一章37話 蒼竜ネージュ「育児放棄か!」
理屈は分からないが、明かりを用意しなくても視界に問題の無い程度に外の明かりが入り込んでいる氷の洞窟を、レシオン、俺、アオ&千夏、弟子共、リエル、クラッド、アルトの順に並んで進む。
洞窟内には魔物も居らず、寒さと滑り易い床以外に障害になる様な物は無い。
ここに魔物が入り込んでいないのはドラゴンの影響か?
まぁ、そんなわけで、あっさりとドラゴンの住処にたどり着くことができた。
「おお」
洞窟の突き当り、ドラゴンの住処は、壁は相変わらず氷で覆われているが、天井が無く山頂まで吹き抜けになっていた。
翠のドラゴンのサイズと同じようなのが居るとなると、ドラゴンが通るには洞窟は狭すぎる。
戦闘マップを確認しても洞窟の突き当りが山の中央付近の開けた空間で他に今通って来たような横道になる洞窟は無い、となるとそのドラゴンが出入りしている出口は上になるな。
吹き抜けの空間は体育館位の広さか? ドラゴンにとっては狭いんだろうな……。
天井が吹き抜けだからか床に少し雪が積もっていて、住処の中央付近の氷の塊にも雪が積もっているが……あの塊がここのドラゴンだよな?
「ギャウウゥ?」
全員が洞窟を抜け広場に入ると、それまでキョロキョロと周りを見回していたアオが氷の塊を見て一声鳴いた。
その声に反応するように氷の塊かピクリと動き、ゆるりとドラゴンの頭の部分が持ち上がった。
「クルウウ?」
見た目のでかさからは想像できなかった可愛らしい声でアオ方を向き声を発する。
「ギャウギャウ!」
「クゥ? クルウゥ」
ドラゴンとアオは何かを話しているみたいだが……何言ってるか分からん。
氷の塊プラスドラゴンヘッド……いや、もうこれがここのドラゴン、ネージュだよな? 鱗が氷とかクリスタルっぽいのはアオを見ていれば同じだって分かるしな。
ネージュは体を震わせ積もった雪を振り落とすとアオの方へ鼻面を向けたが、少し離れた所で制止した。
アオの方を見ると千夏が少し震えている事が分かる。これは寒さから来る震えではないよな……俺なんかはもう恐怖心なんてものは麻痺しているけど、ちょっと前まで普通に暮らしてたやつにこれだけでかい生き物が怖くないわけ無いな。
「ギャウ!」
その辺りを察したのか、アオが千夏の腕から抜け出し、自分からネージュの方へと近づいて行く。
ネージュの鼻にじゃれつくように動き回るアオと、そこに居る事アオを確かめるように鼻先で撫でるように対応するネージュ、この国では脅威と言われているドラゴンだが、普通の親子のようなほのぼのしたやり取りをされて徐々に千夏の方も落ち着きを取り戻してきたようだ。
「ネ、ネージュよ、申し訳ないが、は、話を聞いて欲しい」
そしてその光景に割り込むクラッド……。
まぁいい、話を進めよう。
「クルウウ?」
「あの…………」
「クル…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
当然ドラゴンの言葉なんて分からないよなぁ!
クラッドたちとの会話は勝手に翻訳されている俺のシステムもドラゴンの方には働かない。
「翻訳、するよ?」
会話不能という事で固まってお見合いを続けるクラッドとネージュに救いの手が差し伸べられる。
千夏がいつの間にか戻って来たアオを撫でながら二人に声をかけた。
「アオの言葉はなんとなくしか分からなかったけど、ネージュさんの言葉はしっかり理解できたから」
「あ? なんだそれ、スキルレベルでも上がったか?」
「ううん、そう言うのじゃなくて、アオのは舌っ足らずな子供が話しているような感じで、ネージュさんは普通に大人が話しているような感じで聞こえるから」
「そんなことはどうでも良い! 言葉が分かるなら頼む!」
千夏が通訳に入りネージュとの話し合いが行われた。
そして、予想通りとは言え戦闘が無かったので、俺や弟子共は暇を持て余すことになった。
マインがフォスとアルトと戦闘訓練をはじめミリルが見張りに着く。
ソウマは場所が場所だから下手に魔法を使えないと戦闘訓練を拒否したが、洞窟内だろうが戦いようは有る、ただマインの相手が面倒だったんだろう。
そんな訳で、今回の依頼を正式に受けているリエルとクラッドと俺、通訳の千夏と戦闘訓練に加わりたくないソウマ、それと案内のレシオンでネージュとの話に挑む。挑むって程の物でもないか……。
「……と言うう訳で、こちらの者がすまなかった。か、孵ってしまってはいるが、こうして子供も無事なので穏便にすませていただきたい」
「こっちも可能な限りの要望に応える準備が有るわ~、それで怒りを鎮めて欲しいのぉ」
まぁ、俺はクラッドとリエルに任せて話を聞いているだけなんだけどな。
『フフ、態々この子の元気な姿を見せに来てくれたことに感謝はしますが、私は怒ってはいませんよ。でも、そうですね、願いを聞いてくれると言うのであれば、一つお願いしたい事が有ります」
何だろう、リエルとドラゴンを比べるのもなんだけど、なんていうか気品が違う……ネージュの方が圧倒的に高貴な感じがするんだが、リエルは貴族としてそれでいいのか?
