第一章~始まり~③
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「見て、あそこにいっぱい人がいるよ」
瓦礫が積み重なった山影に身を隠したティノが指差す先には、砂埃が螺旋状に舞う大広場で銃を乱射し、連続して火の矢を放っている者達と、前者に追われ必死に逃げ走る者達の影があった。
この短時間の激しい戦闘によって、大広場を囲んでいた出店の多くは跡形もなく崩れ去り、この地区の象徴とも言える大理石で出来た鮮やかな噴水が微塵にも破壊されていた。
「あれは、国王軍だ。生き残っている町の人達が危ない、すぐに助けなきゃ!」
「待ってアッズリ、武器も何も持っていない君が行ったところで殺された人の二の舞になるだけだよ」
ティノは大広場へ飛び出そうとした僕の背中を引き止め、肝が据わった言葉を僕に言った。
「確かに何もできないかもしれないけど、殺されていく人達を黙って見ている訳にはいかないんだ!」
「君は、命が惜しくないの?」
熱く煮えたぎっている僕の心に、人間として真っ当な冷えた意見が響く。
「じゃあ僕はどうしたら……」
覚悟と共にきつく握りしめていた拳の力を緩めた時、大広場の方から「ぐぁぁぁ!」とけたたましい叫び声が聞こえた。背中から頸にかけて、細く鋭い緊張が電光石火の速さで駆ける。
それは、少年時代から行動を共にしてきた耳馴染んだ声に似ていた。
僕は緩めた拳を再び固く握り直して、余計な事は一切何も考えず、声がした方に向かって無我夢中に走り出した。
思い切り地面を蹴っ飛ばしたとき、後方で「アッズリ!」と叫ぶ声がしたが、目の前のことで脳の最大容量が埋まってしまって後ろを振り返る余裕がなかった。
「リッキー‼ 大丈夫か⁉」
僕は大声で言葉を飛ばしながら、木端微塵となった石屑やガラスの破片が散り散りに混じった広場の隅を抜けた先に見えた、肩の辺りの深い傷口から暗褐色の血をドロドロと流して横たわっている人物に向かって行った。
「……ああ、アッズリじゃねーか。……はやく……逃げろ」
「何言ってるんだよ! リッキーも一緒に逃げるんだよ! 親友を置いて行くことなんて出来る訳無いじゃないか!」
「……へっ、お前の優しさは相変わらずだな。でも……」
リッキーが続けて言葉を言いかけた時、僕等二人の時間は最悪な形で一気に遮られた。
「おいまだ生きてる人がいるじゃねえか! そこのガキィ、今殺してやるから待ってなァ!」
恐らく先程リッキーを刺したと思われる長身の兵士が、短剣を構えながらコツコツと踵を鳴らしてゆっくりと僕達の方に近づいてきた。
「リッキー立てるか? おぶるからこっちまで手を回してくれ」
「いや、本当に嬉しいけどよ……俺を置いて行ってくれ。……このままじゃ二人とも殺されちまう、アッズリだけなら今から巻き返せば何とか間に合うから」
「嫌だ! 僕は……僕は!」
「早く行けよ!! 頼むからその優しさを今だけ捨ててくれ!」
リッキーと出会ってから今まで一度も聞いたことがなかった彼の怒声が、地震の様に僕の心臓を強く揺らした。
僕はリッキーの表情に目を向けると、彼は迷走している僕の選択肢の背中を押してくれるかの様に精一杯の笑顔を作って応えた。
「わかった。リッキー、今まで僕と遊んでくれてありがとう。そして、僕の親友でいてくれてありがとう。絶対君のことは忘れないから、さよなら」
僕は酷く惨めで狭苦しい感情の中、唯一無二の親友であるリッキーから貰った勇気を振り絞り、意を決して親友の頭上に続いている瓦礫の道へと目を向けた。
だがその刹那、一気に様変わりした冷ややかな空気が僕を包むと共に、長身の大きな影が僕とリッキーを飲み込んだ。
「死ねェェェ!」
「アッズリ!! 後ろ!!」
僕の真後ろに迫った黒い影は、ガタイの良い筋肉が付いた腕を旺盛に振り上げ、その手に持っていた鋭利な刃を僕の背中に向かって息つく間もなく豪快に振り下ろした。
