~カオスルーム~
勇達Aチームが出発し、茶奈達Bチームが準備の為に自由日を満喫している頃……本部での待機を言い渡されたレンネィらCチームは、日曜日にも関わらず本部へと赴いていた。
あずーは今回数に入るかどうかが怪しいという事もあり……期末テストも近い為、現在早めの勉強モードへと移行させられ現在家で猛勉強中。
その為、事務所にはレンネィ、心輝、ジョゾウだけが居合わせていた。
「あー……暇だ……暇で死ぬ……暇死ぬ……」
「暇暇煩いわよ……そんなに退屈なら外で訓練でもしてきなさい」
レンネィが本を読みつつ机に置かれた小さな器に盛られたお菓子を摘まみながら、グチグチと呟く心輝へと受け応えする。
勉強の為なのだろう、文学書の様なその本の表紙はタイトルに軽い背景画が乗る質素な物。
しっかりと自分の家の様に寛ぐ彼女を心輝とジョゾウが「ジトーッ」と覗き込む。
「不公平に御座る。 レンネィ殿は人間故人社会に順応出来ようが拙僧は其れ叶わぬ事よ」
そう呟くジョゾウが見つめるのは彼女の身の回り。
色とりどりの荷物が机や椅子を飾り、完全に快適に過ごす為の空間がそこに出来上がっているからだ。
だが、その一言を受けるや否や……レンネィがほくそ笑む。
「嘘おっしゃい……ジョゾウ貴方この間、ここの隣街のケイズホーム行ってたでしょ」
「え、マジっすか?」
「ヌ……何故それを!!」
器用にウェットティッシュでその指を拭くと……スマートフォンを取り出し片手で操作し……二人に画面を見せつける。
そこには「けいずほうむになう」というSNSの記事が映りこんでいた。
「ちょっとジョゾウさん!? まだお忍びで行ったとかは判るけど、これめっちゃ自分で晒してるよね!?」
思わずツッコミを入れてしまう心輝に対し、ジョゾウの肩がすぼみ小さくなる。
「『いんすとぐらむ』仲間についせがまれてしもうてな……軽薄で御座った……」
レンネィによる情報暴露、心輝のツッコミにより立つ瀬の無いジョゾウは何を思ったのか……ホームセンターで買ったのであろう安眠マスクを机の中から取り出し、おもむろに自身に掛けた。
「拙僧、寝る故御免」
そのまま背筋を伸ばし、腕を組んだまま微動だにしなくなったジョゾウ。
『どうせ寝るなら自分の部屋で寝ればいいのに』、そう思いつつも突っ込む余地を失ったレンネィと心輝は呆れた表情で「フゥ」と溜息を付き、再び先程の体制へと戻る。
「……訓練しろって言われても……この天気じゃ大した訓練出来ないじゃないですかぁ」
ふと心輝がそう呟き窓越しに外を見ると……外は生憎の雨……。
「別に外でやれっていう訳でも無いし……地下通って室内訓練所で軽く流して来たら?」
グラウンドの横に立つ訓練施設へは外面上では通じる通路は無い。
地上から向かうにはグラウンドを通らねばならない。
しかし、本部施設と訓練施設の地下にある魔剣訓練用スペースはお互いに通じており、そこを介する事で移動は可能である。
ただし……地下施設は非常に深い位置にある為移動は実に面倒くさい。
「なんだか気乗りしないですわ」
「何よそれ、だらしないわねぇ……」
『それを姐さんが言うか』と思うものの……心輝はジョゾウの様に打ちのめされる事を恐れ、言い出せないでいた。
ほんの間を静寂が包むが……途端に明るい声が事務所内一杯に木霊した。
「おはよーッス!!」
カプロの遅れての出勤である。
遅刻ではない、遅れての、出勤である。
途端、ジョゾウの頭が机に倒れこんで当たり、「ゴンッ」と大きな音を響かせた。
「ウグッ……グォー!! グォー!!」
わざとらしい寝息を立て、寝ている事をアピールするジョゾウに僅かに目をやるも……カプロは気に掛ける事も無く心輝の元へと歩いていく。
「シン、これちょっと見て欲しいッス」
「うん? これって俺のグワイヴじゃね?」
カプロが持ってきた物、それは心輝の持つグワイヴが描かれた紙。
採寸等も兼ねているのだろう、方眼紙に細かく描かれたその絵は心輝の持つグワイヴそのものであると断言出来る程の完成度を誇っていた。
ただし幾つかの細部が異なる点を除いては。
