第四章~最終決戦編②~
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僕が左胸の奥に神経を凝らしたとき、どこか懇篤とした温かさを感じた。それが僕の心当たりだった。あいつはあの神秘の湖から僕達を見守ってくれていると言っていた。本当に僕達を加護してくれているのであれば少しでも力を貸してくれるはずだ。
僕はもう一度左胸の奥に意識を集中させた。僕の意識がそれ近づくにつれてその温かさに近づいているのは間違いではなかった。
「……アッズリ、良く気づいてくれたね。助けに来たよ」
やがて僕の左胸が眩い光を放ち、一つの白い炎の塊となって真っ黒な空間に解き放たれた。白炎の塊は精霊の姿を模って変化すると、僕の真正面に浮遊した。
「ネル……! やっぱり来てくれたんだ……!」
「私はアッズリの胸の中でこれまでの経緯をずっと観察していたよ。父親に再会した時も、レッダに攻撃されていた時も……。ただ実際にアッズリの近くにいなかったから助ける事ができなくてとても悔しかった」
「いいや、今ここに助けに来てくれたのが僕にとって本当に嬉しいことだよ」
ネルは僕達を見守ってくれていたんだ。もしかすると僕が二回ともこの場所に来て息を吹き返す事ができたのは、彼女の心優しい加護のおかげであるかもしれない。
「その者は何なんだ?」
「彼女はネル・フェアーリ。リア城に続く道の途中にある、ネビア・フォレスタという森林の精霊なんだ。僕とティノが兵士達のうろつく森に入った時、彼らに遭遇するのを最小限にしながら森の中を案内して貰ったんだ」
「精霊なのか、そんな大層な存在がどうしてこいつなんかの心中にいるんだ?」
「フォルツァという力に馴染みがあるからです。昔同じ力を持った少年に助けられたことがあって……、闇に染まってしまった私の森を再び元の姿に戻してもらったんです」
ネルはルシオンの方を向くと、以前僕に語った時と同じ様な表情で、事懐かし気に話し始めた。
「同じ力を持った少年……? ああ、あいつの事か。となるともしかしてお前は小さき湖の中に住んでる者か?」
「ああ! そうです! でもあの頃から成長して大きくなりましたよ!」
「ふっ、そうだな。我はあいつが使っていたフォルツァの本体そのものだ。まあ簡潔に言うとフォルツァの化身というところだな」
「あ。そうなんですか! あの節は本当にお世話になりました、おかげさまでまだ幼かった木々達が無事に大きくなって、今では森林にまで成長したんです」
「あ、あの、できれば僕を置いて話を進めないでほしいんですが」
ネルは形相を変えて「あ、ごめんなさい」と言うと、一つ咳払いをした後、気を取り直した様子で話の路線を戻した。
「それで、現実世界に戻る方法ですが……、私がこの場所からトゥーデッドロードの入口まで光の道標を作ろうと思っています」
「具体的にどういった事をするの?」
「えっと、入口まで光の線を敷こうと思っています。ただ、私一人の力では足りなさそうなのでルシオンの蒼の力も貸してもらって、二人の力を合わせて使おうと思っています」
「……なるほど、それならここから遠い入口まで辿り着けるな」
「ネル、僕は何をすればいいの?」
「特に何もしなくていいので、眼を覚ました後の心の準備でもしておいて下さい」
僕はがくりと肩を落とした。何か手伝う事も出来ずにただ助けて貰ってばかりだなんて、僕は本当に役立たずに近い人間じゃないか。
「これは特別な高位的存在である私とルシオンだからこそできる役目なんだ。アッズリはアッズリだからこそできる役目があるでしょ。そう簡単に気が落ちるとそこのダークフォルツァに飲み込まれるよ?」
僕がネルが示した方に顔を向けると、黒炎は余裕だという事を見せつけるかの様に、より一層に炎を燃え上がらせた。
「おい俺、眼を覚ましたら右眼がダークフォルツァの象徴である暁色の瞳になっているはずだ。だが一つだけ言っておくが俺は躊躇なく闇の力を押し上げる」
