一章2話 牢「勘弁してくれ……」
目が覚めるとそこは知らない天井が目に飛び込んで来た。うん、新しい地に来て初日なんだからどこも知らない場所だよなと思いつつ身を起こしあたりを見回す。
天井、壁、床と同じ素材の石でできているようで頑丈そうだ……まぁ、ぶっ壊せるけど。
MPは……しっかり回復してるな。寝ている間に移動させられたようだが、体は普通に動く。
無くなっている物は……あの時手に持っていた光矢の魔法石だけか。その他の持ち物は着ている服以外は残り少ない所持金も含めてアイテムボックスの中だもんな、俺以外には取り出しようがない。
そんでもって。
「ここ、牢屋だよな?」
四方の壁の一面だけは鉄格子、どう見ても牢屋だ。鉄格子の向こうは通路、そして牢内と同素材の壁、その壁に設置された灯。それ位しか見えねぇし戦闘マップで確認した方が早いな。
ここは地下か窓が無いのはそのせいか? まぁ、こういった世界じゃ牢屋は普通地下か……。
俺のは言っている牢以外にも同規模の物が5つならんでいる。5つのうち3つが空で1つが俺、もう1つの牢は……白アイコンだが名前が???になっている。
「おお」
レベルがカンストする程の期間、それなりに長くこの世界でやって来たがこの表示は初めてだな。隣の牢みたいだが、何者だ? まぁ、レベルに対してMPが馬鹿高いから多分魔力暴走した子供だろうな。だが、このMP量じゃいくら魔力が高くても俺がMPをほぼ使い切らないと防げない暴走を引き起こせるとは思えない。懸念した補正が働いたか? だったらあれは何のイベントだ? もう俺の居た位置、勇者に関するイベントは終わっているから別の誰かのイベントだよな? 順当に考えれば暴走した子供のイベントか……、あの子供が勇者位置? 能力的には素質が有るとは思うが、どうなんだろう? まぁ、とりあえずは乗り切ったから良いか……。
「さて、あいつも連れて逃げるか」
「どこに行こうって言うのかなぁ~」
お、いつの間にか鉄格子の向こうからこっちを見ている奴が居る。
あれだな、フラッシュタスク、状況が動かない状態で思考することに慣れて、普通に思考している時も周囲の変化を気にしなくなってるな……気をつけないと駄目だな。
と言う訳で、考えるときはフラッシュタスク、使っていればほぼ変化はしない。時間が止まっている訳じゃないから長く思考し過ぎれば多少状況は動くが……誤差だ誤差。
で、いつの間にかやって来ていた奴は女性のようだ。赤い生地に金糸で袖口などに縁取りされたローブを纏い桃色の髪を首の所で一つに纏め背に垂らし、赤茶色の眠そうな目を此方に向けている。腰に装備されている鞭が似合わない感じのする女性、俺より少し年上ぐらいだろうか? いや、女性の年齢を気にするのは良くないな。
この女性の立場は、可能性を考えれば2つか? 白ローブの仲間か、国所属の奴かだろうな。
考えてるだけじゃ正解は分からない。話を進めよう。
「ここは何処だ?」
フラッシュタスクを切って女性に尋ねる。
「ここはぁ、ツヴァイティアにある衛兵の詰め所、その地下牢よぉ。騒ぎの現場の状況を見て今の対応をさせて貰ってるわ」
騒ぎの現場ねぇ……少年の暴走の結果極小範囲の地面が壊滅的な被害を受け、そこに倒れている者が5人、うち3人は魔法で撃ち抜かれて、うち2人は魔力切れで動けないと……目撃者が居ないと訳が分らんな。
「現場に倒れていた内の3人は、光射撃と思われる魔法で絶命、残った2人は魔力切れで気を失っているでしょぉ、もう訳が分んないから重要参考人として連れて来させたわぁ」
あ~、あの3人死んだか、まぁ、ライフゼロの戦闘不能で放置されたら死ぬか、いきなり攻撃してくるような奴等の事はどうでも良いが……。
「その死んだ3人の事は知らないが、俺の近くに子供が居ただろ? あいつ無事だったか?」
子供の無事を確かめる風を装い話を死んだ3人からそらそうと試みる。
「あなたと一緒に居た子は大丈夫よぉ、それで、何があったか教えてくれないかなぁ? 話してくれないと、あなたを疑わないといけなくなるのよぉ」
まぁ、そうだろうな。現場に居た5人の内生きてるのが2人で片方は子供、選択肢なんて無い様な物だな。
「何も知らないって言ったら?」
「あたし、これでも国家所属の魔創術師なのよねぇ。だからぁ、あなたが隠してる光射撃の魔法石と現場で回収した他国産の魔法石、これらを関連付けてぇ……」
