~女心猛りし かの地に彼を見て憤り~
ピピピッ、ピピピッ
和気藹々とした空気の中、道路を走る車中に突然コール音のコーラスが鳴り響いた。
突然の音に驚く茶奈……周囲の者達もそれに反応し自分達の体をまさぐり音源を探す。
そして「ハッ」として茶奈が自分のバッグに手を入れると……魔特隊全員に供給されたタブレット端末が姿を現した。
タブレットからピカリと光が点滅し、何かのコールを示す。
「……なんだろう?」
おもむろに画面を見ると、映っていたのは『画像通話要求:相沢瀬玲 <共有通話モード>』という文字。
「あ、セリさんからだ……」
アージとマヴォがたどたどしい素振りでタブレットに手を振り「こちらもだ」と声を漏らす。
「共有モードなので全員の様ですね、何かあったのでしょうか」
不意に茶奈と笠本が顔を合わせると……画像通話の要求をされた茶奈が恐る恐るその画面に指を触れた。
すると……僅かなタイムラグの後、黒い画面がぼやりと光を帯びる。
次第に画像が輪郭を帯び……そこに瀬玲の顔がでかでかと映りこんだ。
遠く離れた地に居るからであろう、情報遅延により画像が僅かにカクつき不自然にも見えるが……鮮明に映し出された顔は何やら不満そうな顔を示していた。
「セ、セリさん何かあったんですか……?」
そんな表情を浮かべる瀬玲が心配になったのか、少し高くなった声で茶奈が彼女に話し掛ける。
だが茶奈の心配を他所に、瀬玲が素早い口調で言葉を返してきた。
『何があったとかそんな生易しいモノじゃないわ!! ちょっとこの状況を見てどう思う? 一発ガツンと言ってやってくんない!?』
たちまち怒りの表情へと変化した瀬玲を、二人の背後でアージとマヴォが物珍しそうに覗き込む。
しかしそんな事に目も暮れず画面は容赦なく乱れ動き……そして「ザザッ」と雑音を混じらせながら画像が止まった。
そこに映る光景……それを見た途端、茶奈の顔が見る見るうちに強張っていく。
「何……これ……ッ!!」
そこに映る光景……それは勇が美女達に囲まれ欲望の赴くままに彼女達の大きな胸を揉みしだく姿。
そのだらしない顔付きに、さすがのアージとマヴォすらも顔を引きつらせていく。
テシテシテシテシ
向こう側で瀬玲が何かをしているのだろう、何かのスイッチを押す音が連続で聞こえてくる。
音声出力でも調整しているのだろうか。
『よろしく』
画面外から聞こえてくる淡泊な声。
だが……よろしくされなくとも、既に茶奈の顔は怒りを帯びた顔へと変貌していた。
その釣り上がった眼が一身に画面へと向けられ……そして声が漏れる。
「勇さん……何……してるんですか……」
その声が画面を通して響き、時間差で茶奈達の端末からエコーとなって声が帰って来る。
腹の底から響いてくる様な低さと高さを帯びた声を耳にした瞬間……アージとマヴォの体がピタリと動きを止めた。
勇が画面の向こうでゆっくりと画面へ振り向く。
途端、追撃するかの様に茶奈が口を再び開いた。
「皆が苦労してる時に……何してるんですか……」
『ちゃ……茶奈……!?』
さっきまで和気藹々としていた事を棚に上げて茶奈が怒りの余り理不尽な言葉を漏らすと、横に座り眼鏡を曇らせた笠本の口角が不意に上がる。
周囲の事など構う事無く……茶奈の態度はヒートアップするばかり。
興奮のあまり、怒りの顔が今にも画面にぶつからんばかりに接近していく。
画像を取り込むカメラは画面の下に設置されており、彼女の顔を自然と人を見下ろす様に映し出していた。
その角度故に、画面越しから見た彼女の顔は怒りを強調する激しい表情へと変貌させていたのである。
茶奈の今にも爆発しそうな雰囲気を前に……アージとマヴォはプレッシャーに耐えきれずその画面から目を離し後部座席下へと自身をうずめていった。
「今は何も関わらない方がいいかもしれん……」
「同意だ兄者」
各々が珍妙な様相で見守る中、勇と茶奈のやり取りが更に激しさを増していく。
もはや止める者は居ない……止められようか。
『こ、これは……ふ、不可抗力、不可抗力で……!!』
「不可抗力で女の子を侍らせるんですか……不可抗力でおっぱい揉むんですか……」
茶奈がお怒りモードに入り、言い訳をする勇を圧倒する。
「勇さんはずっとそうやってればいいんですよ……最低です」
その瞬間―――
バキィ!!
茶奈の持つタブレットから弾ける様な音が飛び、画面に大きなヒビを走らせる。
途端に画面がブラックアウトし……間も無く薄く白い煙が裂け目から僅かに立ち上った。
「……最低です……」
メキメキィ……
彼女の持つタブレットが徐々に変形していき、画面が縦に真っ二つに折れ曲がる。
よく見ると、タブレットを掴む親指が台を貫いて大穴を形成していた。
そこから指を引き抜くと、折れ曲がったタブレットを両手で挟む様に持ち……丁寧に折り畳みきった。
ガシャン!!
命力の籠った両手が容赦なくタブレットを押し潰し、破片が彼女の膝へとパラパラと落ちていく。
タブレットの姿は最早原形の欠片すら視認出来ない程に変形し圧縮されていた。
「これでもうあんな間抜けな顔は見なくて済みますよね」
「え……? あ、はい、そうですね……」
突然話し掛けられ、笠本が若干震えた声でそう返す。
そんな茶奈の表情は真顔……だが目を大きく見開いたまま微動だにしない。
通話が終わった事に気付いたアージとマヴォもゆっくりと後部座席の下から姿を現すと……その座席へと再び腰を掛けた。
「あの人本当に何なんですかね? そう思いませんか、アージさん、マヴォさん?」
気配で気付いたのだろう、茶奈が突如二人に問い掛ける。
その心の奥底からじわりと滲みでる様な声質に……彼等はただ頷き続ける事しか出来なかった。