「な、何でしょう?」
そしてクラッドは緊張しすぎ。まぁ、仕方ないんだが……。
『言葉を介してくれている少女(え、私?)にこの子を……』
「ギャウ!」
『そう、アオと言う名を貰ったのね。この子、アオの事をお願いしたいのです』
ネージュの怒ってないって言葉に少し安心したクラッドは続くお願いにどんなものが来るのかとハラハラしていたが、内容を聞いて間抜けな面を晒す。この場ではクラッドが観察していて一番おもしろそうだな。
「え、いや、でもドラゴンをずっと面倒見るには……」
今の大きさならまだ目立たないが、成長すれば嫌でも目立つ。そうなったら街中では騒ぎになるだろう。目の前のネージュを見ている感じではそうは感じないが、世間一般でドラゴンは厄災って認識だからな。
『そう言えば、昨今の私たちは人々に恐れられているのでしたか?』
昔は違ったみたいな言い方……そう言えばレシオンの住むあの村は元々ドラゴンを信仰している人達が住んでいたんだったか?
「この辺りに昔はドラゴン信仰の者がいたと言う話でしょうか?」
俺たちにその話を教えてくれたレシオンが訊ねるが、ネージュは横に首を振る。
『私たちが信仰されていたのは、ここだけではなく大陸の全体でですよ。でも、それも数百年も前の話になりますね』
俺みたいな基本知識の無い奴が聞くと、へ~そうなんだ~、ぐらいにしか思わないが……。
クラッドたちはそんな馬鹿なっ! 信じられん! って顔している。
まぁ、ドラゴンに対抗するって名目の生贄集団まで作ってドラゴンに対している人たちにとっては信じられない話なんだろうな。
『当然、挑んで来る愚か者には相応の対応をしていますし、この大陸を守るために必要であれば人々を排除することも有りましたが、それ等で人々に与えた影響がが膨らんで現状に至ったのでしょう』
ん? 大陸を守るのに必要なら? 必要が、理由が無ければドラゴンが人をお沢ないような言い方だな。ここのドラゴン、ネージュは大人しいらしいが……。
「ちょい待て、先日ミネラルレをドラゴンが襲ったのは?」
話は通じるようだし聞いた方が早いな。
『先日と言うと、鉱山近くの街でしょうか? あそこには事前に忠告として、あ……信仰が失われているのであればその合図を知る者もいないという事でしょうか? これは、失敗しましたね。私たちは世界に定められた役割としてこの大陸を守っていますが、そこに人々の信仰の有無はどうでもいいと考えていました。そのせいで覚えていてもらいたい知識が失われたのであれば、やはり失敗しましたね』
「ん~、ちょっと聞き捨てならない話みたいね~、詳しく聞かせてくれるかしらぁ?」
リエルがネージュから色々聞き出した結果。
ミネラルレの使っていた鉱山に大量発生したミネラルタートルは鉱山が枯渇する前の合図で、そこで採掘を止めればミネラルタートルによって数十年後に鉱山は回復するのだが、そのまま採掘を続けると鉱石の枯渇どころか鉱山の崩落にまで至ると。
ミネラルタートルの大量発生と言う忠告の合図を無視するとドラゴンが人を排除しに来る。
これって、ミネラルレにドラゴンが襲撃して来たのって、無理矢理採掘した俺たちのせいか?
「待って待って、そう言う忠告って~他にいくつあるのぉ!」
最初は俺みたいに面白そうにクラッドの反応を見ながら話をしていたリエルが真剣にネージュと腰を据えて話し出した。
「これは~、早急に皆の考え方を変えさせる必要が有るわねぇ、下手をするとドラゴンとの全面戦争になるわ~」
しばらく話を聞いていたリエルがそう呟く。
このままだとドラゴンの忠告を知らないまま無視し続ける事になるからな。
『私はココの気候の調整、ゼルザールは廃坑の崩落の阻止、エルスブルフは活火山の抑制、スフィードは残滓の処理で動けませんから、掃除役のティフォーネの傷が癒える迄は襲撃の心配は有りませんけどね』
なんか、ネージュに見られている気がする。多分気のせいだろう。
『それでは、忠告や私たちの存在理由を広める為にもアオを連れて行ってください』
大使とかそんな風な役割にしようって言うなら、アオにはまだ無理だろ?
「面倒見て貰ってる状況だが、千夏は国の所属じゃないぞ」
アオを預かるとなれば千夏のアオの制御能力が求められるだろうから言っておく。
「だが、卵を持ち出した馬鹿が居た手前、この話受けないわけにはいかないだろう」
「ここを離れるとなると、チナちゃんと一緒にしておかないといけないわよねぇ? も~、引き続き家で面倒見るしかないかしら~?」
「アオの面倒を私が? うん、いいよ、先輩も一緒なら」
俺も? まぁ、このままリエルの所で厄介になるなら気にはかけるが……。
まぁ、同じ異世界人でこっちでの先達って事で頼られていると思っておくか。




