一章4話 王都へ「移動か……」
「と言う訳でぇ、王都フォルリオに向かいます!」
どういう訳だ?
ソウマを保護してから5日程経った日の晩飯の席でリエルが薄い胸を張って宣言した。あ~あ、ゆったりしたローブだから分からなかったが、胸を張った事ではっきりしちまったな。まぁ、強く生きろ。それもステータスだって誰かが言ってた筈だ。
「そうだね、予想通りソウマの捜査の方では進展は無い。このままソウマを保護し、教育するなら王都に戻る方が都合が良い」
初日以降共に行動しているクラッドもリエルの意見に賛成の意を示す。
「フォルリオ?」
リエルが王都って言ってるからこの国の中心都市だろうな。
ソウマが首を傾げて目で問いかけて来る。ここ五日間の事だが、ソウマは記憶が無いせいか、何でもかんでも質問してくる傾向にある。
と、質問されても俺もこの世界の事はハインライトで経験したこととゲームで出てきたことぐらいしか知らないんだよな。そういう訳で、ソウマの質問にはリエルやクラッドが答える事が殆どだ。
「まぁ、この国の首都ねぇ~。普段あたしたちが拠点にしている街でもあるわぁ」
「僕たちはちょっとした任務でここに来ているだけだから、こっちに留まったままだと色々動きにくいんだ」
要は拠点に帰った方がやり易いって事だな。
大人2人の説明によると、フォルリオはこの大陸のほぼ中央に位置している。その為、大陸中から物や人が集まっているし、何をするにも大陸のどこに行くにも都合がいいらしい。
よくもまぁ、都合よくそんな位置取りになったもんだと思ったが、ゲーム的な立地で言えば有りなのか?
港街ツヴァイティアから徒歩なら一月ほど、馬ならその半分と言ったところのようだ。
「因みに、あたしたちはこっちに来るときは馬を利用して来たけどぉ……」
「俺、乗馬は無理だ」
ハインライトでもずっと徒歩だった。
「そうなのぉ? でもぉ、ソウマも一緒だから馬を使うとしても馬車かなぁ」
俺が乗れない以前にソウマが子供だし記憶もねぇからな。
「いっそのこと歩いて行くか?」
「やぁよぉ、歩いて行くなら一人で行ってぇ」
却下された。まぁ、俺も本気で歩いて行こうって思ってる訳じゃない。
体力やら身体的には走って行っても余裕だけどな。
「僕が馬車を用意しておく……乗合は避けた方が良いだろう」
そう言いながらクラッドはソウマの方を見る。
乗合馬車なら、事情を知らない者も一緒に乗る事になる。
注意しなきゃいけない事がソウマの魔力暴走だから、事情を話して注意して貰う訳にもいかない。
多分一般の奴がソウマの事を知ったらさっさと殺す方を選ぶだろう。そんなわけで話せないなら、最初から俺たちだけで移動した方が良いだろう。
「それじゃぁ、出発は明日の朝すぐねぇ」
「え、ちょっと! 朝一で行くのか!?」
思い立ったがなんとやら……でも、もう貸し馬車屋なんかは閉まってる時間じゃないか?
これからクラッドがする苦労が窺えて気の毒だ……だが、頑張れ。
「そう言やお前ら、ソウマを保護することを受け入れてくれたが……お前らの主は大丈夫なのか?」
こいつらはこの国の所属だよな? となると、リエルとクラッドがソウマの保護を受け入れても、その上が認めるかは分からない。
「大丈夫よぉ、我が王は多くの命を救う為なら小を切り捨てるって人だけど……救えるのに救わないって事は無いからぁ」
「それに、ルイの言った様にソウマを保護することで得られるものは大きい」
リスクは魔力暴走の可能性だけだからな。そっちは気をつけていれば何とでもなるし、俺が側に居れば暴走しても何とかする。あ、でも、もう防御系の魔法石がほぼ無いんだった。防御カウンタ系なら有るんだが、それだとソウマにダメージがいくかもしれないんだよな。
ソウマに関しては大丈夫そうだが万が一暴走した時の備えは欲しいな。と、そんな事を考えている内にクラッドがげんなりした顔で一人宿を出て行った。これから馬車の手配か……。
俺たちは部屋に戻って日課の魔力制御訓練をソウマにやらせる。まぁ、教えているのは主にリエルだから俺は殆ど見ているだけなんだけどな。
「あ~リエル、無理だと思うが。ちょっと魔法石作ってくれね?」
まぁ、無理だろうな。国家所属と言っても無断で刻印済みの魔法石を他人に与えるのは禁止されているはずだ。
「良いわよぉ、どんな刻印を彫ればいいのぉ?」
良いのか!? 多分ばれたらリエルが罰せられると思うんだが?
