~快弟舞いし 生と死の選択そこに在らず~
屈辱的な生か、潔い死か。
そう問われた時、人は決断を迫られる。
生に想い残し、死を忌避する者は例えどの様な恥辱に塗れようと生を選ぶだろう。
誇りに準じ、自分の生き様を肯定する者は如何なる誘惑が有ろうと死を選ぶだろう。
だがその行く先は意思のみが決める。
「……どちらもお断りだね」
多くのベゾー族に囲まれ、位置のわからぬ遠方から狙撃される危険に晒されながらも……マヴォの目は死ぬ事無く力強い光を内に秘める。
「そうか……この状況で第三の選択肢などありはすまいに……仕方あるまい」
周囲で矢に命力を篭め構える弓術兵と、遠くで遠視鏡を通して状況を見続ける狙撃兵が合図をじっと待ち続ける。
リーダー格の者がその手を構え、ゆっくりと持ち上げていく。
山に吹きつける風が徐々に強くなり、時折「ビュウ!!」と掠れた音が鳴り響く中……その手が無情にも振り下ろされた。
「やれ!!」
その瞬間、合図を受けた弓術兵が矢を番えた指を一斉に放ち……跪くマヴォへ向けて命力の籠った矢を解き放った。
だがその時、マヴォの口角は大きく上がり、その鋭い歯を剥いていた。
突如、異様な風が周囲に吹き荒れた。
圧力を伴う力の奔流がマヴォ中心に轟き包み込む。
濃密度の奔流が放たれた矢の軌道を強制的に捻じ曲げていく。
そして巻き上げられるかの様に流れに乗って全ての矢が上空へと勢いよく飛び上がっていった。
その光景を目の当たりにした途端、周囲のベゾー族達が動きを止めた。
一瞬の隙を突き……マヴォが飛び上がる。
「カァーーーーッ!! 【迅・剛】!!」
叫び声を上げたマヴォの両手に輝く二本の魔剣……それらが命力の刃を作り、そのリーチを広げた。
持ち上がった体は今なお吹き荒れる奔流に乗り……勢いよく回転していく。
それはまるで、巨大な風車の如く。
キュイィーーーンッ!!
あっという間の出来事であった。
周囲に立ち並ぶベゾー族を一瞬で切り刻み……その勢いのまま大地へと蹲るように着地を果たす。
ズササッ……
大地を擦り粉塵を巻き上げながらその勢いを殺す。
踏みしめた足に力が入りその動きが止まった……その瞬間―――
キュンッ!!
ライフルの銃弾がマヴォを襲う。
だが……それを予見していたマヴォは音よりも速いライフルの弾丸を命力で強化した動体視力で体を捻らせる様にして躱した。
そしてその捻る遠心力をそのまま利用し……いつの間にか指につままれた粒の様な小石に力を篭め、指から弾く様に投げ付けた。
ビュンッ!!
ビシッ!!
途端、彼を覗き込むライフルに備えられたサイトレンズがヒビを作り……そのすぐ後ろに在った狙撃者の頭が勢いよく後方へ弾き飛ばされていった。
狙撃者は弾かれた勢いで地面に倒れ込み……二度と動く事は無かった。
マヴォ程の戦い慣れした強者であれば、ライフルの軌道を見切る事は充分可能であった。
ライフルの作る空気の穴の軌道……それは景色の歪みを作り、視認させるには十分な要素だったのである。
強者に二度目は無い……よく言ったものである。
その存在を知り、かつ体で軌道を理解すれば、位置を読む事も難しくはない。
ベゾー族達が狙撃兵として卓越していれば話はまた別であろうが……彼等はそれ程の修練を積んではいないようだ。
彼ほどの強者にライフルの存在を伝え、かつその在り方を教えた事が彼等の必然的な敗因と言えよう。
「これで全部か……チィ、イテテ……クソッ、腹の怪我ばかりだな俺はァ……!!」
勇と初めて出会った時に胸部及び腹部のダメージを受けて瀕死の重傷を負った彼にとっては軽いデジャヴである。
「またしばらく戦闘に参加出来ないなんて冗談じゃないぜ……」
