第三章~リア城編③~
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度重なる爆撃により何層にも積もった黒煙が舞台の上を覆う。僕は身体を投げ飛ばされて舞台下の床に腰を強打した。
(……痛い、苦しい、殺したい)
僕は火薬の臭いが充満する煙の中、心の奥の何処かから湧き上がる小さな闇と会話をした。僕一人が何故こんな痛い思いをしなくてはいけないのか、大きな闇に取り込まれてしまえばこんなに悩む事はないのではないか。そもそもこの国の民を一人残らず消し去れば僕は一人で静かに暮らす事ができるのではないか。
(……ああ、今まで何でこんな些細な事に気が付かなかったんだろう)
気が付けば僕はルシオンと出会った時と同じ様な宇宙空間に浮遊していた。開き切らない瞳孔で辺りを見回すと、右に卑劣な雰囲気を禍々しく放っている邪悪そうな黒炎が、ごおごおとした耳に障る音を立てて燃えていた。
反対側を振り返ると、女神の美しい瞳から溢した雫の様な、神秘的に煌めく蒼炎がゆらゆらと静かに燃えていた。
「よぉ、俺。やっと眼を覚ましたのか」
「誰……君? 全身が真っ黒で判別がつかないよ」
黒炎側に映る人影の様な物が、何やら手招きをして僕を呼んでいる様だった。
「追い待てお前。 もう使命の事を忘れたのか? あんなに何回も正義の感情を誓っていたというのに」
「……誰? ルシオンなの? 今度は光っててわかんないんだけど」
蒼炎側を振り返ると、今度は全身を白で塗装したかの様な人影が僕に言葉を飛ばしているみたいだった。
「早くこっちにこいよ、ちっとばかり手を伸ばせばこれまで届かなかった力が闇から湧き上がってくるぜェ」
「そんなの駄目に決まっているではないか。闇に手を伸ばしたら底なし沼から二度と抜け出せなくなるのと一緒だ。そんなまやかしは一瞬の快楽に溺れる薬物と同様の価値にしかならないぞ」
「一瞬の快楽ゥ? ははっ、そんな程度じゃねえよ。永遠の快楽にはまるだけだぜェ!」
「……僕は、俺は、闇の力を……」
闇に手を伸ばせば、誰にも負けない強大な力を手に入れる事ができる。そしてその力を使えば僕の最大の敵であるレッダさえも凌ぐに違いない。いや、リッキーを殺し、村を焼き払ったリア王国、狂っている全世界を破壊する事ができるかもしれない。
僕は気づいた時には一点に向かって歩み始めていた。
黒炎に近づくにつれて意識が段々と朦朧としてきた時、突然僕の目の前の常闇の空間に一筋の光線が差し込んだ。
「……ズリ、アッズリ! いい加減目を覚まして! 貴方が信念に誓った覚悟はそう脆くないはずだよ。アッズリを大切に思っている人達が皆帰りを待っているよ。こんな所で自分の心に負けちゃっていいのかい?」
「でも僕は楽になりたいんだ。この世の中を苦しんで生きて行くなら星諸共ぶっ壊しちゃえば済む話なんだよ」
「貴方の親友は死んだ。もしこの先今の現状を放っておけば大切な人がまた死んでいくよ。アッズリならわかっているはず、皆の思いを。だからお願いだよ、目を覚ましておくれ」
「……僕は、そうだ。母さんと、ネルと、それにリッキーと、色々な人達の思いを背負っているんだ」
(何やってたんだろ、僕。進む未来なんて既にわかりきっている事じゃないか)
僕は光の中から差し伸べられた温かい掌を掴んで、光の流れに沿って天に向かう様に浮遊する身体を上昇させていった。改まって固めた覚悟を胸に、もう自分の信念を揺らさないと決めて。
「ティノ、ありがとう。おかげで目が覚めたよ」
「うん良かった、『眼』を覚ましてくれて」
僕が蒼眼を開けると、積み重なっていた黒煙は薄れてきていて、周囲の影を確認出来る程になっていた。僕は立ったまま周囲を見回して状況を把握すると、僕達が先程までいた舞台の上に二名ほどの影を察知した。
「ちっ、まあそう簡単には闇墜ちしねぇわな。おい蒼眼のガキィ、初めましてだなァ! 俺はレッダ・テルーノ、この国の王様だぜェ! ひゃっはっはぁ!」
「……お前が、レッダ」
影に眼を凝らすと、高貴そうな貴族服に身を包んだ短髪の男が快晴の空に君臨する大鷲の様に、僕という獲物を狩る様な鋭い眼光で此方を睨んでいた。だが兵士達の様に口角は上がっており、いかにも邪悪の元凶という雰囲気を醸し出していた。
レッダの傍には、僕を庇って捕らえられていたティノが手首に手錠を掛けられた状態で、近くにある舞台左端の石色の支柱に鉄の鎖で繋がれていた。じっと見た所、不運中の幸いにも怪我をさせられたり痛めつけられたりはされていないらしい。
