序章4話 襲撃「シィルなら許す」
静かに扉を開ける音がして、扉を開けた誰かが部屋に入って来る。シィルには部屋に入るのに許可は要らないから遠慮なく起こしてくれとは言ったけど、俺人の気配が有ると目が覚めるんだよな……それに、まだ夜の帳が下りてからそれほど時間が経っていない、こんな時間にシィルが起こしに来るとは考え難い。
そうこう考えているうちに侵入者が俺の眠っているベッドまで近づいて来る気配がする。
時間は早いが、シィルが起こしに来たんだったら声をかけて来るよな? メニューを開いてフラッシュタスクを起動させて思考を加速して考える時間を得る。目は閉じたままだがメニュー画面は脳内に用意された仮想領域に展開されている感じなので問題無く使用できる。警戒度を上げ意識を戦闘に移行することで通常のメニュー画面が戦闘用の物に切り替わる、その戦闘用のメニューから戦闘マップを選択する。
頭の中に表示されたマップは俺の寝泊まりしている部屋とその周辺を映し出す。この部屋のベッドに自身を示す青のアイコン。そして、同室の数マス離れた場所に敵でも味方ユニットでもない白のアイコン、その白のアイコンの詳細を確認するとユニット名はマリアンジュ……誰? 職業的なものが表示されている称号欄の表示は王女って……ああ、三十路か。なんで三十路が夜中に俺の部屋に来るん……いやな予感がしたので隠密を行使して目を開けベッドから抜け出す。
「え!?」
突然俺の姿が消えたことで驚く声を聴きながら三十路を確認すると地獄のような光景が有った。
隠密のスキルはゲームだと1ターン消費してターン経過か攻撃行動を行うまで姿を見えなくして敵から隠れる事ができるスキルだ。今みたいに相手が目の前に居ても問答無用で見えなくなる。ゲームだった時は味方しか使えないスキルだったから深く考えなかったが、目の前で相手の居場所が分からなくなるとかとんでもないスキルだよな。
三十路が着ていたと思われるドレスは床に落ち、三十路の半裸が月明かりのみの薄暗い部屋で晒されている……何をしようとしてやがった!
目を開ける前以上の恐怖を感じたので、そっと扉を開けこの場から離脱する。
「チッ……」
部屋を出る瞬間、三十路の舌打ちが聞こえたような気がした。怖えよ……。
「はぁ、どこで休もう?」
移動したことで表示の切り替わった戦闘マップを調整して自室を映すと、まだ三十路は部屋に居座っているようだ……ってか、ベットに三十路のアイコンが重なっているって事はあの格好で俺が戻って来るのを待っている可能性がある……最悪だ。部屋の扉にこっちの文字で『ビッチに注意、俺は逃げる』と紙に書いて張り付けておいたから、朝シィルが三十路に出くわす確率は低くなっただろう。
後は俺が今晩どうするかだな。確か……魔創師の爺さんは城に住み込みだった筈だ。
「よし、一晩語り明かすか!」
あの爺さんはなんか気楽に話せるからな。
「と言う訳で起きろ爺さん!」
眠りについていた爺さんの部屋に突撃、部屋の場所は戦闘マップを開いたまま移動して爺さんの名前を探した。クラウスとか執事っぽい名前だったとうろ覚えだったけど、老王宮魔創術師って称号でちゃんと確認できたから大丈夫だ。違っていてもごめんなさいすればいいだけだしな! 因みに、俺の称号は元々が『異世界人』で魔王をぶっ殺した後から『魔王殺し』が選択できるようになっていた。
「な! なんじゃ!? 敵襲か!?」
おお、爺さんも元々魔創術師って戦場にも出るタイプの人だからか、異常時の対応が老いた今でも素早い。ベッドからさっと起き上がり近くに立て掛けてある魔法石付きの杖を手に取る。
「爺さん、シィルの可愛さについて語り明かそう」
「……お主、今何時じゃと思っとる?」
爺さんは俺を確認すると慌て顔から呆れた表情に変わり冷静に非難してきた。まぁ、こんな時間に押しかけてきたらそうなるよな。でもそれは爺さんの国の王女に言ってくれ、先に安眠妨害してきたのは三十路の方だ。
「まぁまぁ、俺は弱いから飲めないけど酒も有るからちょっと付き合ってくれよ」
旅の途中で盗賊から手に入れた物だが、以前試しに飲んだ時はたったの一口で泥酔から二日酔いのコンボを喰らってしまった。元の世界でも酒を飲んだ事の無かった俺はどうやら酒に弱いようで、手に入れた酒類を全く消費できなかった。まぁ、売れば路銀になるかと思ってとっておいたが、すっかり存在を忘れてしまっていたのだ。白に来るまでの道中、アイテムボックスの整理をしていたら大量に出て来て驚いた。この酒類の存在をもっと早く思い出せていれば魔王のを倒すための準備ももっと早く終わっていたのにな……そんな中の良い物を数本取り出して爺さんにプレゼントする。当然俺は酒に詳しくない、それが異世界の物となれば尚更だ。だが、所持品は余程特別なものでない限りメニューからアイテムの説明が読める、その説明文で高級品や貴重品となっている物を中心に選んで適当に渡した。
「……まったく、うちの姫さんがすまないのう」
酒で機嫌を取りつつ事情を説明すると、爺さんが呆れたように謝って来た。爺さんが謝る必要ないんだが……。
「あれも、もうよい歳じゃからのう焦っておるのじゃろうて……昔は縁談の話も来ておったのじゃが、なぜか全て断っておってな、最近ではそういった話も全く来なくなっておるわい」
