第一章〜始まり〜
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茜色の空に漂う潮の香りが僕の全身を包む。
そこには、無音の空間の中に一つ、橙色に染まる大海原の一部が、サァァ、サァァという緩やかな波の満ち引きのオーケストラを奏でていた。
僕は一つ一つ形が違う色々な種類の小さな貝殻や、盛大に広がるこの世界の何処かから流されてきたであろう短い流木などが疎らに混じった砂の上を歩いていた。
労働で疲れ、重くなった身体を引きづりながら。
「今日も、大変だったな」
僕は目の前に広がる橙色の大海原の先に見える一本の線、波の上に浮かぶ淡い水色の水平線に向かって言葉を飛ばした。
三年前、僕が住んでいる国、「リア王国」の国王が病気を患い、表舞台から姿を消した。だが、一年前のある日、亡くなってしまったかの様に思えた国王が突如姿を現し、再び国王としてリア王国の経済を動かした。
以前の国王はとても国民思いで誰にでも親切だったので信頼と支援が厚く、復活した当初は国民達が何回も両手を空に掲げて万歳合唱をしていた。だが、復活してから間もなく、リア王国に奴隷制度が発令された。
その時からだ、リア王国がおかしくなってしまったのは。
国王が復活する以前のリア王国は平和主義を掲げ、他国との貿易を有効利用しながら両国の親睦を深め、助け合いながら自分達の国の経済を豊かにしていった。
だが現在は戦争を繰り返し、過去にリア王国に敗北した周辺の国々は、この国の植民地支配を受け、リア王国所属の奴隷国として働らかされていた。
僕は疲れているのは、リア王国の戦争に駆り出された成人達が次々と血を流して死んでしまい、全国民の人口が以前の二分の一になってしまったので、成人未満の未成年である僕も労働者として働かされているためだ。
快晴だったリア王国の経済が、いつしか雲行きが怪しくなり、遂には血色の真っ赤な色に染まっていた。
「海の向こうには、僕の知らない世界がたくさんあるんだろうな」
僕は、淡い水色の水平線から目を逸らさず、口だけを動かした。
僕の夢は、自由を手に入れることだ。それも、誰からも支配されない、みんなが幸せになれる様な自由を。そして、無限に広がる世界を全て見て回ることだ。
国王が復活してから毎日、一日の労働作業が終わると、国の外れにあるこの場所へ来て届きそうもない自由を謳っていた。それが気が付くと日課になり、毎日の息抜きとしての楽しみでもあった。
辛いことがあったり、悲しいことがあったりすると、目の前に広がる盛大な大海原がこの感情を大きな自然の心で包み込んでくれる。明日も頑張れと励ましてくれる様な気がした。
僕はいつもの様に視線をずらしながら、淡い水色の水平線上に右端から左へと眺めていく。
半ばくらい眺めた所で、気温も暖かくなったために北の方へ群れを成して帰っていく鳥達が見えた。鳥を見ても、自由というものが連想させられる。
僕が鳥になったら、戦争をしている兵士達の頭上に糞を落としてから自由を探して世界の各地へと飛び去って行きたいと思う。
そして、世界を飛び回って集めた仲間の鳥の大軍を率いて戦争をしているこの地へと再び舞い戻り、最初と同じ様に戦争中の兵士達の頭上へ糞を落として戦争を止めさせたい。一匹では叶わないとしても一万匹の鳥達を集めて一万個の糞を落とせば、強烈な臭いに懲りて戦争を止めてくれるかもしれない。
こんなくだらない発想をしていると、あっという間に僕の視線は水平線の最終地点辺りに差しかかっていた。
今日もこの時間が終わるなと思ったその時、水平線の左端を通り過ぎた辺りの、三日月形の砂浜の一番奥に動かない人影が見えた。
「……誰だろう?」
その一点に目を凝らしながら歩いていくと、正体を薄っすらと理解した僕は砂浜に足を取られながら一目散にその人影に向かって駆け出した。
「あの! 大丈夫ですか!?」
