序章12話 迷惑なだけの検問「有って無いようなもの」
未開の地を除けば大陸1つの大陸丸々がこのハインライトの領土となっている。その為、国から逃げようと思うなら他国と交流のある港街で船に乗るか未開の地に逃げるしかない。
「だから、この結果は予想できたな」
ようやくたどり着いた港街には検問が敷かれていた。
隠密で後ろから来る騎兵をやり過ごしたりしていたから予想は出来た事だな。国外逃亡を図るならここに立ち寄らないわけにはいかないからな。網を張っておくのは当然だろう。
他国の品や人が行きかう為か元々街の出入りには厳しいようなのだが、それが検問で更に厳しくなっているようで、門の所は入る方も出る方も結構な行列になっている。
ほんと、よくやるよな……ティリアス、早くあれを何とかしてくれ。あいつも俺が魔王を倒している間に騎士団長にまでなるやつなんだから無能じゃない、てか、勇者の仲間は基本ハイスペックのようだしな。だからそのうち何とかなるんだろうが、待ってられないよな……悠長にしていたらまた見つかりそうな気がする。だが、行列に並ぶなんて論外だ。そんなことしたら確実に検問に引っかかる。例え見つかろうと、実力行使で問題無く切り抜けられるが、それはそれで面倒なんだよな。
列に並んでいる奴等も迷惑そうにしているから……ティリアス、ホント頑張れよ。
心の中で何処かで頑張っているであろうティリアスに声援を送り隠密を発動させる。
限界越えのレベルとこのスキルのせいで大抵の事は危ないと感じなくなってるんだよなぁ……。
姿を消して行列の横を通り抜ける。門の所も人にぶつからないように壁なんかを蹴って蹴って通り抜ける。
こいつ等は……検問している兵士は俺の隠密スキルを知らないんだろうか? そこらで使いまくってるしティリアスには少し見破られてるから話が伝わってそうなんだが、こいつらにそんな様子は無いんだよな。ティリアスが俺に不利にならないようにしてくれているってのが正解かもな。
特に買い物するものも無いし……いや、弓が無いんだった。でも、金も無いんだよなぁ……全部シフォンに渡してそのままで逃げて来たから余計な金は無いんだよなぁ、流石に宿代や船の乗船代ぐらいは確保しているが、武器を買っているほどの余裕は無い。
弓を渡してからここに来るまで剣すら使ってないから急ぎで必要にはならないだろう、武器より国外への脱出を優先しよう。
先ずは近日中に国外に出航する船が有るか確認しないとな。
隠密状態のまま戦闘マップで乗船場にが有る場所に当たりをつけて向かい、乗船の受付になっていると思われる建物を見つける事が出来た。
「隠れたまま受付は無理だよな……」
建物の入り口を開ける前に隠密を解除する。勿論、戦闘マップを確認して追っ手が居ない事を確認してからだ。
建物に入るとすぐに黒板っぽいボードが設置されていた。それを迂回して奥に行くと受付やらのカウンターが有るみたいだが、とりあえずボードを確認しよう。近日中の船の出航時間や受付の締切日、残りの乗船枠などが書かれている。当然この世界の文字だが、こういうのをデフォルトで読める様になっているのは有難いな。
隣国、っても海の向こうの国だが……そこに向かう船が二日後に出るみたいだな。他の国にも……五日後、八日後と、有るには有るが、別に一番早いのでいいだろう。目的地が有る訳でもないからな。
幸い乗船枠も空いている様なのでサクッと受付を済ませてしまおう。
「フェヴリエのツヴァイティア行き一人」
受付の札が置かれたカウンターにいたおばちゃんに受付を済ませて貰う。うおぉ……所持金がヤバい、出航日までの宿代や食事代を考えたらほぼ無一文だ。
向こうに着いたらなんか金策しないといけないな。アイテムボックスの中の物を適当に売れば良いだけなんだが、ゲームみたいに処理できないから面倒なんだよ……まぁ、いざとなったら面倒でもやるけど、本当にヤバくなった時で良いだろう。
もう、いっそ冒険者にでもなるか? 異世界に来たらお約束らしいんだが……この世界って冒険者の組織が有る訳じゃないからなぁ……。この世界の冒険者は旅する何でも屋って感じだ。広場や酒場なんかで依頼を受けてそれをこなして報酬を貰い旅の資金にする。その依頼も採取、討伐、護衛、荷運び等様々だが……俺も半分ぐらい冒険者的な事してるよな? 魔物とか盗賊、果ては魔王の討伐だろ。自分が使うためだが、薬草やら空の魔法石やらの採取もしてたからなぁ。
一応活躍したこの国ならともかく、他の国で勇者なんて名乗る訳にもいかないしな。これからは冒険者って事にしておくか。冒険者を自称するぐらいは自由だろうからな。
受付も終わり乗船券も貰った。後は当日に乗船券を持ってもう一度受付で手続きすればいいだけだ。
遊んでる金も無いし宿を取ってゆっくり待つか……。
そんで、無事に出航日を迎えた。飯食いに行ったりはしたが、余計な事している金銭的余裕も無いので殆ど引き籠ってたから、まだ検問はやっているみたいだが俺がもう街中に居る事はバレていない。
一応、警戒はしているからな。
それでも偶に不意を突かれるから結局はなるようにしかならないんだが……この世界に来た初期ならともかく今は力押しでどうにかなるからいいんだ、警戒しすぎても疲れるだけだからな。
港の受付で最後の乗船手続きを終え、船に向かい移動していると背後の方港の入り口付近が騒がしい。
「勇者ぁあああああああああ!!」
なんか、馬鹿ガキの声が聞こえるんだが……鼻潰したのにもう回復して追って来たのか?
