~アットウセシ ホンリュウ~
スゥー……
見上げた顔が僅かに動き、空気の抜けきった肺に新鮮な空気を取り込んでいく。
「……ごめんセリ、迷惑掛けた……」
「んーん、いいよ……。 そうだよね、仕方ないもんね、アンタの場合はさ」
彼の悲しみが痛い程よく分かってしまう彼女だからこその答え。
そんな瀬玲の顔はもう既に優しい微笑みへと移り変わっていた。
「お前達の目的が何なのかは知らない……けど俺達はもうこんな事で騙される事は無いよ」
周囲の美女軍団にそう言い放ち彼女達を突き放すそぶりを見せる勇。
その途端、彼女達の顔付きが変わり……まるで異物を見るかの如く鋭い目つきを一斉に見せつけ始めた。
その途端に鳴り響く甲高い声。
「何をしているかッ!?」
その聴きなれない声の元へと二人が目をやると……部屋の隅にあったもう一つの入り口から一人の影が姿を現す。
その影が部屋の中に差し掛かり部屋の明かりがそれを照らし姿を晒した。
それは勇をこの部屋に招いた熟女。
だがその両手には二本の短剣が握られ……表情は他の者達同様鋭い目つきで彼等を睨み付けていた。
「成程……こちらの作戦失敗という訳か……」
「作戦……やっぱり……」
その言葉を受け、瀬玲が彼女を睨み返す。
だがそんな熟女を前にも勇の顔は至って冷静な様相。
「作戦だとかそういうのはいいさ……何が目的だ?」
静かに囁くように……そして力強く声を上げ問い質す。
その問いを受けると……熟女は下げた口角を片側だけ高く上げ「フンッ」と鼻で笑う。
「お前達魔剣使いにはずっとここに居て貰わないとねェ……我々を守る為に……ずーっと、ずーっとォ……!!」
その渇望に近い欲望を曝け出す熟女を前に、僅かな恐怖を感じ瀬玲が身構えるが……途端に勇が腕を出し彼女を制止する。
「ちょっと勇!?」
「セリは二人を頼む……今の俺はもう、抑えられそうにない」
そう言い放ち……勇は床に転がっていた翠星剣を右手に取る。
その拍子に視界に移り込んだのは、白目を剥いて倒れた女性の姿。
「かわいそうに……翠星剣を無暗に触れるから……」
彼が正気を取り戻した際に翠星剣を持ち去ろうとしたのだろう……その美女は巨大な命力珠に全ての命力を吸われ尽くされ絶命していた。
そして左手に床に添えられたままのアラクラルフを取ると……彼はその長身の剣を二本構え彼女達の前に立つ。
だが熟女はなお思考を巡らせ、不敵な笑みを浮かべていた。
―――クフフッ、例え魔剣使いであろうと……
この場で集団で襲えばひとたまりもないハズ!!―――
そう考えた熟女はその両手に持った短剣を正面に構え、おもむろに……その二本の刃を重ねる。
チャンチャンッ!!
僅かな金属の金切り音が鳴り響くと……途端に周囲の美女達が一斉に勇へ向かって飛び掛かった。
コォォォ……!!
僅かな息の吐かれる様な音……しかし「それ」は「それ」とは異なった……風の微潮流。
―――これって……―――
「ヤバイ!! アンディ!! ナターシャ!!」
美女達が飛び掛かったと同時に、瀬玲が慌てる様に部屋の外へ飛び出した。
途端、勇の居る部屋から「ボッ!!」という音が鳴り響く。
部屋の外で刺客と睨みあっていた二人を脇に抱えると……彼女は持ちうる命力を振り絞り空へと向かって飛び上がった。
屋根を突き破り、大音を立てて野外へと飛び出た瀬玲が空中で振り向くと……目の前に繰り広げられる光景を前に、ただただ驚愕する。
部屋だった場所を中心に暴風とも呼べる風が吹き荒れ、周囲の壁や天井を引き裂いていく。
その風に逆らう事の出来ない熟女を含めたリジーシアの住人達が巻き上げられ、悲鳴を上げながら暴風の中を幾度となく回り回っていった。
ギュボォォォォォォーーーーー!!
中心へ引き寄せられ圧縮と拡張を繰り返す風が籠った炸裂音に近い爆音を立て、暴風を竜巻へと昇華していく。
その中心に居るのは……勇。
「これってレンネィさんの……!?」
それはレンネィの「死の踊り」に酷似した技。
だがその様相は明らかに違っていた。
翠星剣とアラクラルフが強く輝きその力を示す。
レンネィの持つそれとは桁違いの命力が空気に力を与え、大竜巻を生み出していたのだ。
だがこの竜巻はこれだけでは終わらない。
飛び出した勢いが弱まり、瀬玲達が宙で失速する。
次第にその体が重力に引かれて大地へと落ちていくが―――
ピュンッ!!
キュンッ!!
その折、周囲に鋭い音が鳴り響く。
途端に肌を触る空気が線を描くように彼女達の側を過ぎ去っていくのを感じ取った。
「ヤバイヤバイ!! 勇やりすぎよッ!?」
竜巻の流れに沿って、命力の刃が飛び交っているのだ。
既に建屋の半数を巻き込み、敵意を持って襲い掛かろうとしていたリジーシアの民の殆どが竜巻に巻き込まれ……命力の刃に刻まれていく。
死ぬほどの威力ではない……だが皮膚を斬り裂く事など容易な程に鋭く速い。
そして潮流から弾き飛ばされた刃が一筋……瀬玲の元へと向かって行く。
―――マ、マズイッ!!―――
その一筋が見えた刹那……瀬玲は抱える二人を離しその両手を前に突き出した。
パァァァン!!
その途端弾けるような音と共に彼女の体が後方へと吹き飛ばされていく。
「ぐぅう!?」
空中できりもみしながらも大地を見据え、「今の感覚」に正直に従い地面に向かって手を突き出した。
パァンッ!!
再び弾ける様な音。
しかしそれと共に彼女の体は安定し……そのまま無事着地を果たしたのだった。
「で、出来た……『盾』とその応用……!!」
彼女は呟き……大きな笑みを浮かべた。
応用が苦手な彼女だが……この日初めて気付いた。
感覚を前面に押し出す事での命力の引き出し方を。
様々な事象を具現化する事の出来る命力は当人の想像力・発想力が肝だ。
この力が強い者程魔剣使いとしての成長率は著しい。
瀬玲は昔から応用が苦手であり、それが素で失敗を繰り返してきた。
魔剣使いとなった今でも仲間達のサポート下で運用は適っていたが……彼女の成長率は才能の無い勇を除き、他の者達と比べて著しく低い。
だからこそ彼女は望んでいた……応用とその具現化を。
そして小さな一歩ではあるが彼女は遂にその扉を開く事に成功したのだ。
「セリ姉ちゃんいてぇよぉ……なんで急に離すんだよォ……」
「ひどーい!!」
「あっ、ごめんごめん……大丈夫だった?」
アンディとナターシャが地面に落ちた拍子に何処かをぶつけたのだろう……各々が体を摩りながら瀬玲の元へと歩いてきた。
どうやら二人も無事なよう……その元気そうな姿に瀬玲もまた笑顔で応える。
そして三人が揃い顔を合わせると、ふと嵐の跡を見上げた。
そこに映る光景に、三人はただ息を飲む。
ただただ凄まじいとしか表現出来ない程に、圧倒される光景。
既に竜巻は消え、嵐の過ぎ去った跡に立つのは勇唯一人。




