第一章~始まり~⑤
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何故か僕はティノが特別な存在であるという事をすんなりと受け入れ、彼女の話を聞くことにした。恐らく、僕が納得したのは出会った時の幻想的な雰囲気とミスマッチした少女の容姿が喉に引っかかっていた為であろう。
「私は旅人じゃなくて、『使者』と呼ばれる存在なんだ」
「使者? どこかの国から遣われてきたのかい?」
「いや、そういう現実な話じゃないんだ。私は、神の住む星、『ユピテル』からの使者として、ある目的を達成するためにこの地へ来たんだ」
いきなりこの世の次元を超えた信じがたい話から始まって困惑していたが、何でも受け入れると覚悟を決めたので、僕はティノの話が終わるまで黙っていることにした。
「その目的は、世界の時の流れ、即ち『スピーリト』を正すこと。今アッズリが住んでいるこの星には、自分の精神の淀みによって世界の破壊を企てる者が存在するんだ。例えば、この国の様に自分達の領土を焼き払ったり、他の国々としなくてもいい戦をしたり、自然の動植物達を焼き払って様々な悪循環を引き起こしたりしているの。アッズリが知らないだけであって、この世の中にはもっと惨い出来事が影を潜めているんだ」
「何だよそれ……酷すぎる」
黙っていようと決めていたが、いくら何でも残酷な真実に、我慢していた感情が思わず口から零れてしまった。
「この冷酷な出来事によって、スピーリトがおかしくなってきているんだ」
「……そしたら、どうなるの?」
「最終的に、スピーリトの歪みによってこの星を囲む大気層が崩れ、宇宙の空間と一体化して酸素が通らなくなった後にこの星は塵となって消滅するだろうね」
僕は驚きで開いた目と口が塞がらないままごくりと唾を飲み込んだ。
消滅するという事は、僕の命も無くなるという意味だろう。そんな衝撃的な事実が身近に近づいていたなんて考えたこともなかった。
同時に、僕よりも小さい体で、大きく驚愕な事実を背負っていたティノに深い同情を覚えた。
「実は、こんな昔話があるんだ」
ティノは覗き込んでいた顔を、鼠色の雲がふわふわと浮遊している青空に向けて長々と話し始めた。
「今から一万年くらい前、身を削って血を流しあう戦争が後を絶たなかったと言われているんだ。人々は殴り合い、剣を持ってどちらか片方の命が尽きるまで戦った。勝者は斬り傷だらけの血塗れた身体で踊り喜び、敗者には国に転がる腐敗した死体や、壊された民家の無残な残骸しか残らなかった。時には、早くも火という技術を開発した国が他の国の領土全体に火を放ち、国全体が骨すらも残らず灰と化した事例もあったと言われている。そんな戦争が相次ぐ中、戦の風が薫る地に名乗りを上げた蒼い眼を宿す若者がいた。その若者は当時誰もが見たこともない蒼い炎を使い、戦で眼が赤く染まってしまった者達を沈め、戦争という名の殺し合いを無くし、後に全世界を統一したと言われている」
「それって……」
「そう、その若者が使った力こそ『眼力』。アッズリの眼と同じだよ。私はスピーリトを正すために、唯一この世界を救えるフォルツァを宿す者を探していたんだ」
……僕が世界を救う?
