最終章~エピローグ・後書き⑤~
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僕の話を黙って聞いていたムーンは、無邪気に喜んでいたのが束の間に、次第に表情を暗くしていった。それも彼女自身僕と同様に、この町からいつの間にか消えていく人々を見てきたので、どこか不自然に思っていたのだろう。話の終盤には声を上げず、ただ静かに瞳から涙を落としていた。
僕は話を聞いている途中彼女の顔を見て、締め付けられる様に何度も心が痛くなったが、彼女が望んだ頼みなので話すのを止める訳にはいかなかった。
そして最も恐れている事態にならない様にずっと願っていた。
「……アッズリはこんなに大変な事を一人で背負ってきたんだね」
「信じるの?」
「そんな具体的に話されたら信じるも何もないでしょう」
ムーンは涙で濡れている目の辺りを擦って、夜風にそよぐ草の上から腰を上げた。
「それで、アッズリの使命は闇で染められた世界をフォルツァっていう力で鎮める事だけど、これからどうするの?」
「僕もずっと迷っていたんだ、これからどうするか。でも決めたんだ、僕は闇を鎮める為にティノと一緒に旅に出ようと思う。そして誰も見たことがない様な最高の景色を見に行くんだ」
「……最高の景色」
僕はここに来る前に両親にもその話をした。最初母からは反対されていたが、僕にしかできないというのを真剣に伝えたら、無事に帰ってくることを条件として了承して貰う事ができた。父はというと、僕がこの決断をするという事は分かっていたらしく、快く僕の意思を理解して貰えた。
その時にティノの存在も説明すると、両親共に驚きに満ちた表情で一杯になっていたが、「アッズリよりも賢いしその可能性は普通にあり得るわね」と嘲笑されて終わった。
「出発は明朝。本当は止められると思ってこの話もしたくなかったし、出来る事なら前みたいに黙って旅立ちたかった。でも全てムーンに話した。フリッツ達にはアッズリは旅に出たと伝えておいて欲しい」
「……出る」
「……ん? 何て言った?」
「私も旅に出る! アッズリと一緒に行く!」
僕にとって恐れていた事。それはムーンが僕達と共に旅に出ると言ってしまう事だ。責任感が強く放っておけないタイプの彼女であれば、この話の流れで絶対にこの結末に辿り着いてしまうという事は重々承知していた。
当然一般人の彼女をこんな事に巻き込むわけにはいかない。僕は丘に来るまでの中で彼女に嫌われてでも止める覚悟を決めていた。
「ムーン、頼む。ここは退いてくれ。これは一般の人が顔を入れて良い様な世界じゃないんだ。それにこっちの世界に入ったらもう普通の暮らしには戻れなくなる。ムーンの両親も僕の親以上に心配するんだ」
「でも私はアッズリと一緒に行きたいんだ! お願い私も連れて行ってよ!」
「僕は……、僕はもう大切な幼馴染を失いたくないんだ!!」
僕は果てしない夜空の彼方にも届く様に、ムーンに向かって精一杯の声を上げた。一瞬彼女は怯み、涙が溢れる悲しげな瞳を下に向け、俯いた。
そう。このやり取りの中でリッキーの話題が出て、気が弱まっている彼女に追い討ちを掛ける事も覚悟していた。本当に心が粉々になりそうだった。
「……わかった。アッズリと一緒に行くの、諦めるよ。フリッツ達が言っていたことも分かったような気がする」
「フリッツ達が言っていた事……?」
「私本当はこの丘に行くことをフリッツ達に止められていたんだ。アッズリが思っているのは反対に、フリッツ達は私よりも全てを理解しているみたいだったよ」
(……な、……フリッツ達が分かっていた?)
いや、よくよく考えてみればそうだ。まずここにいるのがフリッツとブランでもなく、ムーンだという事から根本的に違うような気がする。フリッツ達は分かっていたんだ。僕が自分達の世界とは違う別の世界に入り込んでしまった事を。
「フリッツは、『例えムーンが一生懸命止めたとしても遠くに行ってしまう』。ブランは『アッズリが覚悟した以上、僕達も腹を括らないといけないんだよ』って言ってた。私は正直そんな予感が頭を掠めていたとしてもそれを正当化したくなかった」
「……フリッツ、ブラン」
昔からの幼馴染達を心の底から理解していなかったのはどうやら僕の方だったみたいだ。自分の都合が言い様にしか考えていなかった僕を恥ずかしいと思うと同様に、深くまで踏み込んでこなかったあの二人に尊敬と感謝を覚えた。
「だからアッズリ、私からのお願い、一つだけ聞いて欲しい」
「……つれてけって言ったって駄目だよ?」
こちらを振り向いた彼女は、星屑が躍る夜空に浮かぶ氷輪に白く照らされて、この丘に咲いた一凛しかない花の様に儚く、普段よりも一層として美しかった。
新鮮な彼女の姿に唖然とする刹那、最後に僕の眼に映ったのは、白く照らされているせいか明確に判断がつくほどに桃色に染まった彼女の頬と、僕の顔に触れた女子特有の良い匂いを纏った長い髪だった。
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