このままスパイ疑惑で拘束すると。いや、スパイなら魔力切れでぶっ倒れてるとか間抜けすぎるだろ。
「はぁ、魔力暴走だ……」
魔力暴走を起こした子供は処分されると言う設定が有るが、本当のことを言ってあの子供を処分するって言う流れになるなら暴れるだけだ。
「でもぉ、魔力暴走が起こったらあの辺り一帯何もなくなっているわよぉ」
1マス分破壊の跡が有った筈だが? まぁ、防いだからな。あの辺一帯で済むような規模じゃなかったけど……多分街が半壊していただろうな。
「あの子供、魔力空だっただろ? で、これが暴走の切っ掛けになった魔法石。死んだ3人の1人が持ってたやつだ」
そう言ってアイテムボックスからあの時拾っておいた魔法石を取り出して女性に投げ渡す。女性曰く、光射撃の魔法石だ。当然だが暴走の代償は周辺への被害なので魔法石に変化は無い。
「暴走の被害は極小範囲に抑えた。俺がぶっ倒れてたのはそのせい」
「どうやって? 他国には魔力暴走を止められるような魔法が有るって事?」
当然の疑問だな。多分、この世界に魔石懐放を知っている奴は少ない、ゲームの中では味方で使えるのは勇者君だけだった。なんで仲間に教えないんだろうって思いはしたが……。それやっちまうと戦闘バランスおかしくなるもんな……。
「こうやって……魔石懐放・斬」
アイテムボックスから別の魔法石を取り出して回復した魔力で魔石懐放をぶっ放す。ランク1の包丁代わりに使うような魔法だが、魔石懐放で威力を上げているから目の前の鉄格子が半ばで切断されズレ落ちる。使った魔法石は代償に粉々になって砕ける。
「えぇ? なに、今のは? と言うか、まだ魔法石持ってたのぉ?」
今出したのは砕けたけどな、他のアイテムボックスにしまっている俺所有の魔法石は、アイテムボックス内に入っている限り他人に所有がばれる事は無い。
「まだまだ持ってるが? まぁ、防御系はほぼ使い切ったが……」
「使い切っ……あぁ、でもどうして魔法石が砕けるのよぉ?」
一度刻印してしまえば魔力を流し呪文を唱える事で何度でも魔法を使用できる魔法石を使い切るとはどういうことかと疑問に思いかけ、俺の手に残る砕けた魔法石を見て納得しかけるが、何故砕けたかと新たな疑問に行き着いたようだ。
「そりゃ、本来の性能以上の力を引き出せば何処かに負荷がかかるってものだ」
って事でいいだろう、ゲームでも代償で魔法石が壊れるって説明されているだけでなんで壊れるかまでは言及されていないから仕方がない。
「他所の国にこんな技が有るのは、こちらとしてはすごい驚異なんだけどぉ」
「簡単に使えるようなものじゃないから大丈夫だろ?」
勇者君以外にハインライトで使える奴は居ない筈だから、その勇者君がこの世界には居ないので誰も使えないだろうな。
「そのぉ、使い方は?」
「魔法石に魔力をぎゅっと込めて必要以上の魔力を詰め込む。おかしなことにならないように魔力制御しながら続けて行くと魔法が暴発するからそれも制御する。以上」
実際にゲームではどうやって使っているのかは分からないが、俺はそうやって使えたから、多少感覚的な説明でも他に説明しようがない。
「分からないわぁ」
案の定伝わらなかったようだ。
「でも、本当に魔力暴走が有ったって言うなら黙っていられないわねぇ……」
女性があの暴走させた子供の居る隣の牢に目を向ける。
「ん? 殺っちゃう? 殺っちゃう?」
そうするなら黙ってねぇが? 俺が何のために被害を最小限に抑えたと思ってるんだ。
あの白ローブたちの雰囲気が子供は被害者だと俺に確信させている。どうせ攫って来たか無理矢理従わせていたんだろう? 子供が喜んであの状況に居たのなら魔法石を触っても魔力暴走は起こらない筈だからな。魔力暴走が起こる条件には、当人の精神が安定していない事、悪化している事も有る。なにより、あの白ローブ共は魔力暴走の被害を防いだ俺を攻撃してきやがったからあいつらは敵だ。
「あたし個人としては、避けたいけど、暴走した子は処分するって決まって……」
「避けたいなら止めよう。あいつを暴走させない方法なんていくらでも有る。暴走しない年齢にまで育てるか、暴走しないように魔力制御を覚えさせる方が安易に殺してしまうよりもメリットは大きいはずだ」
暴走が起こるという事はそれだけ魔力量が多いという事だからな。俺が抑えて殆ど被害は出ていないんだから普通に考えるなら子供を利用しそうなもんだが?
