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時き継幻想フララジカ 第二部 『乱界編』  作者: ひなうさ
第十六節 「銀乙女強襲 世界の真実 長き道に惚けて」
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~懐かしき日の恩人~

 とある晴れの日……。


 5月とも入ると徐々に日差しが温かく感じ始め、木々が夏へと向けて準備を始め青々とした若葉をまばらに帯び始めさせていた。


 そんな小さな木が立ち柵を作る様に並ぶ……その隙間から先に見えるのは小さな道場。


「メエェェェァアンッ!!!」

「ドゥオォォォォオオッ!!」


 奇声とも思えるほど激しい声がしきりに上がり、「タァーン」「パァーン」という音が鳴り響いた。

 「日比野道場」と大きく書かれた立て札の掛かる門を潜る一人の男の姿。

 それを胴着と袴を着込んだ初老の男が道場から伺う。


 二人の視線が合い、お互いが近づくと……満を持した様に、共に声を上げた。


「日比野先生、お久しぶりです」

「勇かぁ、久しぶりだなぁ!!」


 そこはかつて勇が中学時代に剣道を学んだ道場。

 高校生になり、道場を辞めてからもう3年……彼等は久しぶりの再会を果たした。






「元気そうだなぁ勇……もう高校卒業したんだろう? 進学したのか?」

「いえ、就職しました……」


 道場の表廊下に座り、二人は語り合っていた。

 積もる話は3年分……話題に困る筈も無い。


「そうかぁ、どうだ就職先は?」

「えぇ、仲のいい仲間達と一緒に楽しく働けてますよ」

「おぉ、そうかそうか……それならよかった」


 「ハハハ」と笑い合いながら他愛のない事で盛り上がる二人。

 それ程までに疎遠だったのだから当然であろう。


「ところで……統也(とうや)はどうした? あいつは一緒じゃないのか?」

「……統也は……」

「……そうかぁ、やっぱりかぁ……」


 勇がそっと言い掛けると……まるで知っていたかの様に日比野が顔を天に向けそうぼやく。

 先程までの笑顔はどこかへ消え……天を仰ぐその瞳は虚空をみつめたまま。


「……知ってたんですか?」

「いやぁ、確証はなかったよ……けど、いつだかの渋谷の変容事件の報道があった時、被害者のリストに統也の名前があったのを見掛けてなぁ……」


 世界が交わったその日……勇の親友「司城統也」は彼の目の前で魔者に殺された。

 勇と茶奈を守る為に壁となって死んだ彼の姿は、今でも夢で見る事が有る程に勇の心に強いイメージが残り続けている。


「だが……お前だけでも無事で良かった、そう思うよ……」

「すいません先生……会いに行けなくて」

「気にするな、思い出したくない事だってくらいは分かるさ」


 そう応えると……軽く勇の肩が「ポンポン」と叩かれた。


「今日はそれだけの為に来たんじゃあないんだろう……?」

「さすが先生……お見通しですか」

「ハハハ、その『さすが』の私でもそれくらいはわかるさぁ」


 褒めたつもりが自虐のネタに使われ、勇が思わず苦笑いを浮かべる。

 しかし間も無く勇の笑顔は緩み、真顔へと還る。


「ちょっとお願いがあって来たんです」

「うん? なんだ?」

「一度、真剣勝負……して頂けませんか?」


 勇が願う勝負とは当然、剣道での一本勝負。

 その申し出に対し、日比野は少し考える様に眉を細めるが……勇の真剣な面持ちを見るやそれを静かに承諾した。






 小さな道場内でせわしなく人影が動き回る。

 試合を行う為に弟子達が準備を整える中、道場に入った二人がそれぞれの防具を着込み、面を被る。


 お互いが様になった姿を現すと、途端にその顔は真剣な面持ちへと切り替わっていた。


「胴着を着るのは久しぶりですよ」

「剣道は続けてきたのか?」

「えぇ、少し変わった形ですが」


 勇が掴むのは、本部にある訓練用竹刀とは異なる軽めの作りの公式用竹刀。

 左手に取ると、手首のスナップを利かせながら竹刀を左右に振って本来の重さの感覚を確かめる。


 そして流れる様な剣捌きで垂直に剣を立てると……その剣筋がピタリと止まり、ゆるりと正面に向かって角度を形成していく。


「随分……手馴れているじゃあないか」


 まったくブレる事の無い剣先。

 微動だにしない竹刀。

 剣道において一般的な構えである中段の構えを取った勇の姿は、迷い無く立つ……まるで立像のよう。

 研ぎ澄まされた構えの前に、弟子達が思わず立ち止まっては見入る程。


 そして構えを崩し、竹刀の刀身を手中に納めると……準備完了とばかりに互いが場内の中央へと足を運び始める。

 二人が相まみえると互いの視線が面金を挟んで合い、高揚から浮き出た強い意志を孕んだ瞳を見せつけあっていた。


「それでは、一本勝負となります……お互い準備は宜しいですか?」

「あぁ、構わない」

「はい」


 お互いが一礼し、審判役の言葉の元に竹刀の柄を手に掴む。

 まるで絵を描く様にゆるりと、そして迷いの無い軌道を描き……共に中段の構えへ。


 すると……勇の竹刀の動きだけはそこから続きを見せた。




 刀身が僅かに横に寝かせられ、更に浅く傾けられたのだ。




 中段の構えに似ているが……竹刀を片手に持ち、右手を柄の先端に触れない距離に保ち(くう)に添える……そして深々と下げられた剣先は、まるで相手の喉元を真っ直ぐ狙うかのよう。