昨日一昨日まで平凡に生きていた僕にそんな重大な使命が与えられるなんて。しかも、昨日目の前で親友を守れなかったばかりなのに世界なんて守れる訳がないじゃないか。
「私は、アッズリじゃないと駄目だと思ってる。見ず知らずの私を助け、美味しい食べ物をくれた。そして、絶対無理だと分かっていたはずなのに町の人達の為に身を投げてまで助けようとした。こんなに優しくて勇気がある人は初めてさ」
「……僕は、僕は!」
そんなんじゃない。と言い返そうとしたが、緩まった蛇口の様にどんどん水が溢れてくる瞼に邪魔され、遂には昨日から我慢していた大粒の涙が滝の様に流れ落ちていった。
そして、空を見上げていたティノが笑みを浮かべて、落ち着いた優しい声で言った。
「そうやって泣けるのも心が温かい人の証拠さ。どう? アッズリ、今度は町の人だけじゃなく、世界を救って見ないかい?」
前だけを見て進め。リッキーが死に際に残してくれた言葉だ。
後ろを見ていても何も変わらない、正にその通りだと思う。だからリッキー、僕は誓うよ。
死んでしまった親友の為に、ツアレラ地区の大切な人の為に。
「僕は世界を救うよ」
僕は伸ばした右腕で、沈んで消えかかっていた心にもう一度情熱の火を灯してくれた少女と、覚悟の証として固く握手を交わした。
「オーライ! オーライ!」
「ここどかすから手を貸してくれー!」
僕達が町を歩いていると、避難していたツアレラ地区の人々が皆協力して、瓦礫や壊された建造物の復興作業をしているのが視界に入る。中には、各々の元住んでいた家の前で膝を折り、地に両手を付けて涙を流している者もいた。
「可哀想だね、アッズリの家はどうなの?」
「僕の家はまだ奥地にあるからわからないけど、多分被害は少ないんじゃないかな」
僕が住んでいる家は、ツアレラ地区の中心部周辺を歩く僕達にとって少し遠い場所にあった。現在の被害状況から見て、中心部に連れて傷跡が深くなっていっているため、僕の家は言う程崩壊していないだろうと推測できる。
(……母さん)
僕が目覚めた時には、避難していた人々がすでに山から下りてきていて復興作業を図っていた。今地区を歩いた中で母親の姿は確認できなかったので、とっくに家に戻っているか、考えたくはないが瓦礫の下に埋もれているかの二択だろう。
いずれにせよ、心が落ち着かないのを収めるため、早く母親の安否の確認を急ぎたかった。
「アッズリ!」
僕達が中心部を抜けて市場付近を歩いていると、背後から何人か口を揃えて僕の名前を呼ぶ声がした。
振り返ると、茶髪の二人の青年と、背中まで伸びている藍色の長髪をなびかせた一人の女子が花を咲かせた様な笑顔で手を振っていた。
「フリッツ! ブラン! それにムーン! 良かった、みんな生きてたんだな」
僕は小さく安堵の息を吐き、再開した友人達と肩を叩き合った。こんなに久しぶりに会ったかの様に感じるのは、昨日の夜の出来事に一年分くらいの時間が凝縮されていて、余りにも濃く、長い一日と感じた為であろう。
「ま、アッズリの事は何も心配してなかったから会えて当然だけどな」
先に口を開いたのは、髪が茶髪で目をぱっちりと開かせているお調子者のフリッツだ。
その言葉に畳みかける様に「僕はすごく心配していたよ」といったのは、フリッツと同様に茶髪で目が細く少し臆病なブランだ。
フリッツとブランは容姿が似ている通り一卵性の双子だ。二人を見分けるとすれば、目の大きさと声の質が違うという点のみで判断しなければならない。僕と幼少時からの古い付き合いだが、成長した現在も時折二人の呼び名を間違えるときがある。
「何より、アッズリまでいなくならなくて良かった」
悲しげな表情で僕を下から上目遣いで見つめるのは、静かな名前と美麗な風貌とは全く違うお転婆な性格のムーンだ。彼女も僕と双子二人、そしてリッキーとの幼少時からの付き合いであり、周りの男子にも負けない程の男勝りな性格で、僕らの中で喧嘩の腕はピカイチだ。
ムーンの発言から考えて、リッキーが死んでしまった事はもう知っているらしい。その事を裏付けるかの様に、彼女の涙袋周辺が赤くなって腫れているのがわかる。涙脆いブランもムーンと同じ個所が腫れていた。
「そっか、皆リッキーのことはもう知っているんだな」
「最後にまた皆で山の果物採ってきてさ、小さい宴会でも開きたかったな」
フリッツが言うと、僕達は沈黙の時間に陥った。僕は深海色に染まっている三人の瞳を眺めていると、やはり、同じ時間を過ごしてきた友の命が突然失われたショックは僕と同じくらいに大きく、心に深い痛みを背負ってしまったんだな感じた。
「リッキーは死ぬ直前、僕に前だけを見て進めって言ってくれたんだ。だから、すぐにとは言わないけど、ちゃんと前を向いてリッキーの分まで今を全力で生きていこう」
「それが、私達がするべき事だね」
「この先変に生きて行ったら俺が死んで天国に行った時に、あいつに叱られて地獄に突き落とされそうだな」
「僕も次会った時に良い顔で顔向けできる様に精一杯生きるよ」
それぞれが一本の道の真ん中で輪になって拳を重ねた。いつもはふざけて子供みたいな事をしている仲間だったが、この時の皆の表情はいつになく真剣で、この世を去ってしまった彼との大切な約束を誓っている様に思えた。
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