魔創術を使える者は貴重だ。だから国は適性と魔力さえあれば誰にでも魔法の使える魔法石が作れる魔創術師を確保する。有事の際は魔創術師が戦場に立つ時も有るが、その殆どは魔法石に刻む刻印の研究にあてられる。だからそれを使うのはその国の騎士や国の認可を受けた冒険者になる。
なら、少々黒い考え方に思えるが、ここに魔力暴走を引き起こすほどの魔力を持った子供が居る、その子供を国の所属として育てれば、上手くいけば将来好きに動かせる手駒になる。魔力暴走の危険性はその子に魔力制御を覚えさせるだけで解決できるものだ
なんで、処分なんて方法を選ぶんだろうな? まぁ、本来魔力暴走が起これば被害が凄い事になる。その被害者の関係者の怒りを鎮めるにも処刑と言う形が必要……なのか?
「今回は被害らしい被害なんて無いんだから……」
白ローブ? 知らん、やったのは俺だし、あれは正当防衛だ。
「いや、ちょっと待て」
急いで子供が居る側の牢の壁に寄り思いっきり殴り飛ばす。
「ちょっと何を!」
壁を破壊する威力に調整した攻撃はほぼ想定通りに壁を破壊して、丁度子供の入っている牢の格子扉を開けて中に入ろうとしていた男の鼻先をかすめ、更に向こうの壁に衝突し壁にひびを入れる。あの壁の向こう側は土だろうから貫通はしないか。
「へいおっさん。そいつに手を出そうって言うなら全力で逃げさせてもらうが……魔力暴走の可能性のある子供を俺と一緒に野放しにするか、暴走しないように監視しながら育てるか選ばせてやる」
目の前を横切って行った壁破片に顔を青くしながらその男はギギギと錆びたロボットのような動作でこちらに顔を向ける。緑の生地に金糸で女性のローブと同じような縁取りのされたローブを纏っているが、こいつも魔創術師って事か? ローブの中に隠れた金髪の長さは分からないが、壁の明かりに照らされて薄い緑色にも見える。顔立ちは……すまん、おっさんて言う年齢に見えないな。女性と同じ俺より少し年上ぐらいだろう。
「そ、それは……」
男の一存じゃ決められないと? 世間の意向としては処分しなければならないと。そんな事は分かってる、その上で選べって言ってるんだ。女性の方は個人的には子供を殺したくはない。だったらお前はどうなんだ? 女性と話している途中から戦闘マップに新たな白アイコンが現れたから、お前が話を聞いていた事は分かっている。さぁ、お前個人の意見を聞かせてくれ。
壁の破壊した穴から隣の牢に移動する。
子供は……まだ寝ているか。MPは回復しているからいつ目が覚めてもおかしくないんだけどな。さっきから結構な音がしていると思うが、子供が起きる気配はない、案外大物なのかもしれない。
「答えられないなら、ここで何しようとしてたのか聞かせてもらおうか?」
「え、あ、子供を……」
びくびくしながら答えようとするな、ハッ、怖いか?
「殺そうとしてた? なら暴れるわ……」
「ヒぃ!」
「あ~、ちょっと待ってよぉ」
隣の牢の前から慌ててこっちに来た女性が男を押しのけて俺の前に出て来る。
「俺はどっちでも良いんだ。ただ、この子を死なせる選択肢を持っていないだけ……選べ、俺と敵対するかどうかを」
どっちでも良い今なら魔力も体力も十全だ。防御系の魔法石は無いが攻撃系なら馬鹿みたいに有る。子供連れてここから逃げ出すぐらい出来るだろう。
「わかった、分かったから、怖い笑顔でにじり寄って来ないで!」
分かってくれたか、何を分かったのか知らんが……。
殺さなくてもどうにかなる子供を安易に殺すことには抵抗が有る。そういった風潮に有る世界もにも引っかかりを覚える。ましてや、魔力暴走は原因に当人の精神が落ち込んでいる場合と言うのも有る。それは、周囲が魔力暴走を引き起こす可能性のある子供を正しく育てていれば問題にならない事だ。
ただ、気になるのはこの子の魔力暴走の規模だな。戦闘マップで確認した魔力ではあの規模の破壊は起こらない筈だ。多分世界の補正が働いているだろう。ここはゲームと似た世界では有るがゲームでは無い、だが、俺のシステムスキルのようにゲームのような部分は多々ある。この子共の暴走も何かのイベントの一部だろう。それが誰を中心にしているイベントなのか分からないが……。
「ん……」
背後で人の動く気配、今俺の背後に居るのはあの暴走した子供だ。目が覚めたようだな、これだけ騒いで漸くかって気は有るが、暴走の後だ。ただの魔力切れの俺でも全快するまで目が覚めなかったんだからそんなもんだろう。子供だしな。
「あれ? ここは?」
とりあえず、一度手助けしたんだからしばらくは責任を持つ。俺がこの子供に関わる事は決まったんだ。なら、いっそのことこの子供を主人公に仕立てよう。この世界におけるこいつの本来の役割なんて分からないんだから、好きにいじらせてもらおう。多分その方が楽しくなる。
「目が覚めたか少年。なら、まずは自己紹介でもしようか」