まぁ、ホントいい歳だからな……多分だが、今まで城に残ってるのは、ゲームだとあの三十路がサブヒロイン扱いだからだろうな。個別エンドの対象では無いが、とある男性キャラの個別エンドで三十路が主人公の勇者君といい雰囲気になっているシーンが有った筈だ。だから、そのゲームの設定が影響しているんだと思うが、どうなんだろう? あの三十路の性格が残念なのがばれて相手にされていないだけかもしれない。
「酒は貰うが、寝かせてくれんかのう?」
「却下だ。シィルの可愛さについて語り明かそうぜ!」
俺は爺さんの頼みを断って部屋に居座る。俺を追いだすことを早々に諦めた爺さんもやがて酒に呑まれテンションがおかしくなってくる。そのテンションに素面のままのっかる俺。あぁ、こういう空気久しぶりだ……ノーマルエンドに辿り着くために仲間を制限して一人な上に正確なタイムリミットが分からないからできる限り急いで魔王の所まで突っ走ったからなぁ……まぁ、無駄だったんだけど。
そして、爺さんが酔い潰れて眠るまでおかしくなったテンションで騒ぎ続けた。
酔いつぶれて眠ったままの爺さんをベッドに寝かせて、俺も適当に部屋の隅で旅中の野営時に使っていた寝袋をアイテムボックスから取り出しそれで休ませて貰うことにした。
元々これが目的なんだよな……城での知り合いが爺さんシィル、王に三十路ぐらいだ。この中で頼るとなると爺さんかシィルになるが、夜中に女の子の所に押しかけるのは論外となれば残るのは爺さんだけだったんだ。
翌日、早くから起き出して二日酔いで呻いている爺さんに礼だけ言って爺さんの部屋を後にする。自室のドアに張り紙はしたがシィルが部屋に突貫する前に戻らないと三十路と遭遇する可能性が有るからな。
戦闘マップに表示される自室のベッドには相変わらず三十路のアイコンが重なっているのでまだ諦めていない事が分かる、さらに確認すると状態が眠りになっていて……あの三十路、人のベッドで寝てやがる。
「や、止めてください!」
「うるさいこっちも命令……」
ッ!! シィルの声! しかもなんか嫌がってる感じだ!
急いで声のした方に駆けつつ戦闘マップでシィルの居る場所を確認する。シィルの白いアイコン……有った! 俺の部屋に行く途中か? それとシィルから遠ざかって行く赤いアイコン。今は姿を消している俺が駆け付けようとしているのには気づいていない筈、なのに遠ざかって行くって事は……シィルは無事か!?
シィルのいる場所にたどり着くと彼女は俺用だと思われる朝食を乗せたワゴンを前に俯いていた。
戦闘マップのステータスで、シィルに状態異常は出ていない事もダメージが入っている様子が無い事も確認できているが……。
「ッ!!」
本当に大丈夫か確認しようと思い隠密を解除した途端、シィルが顔を上げて朝食の乗ったワゴンをひっくり返した。
「え!? 何やってんの!?」
「うやぁ!? ゆ、勇者様!? ご、ごめんなさい! 勇者様の朝食駄目にしてしまいました」
いや、思いっきりぶちまけてたよな? 色々大丈夫か?
「すぐに代わりを用意します! あ、それは後で片づけますからそのままにしておいてください! 触っちゃだめですよ!」
そう言ってワゴンを起こし、いそいそと厨房の有る方へ去って行った。
「触るな……ねぇ」
そう言われてもシィルがどうして朝食をぶちまけたのか気になるしな。状況を見るに、誰かに何かされたんだろうけど……シィルに何かした結果の凶行か朝食の方に何かされたからかによってシィルへの対応を考えないといけない。
ぶちまけられたままの朝食に意識を向け所有権を取得する。そのままアイテムボックスに収納してメニューから説明を読む。
ゴミ(元・王宮の朝食)
これか? 説明文は……。
王宮の料理長が高級食材を用いて作り上げた朝食の成れの果て。ほこりや毒薬と混じりゴミと化している。使用効果 対象に猛毒の異常を付与する。
えっと、シィルは……誰かに毒を混ぜられたから俺に食べさせない為にぶちまけたって考えたら良いのか?
とりあえずこのゴミはちょっと片付けやすい感じに調整して元に位置に棄てておくとして。狙われたのは俺だよな……。何か面倒な事が増えて来たな、当初の目的は果たしているしもう出て行くか……逃げるが勝ちだ。
新しい朝食を用意して貰い戻って来たシィルに祭りの日を待たずに出て行くことを伝える。まだ部屋が三十路に占拠されているので、食事の用意は適当に言って外に用意して貰った。
「そう、ですか……でも、その方が良いかもしれませんね」
シィルから毒を盛った犯人はシィルが立場上言い難そうだったので聞いていない。もう出て行くから知らなくてもべつに良いかなって……。
朝食を食べ終わると、早速出発の準備に取り掛かる。とは言え、俺の私物は全部アイテムボックスに収納しているのでやる事なんて無いようなものだ。
シィルと爺さんに別れを告げて街に出て、数日分の食料と日持ちする保存食を購入してそのまま街を出る。うん、こっちを殺ろうって奴が居る筈なんだがあっさりと出発できた。もしかしたら城に居座られたくなかっただけだろうか? いや、食事の時に地位とか要らねぇ、祭りが終われば出て行くって言ったからほっといても出て行くって分かるだろ? 聞いてなかった奴の仕業か? あ~、考えるのめんどいな。もう関わる事も無いだろうからどうでも良いか。
「さて、どこに行こうかねぇ……」