「くッ! この獣人! 止まれ!」
振り返るとアルトがハインライトの兵士たちにしがみ付かれながら、そいつらを振り払い殴り飛ばしながらこっちに来ようとしている。
あ、目が合った。完全に見つかったな。
まぁ、兵士たちが邪魔しててこっちには来れないんだが……吹っ飛ばされた兵士が不意にこっちに視線をよこす……目が合った。
「おい! あいつ偽勇者だ!」
おいぃ! こっちまで見つかったじゃねぇか! てか、俺って今偽勇者って認識されてるのか!?
全員気絶させて逃げるのは簡単だが、そうするとアルトだけが気絶から目覚めた後兵士に捕まる……。え~、どうする? なんだか俺、ゲームで仲間になる奴には甘いな……。
「まぁいい……つーか、誰が(偽)勇者だ!!」
ブチ切れた風に有ると含む集団に攻撃を仕掛ける。こいつら皆話聞かないからもう問答無用で殴った方が早い。細かい事は後で考えよう。
「やっとやる気になりやがったかぁ!」
おお……アルトの奴、俺の攻撃が届く前に兵士たちを吹っ飛ばしてこっちの拳に合わせてきやがった。
「色々面倒だからしばらく相手してやる、満足したら山に帰れ」
「誰が野生児だ!!」
そんな事言ってねぇよ、なんかトラウマでも有んのか?
そのまま周囲の兵士たちを無視したアルトとの殴り合いになる。
フラッシュタスクと命中予測でやり合ってはいるが、ずっとそれに頼りきっているのであまり俺自身の近接戦技術は鍛えられていだろう。でも、フラッシュタスクと命中予測を使って戦う事に関しては熟達している。いくら思考し回避・迎撃できる術を考えた所で、その通りの動きが出来なければ意味が無いが、今のレベルであればそれも容易だ。身体はたいして鍛えられていないのにステータスだけで元の世界のアスリートをぶっちぎる動きが出来るんだからゲーム感覚になるのは仕方ないよな……注意しなきゃならないんだろうが、まぁ、深く考えなくても良いか。
顔面を狙って放たれたアルトの拳を避け、その腕を取って横にスイングする。グルグルと5回ぐらい回ってから手を放して兵士たちの方へ放り投げる。アルトを避けようとばらばらに逃げる兵士たちには見向きもせず、体勢を立て直して着地したアルトは即俺に突っ込んで来る。
アルトの攻撃を避けたり受け流したりしながら戦闘場所をどんどん移動していく。兵士たちが俺とアルトの攻防に巻き込まれないように少し距離を取ったようだが……大方、買った方を捕らえれば良いと思っているんだろう。
「させねぇけどな!」
アルト爆弾投擲、さっきと同じようにアルトの腕を掴んでグルグル回して放り投げる。
アルトは先ほどと同じように体勢を立て直して着地するが、投げ飛ばされたことによって俺との間には兵士たちの群れがわらわらしている。邪魔なのに変わりはないが、兵士にティアリス位のレベルと技量の奴が居ないとアルトの妨げにはなれないだろう。
アルトも俺からしたら大した強さじゃないし、勇者の仲間になった途端に弱体化するとは言え最終決戦一歩手前に陣取っているような奴だ。人間より身体能力が高い種族的な特性も有るが、アルトの年齢を考えると結構な鍛錬を積んでいる事は窺える。
そんな奴だから魔王討伐を人任せにしている兵士なんかは目にも映っていない。
アルトはわらわらしていた兵士たちには一瞥もせず真っ直ぐに俺に向かって突撃して来る……残念な事に。
「実力は有っても馬鹿なんだよな……」
逃げ遅れた兵士たちがアルトに吹き飛ばされ、みるみるライフを削られて行く。
狙ってやったんだが……馬鹿は扱い易い。アルトは良く言えば一直線、曲がらない信を持っている。悪く言えば単純、そして融通が利かない。まぁ、嫌いじゃないがな……。
何度かアルト爆弾を繰り返して兵士の群れを半壊させたが……こっからどうするかな。兵士たちも数が減ってアルト爆弾が当たりにくくなっている。アルトも馬鹿なりに学習したのかアルト爆弾が使いにくくなって来たし、数の減った兵士たちも負傷者の治療とかなんやかんやで俺たちから更に距離を取っている。