「レッダ、今すぐ彼女を開放してくれ。それとリア王国の王位から降りてくれ」
「まあまあ落ち着けって、少し話をしようではないか」
「こんな状態で落ち着いていられるか! くらえ!」
僕は左手から噴出する蒼炎を掌状に凝縮し、鬼火の玉を作って思い切りレッダに向かって飛ばした。しかしレッダは超速度で飛ばしたはずの僕の鬼火を最低限の動きで避けると、近くの王座に気だるけに腰を掛けた。
「そんな雀の涙みたいな炎じゃ全然聞かないって。そんな事よりいいからさ、少し話をしようって」
「……わかったよ」
僕が火の玉を放ってから彼が避ける間、レッダはずっと余裕の表情をしていた。ましてや目を瞑っていた。このほんの僅か数十秒の間でここまで力の差を見せつけられるなんて思いもしなかった。
抗うことは絶対的に許されない最高の権力。その力を冒頭に店閉めてきたレッダの誘いを断る事は不可能だ。
「まず、お前の父親の事だけど……」
「あ、父さんは何処だ⁉」
「あそこだよ」
レッダは王座の椅子で足を組みながら、右手の親指を立てて背面を指差して見せた。
彼の指差す先には、先程の彼の攻撃による被害を受けた舞台の壁が巨大な穴をあけて崩れ落ち、くりぬかれた壁からは星が一つもない漆黒の夜空が顔を覗かせていた。崩れ落ちた壁は、ツアレラ地区が破壊された時の瓦礫を思わせる様に積み重なっていた。
「まさか、あの瓦礫の下に埋もれて……!」
「おい、そこを動くなよ? 俺はお前を殺そうと思えば一瞬で殺せるのだからな」
僕を睨む鋭い眼光。強い芯が詰まった言葉の重み。やはり他の兵士達とは数段に渡って威圧感が違う。対して身長も高くないしガタイが良い訳でもない。ただ、僕と同じ暁色の瞳から放たれる眼光が僕の心臓部を凄い力で掴んでいる様な気がしてどうしても怯んでしまうのだ。
「……それで、僕の父親がどうしたんだよ」
「お前も気づいているのかと思うが、フランツは俺の特殊な力によって我が操り人形にされていたのだ。あいつの抵抗する感情はそこら辺の軟弱な兵士達と違って中々染めごたえがあったぞ、闇にな」
「やっぱりそうだったのか。僕はそれを止めに来たんだ」
「はぁ? お前ごときの力でか? ひゃっはっは! 笑わせるな、そんな軟弱な蒼炎では俺の闇眼力には勝てないんだよォ!」
レッダが言葉を発した瞬間、彼の右眼が暁に染まる満月の様に血色の赤い光を放って輝いた。
「……その力は!」
痛み、苦しみ、悲しみ、人間に宿る全ての負の感情が詰まったかの様な禍々しい雰囲気を放つ黒炎がレッダの右手を覆う。僕はレッダの邪悪なるその姿を見て呆気に捉われていた。
「驚いただろう! この力はダークフォルツァと言ってこの世界を闇に染める力なのだ! 人間にはいずれも心の中に闇を抱えて生きている動物だ。その闇を最大限に引き出してくれる力! 俺はダークフォルツァに選ばれた人間だ。だからその使命を全うする為にこの世界を全て闇に染めなければならない!」
(……僕と、同じだ)
僕もフォルツァに選ばれた一人の人間だ。そして、与えられた使命を達成する為にこの世界の闇を倒さなければいけない。僕の境遇と、似ている。
「お前が持つ世界を闇に染める意味を教えてくれよ」
「世界を闇に染めれば、全人類が何も考えず、己の欲望に身を任せて楽になれるのだ! そんな世界誰が望まないというのだ? 誰もが皆望むに決まっているだろう!」
「でも闇に染まった人間達は国同士で戦争を起こして、何人もの人達が傷つく羽目になっているんだ! これが可哀想だと思わないのか?」
「そんなものどうせ後で闇に染まるのだから気にするだけ無駄だろう? 俺が聞きてえよ何で可哀想だと思うんだ?」
ーー親友でいてくれてありがとう。
僕の脳内に今は亡き親友の言葉が蘇る。リッキーは死んだんだ。多くの町の人が命を落としたんだ。一人一つしかない命の灯が消えたんだ。
「人は死んだらもう人間じゃないんだよ。お前には友が死んだ痛みがわかるか? わかる訳無いよな、人を操って戦争させて何人もの人を殺してそれを快感にしてる悪趣味な奴にはな!」
「それはお前も同じだろう?」
「……どこが同じなんだよ」
「要するに俺が人殺しだと言いたいのだろう? お前も、俺の部下を殺したではないか。しかも、お前の大切な人が一人死んだのかもしれないが、こっちは十人も失っているぞ?」
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