序章3話 待ち時間「この世界にももう慣れた」
召喚儀式用の魔法陣を描き写した翌日、俺は用意された客室で昼過ぎに目を覚ました。
魔方陣を描き写した後、遅くまで魔創術師の爺さんと話していたからまだ寝足りない気がする、まぁそれも眠っている途中でこの部屋を訪れる者が居たから深く眠れなかったってだけなんだが……。
外が明るくなってから城仕えの従者たちが何度か俺が起きているかの確認に来たんだろうな。敵意は無かったとはいえ、俺は近くに他人の気配がある中でぐっすりと眠れるほど図太い神経をしていない……まぁ、俺の寝るのが遅かったのがいけないんだけどな。
そして、何度目の確認なんだろうか? 再度俺の起床の確認に来た少し涙目のメイド少女は、俺が起床していることに気付き慌てて挨拶をし、入室の許可を求める。
「おはようございます勇者様」
おはようと返すが、メニュー画面を開いて時間を確認すると、昼を少し過ぎた所だった。どう考えてもおはようって時間じゃないな。
このメニュー画面なんかのシステムスキルは異世界人としての能力らしく、この世界の人間で使える者は居ないようだ。だが、本来の勇者君がここに居たら使えるかと言うのは分からない。異世界人なら全員持って居るかって言うのは確認できないことだ。そもそも、勇者君はゲームの中の地球から勇者として喚ばれた異世界人で、俺は現実からゲームに入った異世界人と、元居た世界も次元も得られた能力も全然違うからな……。
メニュー画面にはアイテムやステータスといった基本的なものからマップ、スキル、レベルアップ、魔創、実績、ヘルプなんて項目が色々有る。まぁ、魔創の所は俺が魔創のスキルを持って居ないから暗くなって使用不可な状態になっているんだけどな。あと、さっき確認した現在の時間、所持金、プールしている経験値などのロールプレイングゲームに有りそうな項目が適度に表示されている。そして、戦闘時には戦闘用のメニューに切り替わったりする。
「悪い、久々に落ち着けたから随分と眠っちまってた」
実際は只の夜更かしだが、俺はこれまで魔王討伐の旅をしていたって認識だろうからそういう事にしておこう。
「いえ、大丈夫です! その、昼食の用意を致しますね」
俺の言い訳をアッサリと受け入れたメイド少女は、そう言って退室し数分後に昼食を乗せたワゴンを押して戻って来た。
食事を用意しながら、メイド少女が話しかけて来る。
「勇者様、正確な宴の日取りが決定しました。三日後に……」
メイド少女が言うには、丁度三日後が城下の方で毎年行われている祭りの時期だったらしい。その祭事と魔王討伐の宴の日程を合わせ盛大に祝おうという事らしい。
「宴までの間、このままこちらの部屋をお使いください。それまでのお世話も私が致しますので、何か有ればお申し付けください」
世話を任されたって……俺って一応VIP扱いだよな? このメイド少女、俺たちの世界だと中学生位……小学生でもおかしくないぐらいの見た目なんだけど……大丈夫なのか? まぁ、ここの世界観なら普通に働いていてもおかしくは無い。
まぁ、食事さえくれれば特に頼む事も無いし大丈夫か。
正直この昼食で旅の間には食べられないようなご馳走を堪能しているので、もう宴とかどうでも良いんだけどな。
「まぁ、俺はのんびりと資料室でも漁ってれば良いか」
また泣かれそうになるとかわいそうなのでメイド少女に何処に行くか伝えて、ついでに部屋に入るのに許可を求める必要が無いから朝は遠慮なく起こしてくれていいと言ってから城の資料室にやって来た。
この資料室は城の者が自由に使用できるって事なのでそれほど重要なものは置かれていないらしいが、一般的な学校の教室程度の広さが有るので、印刷技術の無い異世界としては規模が大きい方だろう。部屋中の本棚が埋まり切っている訳ではないが、俺がこの世界に来てから見たことが無いほどの大量の本や皮紙の束が並べられている。
「一応整理はされているのか……これなら俺だけでも探せたかな」
「だったら無理矢理引っ張って来んでくれんかのう」
資料室に来る途中で昨日俺が話し込んでいた魔創術師の爺さんを見かけたので、案内と資料検索の手伝いに有無を言わせず引っ張って来たんが、俺の呟いた一言を聞いて文句を言う。
まぁ、普通に考えたら爺さんにも予定って言うか仕事が有るんだろう。無理に引っ張って来るのは拙かったな。
「暇じゃから良いんじゃが……」
良いのかよ!? あ~、だったら資料探し手伝ってもらうか……この世界の言葉は世界の設定がゲームだから日本語だ。俺でも問題無く探せるのだが、ここを知っている人が手伝ってくれた方が手っ取り早いからな。
「おぬしが見たい資料は召喚に関する事だったかのう?」
「ああ、でも期待はしてないから適当に頼んます」
そして、ものの数分で爺さんが用意してくれた本を、さっきメイド少女がくれてそのままアイテムボックスにしまっていた焼き菓子と適当に用意した飲み物を摘まみながら流し読みしていく。爺さんにも資料を用意してくれたお礼に焼き菓子と飲み物を振る舞っておいた。
「これは……シィルの手作りかのう?」
焼き菓子を口にした爺さんが、ふと聞いて来る。シィルってのが誰か分からないけどこの爺さん焼き菓子の味だけで誰が作ったのか分かるのかよ……確かに旨いけど、それ以外に特徴があるようには感じないんだが、この爺さんがよく口にしている味ってだけか?