俺の心配を余所に、リエルは腰のポーチの中から一枚の布と各種の空の魔法石を取り出して準備を始める。
「あ、ソウマはまだ触っちゃだめよぉ」
興味深そうに空の魔法石に目を向けていたソウマへの注意を忘れない。ここ数日でソウマがきちんと自分の状況を理解して改善に向けて行動している事は俺も魔創術師2人も認めているから大丈夫だとは思うが、念の為にと用心は大事だ。
リエルの取り出した赤い布には魔法陣が描かれていて、それはハインライトの儀式の間、召喚の魔方陣の有った部屋に置かれていた絨毯に描かれていた魔法陣と似たようなものに見える。
「ハインライトの魔法刻印が知れる機会だからねぇ、少しぐらい構わないわよぉ」
そう言って紙とペンを差し出してくる。
そういう事か……俺が作って欲しい魔法を言ってその効果が有る魔法をフェブリエの刻印で作るって事はしないけど、俺の知っているハインライトの刻印で魔法を作るならやってくれるって事か。
ここ数日の会話で俺がハインライトに居た事やハインライトの魔法刻印を知っている事はリエルも気が付いていただろうからな。もしかしたら聞き出す機会を窺っていたのかもしれない。
「とりあえず、暴走の時に無くなったのは地壁防護魔障盾だな」
言いながら渡された紙に3つの刻印を描いて行く。
「あっさりバラしちゃうのねぇ?」
「知りたいんだろ?」
俺が教えなくても有る程度は自分たちでも調べて把握しているだろ? ハインライトの城で戦闘マップを使って魔創術師の爺さんを探していた時に、時々他の国の密偵的な称号持ちが居たからな。どこの国でもそういった事はやっているんだろう。俺だって最初はリエルにスパイ疑惑でどうのこうのって脅されたからな。
「なんなら今作らないやつも皆教えてやるぞ?」
そう言って俺の知っている刻印を思い出して記録しておく為にも紙に描き殴って行く。
「あ~、待って待ってぇ! そんなに一気に教えられてもここじゃ確認できないからぁ!」
フォルリオに着くまでに描き上げてくれればいいと最初の3つ以外の紙とペンはそのまま俺に預けられた。
まぁ、馬車内での暇潰しに残しておくかとアイテムボックスの中に放り込む。
「ん~、黄と無の初級と無の中級? よくこれで魔力暴走が抑えられたわねぇ」
込めた魔力の分だけ威力が上がる魔石懐放使ったからな。それでも俺の魔力をほぼ持って行かれたけど……。
「で、作れるのか?」
なんか難しい顔してるけどできないか?
「無属性の方は大丈夫よぉ、でもぉ、地属性の方は無理ねぇ、あたしじゃ適性が無いわぁ」
リエルの魔法適性は地じゃないと。
「クラッドは?」
「彼は風の適性よぉ、因みにぃあたしは火ねぇ」
どっちも無理じゃねぇか。
魔創術師の魔法適性は2タイプに分かれる。複数の属性の適性がある者と1つの属性の適性が最高ランクの者だ。リエルとクラッドは後者になるのか?
