~カノモノ ノ スゴミ~
大きく連なり建てられていた木造建築は、竜巻の境目が抉られ、千切れたかの様に引き裂かれていた。
割れるのではなく千切る……。
粘土がねじり切られたかの様に硬い皮の繊維がありありと先細りを作り、風に煽られ靡かせる様を見せつけていた。
だが周囲に倒れた人々は見た範囲に限りいずれも木材から見られる程のダメージを受けている様には見えない。
勇はあえて殺傷能力を人に向けないようにしていた。
彼にとってはリジーシアの人々は思う程に悪い人間ではないと少なからず思っていたからだ。
ただ彼等は「必死」なだけなのだ……と。
「勇!! もうっ!! 勇ッ!!」
一人佇む勇に向けて叫び声が届く。
ガサッガサッ……
それに気付き振り向くと……ふくれっ面を作った瀬玲が伸びきった両腕を地面に向けて力強く踏み出しながらやって来るではないか。
「あ……大丈夫だった?」
「だいじょばないッ!! 危ない所だったんだから!!」
「ご、ごめん……でもそれくらい許せよ……きっかけはお前なんだぞ?」
「んーーーーーそれは納得いかない!!」
突然始まる二人の痴話喧嘩。
アンディとナターシャはそんな光景をただ茫然と見つめるのみ……。
そんないつもの様な雰囲気を醸す四人を尻目に……周囲に倒れたリジーシアの人々がゆっくりと痛めた体を庇いながら体を起こしていく。
「うぅ……ここまでの……実力者だったなんて……」
彼等『あちら側』の者達にとっても勇の実力は最早希有とも言える存在なのかもしれない。
勇自身も今まで実感は無かったが、今改めて思えば―――
初めて魔剣を手にした頃、ヴェイリと名乗る魔剣使いと出会った時……彼の実力には驚いたものであった。
だが考え直すと彼の実力はなんら『普通の魔剣使い』と変わらない力の持ち主とも思える。
そう思える程に今の自分の実力が成長しているのだと実感し、それどころか比較的『剣聖寄り』なのではないかという錯覚すら憶えさせていた。
そう思考を巡らせている中、リジーシアのリーダーであろう熟女が震える膝に必死に力を篭めながらふらつきつつも立ち上がる。
「もしやお前……貴方様は……剣聖様では……!?」
「えっ?」
いくらなんでもその勘違いは無いだろう……勇と瀬玲はそう思うものの……。
「まさかあのっ!?」
「信じられない……伝説の三剣魔が!?」
「まさしくあの魔剣はアラクラルフ……伝説の剣聖様が!!」
熟女の声を筆頭に周囲から声が漏れ始め、たちまち騒めきが周囲を包む。
借り物であるアラクラルフの存在を知る者も居る様で、その勘違いは瞬く間に周囲を支配した。
気付けばその場に居合わせた皆がその額を地に付け、その体を大地へと埋めてしまう程に低く跪かせていた。
「かの剣聖様になんたる御無礼を……大変失礼致しました……ッ!!」
その様子から『あちら側』での剣聖の扱いがどの様なものか……ひしひしと伝わってくる程にその掠れの混じる声が必死さを帯びる。
―――こうなるとあの人の凄さってのが判るんだな―――
三剣魔とは『あちら側』において最強の称号……それを超える者は過去未来においても居ないとすら言われる程に。
初めて聞いた時、剣聖とは異なる世界で育ってきた勇がそんな話など聞いた事も無いが故に半信半疑であったが……その凄みをこうして初めて実感する。
勘違いとはいえ、この状況を利用する手は無い。
罪悪感こそあれど……彼の事を比較的よく知っているが故に、勇は敢えて乗る事にした。
「ん、まぁなんだ……これに懲りたらもうこんな事はやめ……辞めちまえ!!」
「で、ですが……我々には国を守る力が足りません……いつ襲い掛かってくるかも知れぬ魔者達に脅え毎日を過ごしているのです!!」
きっと彼等は未だ世界が一つになろうとしている事に気が付くどころか……別の世界の住人がここに居るという事自体を把握出来ていないのだろう。
それは大きな壁を持つリジーシアという国だからこその閉鎖性。
それ故に、自由を求める魔剣使いは皆この国を去ったのだろう。
それを解き放ち彼等を自由にする術はただ一つしかなかった。
「顔を上げな……」
「は、ははッ!!」
勇が慣れない口調で彼等をそう誘うと、周囲の者達が一斉に顔を上げ彼を一挙に見つめる。
その状況に内心戸惑いながらも……次に来るであろう言葉を放った。
「いつまでシミったれた事言ってやがんだ、お前等外をちゃんと見たのかよ……外には驚異なんざありはしな……しねぇ」
「ど、どういう事でしょうか……まさか剣聖様が!?」
まるで神を崇めるが如く、熟女がその両手の平を合わせ目を輝かせる。
だが……勇は「ずずい」と近づく熟女の顔に手を充てて押し返した。
「お前らは知らないだろうが、今は人間と魔者が手を取り合って生きて行こうとしてるんだよ。 それに今はちょっと特殊な状態でな、周囲に居た魔者はどっかいっちまったんだ」
途端に湧き上がる様に「オォ!?」と声が上がり周囲からざわめき次々と立ち上っていく。
「つまりもう脅える必要は無いって事だ。 ついでに言うと言葉が通じない人間が周りに集まっているからちゃんと仲良くやるんだぞ?」
そう言い切ると……勇はおもむろにその場から歩いて立ち去ろうとその足を踏み出した。
瀬玲達もまた勇の後ろに付き彼に付いて行く。
リジーシアの人々が跪いたまま彼等を目で追い、彼の背中を崇めながら見送る。
勇達の進む足を止める者は最早居ない。
彼等の行くべき道を作るかの様に、道を譲り彼等を送り出す。
彼女達の顔はどこか安心した笑顔の面持ちを浮かべ、安堵からか胸に手を添えていた。
―――
ゴゴゴォ……
楔が解き放たれ、大きく重い扉が仕組みを介して大音を上げながら外界との通路が大きく口を開いた。
そこに影を作り歩く四人の人影……。
彼等が壁の外まで出てくるとおもむろに振り向くが……扉は一向に閉まる気配を見せない。
彼等はもう脅える必要は無い……そう認識したからなのだろう。
そんな様子を見た勇と瀬玲はふとお互いの顔を合わせると、「ニコリ」と淡い笑顔を浮かべ合う。
「勇の演技下手過ぎ」
「う、うるさいなぁ……嘘は苦手なんだよ」
こうして勇達は仕事を完遂した事を報告する為に、平野やトルコ政府のオブザーバーが滞在する拠点へと戻っていったのだった。