「俺の滞在中の世話役になったって子がくれたんだよ。そう言えば名前聞いてなかったな……」
「いや、シィルが名乗り忘れたんじゃろう、そそっかしい所が有るからのう」
まぁ、城のメイドって言ってもあの年じゃしょうがないんじゃないか? 俺らの世界だったら 要人の身の回りの世話なんてするような年じゃない、正直もっとベテランに任せる事だろうからあの子が俺の世話でミスしたとしてもあの子を選んだ奴のミスだ。あの位の歳の子なら普通はフォローされながら仕事を覚えて行く感じなんじゃないだろうか?
「あの子は爺さんの孫かなんかか?」
「いやいや、儂は少し前まで魔創術の研究一筋じゃったからのう、妻子はおらんよ」
いい年になるまで独り身だったからってあんな小さい子に手を出そうなんて……この爺さん信用しない方が良いんじゃ……。
「何か変な事考えておらんか? シィルは少し前に亡くなった友人の孫じゃよ、あ奴に代わって少し気にかけておるだけじゃ、決して疚しいモノじゃないぞ」
「まぁ、可愛い子だからな……爺さんが暴走しそうになっちまうのも分かるが、花は愛でるもんだぞ。俺らが欲望に任せて手折っていいものじゃない」
「だから違うというとろうが!」
少々爺さんをからかい、メイド少女シィルの可愛さを語りながら爺さんと焼き菓子を消費する。勿論その間も爺さんの選んでくれた資料を読み、必要そうなことは手持ちのメモに必要な情報を書き写していく。こうして同時に複数の事を考える思考はゲームで言うとメニュー画面を開いた時や戦闘中のコマンド選択時に周囲が止まるあれを利用している。スキルにフラッシュタスクと表示されていたので、高速での思考、俺の思考が加速して考えている間は周囲が止まっているように感じるとかそんな感じだろう。まぁ、戦闘時なんかに考える時間が得られるのは有難いので有効に使わせてもらっている。要は、シミュレーションロールプレイングゲームの戦略を考えるようにじっくり考えて効率のいい動きをしているってことだ。アイテムボックスやメニュー画面、このフラッシュタスクはゲームの中、そのシステム関する事だからシステムスキルって俺は分類している。もちろんこの世界の住民には無い能力だな。俺が知らないだけかもしれないが……。
「ところで、その文字はお前さんの世界の言語かのう?」
丁度会話が切れた所で、爺さんが俺の手元を示しながら聞いて来る。まぁ、さっきから俺のメモをチラチラ見ていたからな。知的好奇心か……。
俺が異世界から召喚された事を知っている爺さんにならそれぐらい聞かなくても予想できるよな? まぁ、隠すことでもないから聞かれても問題無いんだが……。
「そうだな、俺が居た世界の俺が住んでいた場所で使われている文字だな」
この世界の文字はそういったシステムになっているみたいだから俺でも内容を理解できるが、何も勉強していない状態だと丸写し以外で書くことはできない。内容を纏めているから、メモは全部俺の知っている文字で書いている。
「ほう、場所によって文字が違うのかいのう?」
そこに喰いつくか……この世界はゲームって事もあって言葉は1つに、ぶっちゃければ日本語に統一されている。ファンタジー感を出すために文字は違うって設定になっているが、相手の口元を見て言葉を聞いて居れば発音と口の動きが完全に日本語だ。だが、他に魔物の言語やら何やらあるみたいだから、日本語で会話が成立するのは言葉が日本語に設定されている人型の奴だけだな。
「海で隔てた各大陸や交流すら無い種族の言語体系が全く同じなんて、普通なら有り得ないからな」
言語が発達するのと大陸間の交流ができるようになるのとじゃどう考えても言語の発達の方が早いだろう。まぁ、一か所にしか人がいなくて言語が発達し終わってから各地に散らばって行ったって考え方もできるけど、いろんな考え方の奴が居るから全員が一か所に留まり続けるなんて事はまずありえないと思う。そこはこの世界ゲームだから、で深く考えないでおこう……。
「今の儂らの使っておる言葉は神によって伝えられたものと記録に残っておる」
ゲーム制作者(神)ね……。まぁ、ゲームの世界だしそういう設定になるのか。
とりあえずの殆ど無駄な作業(暇潰し)を終えるとそれなりにいい時間になった。暇潰しって目的が無かったらここの資料を全部袋にでも詰めてアイテムボックスに放り込む方が早いんだけどな。まぁ、普通に報酬も貰ったしぶんどって行くのは勘弁してやろう。そもそも、アイテムボックスが厄介な設定になっているみたいで、俺の所有物じゃない物をアイテムボックスに入れると俺が持ってる事が周囲にバレバレになるから面倒臭い。所有物であればテントや寝袋各種装備品等々、持っている量が明らかに人一人が持ち運べる量じゃないって事には疑問を抱かないのに、所有物以外はバレるって設定になっている。まぁ、他人の物もバレずに入れられたら盗み放題だからかな? 仕方ない。
