~抵抗、猛る少年少女~
待つ事わずか5分程。
すると事務所の外、廊下から何か騒がしい声の様なものが聞こえ始めた。
徐々に大きくなっていく声は何やら喚き散らす様に騒ぎ立てている様だ。
「……いい加減離せってんだ!!」
「……はーなーせーよー!!」
そして事務所の入り口から現れたのは、大男に吊り下げられて持たれた二人の少年少女の姿。
拘束着に包まれほとんど肌の露出は無いものの、唯一覗く頭部は共に色白の肌。
少年は銀にも見えるブロンドの髪、少女は濃い赤髪で共にショート……だが顔などと同様に汚れに塗れてすすけ、手入れなど入っている様にも見えず荒れて跳ねている。
二人は拘束着を必死に脱ごうともがくが……よほど固く作られた拘束着なのだろう、全くビクともしない様だった。
「連れてきて頂いてありがとうございます」
「いえ、彼等の譲渡までが我々の任務ですから」
そう答えた黒いスーツに身を纏う二人の大男もまた、2メートルに達する巨漢の色白……日本人には到底見えない。
「ちっきしょー!! んうーーーー!! んうーーーー!!」
必死に拘束着を外そうとする少年だが、声だけがその場にただ響くだけであった。
「彼等が魔剣使いなんですか……?」
戸惑う勇の質問に福留が口を開く。
「えぇ、ロシアで魔剣を使って悪事を働いている所を捕まえたそうです」
「悪事……」
「はい……なので、彼等の再教育をして頂ければ後は自由にしてよいと……」
そう答える福留の言葉が判るのだろう、大男は二人して深く頷いた。
「うるっせー!! こっちはなー!! 必死なんだよ!! よえー奴がわりぃんだよ!! 〇×が!! △□!!」
まだ声も変わりきらない少年が幼い声色で汚い言葉を連呼する。
少女の方も必死で拘束着に抗い転げまわっていた。
「これはまた随分と乱暴な―――」
「彼等の拘束を外してもらっていいですか?」
ぽつりと呟いた福留の言葉を遮る様に……勇が大男達に一歩近づきそう発する。
その顔はいつになく真剣な眼差しを向けていた。
「……分かった。 ただし拘束着を外した時から管轄はあなた方に移るという事を忘れないで頂きたい」
「……分かりました。 君達、これから拘束着を外すから暴れないでくれ」
勇が彼等の側で屈み優しく彼等にそう伝えると、少年少女は怒りの表情を作りつつも暴れる事を辞めた。
男達が「パチッ」と音を立てながら金具を外し、拘束着を解いていく。
徐々に彼等の体が自由になり始めると、我慢してきた鬱憤を晴らすかの様に強引に拘束着の隙間から二人が抜け出ていく。
「クッソ……」
「やっと出られた……」
長時間同じもので拘束されていたのだろう、途端にその隙間からはカビた汗臭さの様な臭いが立ち込める。
そもそも彼等が元々体を洗っていたかどうかすら怪しい程に汚れた身なりではあるが。
ボロボロの着衣にボサボサの髪、そして手足などの素肌が見える場所は所々茶焦げており、どう見ても裕福な生活をしていたとは言い難い様相を見せていた。
「では、我々はこれで失礼する」
大男達は彼等の拘束が解けるや否や、残された拘束着を持ち上げその場を退出していった。
それを背中から無言で馬鹿にするかの様にはやし立てる少年少女。
大男達が事務所から出ていくと、少年少女は静かに勇達に振り向き……じっと彼等を睨み付ける。
「えっと……どこまで説明受けたんだろうな、君達はこれからどう扱われるかとか聞いてるかい?」
明らかに人種の異なる相手が流調に自国語を話す事に戸惑いつつも……少年がふと思い立ったかの様な表情を作り勇に答えた。
「……知らねーよ……ただ連れて行く先には飯には困らねーって言われた」
「ハハ……随分ざっくばらんな説明ですねぇ……」
この答えにさすがの福留も再びの苦笑い。
「……君達は魔剣を持っているんだろう?」
その一言に少年少女がピクリと反応し……勇を睨む。
「ああ……だからなんだよ?」
いちいち憎まれ口の様な口調で話す少年を前に、勇は特に態度を変える事も無く話を続けた。
「俺達も君と同じ魔剣使いなんだ。 君達はこれから仲間として一緒に働く事になったんだよ。 よろしく頼むな」
その言葉と共に彼の前に手を差し出す勇……だがその反応は―――
バシッ!!
途端に勇の手が弾かれ横に払われる。
少年が差し出された手を拒否するかの様にはたいたのだ。
「んなの知ったこっちゃねーよ……オイラ達は腹いっぱい飯食べれればそれでいーんだ……!! 特にてめーみてぇな雑魚なんかと一緒にするんじゃねーよ!!」
「キッ」と睨み付け、勇を威嚇する様に悪態を付く。
それを受けた勇が静かに表情を真顔へと変化させていった。
「オイラ達はな……分かんだよ、おめーらがどんだけ命力を持ってるかくらいはよ……そしててめーがこの中で……一番弱いって事が!!」
払い除けた手の人差し指を突き出して勇を指差す。
そして感情が昂っているのだろう……彼の体からゆらりゆらりと命力の光が漏れて漂い、彼に対して威嚇を続けた。
勇の周囲を見回す少女。
その目に映るのは彼等の体に宿る命力。
その内に秘める色の濃さこそが彼等の力の大きさ。
そしてそれが最も弱いのは……誰もがその事を知る勇その人。
「オイラ達は誰の指図も受けねー!! オイラ達は好きに生きるんだよ!!」
少年少女の命力の昂りは、他の者が見ても驚きを見せる程大きなものであった。
アージやマヴォですら「ホウ」と喉を鳴らす程に。
そんな既に臨戦態勢ともとれる二人を前に、静かに勇が語り掛けた。
「……分かった……」
そう呟き、スッと立ち上がる。
「ちょ、おい待てよ勇!? 分かったってどういう……」
心輝が口を挟むが、勇はそれすら意に介せず言葉を連ねる。
「ただし……俺と勝負しよう」
「……はぁ!?」
突然の提案に少年がポカンと口を開けた。
彼の背後に居る仲間達も同様に。
「もしその勝負に君達が勝ったら、君達の言う通り……何もせず食べ物を毎日好きなだけ食べれるようにしてあげるよ」
「ゆ、勇……!?」
「けどもし俺が勝ったら……その時は俺達の言う通りにしてほしい」
その言葉を聞いた二人は顔を合わせるが……条件が気に入ったのだろう、その顔を次第にいじらしい笑顔へと移り変えていく。
「へへっ……勝負って何をどうするんだよ?」
「そうだな、真剣勝負でお互いのどちらかが気絶かギブアップで戦えなくなるまでの一本勝負……魔剣の使用は有りで、君達は二人で一緒に掛かってきてもらっても構わない」
「ヒヒ、本当にそんな条件でいいのぉ? アタイら強いよ?」
少女の方も堪らず声を漏らし挑発してくる。
だが勇はなお顔色一つ変えないまま。
「あぁ、それで良ければどうだろうか?」
「乗った!! 約束守れよな!?」
「勿論さ……」
既に勝った気でいるのだろう、少年少女が喜びの余り飛び跳ねてその喜びを体で表す中……心輝達が心配そうに勇を見つめる。
「おい勇……お前平気なのかよ……?」
「あの二人の命力……凄かったじゃない……」
「ああ、凄かったな……凄く……頼もしいと思うよ」
だが二人の心配は他所に……振り向いた勇の顔は妙に嬉しそうな笑顔だった。