第一章~始まり~④
カクヨムのコンテスト応募作品の宣伝です。
至近距離に迫った兵士が、僕に向けた矛先を真正面に力強く振り抜いたその時だった。
「ぐわぁぁぁ!」
僕を突き刺すはずだった兵士が宙を舞い、両手に握りしめていた短剣を放り投げて大袈裟に吹っ飛んでいった。
気づいた時には、心臓に当てていたはずの僕の左手がゆらゆらと静かに煌めく蒼い炎を纏い、兵士が飛んで行った方向に腕を伸ばし切って、その延長線上にある燃える掌を兵士に向けていた。
僕は伸ばした両手を視界の中に持ってきて、掌を返したりして左右を見比べた。どんなに両手を交互に見比べても、左腕の手首周辺から指先まで蒼い炎が覆い囲んでいた。
「左手が……燃えている」
「キサマァ! 一体何をしたァ!」
突進してきた兵士が剣を振り抜き、僕が心に力を求めた時、突然左手から蒼い炎が光り輝きながら勢い良く噴出した。蒼い炎は兵士の進行先に向かって空中浮遊すると、空気と平行に六角形を模りながら蒼い炎の壁を作った。
恐らく兵士は、ほんの一瞬の想定外な出来事だったために、まだ十分に脳の処理が追い付いていないのだろう。
「……フォルツァ」
いつの間にか僕の背後に立っていたティノが口を開いた。
「別名、蒼の力。まさか、フォルツァを開眼した者にこんなに早く出会えるなんて思ってもいなかったわ」
「開眼って何のこと?」
「君はその左手だけが蒼く燃えていると思っている様だけど、以前まで暁色だったアッズリの左の瞳も炎と同じ色の『蒼眼』になっているんだよ」
僕は視線を右側にある崩れた店の瓦礫から角を出している硝子の板に目を向けた。
銀色の硝子板に映る僕の左の瞳はティノの言った通り「蒼眼」に変化していて、その蒼い瞳はこれまでに感じたことがない不思議な雰囲気を醸し出していた。
「……これが僕の眼?」
「そうだよ。君は、フォルツァに選ばれたんだ」
(……フォルツァに選ばれた?)
「舐めるなぁァ!」
僕が脳内の整理をしていると、吹っ飛んでいた兵士がいつの間にか抛られていた短剣を拾い上げて、先程と同じ体勢で加速しながら突進してきた。
「説明は後だね、今は目の前のことを優先しないと」
「って言われてもこの力の使い方がわからないんだけど……」
「噂に聞いた説では、その蒼い炎は主が想像したものを具現化することができるらしいよ」
なぜか笑顔のティノは「やってみてよ!」と言って、僕の背中の影に隠れた。
ティノの話が本当であれば、僕が一番最初に力を使った時に「守りたい」という強い感情を信念に誓ったため、手から噴出した蒼い炎が壁という抽象的なものに具現化した、ということに合点がいく。
この仮説が成立するとしたら、僕が次に信念に誓うことは一つ。
「オラァァァ!」
--リッキーを殺し、僕の故郷を破壊した兵士達に復讐するための力が欲しい。
覚悟を決めた僕は左手を天に向けて掲げると、纏っていた蒼い炎が煌めきながら竜巻の様に渦まき、蛍光色に輝く稲妻を宿しながらどんどん巨大化していった。
やがて竜巻の根元が細くなり、渦が空気中に分散して消えていくと、蒼い炎で形成された大剣が刃を光らせた。
僕は左手で大剣を振り上げ、走ってくる兵士の肩を狙って斜めに振り下ろした。
「うわぁぁぁ!」
肩から綺麗に赤い斜め線が入った兵士は、宙を舞った瞬間壊れた噴水の様に勢い良く血を吹き出し、大量の出血によって気を失って倒れていった。
あくまで炎で作られたせいなのか、僕の身長くらいある大剣なのにもかかわらず重さを感じなかった。いや、それどころか腕にかかるはずの重力よりも軽く感じた。
「フォルツァをここまで使いこなすなんて、流石だねアッズリ。だけどこの程度で安心してられないよ、この広場で黒い服を着た国王軍の兵士達がまだ残ってるよ」
