~北国、見知らぬ地に映る者達~
ロシア北部のとある地域―――
日が落ちて暗くなった時間帯。
雪がまだ溶け消えぬ地域に一つの村があった。
まばらに建てられた家屋はどこか古臭いレンガ造り。
とはいえ人は居るのだろう……窓からは光が灯り、所によっては和気藹々の声が漏れ出る。
そんな平穏に包まれた村に、二人の小さな影が道を横切り家の間をすり抜け駆けていく。
その後からは数人の白地の迷彩服を着込んだ大男が統率の取れた動きで追い立てる。
だがその二人の影は大男達にも負けず劣らぬ素早さで駆け巡り彼等を翻弄していく。
小柄故神出鬼没の様を見せつけ、たちまち大男達は彼等の姿を見失ったのだった。
「ハァッ……ハァッ」
息を切らしながらも、二人の影は休む事無く建物の影から周囲の動向を探る。
動きはどこか手馴れており、小動物の小さな物音にすら過敏に反応して殺気を飛ばしていた。
彼等を追う大男達は撒いた者達だけではない……多くの者達が二人を逃がさぬ様に村ごと囲い込んでいるのだ。
その事実に加え、徐々に追い詰められつつある状況下で……人影の一人が堪らず小さな声を漏らす。
「アニキ、もう……」
その甲高い声は声変わり前のモノか、あるいは……。
「バカ、こんなんで諦めんな……こうなったら奴等全員……!!」
もう一人は甲高いとは言い難いが、強気な口調には見合わない幼な声。
物陰に隠れ、機を待つも一向に訪れない状況に焦りを憶え……強気な人影がギリリと歯を食いしばらせる。
そして彼等が羽織った毛皮製のローブから覗かせたのは……ゆらりと光を放つ金属質のそれ。
だがその時―――
バッフォッ!!
「うわぁ!!」
「きゃあ!!」
途端、彼等の正面で何かが弾け、たちまち周囲を黒い粉塵が覆い尽くした。
遮られる彼等の視界。
それどころか彼等の目に粉塵が付着し、強い刺激をもたらしていた。
「ウゥーッ!!」
「アアーーーッ!!」
気が狂いそうになる程の激痛が二人を襲う。
余りの痛みに、我を忘れて地面に転がり悶え苦しむ程。
擦ろうと、拭おうと、その刺激はなお二人を蝕み続け……とうとう二人の体が地に伏した。
ブルブルと震え、朦朧としながらも……その感情だけは抑えきれず、強く噛み締められた歯が痛ましいまでに剥き出したまま。
どこから現れたのか、地面に倒れこむ二人を大男達が囲い込む。
そして二人の影のそれぞれの口と鼻へナプキンの様な物で抑えるや……あっという間に二人はガクリと意識を失ったのだった。
「目標の沈黙を確認」
大男達はまるで図ったかの様な手際の良さで大きな麻袋を広げる。
何の迷いも無く気を失った二人を袋に放り込むと……その口を紐で締め、数人がかりで抱え上げた。
「目標の確保は完了、これより帰投する」
大男の一人がそう呟くと、彼の耳に取り付けられたインカムから返事が漏れる。
その返事を聞いてか聞かずか……大男達は統制の取れた無駄の無い動きで走り去り、村人達に存在を気取られる事無く何処かへと消えたのだった。
動かぬ麻袋……その中に放り込まれた影の主……それは年端もいかぬ少年と少女。
それぞれの腰に備えられている何かが妖しい輝きを僅かに灯らせていた……。
これは誰にも知らされる事の無い……異国で起きた彼等の追憶。