僕は、全速力で駆け出して着いた先に、ハァ、ハァと荒くなった息と共に精一杯出した掠かすれた声をぶつけた。
動かない人影の正体とは、砂浜に倒れた一人の少女だった。
「起きて! 起きて下さい!」
もしかして彼女も漂流してきた流木達の様に、この世界の何処かからこの盛大な大海原を彷徨ってこの国に着いてしまったのだろうか。
僕はそんな事を考えながらピクリとも動かない少女に声をかけ続けた。
「……死んでるの?」
「……そんな……訳……ないでしょ、げほっげほっ」
「うわっ!」
僕は少女が突然動いた事に驚いて、情けなくその場で尻もちをついてしまった。
少女は幼い声で細々に咳き込みながら、砂浜に倒れていた体を起こした。
「ここはどこなんだい?」
「こ、ここはツアレラ地区の外れの海岸です」
僕はリア王国のツアレラ地区で生まれ、今まで生きてきた中でこの国の敷地以外に出たことがなかったので、他の国の人を見たのは初めてだった。
僕は外の世界への好奇心を抑えて目の前に存在している名も知らない少女に警戒しながら、一つ、二つと後退りをして距離をとろうと試みた。
「そんなに警戒しなくて大丈夫だよ、決して怪しいものではないから」
「じゃあ、名前教えてよ」
少女は真っ白な生地の服に付着した黄土色の砂を手で払いながら立ち上がり、尻もちをついている僕に蒼色の瞳で真っ直ぐな視線を送った。
「私の名はティノ・フルール。そうだね、職業で言うなら旅人ってところかな」
僕は橙色の背景に照らされたティノと名のる少女の影に覆われながら、ティノが実は僕らが存在している世界の人間ではなく、一般人がどういう風に思考回路を捻っても想像もできない様な遠い異世界から来た何か幻想的な存在ではないのかと感じた。
いや、本当のところは、彼女自身の雰囲気ではなく、彼女の蒼い瞳が僕の心にメッセージ性の何か大切な事を伝えているような気がした。
彼女の蒼い瞳に見惚れていると、薄い橙色に染まった黒髪が、僕の顔面を覗き込んで訊ねてきた。
「あの、良かったら君の名前も教えておくれよ」
「僕はアッズリ・アベントリエロ。アッズリって呼んでよ」
「良い名前だね。よろしくね、アッズリ」
僕は尻もちをついて動けなくなっていた腰を上げて、ティノと軽い握手を交わした。
「そういえばティノはこれからどこか行く当てがあるの? 良かったら僕の住んでいる国に来ない? 寝床くらいなら準備できるよ」
ティノは少しの間首を傾げて、「じゃあお言葉に甘えて」と照れくさそうな満面の笑みを浮かべて僕の提案に了承した。
僕達が移動をし始めた頃、緩やかな波の音を奏でていた橙色の大海原が、日が落ちて静寂とした夜空色の溟海へと遷移しており、水面に広がる波紋には小さな星達が顔を出していた。
「アッズリ、まだ着かないの?」
「いや、まだ歩き始めて五分くらいしか経ってないよ。それに、もう少しで着くよ」
僕とティノは、リア王国へと繋がる山道を登っていた。
毎日の様に坂を上り下りしている僕は最初の頃と比べて苦は感じなくなったが、初めて傾斜が大きい坂を上る小さな少女には少々きつかったらしい。
「じゃあ少し休憩にするかい?」
「ごめんね、少しだけ休憩」
ティノはそう言った数秒後、近くにあった大きめの岩石の上に座り込んだ。
「ちょっと待ってて、すぐ戻るね」
僕は先程にも言った様に毎日この山道を歩いている。そのため、ここの地形については他の誰よりも僕が一番詳しいだろう。例えば、すぐ近くの水が沸いている岩石から上の平らな土台を目指して上がっていくと、ピーチィと呼ばれる桃色の甘い果物や、レープと言った紫色の巨峰が少々だが実っている場所がある。しかも、これらの果物はこの辺りの厳しい自然環境の中で育っているため、どれも一級品で三ツ星が付く程美味しい。
僕はティノが倒れてから何も口にしてないだろうと考えたので、何個か採っていってあげることにした。
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