「ザクッ!!」
気が付くと、僕は腰に強い衝撃を覚え、数メートル先へ弾け飛ばされていた。
破片や屑が大雑把に散乱している地面から咄嗟に上半身を起こし、先程まで僕がいた場所へ視線を向けると、僕の瞳の中に灰色の光景が映った。
「リ……リッキー」
僕を兵士から庇ったリッキーは、姿勢を前のめりに崩したまま胸を一突きにされ、彼を刺した短剣は血を纏いながら背面へと貫通していた。
ひと時の空白に、貫かれた彼の背中から剣先を伝って柘榴色の雫がぽつり、ぽつりと滴る。
空白が赤く染められていく中、兵士がリッキーを刺した短剣を体内から抜刀すると、「ぐはぁっ」と口内から血溜りを吐き出した彼が跪き、顔面から地に向かってうつ伏せに倒れ込んだ。
「何で……」
倒れたリッキーは、火煙で黒くなった肌と傷だらけの顔で、両目から溢れ出る涙を僕に向けながら、荒い呼吸で精一杯の掠れた言葉を飛ばした。
「……アッズリ、俺は……お前の優しさにいつも励まされてた。そんで、元気を貰ってた。だから、いつの日か……恩返しをしたいなと思ってたんだ。まぁ、それがこんな形になっちまったんだけどよ。はぁ、はぁ、本当に、俺の親友でいてくれてありがとう」
「リッキー、そんな終わりみたいなこと言うなよ! まだ、まだ! 終わってないぞ!」
「ごちゃごちゃうるせえなァ! 終わりなんだよォ! こいつも! お前もォ!」
リッキーの血を纏った刃を持った兵士が、トドメの一撃を与えるかの様に、地面に転がったボールを蹴るかの如くリッキーを蹴飛ばした。
「ぐぁぁぁ!」
「やめてくれー!!」
「はぁ、はぁ、……お前は優しすぎるから……この先も、俺が死んだことを自分のせいだと気負ってしまうと思うけど……この結末は俺が望んだことだ。だから……何も心配するな、前だけを見て進め。……愛してるぜ、親友」
横たわったままそう言い残したリッキーは少し微笑むと、身を知る雨を降らせている瞼を静かに閉じた。彼の影には、仁恕を示しているかの様な優しい涙と、哀憫の念が詰まった血が混ざり合って濁った澱みが出来ていた。
「リッキィーーー‼」
僕は、孤独な崖の頂上に立ち、闇を照らす満月に向かって吠える狼の様に果てのない空の彼方へと咆哮をあげた。彼の方に伸ばした細い腕は、哀れにも空を掴んで墜ちていった。
リッキーは僕を優しいと言ってくれた。そしてありがとうと言ってくれた。でも実際、僕は結局何も出来なかった。
茫然自失に包まれた僕は腹の内側からじわじわと滲み出る、何も出来なかった無力な自分に対しての怒りと、止まないどころかいっそう強くなる銃声の音が鼓膜に響き、動けないままの状態で焦燥に駆られた。
「おいィ、次はお前の番だぞォ!」
(……優しいだけじゃ、何も守れないんだ)
--力が欲しいなら、己の心に誓え。
「……え?」
今にも瞼から零れ落ちそうな涙を歯を食いしばって耐えていると、何処からか耳に覚えのない声が聞こえた。
--強く、汝の感情を信念に捧げよ。
「……僕の感情」
僕はガラスの破片などが刺さった切り傷まみれの両足で力強く踏ん張り、体のあちこちの痛みと疲労で体幹がずれる身体でふらふらと立ち上がった。
そして、神経を集中させた左手で心臓に手を当て、神に祈りを捧げる聖者の様に、黄土色の砂埃と赤く細かい火の粉が飛び交う夜空へ向けて願った。
--何もできない自分は嫌だ。ただ優しいだけの僕は嫌なんだ。
--僕はもう誰も失いたくない。だから、大切な人を守れる……、
「お前も死ねェェェ‼」
僕に向かって怒声を飛ばした兵士が、リッキーの血液が付着し暗褐色に染まった短剣を血管の浮き出た両手で腰の辺りに構え、ぎろりと眼球をぎらつかせながら怒りを露わにして興奮した猪の様に突進してきた。
ーー力が欲しい。
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