プロローグ
〜〜〜始皇帝は大いに喜び、3000人もの童男女に加え、五穀の種子と多くの技術者を送り、徐福と共に東海へ派遣した。ところが徐福は秦に帰る事は無かった。旅先で平原、広沢の地を得、王になる事を選んだ。〜〜〜 史記
「お蓉!新学期早々遅れるよ!」
「えっ、まだ大丈夫でしょ?」
「あんたは、のんびりし過ぎよ」
「美咲の気が早すぎるのよ」
立花美咲と波多野蓉子は同じ寮のルームメイトだ。2人は秋田県にある、全寮制の私立女子高、「白兎学園」に通う高校2年生。2人ともに、スポーツ特科のクラスである。
今日は新学期最初の始業式の日で、2人は寮から校内に向かうところだった。
「白兎学園」は創立10年程の新興高で、特にスポーツに力を入れている。全寮制で入学した生徒の学費は無料というのを売りに、最近有名になってきた学校法人である。また、白を基調とした、今時珍しいセーラー服の制服も可愛いと評判だった。近年、剣道や柔道などの武術部門での活躍がめざましく、特に力を入れているのがわかる。
入学志願者はここ数年でかなりの倍率になっていた。少数精鋭を旨とし、ひとクラスの人数は20人、スポーツ特科、進学特科、情報技術特科に分かれており、1学年は60人しかいない。
スポーツ特科は中学時代のスポーツ実績も選考の基準に含まれるが、それ以外にも、身体能力が抜きん出ている者や学校の部活の他の活動、例えば私設の武術道場で学んできた事や大会に出て実績がある者なども選考の対象となっていた。
美咲は中学時代に、剣道の個人戦で全国大会優勝の実績があり、今でも剣道部のエースとして活躍している。
蓉子は部活ではなく、中国拳法の鷹爪翻子門を学び、その他太極拳、八卦掌なども学んでいた。世界大会で剣術部門の優勝という実績も持っていた。
とにかく、そういった生徒がこぞって「白兎学園」を目指して入学して来る。その他にも日本の古流武術や、空手、テコンドーなどを学んできた者なども広く受け入れていた。
美咲と蓉子はそんな学園の新学期を迎え、今日から2年生になる。美咲は身長は158cmで、鍛えられた身体は程よくしまっており、髪は肩くらいの長さをポニーテールに結んでいた。蓉子は身長163cm、細身だがスタイル良く、手足が長い。髪は長く、髪は左右を頭に2つ団子にまとめていた。蓉子は香港の有名な武侠作家、金庸原作の「射鵰英雄伝」を心から愛している。自分の名前が蓉子という事もあって、その中に出てくる「黄蓉」というヒロインが特に好きで、そのヒロインが「お蓉」と呼ばれるのを真似して、自分も「お蓉」と呼ばせている。髪の団子も「お蓉」を意識してのものだった。
美咲はこの1年で、散々蓉子に小説の内容を聞かされ、ちょっといや、かなりうんざりしていた。だが、蓉子の天真爛漫なところや芯の強いところが好きで、今では親友として、ルームメイトとして、いい関係を築いていた。
蓉子は奔放な自分の性格をしっかり正してくれるような美咲の事を信頼し、一緒にいて安心感を覚えていた。おそらく他の生徒では上手くいかなかったかも知れないと感じることもあった。
そんな2人が校舎に向かう途中、「白兎学園」だからなのか、兎の飼育場所の近くを通って行く。いわゆる「兎小屋」だった。少し早めに寮を出たせいか、他の生徒はまだ見当たらない。そこで不思議な事が起きた…。
「…うむ、だいたい候補は決まっておる。大丈夫じゃ、心配せずとも…」
美咲と蓉子は辺をキョロキョロと見渡す。しかし誰の姿も見つけられない。
「い、今何か話し声聞こえなかった…?」
「き、気のせいじゃ…ないよね…」
2人はお互い顔を見合わせて、何事も無いように早足で校舎に歩いて行った。
そんな2人を一羽の兎が見ていた事は2人は気づいていない…。
「おやおや、儂の声が聞こえるようじゃな…。やはりあの2人が候補で間違い無かろうて、そうじゃろう、愛菜?」
どこにいたのか兎のいる場所に突然姿を現した者がいた。
「そのようですね、白兎様…。あの方達で間違い無いような気がします。2人ともいい神気を感じます…」
「ふむ、やはりのう…。儂の目は狂いは無かったようじゃ」
そんな会話が早朝の校舎の外で交わされていた事は、2人には当然知る由も無かった。