爺さんに別れを告げて与えられた客室に戻るとメイド少女、爺さんがシィルって言ってたか? シィルが客室の掃除をしながら俺が戻って来るのを待っていた。
「俺が使う前に十分掃除されてたと思うが……まぁ、掃除ぐらい毎日するか」
「うゃ!? ゆ、勇者様?」
あ、ついついスキルを使って姿を隠していた。魔王を倒しに行く道中で不意のエンカウントを避ける為に常に隠密スキルを発動させていたから変な癖がついてしまってるな。ん? だとすると城内で移動中に声をかけられないのって、無意識にスキルを使っているせいで俺が見えていないからか? 視線すら向けてこないから変だとは思ってたんだがな……。
「えっと、お帰りなさいませ。あの、晩御飯は王様たちと共にとの事なので……」
あ~偉そうな奴等との食事って肩がこるから遠慮したいんだが、朝は寝ていたし、昼は変な時間だったからか何も言われなかったけど晩飯までは見逃してもらえなかったか。
まぁ、無理に断る事でもないんだがな。
やっぱり断っておけばよかった……。
シィルに案内されて王たち用の食堂までやって来た。ゲームでは見覚えのある部屋だがこの世界に来てから来るのは初めてだ。それはまぁ良いんだが、やたらとでかいテーブルなのになんで三十路のすぐ横に座らせられなきゃならないんだ? 本来なら上座に居なきゃならない王は俺の真正面に居るし……そういう習慣が無いのか? 俺の分の食事を給仕をしてくれているシィルだけがこの場での癒しだ。なんて考えていると、三十路は料理を自らの手で俺に食べさせようとして来る。弁えろババァ! 三十路にあ~んされても何にも萌えねぇんだよ!
「所で、勇者よ……」
あ? 何だよ、三十路を意識から切り離して食事に集中したいんだから余計なこと聞いて来るなよ。
「宴の終わった後、魔王討伐の功績も加味し相応の地位を用意してやろう」
あぁ、そういう話か……今ここの騎士団長になってるティリアスってキャラクターの個別エンドと同じ状態だな。まぁ、俺はティリアスと会った事が無いからティリアスの個別エンドに入ってる訳じゃないだろうが……。
てか、こいつの認識では俺ここに所属している扱いになってるのか? 魔王討伐の為に何かしてもらったって覚えが特に無いんだがな。まぁ、俺が城に寄り付かなかったからだろうけど……それはそれとして、自分たちが召喚したんだから今後も自分たちの為に俺が働くとでも思ってるのか?
「報酬はもう貰ったから必要ない、俺の仕事はこれで終わり……今後は元の世界に帰る方法を探しながら色んな所を旅して廻ってみる積りだからな」
正直この国に利用価値を見出せないからな、ここできっぱりと関係を断っておこう。おそらくだけど、今はゲームで言うエンディング……だが、俺の知っているエンディングよりも周囲が優しくない状態だ。王や姫の感じがなんかゲームと違うんだよな。俺がこの世界の人たちと殆ど交流を持たずに魔王討伐を終わらせたのが原因だとは思うけど……。
魔王を倒しはしたが、道中のイベントを色々とすっ飛ばしたせいでなんとなくこの辺に居辛いんだよ……魔王関係で被害に遭っていた筈の地域なんかも放置してたからな。結局自業自得か……。
断ったのにしつこく勧誘して来る王や、やたら色目を使って来る三十路に耐え食事を終える。明日も食事を一緒にって言われたら面倒なので、その時は何とか理由を付けて断ろう。
たいして味の分からない食事を終えたけどこれからどうするかな……資料室の本で召喚関係の物は元々数が少なかった事もあり既に纏め終わっている。
まぁ、纏めたと言っても、勇者召喚の儀式は神から賜った……から始まって魔方陣の写しや歴代の勇者の記録が記されているだけの資料しかなかったからほとんど役に立たなかったんだけどな。
もしかすると俺が元の世界に帰る方法なんて無いのかもしれない……。
召喚された当初、の世界が夢じゃないって分かってから色々有った……あの頃は帰りたいって思ってたけど、レベルもカンストしてこの世界での生活にも慣れた今なら別に帰れなくても良いんだよな。カンストしてるレベルのステータスだったら大抵の事は余裕で対処できるからな。
まぁなんだ、特にする事も無いし、電気の無いこの世界の夜は暗いだけだからもう寝るか。
これからどうするかな……とりあえず明日は、祭りが終わった後どうするかを資料室で地理系の書物でも調べながら考えるとしよう。