そう呟きながら、痛みを我慢しつつ彼はその足を踏み出し……改めて茶奈の方へと走っていった。
すると……彼女が落ちたと思われる地点の方角から突如「アァァー!!」と悲鳴を上げながら頭上を高速で過ぎ去っていくベゾー族の姿がその目に映りこむ。
「なっ、なんだぁ!?」
その場所に近づくに連れて、大きな音と共に同様に跳ね上げられていくベゾー族達が見え始め……現場に辿り着いた時、その圧倒的な状況を前に……マヴォはただ驚き戸惑う。
「なんだありゃあ……!?」
最後の一人を吹き飛ばす茶奈。
その身に纏う、超濃度の【命力全域鎧】を見た時……彼はその力を前に圧倒されるしか無かったのだ。
アストラルエネマ……無限の命力を持つ彼女にとっては簡単な事なのかもしれない。
だが、その仕組みを理解するマヴォにはその恐ろしさが十二分に理解出来てしまった。
その体を覆う命力の鎧は、ただ自身を守る為だけではない。
自身を動かす関節などを、命力によって無理矢理稼働させる、いわば命力製の外骨格兼筋肉。
それによる身体強化は、命力による肉体強化など比にはならない程合理的。
簡単に言えば今の彼女は……全身を魔剣化したラクアンツェと同等なのだ。
命力で全身を包み、命力によって体を動かす。
並みの者では鎧を貫く事は愚か、彼女の動きを止める事すら叶わないだろう。
だがこれは勿論誰にでも出来る事ではない。
マヴォが仮にこれを再現しようものなら……3秒と持ちはしない。
それ程までに彼女の纏う力量は圧倒的だったのだ。
彼女が鎧を解き、地面にへたり込むと……マヴォは我を取り戻し、空かさず彼女へと駆け寄っていく。
「だ、大丈夫かい女神ちゃんっ!?」
声を聞いて初めてマヴォに気付いたのだろう、茶奈がその顔を見つめた。
お互いの目が合うが……衣服が失われ、汗を流しながら疲れて大きく呼吸する姿に……マヴォがハッとする。
「ああァ~~ちょ、ちょっと待ってて!!」
慌てる様にあらぬ方向へ飛び出すと……周辺に転がるベゾー族から衣服を剥ぎ取り、茶奈の元へと急ぎ戻っていった。
「さぁこれを着て……」
「あ、ありがとうございます……」
大きめシャツ一枚ではあったが、小柄な体の彼女にとっては下半身までを隠すくらいは訳無い程の大きさだった。
同じく彼が持ってきた紐で上手く縛り込み自分の体に合わせると、ふらつきながらもゆっくりと立ち上がる。
へたり込んだ時に付き、泥と化した土埃を払う事も無く……彼女が一歩を踏み出そうとする。
すると不意に彼女の前にマヴォが立ち塞がり……彼女へとその背を向けた。
「乗るんだ女神ちゃん、王の所には俺が連れて行く」
「……はい、わかりました」
背負われて行く事は勇にもされた事がある為抵抗は無かった。
疲弊した事を気遣ってくれたマヴォの気持ちもわかるからこそ……彼女はすんなり彼の好意を受け入れその大きな背に乗る。
彼女の足を取り、持ち上げると……ゆっくりその足を踏み出した。
「どこかに私の魔剣が落ちてるかも……」
「わかった、探しながら兄者の所へ向かおう……きっと兄者は一人で王の所へ向かっているハズだ」
カッ!!
二人がそう話していた時……突然、山の頂に近い場所で閃光が走った。
閃光の発した場所から光の筋が水平に近い角度で放たれ、山間を貫いていく。
遥か景色の先で、音も無く空を斬り裂いていく破壊の光を垣間見た時……二人の表情が思わず強張った。
「あれは……マヴォさん!!」
「あぁ!! 兄者、無事でいてくれよ!!」
足に力を篭めて踏み出しマヴォが走る。
偶然進路方向の途中に落ちていたドゥルムエーヴェを拾い上げ……茶奈を乗せて道なき道を駆け抜ける。
茶奈達に募る不安は拭えず……光の柱の立ち上った場所へとひた走っていった。




