~引越、新本部お披露目~
片側二車線の大きな国道を一台のバスが駆け抜けていく。
それは一見普通の大型観光バスに見えるが……その正体は魔特隊専用に改造された移動用車両であった。
窓の全面が外からの情報をシャットアウトするマジックミラーで覆われている。
これによって内部に誰が乗っているかは外部からでは見る事は出来ない。
体の大きなアージやマヴォの様な者の為に限界ギリギリまで中腹部を広げ、彼等が立って動く事すら出来る様になっている。
観光バスの様に椅子を並べる必要も無い為、壁際には人間サイズの者が座れる椅子が……後部座席にはアージ達の様な大柄な者達が座れる大型の椅子が備え付けられていた。
ちょっとやそっと増員するだけであれば許容する事すら問題の無い程に広々とした空間は、バスに乗った事の無い『あちら側』の者のみならず勇達までをも感心させる程。
何より、魔特隊専用の車両という所が彼等に親近感たる喜びを与えた様だ。
彼等を乗せたバスは何事も無く道路を突き進み……外をチラリと覗き込めば、勇達にとって見た事がある様な光景が見え始めていた。
そう……そこは彼等の故郷の街。
彼等がよく使うショッピングモールや販売店などが並ぶ道路は都心へ続く大通り……自然と通る事になる道なのである。
「間も無く新本部に到着いたしますので今暫くお待ちくださいねぇ」
彼等のよく知った場所が過ぎ去って間も無く福留からの声が上がる。
それ程までに近い場所……勇達が実家から通う事を考慮したのか、それとも別の理由があるのか。
理由こそ福留からは語られなかったが……困る事がある訳でも無く、嬉しい誤算であろう。
福留のアナウンスから5分程走ると……勇達の視界に大きな壁を持った施設が徐々に映り始めた。
その様相はまるで城か刑務所か……白く巨大な壁は城壁の様に高く、内部が見えない程。
壁の頭頂部先に僅かに覗く建屋が新築である事を物語る様に綺麗なホワイトの壁を目立たせていた。
「魔特隊っていうからてっきり黒だと思ったのによぉ……」
何せ彼等の制服とも言うべきジャケットが黒なのだ。
黒で統一すればカッコよさも倍増……心輝はそんなボヤきをこぼしながら建屋を見る。
「日本の建物は白または灰色が主流ですからねぇ……黒塗りなんかにした日には目立ってしまいますから」
魔特隊はそもそも極秘組織……非公式の存在だ。
それが悪目立ちしてしまえば極秘も何もあったものでは無いだろう。
彼等の乗ったバスがその土地の正門ゲートへと辿り着くと、そんなバスですらも小さく見えるほど大きなゲートが左右に開き……バスを迎え入れる。
二重構造となっている正門は、バスを受け入れると第一ゲートが閉まり始め……完全に閉まるとバス正面の第二ゲートが開き始めた。
「厳重ですね……」
「えぇ、極秘施設ですから」
今まで大人しかった茶奈もさすがに驚きを隠せない様だ。
そんな話をしていると、第二ゲートを通る彼等の前に変な斜めに建てられた小さな台の様なものが目に映る。
「あれは何ですか?」
「あぁ、あれは茶奈さん専用のカタパルトです。 使い所はまだ決まっていませんが、予算があったので試作で作ってみました」
「そ、そんなものまで……」
入口から見える大きなグラウンドに向けて斜めに立つ茶奈専用のカタパルトが日の光を反射し、その妙な存在感を力強くありありと誇示していた。
専用駐車場に停められたバスから全員が降りると、福留を筆頭にまばらな列を作りながら全員が施設へと入っていく。
完全に新しく作られた施設は出来立てのなんともいえぬ香りが漂い、彼等に新鮮味を与える。
とはいうものの、周囲には既に幾人かの関係者と思われる作業員が作業しており、本部施設の稼働が間近である事を悟らせた。
「先ほどお話はしましたが……1階が事務フロア及び研究エリアと食堂、2階が多目的エリア、3階が居住エリアとなります。 訓練施設はグラウンドの先にある専用施設と、その地下にあります。 地下は大きく空間を有し、また大きな衝撃にも耐えれるような構造となっており、魔剣による訓練もそこで行う事が出来ます」
「おお~…」
「あ、でも茶奈さんは全力では使わないでくださいね、最悪街が吹き飛びますので」
「うぅ……気を付けます……」
茶奈の力が全力で発揮出来るのはいつになるのだろうか。
「一旦まずは……事務所に移動しましょうか、少し皆さんにお話ししなければいけない事が有りますので……」
「話……?」
それ以上口を挟む事無く……全員が1階にある事務所へと足を運ぶと……そこには大きな部屋と、一人分がこれでもかと思うくらいに大きくスペースを有するテーブルが並んでいた。
「うほぉ、すっげぇ~!! 前の事務所の何倍だよこれ!?」
堪らず心輝から驚きの声が漏れる。
声に成らずとも、その場に居た仲間達全員が驚きの顔を浮かべていたのは言うまでもないだろう。
「皆さんの席に名前を振っていますので、各々の席は後で確認しておいてください」
「わかりました」
白の色調で包まれた新しい事務所に立つ勇達。
その前に立つ福留が全員が居る事を確認すると……
「さて……皆さんにお話しなければいけないのは……実は、ここに居るメンバーが魔特隊の全メンバーではありません」
「えっ……?」
その話を聞いた途端、勇の周囲から戸惑いの声が聞こえる。
「ちょっと待ってください福留さん、俺達以外に誰かメンバーに入れられるような知り合いは居ましたっけ……まさか愛希ちゃんとか言いませんよね……?」
「あ……それなら嬉しいかも……」
愛希ちゃん……それは勇達の事情を知らずとも仲の良い茶奈の元同級生である。
茶奈の親友であり彼女の心の支えとなっている彼女は、茶奈が退学した今でもあずーと共に彼等の母校「白代高校」へと通っている。
「ハハハ、違います……皆さんとは面識が無い方々なのですよ」
「面識が無い……?」
「えぇ……少々お待ちください」
福留がスマートフォンを懐から取り出すと、何者かに電話を掛け始める。
「彼等を連れてきてください」
そう一言だけ添えてスマートフォンを降ろすと……再び懐へ。
「一体誰なんですか?」
堪らず瀬玲が質問をすると……少し福留の笑顔の口角が下がるもゆるりと答えた。
「彼等は勇君達と同じ……現代人でありながら魔剣を得た者達です」
「えっ……!?」
「実はですねぇ、魔特隊設立に当たって各国から協力の申し出があったのです……その中で特に際立ったのが……ロシア政府からのお話でした。 いやぁ非常にセンセーショナルだったので驚きましたよ」
苦笑いにも近い笑いを作る福留の目尻にはいつもより多くシワが目立つ。
それは彼が困っている事に他ならない。
唯一それに気付いた勇は、彼の言う「センセーショナル」に不安を拭う事が出来なかった。
「魔剣使いを二人派遣するので、教育を兼ねて戦力としてお使いください……とねぇ」
「教……育……?」
教育とは一体どういう事なのだろうか……不安が過るも、勇達はその彼等を待ち、暫しの時を待つ事となった。