兵士たちが遠巻きにしているのはいざとなったら逃げやすいから良いんだが、兵士以外の一般人もだいぶ集まって来た。兵士たちよりは遠い場所に居るが逃げるには邪魔だ。
「すみません! 道を開けてください!」
ん? 集まっている人の向こうから聞き覚えのある声がする。
「すみません、ありがとうございます!」
集まった一般人共が左右に割れて道ができる。なんかこの光景、三十路のがアルガーノの屋敷に来やがった時を思い出すんだが……三十路の声じゃねぇから。
「全兵戦闘を止めるん……あれ?」
出来た道を急いで進んで来たそいつ、ハインライト王国、騎士団長ティリアスは兵士たち止めようと声を上げたが、戦っているのは俺と見知らぬ獣人アルトだけ、俺が戦っているのは予想していたようだがその相手が獣人だとは思っておらずちょっと間抜けな顔を晒している。
「ティリアスが来たか……兵士を止めようとしたって事は誤解は解けたか?」
なら、後はティリアスに任せよう。ティリアスなら獣人のアルトの事も無碍にはしないだろう。ゲームや以前に対峙した時の性格が本物ならだが、大丈夫だろう。
んじゃ、アルトにはもう一回気絶して貰おうか。
前の時と同様にカウンターでボディブローを叩き込む。あっさりと戦闘不能になったアルトを肩に担いでティリアスの所に歩いて行く。
「あ、皆さん、この場は私、ハインライト騎士団長ティリアスが預かります。皆さんは普段の生活に戻ってください。後、兵士たちは全員負傷した者を連れて撤収! 治療を終えた後、詰め所で待機するように!」
ティリアスの言葉に従って集まっていた人々はそれぞれの生活に戻り、兵士たちは負傷者を抱えて撤収していった。
「勇者殿、久しぶりです」
「ああ、だいぶ遅かったな」
「いやぁ、はは、そこはすみません。騎士団長と言っても経験も浅く王を説得するのに時間が……いえ、力不足で申し訳ない」
誤解が解けて指名手配も無くなるならそれで良いんだが。
「シィルは大丈夫だったか?」
「ええ、彼女はクラウス殿の庇護下に有りますから、クラウス殿の反を買うようなことは王でも避けますよ」
クラウスって魔創術師の爺さんだよな? あの爺さんそんなに凄い奴には見えなかったが、シィルが無事ならどうでも良いか。
「三十……、姫さんはどうした?」
「ハインライトに送り届けましたよ。見つけるのに苦労しましたけど」
んじゃ、アルトの事を任せれば何の憂いも無く旅立てるな。
「行くのかい? 王や姫も説得して誤解も解き、指名手配も解除したからこの国に残っても良いんだけど」
面倒事が消えたならゲームの知識でこの国の事は多少知っているから過ごしやすくは有るだろう。出会っていない勇者の仲間がどうなってるかも気にはなる。でも、ゲームの知識に無い場所を見てみたいんだよな。この世界で生きる事を決めたからにはいろいろ楽しみたい。
「まぁ、機会が有ればまた立ち寄るから……もう払ってる船代ももったいないし」
「そうか……では、次にこの国に来た時には私を訪ねてくれ、歓迎するよ」
機会が有ればなと適当に応えてアルトの事を説明する。獣人であるがまだ子供なので面倒を見てやって欲しい。ティリアスには劣るが所持戦力が高いのでしっかり教育してやった方が良いとか色々ティリアスに投げておく。
後はゲーム知識で俺が行かなかったから変な事になっているかもしれない場所とかを教えておく。勇者君が解決するはずのイベントがわんさか放置されているからな、放置したのは俺だけど……。
そうしていると乗船時間が迫って来る、最後にティリアスに別れを告げて船に乗り込む。
「勇者殿! どうかよい旅路を!」
俺の背にティリアスの見送る声が届く。
そうだ、もう一つ言っておかないと……まぁ、言わなくても良いんだろうけど、俺はどうにも勇者って柄じゃないしな。俺の取得した称号にも勇者は無い。
「瑠衣だ、上月瑠衣、勇者じゃなく名前で呼んでくれ!」




