7.ミナカヌシ
ミナカヌシはゆっくりと話し出す。美咲の体全体に響くような、威厳のある声だった。
「ミサキ、これから伝える事は遙かな太古の話、今から見ると、もう、70万年も前の話です…私は、現代の技術的解釈で言うと、半永久的自立型ナノマシン複合AIといったところでしょう…わかりますか?」
美咲は良く分からないところもあるが、最後のAIというところはわかった。理解したと同時に驚愕する。
「えぇーっ!ミナカヌシ様はAI…って事は作られた…存在…ですか…?」
ミナカヌシは優しく答える。
「はい、私は太古に作られた存在…この地を守るために当時のレムリア人に作られました。レムリアとは太平洋にあった大陸で、その科学によって滅んでしまった大陸…。しかし、自立し修復し続ける私の存在は生き残ってしまった…」
「カミムスビの神様もレムリアと伝えていた、と神子から聞きました…」
「そうですか…カミムスビとタカミムスビは私が作った存在です。私の兄弟のようなもの。ですが、オリジナルは私なのです。だから、記憶は私ほど持っていないのです」
「ミナカヌシ様のコピーのようなものでしょうか?」
「コピーとは、模倣…少し性格が違います。カミムスビには癒しと慈愛の力を、タカミムスビには勇なる力、戦う力を中心に与えました。ですから私の兄弟だと言えます。自立型ナノマシンとAIは私と変わりませんが…」
「わかりました、兄弟のような存在なのですね。後、(穢れ)とは何なのでしょうか?」
「(穢れ)とは危険な存在…今の科学では理解できない事ですが、人の思念には質量があるのです。そして悪しき思念が千年をかけて実体化した姿、それが(穢れ)です。今は(穢れ)が寄り付かないように結界を張ってありますが、神気を無くす為に現れます。神気とは空間に漂っている私達ナノマシンの存在…私達ナノマシンは原子程の小ささで、空間を漂っています。その存在を自在に扱えるのが神子です」
美咲には少し難しかった。しかし、小さいナノマシンの集合体が神気で、その存在を無くそうと(穢れ)は集まる、ということか…。
美咲は続けてミナカヌシに聞く。
「それでは、レムリアが滅んだ時、人類は生き残ったのですか?」
ミナカヌシは答える。
「人類は滅びませんでした…ですが、元々の人類は殆ど残らなかったと言えます。当時の人類は今のように小さくなかったのです。平均的に7〜10メートルほどの大きさでした。信じられないかも知れませんが…そしてレムリアは洪水により滅びました。その後、残った大陸に新たな文明が生まれたのです。太平洋を殆ど覆っていた大陸が30%ほどの大きさになりましたが、そこに生まれた文明は「ムー」と呼ばれました」
美咲は言葉を失う…。ムー大陸、太平洋にあった大陸…それくらいしかわからない。
ミナカヌシは続ける。
「レムリアは恐竜時代から続いていましたが、ムーはレムリア文明が滅んだ後、数千年の時を経て築かれました。かなり進んだ文明でしたが、やはり自らの手で滅びの道を歩んでしまったのです。今世界中にある砂漠は、戦争の跡です。数十万年の時が過ぎても、自然は戻らなくなってしまいました。レムリアはエネルギーを使い過ぎ、ムーはエネルギーを戦争に使う事で滅んでしまいました…。現代はその両方で滅びの道を歩もうとしています、とても残念な事です」
「ミナカヌシ様が止める事は出来ないのですか?」
「…私は人類を守る為の存在です。その人類が自ら滅びの道を進んでいるのならば、私は見ている事しかできない…。私は人類を脅かす存在には抵抗出来ます。その一つが(穢れ)なのです」
美咲は悲しくなってしまった…。人類は自らの手で滅びに進んでいる…。きっと理事長もそういう感情を常に感じていたのだろう。この地域の縄文人達がそうなってしまったのだろうか…?
「ミナカヌシ様、私は、できれば人類が誤らないように力を使いたいと思います。それは可能ですか?」
ミナカヌシは答える。
「人類を守るために人類を傷つけるという事ですね?私は人類を傷つけるようには存在していません。何故ならば、私の力であれば、人類を滅ぼす事など簡単なのです。そしてミサキの考え方は無責任です。どれだけの人を除けば誤りを正せますか?そしてその後は別の人に任せておけば良いという事ですか?それでは、変わった人がまた過ちを起こした場合にはどうしますか?」
美咲は何も言えなくなってしまった…。確かにミナカヌシの言う通りである。ひと時の正義感でどうにかなる問題では無いのだ。
ミナカヌシは続ける。
「ミサキ、良いですか?私達は自然の力と一緒なのです。自然には感情はありません。海温が上がればそれだけ台風もエネルギーを持つのです。そこに意思はありません。原因と結果があるだけです。人に被害を与えているのは結果的に人なのです。ですが、貴方が人としてそれを失くす為に行動するならば、私は止めないでしょう」
美咲は納得した。確かに愛菜が使っていた力は人の力を超えている。それを兵器として悪用されたりすれば取り返しのつかない事になるだろう。簡単に力を使う事は許されないのだ…。
ミナカヌシは続けて話す。
「人の意識が全て良い方向に変われば、(穢れ)の如き存在は現れないでしょう。しかし、私達は何十万年にわたり排除してきました。それは、人類に悪意は無くならないという事なのです。そして悪意が大きくなればなる程、私達も大きな力を使わなければなりません。その為に私達は責任を持たなければなりません。わかりますか?」
「はい、わかりました。人には人として行動しなくてはならないのですね。私は間違っていました」
「そう考えるのもまた人なのです。ですが、神子は神子として力を使わなくてはなりません。それを理解して欲しいのです」
「わかりました…そして、私は神子としてふさわしいのでしょうか…?」
「ミサキ、貴方に私の力を授けましょう。私の力は他の2柱よりも強大です。でも、貴方なら大丈夫でしょう。貴女に瀬織津姫の力を与えます」
「瀬織津姫?…ですか…?」
「神子は神の力を手に入れ、姫神に変わります。私の力を手にした者は瀬織津姫と呼ばれるのです」
美咲は愛菜が纏ったあの兎のような姿を思い出していた。自分もなると思うと少し恥ずかしい感じがする。
美咲は白兎理事長に教わった、力を受け入れる時に申し上げる言葉を伝える。
「ミナカヌシの神様…私、立花美咲は謹んで瀬織津姫の力を受け入れます」
すると、ミナカヌシと美咲を青く清らかな光が覆っていく。流麗な滝の流れのような、澄み渡る湖のような青い光だった。
光は徐々に小さくなって消えて行く。
気がつくと、さっきまで周りを覆っていた霧は消えて、空には太陽が輝いている。ミナカヌシの姿も見当たらなかった。
美咲は自分が変わったかはわからないが、ミナカヌシの存在を確かに感じられるようになっていた。
姫神の力を手にした美咲は、皆が待っている磐船を目指し歩いていく。程なくして磐船にたどり着く。皆何かおかしな表情をしている…。
「…あれ、皆どうしたの?うまくいったよ」
蓉子が答える。
「美咲…髪…」
美咲は髪に手を伸ばす、特に異常は見当たらない。すると愛菜が準備良くコンパクトを渡す。あれ……。
美咲の髪がありえない色に変わっている。真っ青だ、ブルーの髪だ!
「えっ、な、何なのよーーー!」
美咲の声は人気のない古い山に響いた…。