「その状態で完璧に僕の中の闇を鎮めなければレッダには勝ち目がないという事でしょ? わかってるよ。だから遠慮はいらない、全力で向かってきてよ」
「いいねぇその心意気。わかった、俺も全力を尽くして闇に染めてやるよ」
僕は黒炎に映る自分自身の闇に、先程のお返しとして笑って見せた。
「アッズリ、準備は良い? こっちはもう何時でも行けるけど」
「ああ、僕も準備は整ったよ。それじゃあネル、それにルシオン。後は頼む」
二人はそれぞれ「わかった」「承知した」と言うと、ルシオンがネルを模る白い炎に向かって、先程僕の胸に飛ばした人魂の様な幾多の小さい炎を送った。ネルはそれらを全て白色の炎で包み込むと、小さかった白炎が何段にも渡って大きくなり、最終的には巨大な蒼白の炎へと姿を変えた。
「行くよ! それぇ!」
ネルが声を上げると、漆黒の夜空に瞬く流れ星の様に、蒼白の炎が僕達の頭上に向けて蒼炎を纏った白い光を放った。
「これは……ティノの時と同じ……」
「さあ、この光の道を辿っていけば入口に着く事ができるよ」
「我はこの場所から力を送り続けている。二人とも、健闘を祈っている」
「じゃあな俺、次会うときは闇に染まった時か、闇に飲まれた時か……」
「いやそれどっちも闇墜ちしてるから……。じゃあ行ってくるね」
僕とネルは二種類の炎に見送られて、蒼白の光が差す道を辿って歩き始めた。この道が終着点に辿り着いた時、僕とレッダの最終決戦が始まる。いや、その前に僕自身との戦いが始まるんだ。負ける事は許されず、もう後には引けない。
僕は光の線を辿っている途中、世界の命運を分けるとも言える最後の戦いに向けて決意を改めた。そして数分くらいたった後、白い光で包まれた穴の様なものが目に映った。
「ネル、これって……」
「うん。現実世界とトゥーデッドロードを繋ぐ穴、通称『異次元ホール』さ。ここを潜り抜けると元居た場所に帰れるよ」
「……そうなんだ」
僕はふと、今来た道を振り返ると、僕等をここまで導いてくれた蒼白の線が、あの時屋根の上で見た静寂な夜空の景色に敷かれた天の川に見えた。
僕達は人生と言う一本の道を辿って死というゴールへと向かって行く。この一本線は、この場所が黒くて何もない空間だからこそ浮かび上がって、僕の目に映ったのであろうか。
僕の目に映るという事は、まだ僕の人生は終わっていない。僕の人生はまだ続いている。まだ、生きているんだ。死んだら何もかもがお終いだが、生きていたら何をするにも可能だ。それはもう既にトゥーデッドロードを超えてしまった親友が教えてくれた。
「アッズリ、覚悟は良いかい? この穴を越えたら大きな戦いが待ち構えている。君はここを通り抜けてしまったら、君を縛る定めからは命を落とさない限り絶対に逃れられなくなるんだ。このまま楽な道を突き進むなら引き返した方が一番いい方法だよ」
「何言ってるんだよ、今更戻る訳ないでしょ。僕は家を出てから何度も何度も負けてしまった。だけど、次のチャンスが一番最後だからもう負ける訳にはいかないんだ。そんな中途半端な覚悟なんてとっくに何処かに捨ててきたよ」
「そっか。もう決めたんだね。あ、そう言えばルシオンが『もう一度言うが、本当に辛くなったときは我の名を呼べ』だってさ」
僕が「わかったよ」と言うと、ネルの形をした蒼白い光は僕の周りを一週回ると、異次元ホールと呼ばれる穴の横に立った。
「さあアッズリ、行っておいで。私達の未来を大きく左右する戦いに」
「うん、行ってくるよ。じゃあねネル、見送りありがとう」
僕は異次元ホールの前に立ち、屈みながらの奥に向かって両手を指し伸ばした・すると、身体がどんどん吸い込まれていき、それに比例して自分の意識も薄れていった。
ーー頑張って、アッズリ。
僕の朦朧とした意識の中には、ネルが言ったであろうこの言葉だけがエコーの様に何度も響いた。
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