ、悲しい事じゃがのう…」
「…………」
美咲は言葉を失う…。人が人の手で素晴らしいものを壊していく…なんて愚かな事だろう。
「美咲、私達はこれからどうするかを考えればいいんじゃない?」
蓉子が美咲に声をかける。美咲はそれが正しいと思う。
「うん、そうだね!私達はこれからどうすべきかを考えて生きよう!」
「はは、大袈裟だな。美咲らしいけど」
愛菜はそんな2人を見て優しく微笑んでいる。
いつの間にか、磐船は巨岩の点在する山の中腹辺りに来ていた。もうここは葦嶽山付近だ。すると、蓉子が何かを感じた。
「…何か伝えて来てる。神子よ、その力を示せ…ってそう言っているみたい」
白兎は蓉子に答える。
「ふむ、蓉子君、タカミムスビの神は神に試練を与えるかも知れぬな…儂らは見守るしかできん。大丈夫か?」
「はい、望むところです!」
「お蓉、頑張って!」
「お蓉さん、気をつけてください」
「ああ、わかってる」
やがて磐船は磐座のような場所に降り立つ。蓉子は磐船を降り、自分を呼んでいる存在を強く感じる方に歩いて行った。
「タカミムスビの神様…」
蓉子はそう念じ続けた。すると辺りには霧が立ち込め、徐々に深くなっていく。しばらくして蓉子は存在を近くに感じた。目を開ける。
するとそこには屈強そうな男の姿があった。髪は朱色、長髪で肩辺りまである。鍛えあげた体は圧倒的な存在感を待っていた。その男は蓉子に話しかける。
「神子よ、よく来た!儂の名はタカミムスビ、お前の力を見せよ」
蓉子は答える。
「タカミムスビの神様、私は波多野蓉子と申します。力を見せるとは、戦うという事ですか?」
「ヨウコか?そうじゃ、お前の力を儂に見せるのじゃ」
「はい、わかりました」
蓉子はタカミムスビの神と対峙する。恐ろしく強大な岩山に向かっている感覚を覚えた。
「…やるだけの事はやってやる!」
蓉子はタカミムスビに勢いよく向かっていった。