第三章~リア城編④~
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僕がレッダと同じだと……? そんなの違うに決まっている。あいつらを止めていなければ町の人々はもっと死んでいたはず。火柱だけではなく塵だけが残る町になっていたかもしれないんだ。僕が、レッダと同じだなんて……。
「……暁色の眼。お前の右眼も『ダークフォルツァ』ではないか。気が付かなかったのか?」
「……僕の右眼が、ダークフォルツァだと? 虹彩の色が同じでもそんなはずはない! だって俺はすでにフォルツァに選ばれているんだ!」
「俺もその事例は聞いたことはないが、この世界は何でも起こりうる。だから二種類のフォルツァを持った人間が誕生してもおかしくはないのだ。お前、自分の心の中で黒炎を見たことがあるだろう、あれがダークフォルツァの正体だよ」
自分の心の中……。ルシオンがいる真っ暗な空間の事か。確か蒼炎の向かい側に黒炎が燃えていて、僕の事を知っている風に声を掛けられたんだ。
「禍々しい雰囲気で燃える邪悪な黒炎、あれはお前を鏡写しにした化身ともいえる。簡潔に言うと、お前は表面で正義を演じているが、内にとても強大な闇を抱えているという事だ。ひゃっはっは! これじゃ物語に悪者が二人誕生してしまったな!」
「……僕が悪者だと? ふざけるのもいい加減にしろよ! 僕は皆の気持ちを背負ってお前という闇を倒すためにここに来たんだ! お前なんかと一緒にしないでくれよ!」
「そうだよ! アッズリはあんたなんかと一緒じゃない!」
「ならばその手で俺を倒してみるがいい。両眼を開眼した真のダークフォルツァの持ち主の俺には到底及ばないと思うがなァ!」
「望むところだ!」
僕達がお互いの手にそれぞれ色の異なる炎を宿した瞬間を合図に、壮絶な戦いの火蓋は切って落とされた。
「うぉぉぉ!」
僕は外に向けて伸ばした左手で蒼炎の大剣を形成し、地を這う様に剣を引きずらせながら勢い良くスタートを切ると、舞台上の王座の椅子から降りてこちらに向かってくるレッダに向かって蒼い刃を振り上げた。
「甘々なんだよそんな軟弱な炎ォ!」
レッダは黒煙を纏った右手の掌を僕に向けて、黒い防御壁を作って見せた。そして僕の蒼炎を黒炎で掻き消すと、瞬く間に僕の腹部へ黒炎玉を捻じ込んだ。
「ぐぁぁぁ!」
「おいおい早く立てよォ、こんなんじゃ何も面白くねえぞ!?」
「言われなくても! おるぁぁぁ!」
僕は右、左、様々な角度からレッダに向かって絶え間なく斬撃を繰り出した。蒼炎は軽いので次の攻撃に移る時間を減らす事ができる。僕の斬撃はレッダの頬や他の部位を掠め、切り傷の痕を残した。
「ほお、中々剣の筋は良い見てぇだな、ならばこれはどうだ!」
僕から大股三歩ほど距離を取ったレッダは、一瞬のうちに僕の蒼炎の大剣と同じ型で黒炎の大剣を作り出した。そしてその場で軽く振り切ると、僕の斬撃よりも早い速度で次々に斬撃を繰り出した。
「おらおらおらおらァァァ!」
(くっ! なんて早い斬撃なんだ……、これじゃあ防御で精一杯だ)
僕は視界の隅から隅まで至る所から来るレッダの斬撃を、体勢を崩さない様にしながら剣で受け止め続けた。
「ひゃっはっは! 良いねェ良いねェ!」
レッダの剣の嵐が止むことはなく、防戦一方の状態が続く。互いの剣が触れ合うごとに、蒼、黒の二種類の色の火花が飛び交う。
このままの状態が続けば完全に押し切られてしまう。実力で言えばレッダの方が格段に上だ。僕は蒼眼でレッダの剣の先を追いながら、一手、二手と確実に剣を受けていった。
「おい、剣を見ているのは良いが、その部分だけに集中しすぎだぜェ!」
僕は剣を引いて構えたレッダの次の一手を、顔面に向かって繰り出される一突きと予測した。
「……なっ!」
だが僕の予想は外れ、レッダは右手に構えた剣をぱっと離し、床と平行になる様に自由落下させた。僕の意識は皮肉にも、先程のレッダの言葉にもある様に剣だけに集中してしまっていた。だから当然、レッダの手から離された落ちていく剣を眼で追っていた。予想外の行動に僕が怯み、一つの空白の時間が生まれる。唖然とする思考停止状態の僕を無視して経過していく時間に終止符を打ったのは、唐突として視界に飛び込んできた一つの影だった。
顔面に強烈な痛みを感じた瞬間僕は空中に舞い、僅かな抵抗も空しく容赦なく壁にぶつかると、部屋中に「ドーーーン!」という破裂音が響き渡った。
「アッズリー!!」
僕の身体に固くて尖った重たい物が次々とのしかかる。僕は容赦なく崩れ落ちてくるそれらに抵抗すらできず、ただただ力のない身体で堪えるしかなかった。
「おいィ早く出て来いよォ! これはどちらかの命が燃え尽きるまでのデスゲームだァ! こんな序盤で安く死んで貰っちゃ困るぜェ!」
恐らく大きな声量で叫んでいるであろうレッダの声が虚ろに感じる。
(早く……立ち上がらないと……)
僕は懸命に僕を覆う瓦礫をどかそうとした。だがどれだけ動かそうとしても体に力が入らず、どうすることもできない状態に陥っていた。それに加えて瓦礫と瓦礫の隙間から見える視界も、絵画が何重にも重なり合ったみたいにぼやついていて、頭の中がふらふらとしていた。
「あーあ、つまんねぇな。所詮は正義がどうの悪がどうのとか言ってる偽善者かよ」
ーー違う、僕は、ただ、皆を守りたいだけなんだ。
「闇に染まっちまえばそんな狭苦しい思いなんてしなくて良かったものを」
周囲の音が聞こえなくなっていき、僕の心音だけが直に鼓膜に流れてくる。このことだけで意識が段々と遠のいて行っているという実感がした。
朧げな頭の中にフリッツやブラン、ムーンに母さん、それにリッキー達などの大切な人が浮かんでくる。これが俗に言う死に近づく人が見る走馬灯という現象なのであろうか。僕の目に映るリッキー達は皆笑ってこちらに手を振っていた。まるで、今までよく頑張ったね。こっちに来ればもう辛い思いはしないで済む。と言っているようにも感じた。
いや、そんな感情は僕の行いを正当化するただの屁理屈にしかならない。本当のところはそう思っていて欲しいという自分自身の願望なのであろう。このことくらい意識が薄れてきた今でも判別がつく。
--おい俺、本当にそのまま死んで良いのかよ。
心の奥で厳重に鎖に繋がれた扉を強く叩く音が聞こえる。その音は、狭苦しい部屋から早く出せ、と言っている様だった。まるで刑務所の中の囚人が怒り狂った様子で鉄格子を大胆に揺らす様に。
本当に僕は、こんなところで終わってしまうのか。何も出来ず、母やリッキーとの約束も守れず、死んでいくのか。いや、絶対に死を否定してやる。抗う事ができる限り抵抗し続けてやる。
--たとえ、僕の心が清く無くなったとしても。
(……ごめんティノ。少しだけ、臆病な僕を許してくれ)
僕は沈みゆく微かな意識を保ちながら、心の奥に存在する鎖で繋がれた扉の鍵穴を回した。
--よお、また会ったな、俺。
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