「ルイは地属性の適性が有るのねぇ」
魔創スキルは無いから使えるだけだが……。
「いや、他の適性もある」
「他ぁ? あぁ、そう言えば光矢を使えたんだったわね、でもぉ光と闇は別よぉ」
普通なら魔創術師でもない奴の属性なんて1つだけだ。火水風地の全部使えるなんて思わないだろう、だから後天的に適性を得る可能性のある光と闇の属性の話だって思うか。
まぁ、説明するのも面倒だから黙って置こう。
「この魔法の効果は、全部防御系なのよねぇ?」
「だな、地壁が地属性の防壁を生み出すので、防護は対象の防御力を強化する、魔障盾は魔法への抵抗力を強化するってとこだな」
リエルは説明を聞いて、俺が紙に描いた刻印の横にこの世界の文字で説明を書き込んでいく。それが一通り終わると、無色の空の魔法石をひとつ手に取り、床に広げた魔法陣の描かれた布の上に置いてその上に手を翳す。
「あたしに出来るやつは今作っちゃうわねぇ」
そう言ったリエルの口からゲームのイベントでしか聞かない詠唱が紡がれる。だが、それはゲームで聞いたものとは異なる詠唱だったが、詠唱が進むにつれてゲームと同様のエフェクトが発生し宿の一室を幻想的な光景に染め上げて行く。
魔法陣とリエルから光の粒が溢れ出し蛍のように宙を舞う。不規則な動きをしていた光は詠唱が進むにつれて少しづつ空の魔法石に引き寄せられその中に溶け込んで行き、詠唱の終わりに合わせて全ての光が空の魔法石に溶け込み、魔法石の中で俺が教えた通りの」刻印の形を成す。
「魔創・防護!」
最後に発動の為の呪文を確定させて魔創の儀式は終わりを告げる。
「呪文は防護で良かったのよねぇ?」
「ん? 合ってるが? 何か問題でも有るのか?」
「ルイが大丈夫なら問題無いわぁ」
「なら残りも頼む、防護もう1つと魔障盾2つな」
リエルがはいはぁいと軽く返事して続けて儀式を行う。
ただ、地壁が無いのがきついな、氷壁で代用できると言っても使用した時の俺のイメージが氷だと大地に劣る。そのイメージは何か大きなきっかけでもない限り覆るものじゃ無く、実際の魔法にも影響を与える。
「地壁は、フォルリオに戻ったら作ってあげるわよぉ。あたしが作るんじゃないけどねぇ」
作ってはくれるんだな、なら、それまでにソウマが暴走しないように注意しておけばいいか、所詮保険だしな。いざとなったら多分氷壁でも何とかなる筈だ。
リエルは既に次の魔法石の刻印に取り掛かっている。魔創の消費魔力はどれぐらいだったかな? 戦闘中に魔創ができるのは勇者君だけだから魔創の際に多少の魔力と魔法石を消費するけど戦闘外の場所で魔創を使っても魔力消費の表記は無いんだよな……まぁ、勇者君の戦闘中の消費と同じって考えとくか。
それなら俺が頼んだ分の魔法石を一気に作るぐらい可能だろう。魔力切れの心配はいらないな。
暫く魔法石を刻印するエフェクトが続く……ゲームでなら何度も見ているが、こうして目の前に現実の光景として見ると迫力と言うのだろうか? 神秘性が段違いだな。
画面越しに二次元の物を見るのとじゃ違いが有って当然なんだが……。
「はぁい、魔障盾完成ねぇ以上かしらぁあ!?」
驚くのは分かる、自分の魔創が終わったのに部屋には魔創のエフェクトが残ってるからな……。
当然だが魔創スキルの無い俺じゃない。じゃぁ残ってるのは……ソウマしかいないよな。
「ちょっとぉ! え!? ええぇぇ!?」
俺はリエルの魔創だけを見てたわけじゃないからソウマがリエルの真似をし出したのには途中で気が付いていたんだが……ソウマも言いつけ通り魔法石には触れていないから大丈夫かと思っていた。
「まさか魔創スキル持ちとはな……」
しかも真似しただけで発動してるんだから益々主人公キャラだって確信が持てた。
リエルが出して使わなかった空の魔法石の上に翳されたソウマの手は魔法石には触れていない。準備さえ終わっていれば魔創するのに魔法石に触れる必要な無いからな……。一応言いつけは守っているな。
光を発しているのはソウマと魔法石と魔力の光で床に描かれた魔法陣。
リエルが布で用意した魔法陣が魔力の光によって描かれている。この現象は勇者君が戦闘中に魔創する時のエフェクトなんだよな……。
「ソウマ!」
「大丈夫だろ? 暴走してる様子も無いし上手く魔力制御できてるんじゃないか?」
俺には人の魔力のを扱いが上手いかどうかなんて分からないが、リエルなら感じられるんだろ?