「勇……そんな構えを教えたつもりは無いぞ……?」

「……独学で習得しました」


 その異様な構え、そして日比野の知らない勇の妙に落ち着いた雰囲気……

 幾つもの違和感を前に日比野の心には僅かな焦燥感が漂い、彼の額に無作為な汗を滲ませていた。


「はじめっ!!」


 審判の号令がかかり、お互いが一歩を踏み出す。

 師弟対決の開始であった。






 日比野がお互いの隙を探る様に剣先を、体を揺らし出方を見る。

 それに対し、勇は剣先をブレさせずにスリ足で位置取りを確かめながら間合いを測っていた。




―――隙が……無い……!?―――




 日比野が勇の出方を探るも……その切っ先が常に自身を狙うかの様に追い続けてくる。

 そこから受ける感覚はまるで今にも「殺してやる」と言わんばかりの……『殺気』。


 それが殺気であるという事が認識出来ないまでも、威圧感にも感じるその雰囲気を前に……剣道を続けて長く経験に富んだ平野ですらも焦りを隠せない。




―――ならば……隙を作る……!!―――




フーッ、フーッ……




 緊張で互いの息が荒くなる。

 そしてその呼吸の合間―――


「ンメェェエーーーーーイッ!!」


 気合いの雄叫びと共に高速で剣先が飛ぶ。

 だがそれを読んでいたかのように勇の竹刀が防ぎ、鍔迫り合いが「カリカリ」と音を立てて始まった。




ダンッ!!




「ッヅオォォォオッ!!」


 すかさず日比野の横一閃……だがそれも竹刀が受け流す様に道筋を塞ぎ―――


「メェェェェェッ!!」




パァン!!




 すれ違った際の隙を狙って勇の縦一閃が叩かれるが……かろうじて日比野がそれを竹刀で受け止めた。


 受けたと同時にそれを押し退け弾くと……再び距離を取って構え合う。


「フゥッ、フゥッ!!」


 疲れた訳ではない、それはお互いがリズムを刻む息継ぎ。

 己が作るリズムに従い、剣を操る二人の剣士。




ググッ!!




 竹刀を握る手が強くなり、一撃に備える。




 そして互いが振り被り……一閃―――




「ッ!?」


 その時、日比野の目に何かが映る。

 だが繰り出した動きはもう止められない。




ッパァーーーーーーン!!




「―――ッエェェェーーーイッ!!」


 その瞬間……激しい竹打ち音と共に、日比野の奇声が場内に響き渡る。

 その剣筋は……勇の頭上へと叩きこまれていた。


「一本!! それまでェ!!……勝者、日比野ッ!!」


 審判が旗を上げ、日比野の勝利を宣告する。


 だがその途端、おもむろに日比野が荒々しく面を外し……その眉間を寄せ、目を釣り上がらせた怒りの表情を浮かべて勇の側へとドタドタと歩き近づいていった。


「何故だ!! 何故手加減したッ!? 真剣勝負では無かったのかッ!!」


 胴着を脱ぎやる間もない勇の胴着の喉元を掴み激昂する日比野。

 その激昂の理由を知っている当人はただ静かにその怒りを一身に受け入れる。


「すいません……門下生がいる前で先生が負けるような事が有ってはいけないと思って……」


 その言葉を聞いた途端、掴んだ胴着をパッと離し……その怒張の顔を更に強張らせた。


「勇……!! 私はお前が思う程に……強い人間ではない!! こんな小さな道場を支えるだけの私がそこまでの安いプライドを持っていると思うか!?」

「先生……」

「私は弱いんだ!! 私より強い者などいくらでも居る!! だから修練するんだ!! そんな私に手加減など……私を惨めにしてくれるのかお前は……!!」

「申し訳……ありません……」


 大声を上げ過ぎて息が挙がったのだろう……日比野が「ハァー、ハァー」と息を切らせ呼吸を荒げる。


「勇……もう、半端な事は……してくれるんじゃあないぞ……!! 私は……お前が強く成ってくれて……心から、嬉しいんだからなぁ!!」


 感極まり、涙を浮かばせる日比野を前に……勇の心は居た堪れない気持ちで一杯だった。






「頑張れよぉ若者ぉ……お前達がこれからを作るんだからなぁ……」


 去る勇の背中を見つめながら日比野がぽつり呟き見送る姿。

 それは先程の怒号からは想像出来ない程に朗らかな笑顔を浮かべ―――






 『情けは人の為成らず』……その言葉を胸に、勇は家路に就いていた。

 その背中は夕日を受け、どこか哀愁を感じさせる。


 だが背筋は伸び、その顔は迷いを振り切った真顔を浮かべ……空を仰ぐ。

 恩師があの時見た空を、同じ様に。




 人に教える事の難しさ―――彼はまた一つ学び、成長する。




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