~ホンシン サクレツ~
茶奈の剣幕がよほど恐怖を煽るモノだったのだろう。
その部屋に居た者達が皆静かにそのやり取りを見守る中、勇は一人俯きその顔を影に染める。
僅かに体は震え、絶望と焦りに満ち溢れたかの様に眼を見開き……口は餌を求める魚が如く「パクパク」とゆっくり小さく動かしていた。
「勇……アンタわかって……―――」
「……仕方ないじゃないか……」
茶奈に続くように瀬玲が言葉を連ねようとした途端、それを遮り勇が声を上げる。
それは人に伝える声としては大きなものでは無かった。
だがその声は裏返り、高いトーンを含んだ所為か周囲へと必要以上に響き渡った。
「……仕方ないじゃないか……だって仕方ないじゃないか……!!」
悲しみとも取れる声質が徐々に膨れ上がり部屋一杯に響き渡るまでに音量が上がっていく。
ゆっくりとその顔が持ち上がり……涙を流しながら歯を食いしばる顔が露わとなった。
「俺だって……本当は普通に学生生活満喫して……好きな子に告白して……彼女作ってェ……!!」
悔しいのだろう、悲しいのだろう……複数の感情が入り混じったその表情を前に瀬玲の表情が強張り、僅かに「ヒッ!?」と声が漏れる。
「皆とワイワイ遊びながら充実した毎日楽しんで……普通に生きたかったんだよォ……!!」
今こう答えるのは紛う事無き彼の本音。
心底から湧き出る本音に最早誰も止める事は敵わない。
「なのにッ!! なんでッ!! こんな事に成ったんだよッ!!」
ドンッ!!
その片手が握り拳を作り床を叩くと鈍い音が周囲に響き人々を委縮させる。
「いいじゃないか……!! 少しくらいいいじゃないか……!! 自分の好きにやったっていいじゃないか……ッ!!」
「勇……」
次第にその食いしばった歯が「カチカチ」と音を立てて感情の高揚を現すかの様に震わせる。
そして彼の感情は遂に―――
「俺はぁッ……俺はエウリィとヤりたかったんだよぉーーーーーーッ!!!!!」
その瞬間―――茶奈達を除いてその言葉を聞いた魔特隊の面々が凍り付いた。
「ドストライクだったんだよォ!! 素直でッ、お淑やかな彼女の性格もッ、 しぐさもッ!! 大好きだったんだよォ……ォオォゥ……ウゥーーー!!」
だが瀬玲だけはその言葉を聞いた時……誰しもとは異なる表情を作っていた。
眼からホロリと流れる熱い涙……眉は下がり額にしわが寄る。
悲しみからその唇は「へ」の字へと形を曲げ……るがその口角はこれほどまでに無い程高く持ち上がり……。
吹き出しそうな顔と悲しみが入り混じって同居する珍妙な表情が生まれていた。
エウリィの死、そして彼女への想いの声、それを煩悩に乗せて高々と叫ぶその姿に……瀬玲は一種の感動に近い感情すら覚えていたのだ……。
「プッ……」
僅かに噴き出すも……彼女はそっと手に握られたタブレットをそっとジャケットの胸元へと戻す。
そして再び勇の方へと向き直すと……彼のゆっくりと立ち上がろうとしている姿が視界に映り込んだ。
―――全てを吐き出した。
もう何も言う事は……無い……―――
起き上がったその体はいつもよりも柔軟で、それでいて背筋が伸びきった迷いの無い姿を示す。
持ち上がった顎が、顔が、空の見えない部屋を見上げ彼にしか見えない虚空を映していた。
聡明な顔立ちを浮かべ、彼は見つめる。
その目が見据えるものは過去の過ちと欲望か。
彼が全てを吐き出し己を見据えた時……悟った。
―――もう……迷う必要は無い……そうだよな、エウリィ……―――
尊厳を失い、ゼロとなった男のその眼は大きく見開き……今は亡き少女に真の別れを告げる。
ここまでに最低な告白はあっただろうか。
ここまでに低俗な決別はあっただろうか。
適う事の無くなった想いは虚空へと沈み、空へと還る。
例えいくら飾ろうと、現実はその想いを成就させる事は出来ない。
例えいくら願おうと、過ぎ去りし楽しい日々は戻りはしない。
どんなに苦しかろうと、どんなに愚かであろうと―――
―――想いの呪縛から解き放たれる事の意味の前には何の"楔"とも成り得はしない。