「うん、わかってる。ティノは危ないからここに近づかない様に瓦礫の影で休んでおいて」
「わかった」と一つの返事を残したティノは、颯爽と人の目に見つからなそうな瓦礫の影へと移動していった。
「……さて」
砂埃で視界が悪くなっているはずの僕の瞳に、十人ばかりの兵士達が蒼く明瞭に映る。銃を雑に乱射し、休む暇もなく火の矢を射ているその姿は、何故かとても惨めで哀れなものに見えた。
平和に生きるという選択肢は多岐にわたるはずなのに、どうして人々は互いに殺しあうという道を選んだのか、僕にはまだ分からない。だが、このもやもやの理由がいつか分かる日が来ると信じて、今は覚悟を決めるんだ。
親友の死を超え、己の信念に力を誓った若き少年が歩み始めて数分もせず、兵士達の怒鳴り声がだんだんと減っていった。
そして、これまで飛び交っていた銃声と火の矢が止み、肉が裂けて血の噴き出る音と共に、広場に幾多の断末魔の叫びが響き渡った。
「……ズリ、起きて、アッズリ!」
「……ん」
耳の中に流れ込んでくる小鳥の囀りと少女の言葉に僕が瞼を開けると、霞んだ視界が緑に囲まれた空色を映した。
目に映る景色がはっきりと開けていく中、無意識的に体を起こそうとしたが、腹部に力を入れた瞬間全身に鋭い電撃の様な痛みが走った。
「……っ!」
「駄目だよアッズリ寝てなきゃ。多分だけど、昨日の疲労と初めてフォルツァを使った副作用みたいなものじゃないかな」
「……フォルツァ」
何か重大な一部が抜け落ちて穴が開いた記憶の中、状況の理解が追い付いていない僕が起きてから初めて「フォルツァ」という単語を聞いた時、頸動脈がドクンと大きく波打った。その波の勢いと共に、空いてしまった穴を隙間なく埋めるコンクリートの様に昨日の記憶が事細かく流れ込んできた。
僕は痛みに耐えながら切り傷だらけの左腕をゆっくりと起こし、すでに蒼い炎が消えている掌を眺めた。
そうだ、僕は、兵士とはいえ、人間の命を燃やしてしまったんだ。一つの命だけじゃなく、十人ばかりも。
「私は、昨日のことは仕方のない事だと思うよ。現に、君の親友は死んだ。もし君があのまま国王軍の兵士達を野放しにしておいたら、君の故郷は残骸どころか灰になっていたと思うよ」
まるで僕の心を読んでいるかの様にティノが穏やかな口調で答えた。
「でも、僕は人を殺めてしまった。この事実は紛れもない罪だよ」
「出会った時から気づいてはいたけど、君はとても優しいんだね。だから、誰にでも騙されて、正義と偽った嘘を信じるんだ」
寂しそうな目をしたティノが寝そべる僕を覗き込む様にして俯き、全てを悟っている様な表情で僕の眼に向かって呟いた。
「アッズリ、実は君に謝らなければいけないことがあるんだ」
謝られることに思う節がない僕は、やけに神妙な顔つきをしているティノに「謝らなければいけないこと?」と単刀直入にそのまま言葉を返した。
「私は、実は旅人なんかじゃないんだ」
僕は、ティノのあまりに質素な回答に「……え?」と拍子抜けた言葉が出てしまった。
別にティノが旅人じゃなくても幼く見える少女ということに変わりはないので、今後困難となる特別な存在なんかじゃ無ければ……。
「これからフォルツァの事も交えて真実を話すけど覚悟は良いかい?」
「ああ、ティノは特別な存在なんだね。いつでも話を聞く覚悟はできているよ」
カクヨムにて応援よろしくお願いします。
なろうにて毎日連載中です。ブックマーク、感想、レビューなど頂けたら幸いです。
イラストや近況報告は北斗白のTwitter、活動報告にて掲載しておりますので、目を通してくださるとうれしいです。
@hokutoshiro1010