序章2話 閉幕後の世界「既知のシステムは通用する?」
「お父様! 待ってください! その方は以前私たちが召喚した勇者様です!」
入口の方から飛び込んで来て、どこか芝居がかった口調で王に戦いを止めるように話しかけるBBA……確か、ハインライトの姫だよな。
だが、出て来るのが遅せぇよ……。
ゲームではハインライトを拠点に活動する主人公のサポートをしていた姫さんだけど、俺はチュートリアルをすっ飛ばして城を出て以来一度もここに戻って来ていないんだよな……王に忘れられていても無理は無いか?
いや、俺だって移動がゲームのように選ぶだけで済むなら戻って来てたぞ。使えるアイテムや装備が手に入るイベントも有った筈なんだからな。
「では、この者が世界の声に在った魔王を倒した勇者と言う事か……」
そうそう、だからさっさと報酬をよこしやがり下さい。それと、世界の声ってなんなんだ? ゲーム的に言えばシステムメッセージ? ネトゲの運営からのお知らせ? イベントのボスが討伐されましたよ~的な?
ゲームやってた時には気にしなかったけど、実際にそういったお知らせとかが有ると世界の声なんて認識になるって事か? まぁ、この世界には魔王の願いを聞き入れて勇者をこの世界に喚ぶ世界の意思なんてのが存在するからその声が聞こえる可能性も有るのか? でも、ゲーム的に考えるとシステムメッセージなんてプレイヤーにしか聞こえないもんだろ? 俺に聞こえていないのは異世界人だからだろうか? 思いっきりプレイヤー枠なんだが聞こえないって逆じゃね? それとも俺がプレイヤー位置って認識が間違ってる? まぁ、今はこの世界の住人のみに聞こえるお知らせ的な物が有るんだろうって認識しておくか……。
「で、望み通りに魔王をぶっ殺して来た訳だが……」
「そ、そうか、よくやってくれた。大儀であったぞ」
え? そんだけ? おいおい、仮にも魔王なんて認識されてる奴を倒して世界を救った(笑)んだぞ。もしかして自分たちが召喚した勇者だから戦って当たり前みたいに思われているのか? この王ってゲームでこんな設定だったか? もっと主人公に寄り添た立ち位置に居る人格者だったと思ったんだが……。
「礼なら言葉じゃなく形で示してくれ」
一応元の世界に帰る積もりだったから所持金も殆ど残してないんだよ! まぁ、本来の勇者をこの世界によこしたのは世界の意思だから、その世界の意思外でここに居る俺を帰す方法なんて王たちに分かる筈は無いんだが、なんとか報酬だけは確保しないとこの先やっていけない……。
「チッ……」
舌打ちしてんじゃねぇよ! もう何なんだ! 姫は三十路で登場のタイミング見計らうような奴だし、王は王でなんか俺の知っている性格と違うし! なんだ? ゲームでは演技していたってか? ゲームだったらちょくちょく会ってたからその演技が続いていて、今は最初の時以外は会っていない上に魔王も片付いてるから態度悪いのか? そうだとしたらこれが王の本性って事か……そんな設定嫌すぎるんだが。
王からぶんどった報酬をアイテムボックスに入れる。物が一瞬で消える異常な光景だがこの世界の者は誰もそれを疑問に思わない。ゲームの世界だからこういった能力を持つ者が多々居るから皆慣れていると言う訳ではない。こんなシステムスキルを持っている者はおそらくこの世界には存在していないだろう。もし持っている者が居るとすればそれは本来この世界に喚ばれる筈だった勇者、主人公の位置に居る者だけだろう。まぁ、これも予想でしかないから、他にも持っている奴が居るのかもしれないが、少なくとも俺がいきなり物を消しても誰も疑問に思わないのはシステム……この世界の仕様のようなものだな、俺はそう思う事にして深く考えない事にしている。
「勇者様、魔王討伐を祝い宴を用意しますので是非参加してください」
とりあえずゲームのキャラクター設定についての嫌な予想から逃れるためにさっさと城を出ようとする俺を三十路姫が引き留める。
宴か……祝いの宴なんだから当然豪勢な食事が出るよな?
「うむ、魔王を倒した勇者として国民に知らせよう。そうすれば、もう魔王を倒したと騙る者も出て来なくなるだろう。勇者よ、どうか宴に参加してくれ」
勇者の名声なんて必要ないが、旅の道中は節約のために贅沢は控えてたからなぁ、まぁ、豪勢な食事ができるなら少しぐらい勇者を騙る輩ってのの露払いに利用されても良いかな?
