第一章~始まり~②
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「おまたせ、これ近くに生ってたからあげる。多分何も食べてないんでしょ? これ食べたら行くよ」
「え、良いの? ありがとうアッズリ! 本当は空腹でお腹が何回も鳴ってたんだよ、じゃあ、いただきます!」
ティノは待ってましたと言わんばかりに、獣の様な勢いでピーチィとレープに交互にかぶりついた
むしゃむしゃと音を立てて食事をとる彼女の姿は、砂浜で僕が感じた違和感の存在をを掻き消す様なもので、この部分だけを見れば、ただ単に三時のおやつで果物を食べている子供と言われてもおかしくはなかった。
「ん~美味しかった! 本当にありがとうねアッズリ! それとさ、果物達が無くなりかけている頃に気づいたんだけど何か火薬の臭いがしない? 私の気のせいかもしれないけれども」
僕は鼻に神経を集中させて、リスが鼻を小刻みに動かす様に周辺の空気に混じった匂いを探っていった。すると、リア王国の方角から吹いてくる風に乗って火薬の臭いが飛んできていることに気づいた。
「リア王国から火薬の臭いがする、もしかしたら町で何かあったんじゃ」
僕はティノをその場に置き去り、鼻につんと来る火薬の臭いを辿って山の上にある拓けた場所へと向かって早足で歩き始めた。
途中、転びそうになって岩石に植生していた薔薇の棘で右腕を引っ掻いたが、自分の身体よりも大切な友達や母親のことが脳裏に浮かんでいてそれどころじゃなかった。
(……嫌な予感がする)
ただこの言葉だけが僕の心の中で蠢き、黒い濃霧に包まれたはっきりとしない視界の様にもやもやとしていた。
足場の悪い砂利道を気分が曇ったまま進んで行くと、絶対にあり得ないだろうと心の奥底で薄っすらと考えていた最悪な予感が的中し、その景色は僕の目に飛び込んできた。
「……何……これ。ツアレラ地区が……燃えている」
僕が山道の拓けた場所に出た所で目に映したものは、この山の麓に位置するリア王国の中で一番緑に溢れている町であり、僕が生まれ住んでいる故郷であるツアレラ地区が焦げ臭い火煙と共にメラメラと炎を立ち上して燃えている姿だった。
その赤い光景を見て真っ先に頭に思い浮かんだのは、いつも暇な時間を費やして遊んでいる一番仲の良い親友のリッキーを始めとした、母親や町の大切な人達の存在だった。
そんな思いには慈悲もくれず、一切の遠慮を許さずに燃え盛る炎が僕の頭の中に次々と嫌な想像を生む。
段々と脳を駆け巡る思考回路が麻痺していき、力無く立ち尽くしている僕の額に冷や汗が滲んできて目尻に溜まった無色透明の雫と一緒になって零れ落ちた。
僕は必死に声を出そうとしたが、どんなに両拳に力を入れて振り絞っても僕の口からは悲しみを嘆く嗚咽以外何も出て来なかった。
僕の頭が混乱と怒りなどの色々な感情で痛み始めた時、耳元で小さな少女が声を出した。
「これは酷いね。これからどうするのアッズリ?」
「どうするも何も、皆を助けに行く以外の選択肢が思いつかないよ」
僕よりも年下に見えるティノの言葉は落ち着いていた。まるで、こういった光景を以前に何度も見たことがあるかの様に冷静だった。
そういえばティノは僕と最初に出会った時、私は旅人だと明かしていた。ティノがこんなに落ち着き払っているのは、外の世界でこんな残酷な物事が往々にして起こっていて、旅をしている最中の彼女にとって見慣れた光景であるからなのではないか。
何にせよ、ティノが投げかけた質問のおかげで、次に僕がしなくてはならない一つの事が明らかになった。
「ティノ、急いでツアレラ地区に向かうよ。用意は大丈夫?」
「うん! いつでも良いよ!」
腰に手を当てて元気よく返事をしたティノと共に、僕は汗や涙で汚れた顔を服の袖で素早く拭って勇気を振り絞り、ティノと共に燃え盛る炎が躍る町の中へ怒涛の勢いで飛び込んでいった。
「バキュン! バキュン!」と鈍い銃声が響く。
僕達がツアレラ地区に到着した時には、燃焼した建造物がすでに崩壊を始めており、町中には爆薬や硝煙の臭いが立ち込めていた。更に外周を囲んでいた緑の木々たちが全焼し、栄えていた市場には発砲されて殺されたであろう人々が死体となって転がっており、十六年住んで見慣れたいつもの景色がただの地獄絵図と化していた。
「皆……、逃げててくれればいいけど」
「今はそう願うしかないね、とりあえず先に進もう」
僕とティノは崩れた瓦礫を掻き分けながら、銃声が止まないツアレラの中心地へと向かっていった。
「アッズリの友達、誰か見つけた?」
「いいや、まだだよ。多分賢い奴ばっかりだから遠くへ避難しているはずだよ」
僕は全く根拠のない希望をティノに話した。そう楽観的に合理化しないと考えたくもない最悪の事態が本当に起こる気がしてならなかったからだ。
吹いてくる熱風と火薬の臭いに喉を痛めながら粉々になった瓦礫の道を進んで行くと、急に目の前の地面に火を纏った矢が疾風の如く突き刺さった。
「うわ! 危なかった!」
「火の矢だね。これに刺さると二秒もしないで全身に火が回って焦げ死ぬから気をつけた方が良いよ」
戦争にはこんな危険な武器も使っているのか、と僕は改めて戦争の厳しさを感じた。
中心部に近づくにつれて、瓦礫に埋もれた人の呻き声や取り残されてわんわんと泣いている子供が目に付くようになってきた。
それは、国王軍が中心部に向かって破壊活動を繰り返しているという決定的な証拠を表していた。
「ねえアッズリ、何で国の兵士達が自分達の国の領土を壊しているの?」
「ここは国の領土と言っても、反リア主義の地区だからだよ。ここに住んでいる人達は今の国王が嫌いで命令に逆らう事が多々あったんだ。だからとうとう目の敵にされたみたいな感じかな」
一年前、国王が復活してから国の経済が回らなくなってくると、リア王国の中の多くの地区が反リア主義を掲げていった。中にはリア王国を離脱し、小国ながら自分達だけで生活していこうと独立していった地区も存在する。
僕達が住んでいるツアレラ地区は独立こそしなかったが、リア王国の貴族部からの貿易や交渉事は全て断り、自給自足を前提とするため、古くからの付き合いである隣の地区としか交易を開かず、町人達が互いに協力して助け合う暮らしを営んでいた。
だが、リア国の王は巣から旅立つ小鳥の様に数多の地区が独立していく姿を、黙って見て見ぬ振りをすることは決してしなかった。
国を離脱した地区には放火や破壊活動などを起こして、その地区の経済が破綻するくらいまで徹底的に痛めつける。他の反リア体制をとっている地区にも、政治経済面での嫌がらせなどが及んでいたが、まだ大きな痛手を受けておらず耐えられる程度だったのでツアレラは抵抗し続けた。
だからとうとう国王の堪忍袋の緒が切れて、非人道的である物理的な手段に変更して攻撃してきたのだろう。
僕は呼吸を確保するため口と鼻を左手で覆い、酷くなる熱風と口の中に侵入してくる細かい木灰を払いながら地区の中心部へと足を進めた。
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