「これはシンのグワイヴじゃねッス。 これから作るグワイヴの図面ッス」
「は? これから作るって……お前量産でもすんのかよ?」
心輝の驚く顔が見たかったのだろう……そんな反応を見せる彼の顔を見てカプロが満足そうに大きな笑みを浮かべる。
「ウピピ」と笑うと、彼の左手をトントンと叩き彼と目を合わせた。
「『左腕用』ッスよ!! グワイヴは本来両腕で使う物だって聞いたッス。 けど今は片腕分しかない……なら作っちゃえばいいって事ッスよ!!」
「うおぉ……マジかよ!?」
「マジマジッス!! ついでにセリさんのカッデレータ強化案とか、クゥファーライデIIの原案も出来てるッスよぉ!!」
これみよがしにとグワイヴの裏に重ねられていた紙が広げられる。
するとそこには幾つかの魔剣の強化・複製案が描かれており……心輝だけでなく遠目に見ていたレンネィもその絵を見て唸りを上げた。
「マジかよ!! カプロお前……最近何してんのかさっぱりわかんなかったけど……仕事してたんだなぁ!!」
「さりげなくアンタ酷い言い様ッスね」
不満そうな顔を浮かべるも……連なり並ぶオフィスデスクの上にズラーっと図面の数々を並べていく……そこには各々の持つ魔剣の特性、能力、改善案、改良案などがびっしりと不慣れな日本語で書かれていた。
「ざっくり皆の魔剣の改良を見越した図面を引いてみたッス。 自身が強くなるのもいいッスが、魔剣の強化も大事ッスよぉ!!」
気を取り直したカプロが自信満々に見せつけたそれらは理屈こそ判らないものの……彼等にとって考えもしなかった別の視点での能力向上の可能性であった。
武器のパワーアップ……そういった事が大好きな心輝は大喜びで資料を撫でる様に見回し色んな資料を見てその目を輝かせていた。
だがふと……心輝が不自然な事に気が付く。
「あれェ……おいカプロ、翠星剣が無いじゃん?」
「ん、あぁ翠星剣は描いてないッスよ。 あれはもう完成形ッス」
そう言い切るカプロ。
勇が持つ翠星剣……それを作った彼だからこそわかるのだろう、そこに改良の余地は無いのだと。
初めて彼が本気で作った魔剣ではあるが……彼の知る構造理論で言えば、翠星剣は至極単純な作りであった。
だが巨大な命力珠を使った最強の魔剣としてはこれ以上に無い程、理に叶った形状を持っているのだという。
そういう意味で言えば、「翠星剣は自身の最高傑作」と謡うのも頷ける。
単純かつ強力……この要素を持つ事は、魔剣のみならずモノづくりにおいて非常に重要と言えるからだ。
「マジかよ……にしてもこんなんよく描いたよなぁ……お前絵の才能あるんじゃね?」
「ウピピ……やっとわかったッスか、ボクの偉大さを」
「なんでそーなるんだよ……」
そんな二人のやり取りを横目に、レンネィは自分の机に及んだ自身の持つ魔剣シャラルワールの絵を手に取り……手元に手繰り寄せ、まじまじと見つめる。
細部こそぼかしてあるものの、しっかりと描かれた絵に彼女もまた「へぇ」と漏らし笑みを浮かべた。
それもその筈……魔剣使いたる者、一時も魔剣を手放す事は無い。
つまり、カプロは彼女から魔剣を受け取っていない……彼は見ただけで覚え、それを描写したのだ……驚くのも当然だろう。
だが―――
「ん~……でもこれ、実現可能なの?」
不意にレンネィからそんな言葉が漏れ、それに気付いたカプロが動きを止めた。
「シャラルワールにエスカルオールと同様のエリアルエジェクタ搭載案……必要以上の負荷は魔剣本体に負担を掛けるから必要無いし、刃先の命力刃生成角度調整……これは『死の踊り』を行う際に体が合わせてるから変わると困る事もあるわ。 それと―――」
次々と書かれた提案に対し連ねられていく反対意見を前に、カプロだけでなく心輝までもが肩の位置をどんどんと降ろしていく。
「レン姐さん厳し過ぎッ、夢無さ過ぎッ」
「えぇ~……私は現実問題提起してるだけなんだけど……」
気付けばカプロはその場にへたり込み、肘を床に突いていた。
「カプロも弱すぎだろ……」
「グォー!! グォー!!」
混沌とした空気が漂う本部事務所……彼等の朝はまだ長い。