「確かに制御できてるけどぉ!」
なら心配いらないだろ、普通に魔力制御の練習しているよりもより高度な魔力制御ができるようになったらその経験値は大きい物になる。レベル1で強い敵を倒して一気にレベルアップするようなものだ。まぁ、俺のシステムじゃないけど……。
「魔創・地壁」
呪文の言葉を定め、ソウマの魔創も無事に終わりを迎える。
床に光で魔法陣が描かれている事と、大量の魔法石が陣の上に有る事を除けばリエルの行った魔創と比べてもおかしな所は無いだろう。
だが、黄色い地属性の魔法石以外は罅が入り、パリンと音を立てて砕けてしまった。
残った6つの黄色い魔法石にはすべて同じ、地壁の刻印が刻まれている。
「おぉ、凄いなソウマ、成功じゃないか?」
「あぁ……空の魔法石が……」
リエルは成功したソウマよりも砕けた魔法石の方に気を取られているようだ。
「出来た?」
「ああ、多分成功だ。試してみよう」
ソウマが褒めて欲しそうに俺に聞いて来るのでぐしゃぐしゃと頭を撫でてやりながらリエルの作った魔法石とソウマの作った魔法石を回収して宿の正面に移動する。
「うぅ……空の魔法石ぃ」
リエルも落ち込みながら後ろについて来る。空の魔法石ってゲームじゃ序盤から余って来るものなんだが、アイテムドロップが無いから魔物から回収できる魔法石が無いのか……それだと採掘か採取するしかなくなるんだが……そうなると貴重にもなるか? とりあえず俺がハインライトで採取した空の魔法石をリエルに提供して励ましておこう。
「魔創術師でもないのに空の魔法石まで持ってるなんて、ルイってやっぱりおかしいわよねぇ?」
「要らないのか?」
「要るぅ! い~り~まぁすぅ~」
じゃぁ、やる。
そんな事よりも今は試す方が先だ。
俺の魔力は十分、対してソウマの魔力は魔力制御の練習と魔創によって削られている。
なら前と同じだけで大丈夫だな。そう判断して地壁4つと防護魔障盾を手に持ち、適当な魔法石をソウマに渡す。
「試すってそっちぃ!?」
できた魔法石を試すとでも思ったか? 完成した魔法石はどれも一度アイテムボックスに入れてちゃんとした物だと確認済みだ。ソウマもリエルもちゃんと俺用にって作ってくれたようでアイテムボックス内に入れれば説明が表示された。俺の所有物なら表示されるその説明に、劣化とか失敗作とかの表記は無かったから大丈夫だ。多分……。
「わっ」
魔法石に触るなと言い聞かされているから、突然魔法石を投げ渡されて驚くソウマだが……。
「大丈夫そうだな」
「ホントねぇ、魔力暴走の兆候は無し」
リエルも落ち着いてからソウマの状態を分析してくれたので、もう大丈夫だろう。
「はは、もう訓練終わっちまったな」
「でもぉ、これなら報告がし易くて助かるわぁ」
もう暴走の危険は無いからな。こうなると今のソウマは魔力が極めて高い魔創術師だ。国としては重宝する存在だろう。
これなら俺はもう居なくても大丈夫なんじゃないか? ソウマはほっといても主人公みたいだし、俺が付いていた大きな要因は魔力暴走対策だしな。
「……ルイさん」
ソウマが魔法石を俺に返しながら不安そうに見上げて来る。
もしかして俺の考えを読んだか?
「大丈夫だソウマ、どこにも行かないから……」
「そうよぉ、ルイにはまだ魔石懐放もハインライトの魔法刻印も教えて貰わないといけないんだからぁ、逃がさないわよ」
リエルは普段常に冗談ぽい口調だが、今回は最後だけ真剣に聞こえて怖ぇよ。
「分かってるよ、そういう訳だからソウマと離れるって事になるのはまだ先の話だ。最低でもソウマ一人でやっていけるぐらいになるまでは一緒に居るから、そんな不安そうにするな」
こういうのも刷り込みなんだろうな、人に適用されるのかは知らんが、記憶を無くしたソウマと初めて顔を合わせたのは俺だからか妙に懐かれている。誤魔化すようにまた頭をぐしゃっと撫でてやる。
「あれ? 君たち外で何を?」
宿に戻ろうかと話していると、馬車の手配を終えたのか、クラッドが戻って来た。
そう言えば、ソウマの暴走が何とかなったから馬車は乗り合いでも構わないんだよな……。
「クラッド、お疲れ」
多分乗り合いなら明日の朝から探しても簡単に席を見つけられただろう。まぁ、俺たちだけの方が気楽と言えば気楽だから良いんだけどな。
「お疲れ~」
「お疲れ様です」
俺に続いてリエルとソウマにも労われて機嫌が良くなったようなので放って置こう。