宴の準備が済むまでの滞在場所として城内の一画に有る客室を与えられた。
しかし、報酬を手に入れて少し所持金に余裕が有るからと言ってのんびりしている気は更々無い。
「とりあえず、召喚された部屋を探すか……」
おそらく俺がこの世界に来たのは、この国の召喚の儀式やこの世界の意思が介在した物じゃないから意味は無いと思うが、元の世界に帰る為の方法を調べるなら、最初に思いつくのが勇者を召喚するための儀式魔法だ。もう帰る気が無いので調べても意味は無いのかもしれないが、何処で役に立つか分からないからな。
城の中を歩くのはこの世界に召喚された日以来になる、そんな記憶を頼りに城内を徘徊する。元の世界で読んだゲームの設定資料でも城内の詳細な見取り図なんて物は無かったからあの時の記憶を頼りに行くしかない。
「ん~、以外と憶えてるもんだな。我ながら召喚後はずっとメニュー画面気にしてたとは思えねぇな」
ここだここだ、ゲームでは魔創儀式の間って表示されてたんだよな。勇者の召喚はイレギュラーな儀式で普段は魔創術師と呼ばれる者たちが仕事をしている場所だな。本来の勇者君もここで魔創スキルって魔法を作成するスキルを使って魔法を作っていた。俺は魔創スキル持ってないから俺一人だとほぼ関係無いんだけどな。
「おや、君は? ここに何か用かね?」
あ、やっぱり居たな、召喚された勇者君に魔創術についてのチュートリアルをしてくれる魔創術師の爺さんだ。
「以前召喚された者だ……ちょっと部屋を見せてもらうな」
そう言って了承も得ずに床に敷かれた絨毯を引っぺがす。俺がここに召喚された時はこんなカーペット無かった筈だ。
「爺さん、この魔方陣は魔創術……魔法とは違うんだよな?」
この世界の魔法は魔創術で作成した魔石を媒介にこの世界に働きかけるもの、他の世界の理に干渉するなら魔創術による魔法以外の、この世界とは違う世界の理が必要だと設定資料集に書かれていた筈だ。
「よく知っとるのう、そうじゃ、この魔方陣は古の時代に世界に愛された御子姫が残した異世界の秘術と言われておるのう。実際の所、それが真実なのかは分かっておらんがのう」
その辺りはゲームでも公式サイトでも設定資料集でも語られていなかったな。まぁ、ゲーム内の設定が俺が元の世界に帰るのに役立つとは思えないんだけどな。
何しろ、最初にあてにしたノーマルエンドが機能してないんだからな……もう帰る気は無いが、もし帰りたくなった時に帰れるように少しでも帰れそうな要素は集めておこうとは思う。
絨毯を引っぺがしたことで顕になった床に彫られた溝、それをよく見れば、ゲームや資料集で見たが朧気にしか覚えていなかった魔方陣の形が思い出され、それと同一であることが分かる。こっから忘れないようにメモしておこう……。アイテムボックスから筆記用具を取り出して魔方陣を描き写していく。その間、魔創術師の爺さんは明らかに怪しい俺を微笑ましそうに見守っているだけで特に邪魔はしてこなかった。
「その魔方陣を調べるという事は、お前さん、元の世界に帰りたいんじゃろうなぁ?」
「いや、別にどうしても帰りたい訳じゃない。何でもいいから目標を設定しておかないと、これから先何やったらいいか分からないだけだ」
ノーマルエンドが駄目だった段階で元の世界に帰るのは半ば諦めている。まだこうして元の世界へ帰る為の情報を集めたりしているのは、念のためと手頃な目標ってだけだな。
「ほう、そうかそうか……しかし、どうにせよこの魔方陣は役に立たんかも知れんわ」
ん? どういうことだ? 一応これで俺がこの世界に呼ばれたんだよな? 本来の勇者君を呼び出す筈の魔法陣だから俺にとっては役に立たないかもって言ってるのか? いや、この爺さんが俺が本来召喚される筈の勇者じゃないって知っている訳も無い。
「実は、召喚の儀式の際、この魔方陣の溝に粉々に砕いた空の魔法石を詰めるんじゃが、その量が僅かに少なかったのじゃ……しかし、不完全な筈の魔法陣は起動した。それには召喚儀式ではない別の要因が働いておると、儂は思っておるんじゃよ」
爺さん凄いな、本来の勇者君じゃなく俺が召喚されている時点で別の要因が働いているって言うのは間違いないだろう。本来の勇者君も、正確には魔方陣の力じゃなく世界の意思によって喚ばれたんだしな。どっちにせよ正解だ。ただ、喚ばれたのが勇者君じゃなく俺だから、別の要因って言うのが何なのか分からないんだよな。仮に、この世界の意思が勇者君じゃなく俺を呼んだのだとしたら俺に勇者君が与えられる筈の能力が有る筈だ。
まぁ、本来の勇者君が居ないこの世界の意思なんてものが本当に有るのか曖昧だが、世界の声ってのは有るみたいだし……まぁ、有るんだろう。魔王を倒した俺を元の世界に還していないんだから俺の召喚にこの世界の意思ってやつは関わっていないと考えるべきか、それともこの世界の意思はゲームの設定と違っているとか? っと考えても分かる訳の無い可能性しか出て来ないよな。
どうも、この世界は俺の知っているゲームとは少しづつ違っている。だから、ゲームの中にそのまま入ってしまった訳ではないと言う事は分かるんだが……。ゲームによく似た異世界って所だろうか?
「とりあえずこの魔方陣は正確に機能していなかったって事か……」
「まぁ、そういう事じゃのう……」
それでも、俺の知る設定が変わっていなければこの魔方陣が他の世界とこの世界を繋ぐ物である事には変わりない。魔王の器だってこの魔方陣を改変したものによって呼び出された筈だしな。ただ、そっちの魔法陣に関してはどこに設置されたのかの描写がゲームでも無かったから調べに行けない。
「この魔方陣だけでも、何も情報が無いってよりは調べようが有るってもんだ」
よし、魔方陣の写し描き終了。筆記用具をアイテムボックスに戻して引っぺがした絨毯を元に戻す。戻した絨毯には床に掘られた魔方陣とは別の陣が魔法石を使って染めた糸で縫い付けられている。こっちの魔法陣は俺には全く使えないから描き写す必要は無いな。絨毯に縫い付けられた魔方陣は魔創の際に使うものだが、俺にはそもそも魔創の能力が無い。これが本来の勇者君なら魔方陣無しでも魔創を使えたりするんだけどな。
「帰る方法を探すなら資料室の方にも良い物があるかもの? 儂は魔創関係の物しか利用せんので他は詳しくは読み込んでおらんが、そういった書物も有った筈じゃ」
へぇ、宴の準備にどれくらいかかるか分からないけど時間が有れば調べてみるか……。帰還方法以外でも面白い事が分かれば、今後の方針にできていいんだけどな。