~戦人、恩に報いて願い受け申す~
某日、カラクラの里―――
東北、秋田県のとある山中に存在する、カラクラ族と呼ばれる鳥型の魔者の住処。
そこに一人訪れた人の影……その男、笠本と同じ魔特隊本部に務める事務員『平野 英司』。
四角いレンズの眼鏡を身に付け、整った短髪黒髪といった清潔感溢れる顔立ちは、笠本と同じ物静かな雰囲気でありながらも真面目さを際立たせた風貌。
紺のスーツを着こなし、ビジネスケースを持ちながら……山間を切り抜き作り上げられた険しい道のりを持つカラクラの里の坂道を何の表情を変えずに登っていく。
各々の部屋から覗き込むカラクラの民の視線にも躊躇する事無く歩み続け、その足は遂に里中央部の大広間へと辿り着いたのだった。
「合い待て」
「……?」
広場へ着くや否や、彼に声を掛けてきたのは……鳩の様な顔付きと大きな羽根を有する腕を持ったカラクラ族の戦士ムベイ。
「其方、確か藤咲勇殿が同志の……そぉう、ササモトというたか」
「いいえ、平野です」
無表情からのツッコミを入れる平野。
すると、ムベイは5秒ほど口を開けたまま硬直し……再び声を漏らす。
「して、何用か」
「ジョゾウさんに相談がありまして……」
ジョゾウとは現カラクラ族の王にして、ムベイ達カラクラ精鋭を率いた人情厚き者。
かつて勇と茶奈と共に大空へと舞い上がり、死闘を生き抜いた……もはや彼等の仲間と言っても過言ではない存在だ。
魔特隊を理解する数少ない者の一人でもある。
カラクラ族とは1年程前に勇達と一度敵対した事もあったが、その後和解し今や協力関係にある。
現代の道具や物資の供給をする見返りとして、彼等の知識の提供や戦い以外の力添えを行うなど、アルライ族程ではないが交流も行われていた。
住処が山奥という事もあり、簡単に会いに行く事が出来ないのが難点と言えるだろうか。
彼等とのやり取りは基本アポイントメント無しでの直接交渉が基本である。
何故なら、『あちら側』と呼ばれる異世界の生命体とは基本言語が異なり、電話等では会話をする事が出来ないのだ。
しかし直接会話となれば命力による心の会話が可能だ。
勇達がボノゴ族達と普通に会話していたのも、今まで交渉を行う事が出来たのも、全ては命力という力があったからこそ。
どちらか片方が命力を有する魔剣使いか魔者である事が前提であるが、このお陰で世界が必要以上に混乱しなかったと言えば納得も行くものだろう。
「ふぅむ……分かり申した。 ビゾよ、ジョゾウ殿に伝えて参れ」
ムベイが同じくその場に居たビゾと呼ばれるカラクラ族の若者へ指示を出す。
ビゾは「ははっ!!」と威勢の良い大声を上げ、駆け足で大広間の先……長い階段の向こうにある宮殿へと走り去っていった。
鳥型と言えど常に飛んでいる訳ではないのが彼等の在り方である。
「ササモト殿よ、暫し待たれよ」
「平野です」
再び5秒ほど口を開けたまま硬直するムベイ。
人が外見だけで動物の雌雄の判別が分からない様に、魔者もまた人間の雌雄の判別がつかない。
それ故に……こういう間違いは多いのだろう。
ムベイに関してはただ記憶力が薄いだけであろうが。
すると、間もなくして宮殿から駆け戻るビゾの姿が二人の目に映り込んだ。
息一つ上げる事無く戻ったビゾが背筋を伸ばして伝令を述べる。
「お通しせよと」
「ウム、あいわかった」
ムベイやビゾ、その他のカラクラ族達は平野の進路を開ける様に左右に別れて後ずさる。
たちまち彼の前には邪魔一つ無い宮殿への道が露わと成った。
平野はムベイ達に見送られながら宮殿まで続く坂道を一歩づつ踏みしめて歩く。
その先にある宮殿の様相が徐々にハッキリとしていき、岩をくり抜いて作られた人工的な建造物がその存在感をありありと見せつけ始めた。
頂点部は大きな穴が開き、そこを中心にひび割れた個所が目立つ。
それは決してデザインでは無く、勇達が戦いの折に残した傷跡である。
一年前のカラクラの里での戦闘の際、衛星軌道に存在した巨大魔剣【ベリュム】を撃ち抜いた茶奈の力の一端がありありと傷跡として今も残っているのだ。
その傷を修復しないのは……単にその事件を永劫忘れぬため。
平野が宮殿へ辿り着くと、そこには王座へと座る者とその横に立つ者……二人のカラクラ族の姿が在った。
「おお平野殿、お久しぅ」
そう言い王座から立ち上がった者こそジョゾウその人であった。
そしてその隣に立っている者……ジョゾウの友にして側近のボウジ。
ジョゾウは王座から立ち上がると、そのまま近づいてくる平野の下へ歩み寄る。
「ジョゾウ様もお変わりない様で」
「ハハハ、もはや変わる余地など御座らぬよ」
明るい表情で平野と会話を交わし、フレンドリーさを醸し出すジョゾウ。
彼もまた勇達と同じ『平和』を志す一人だ。
「して、何用で御座ろうか……?」
「実は福留司令から要請がありまして……」
「ほぉ……」
平野は手に持ったビジネスケースを開き中から一枚の書類を取り出した。
そこには彼等の言語で書かれた文が長々と綴られていた。
「どうぞ」
「うむぅ、戴こう」
ジョゾウがその書類を受け取り、文に目を通し始める。
ボウジも横から書類へ目を向け、静かに読み取りだした。
「フム……つまり、我々に『たいまとくせんたい』への協力を願いたいという事であろうか」
「はい。 今、魔特隊は人員増強を考えており……もし宜しければ協力願えないかと思いまして」
現在、魔特隊の戦闘要員は勇を筆頭に、茶奈、心輝、瀬玲、レンネィ、そして非常要因としてあずー……合計で6人しか居ない。
日を追う事に各国からオファーが来るが、それに対応する為には人数がとても足りない。
戦闘要員の確保は魔特隊にとって急務とも言える事案なのである。
「ウゥム……左様であったか……」
「ジョゾウよ、もしや其方……行く気ではあるまいな?」
興味ありそうな雰囲気を醸し出すジョゾウにボウジが釘を刺す。
「ヌ……しかし勇殿が願いぞ……」
「勇殿では無く福留殿が願いに御座る」
ボウジの冷静なツッコミに、ジョゾウの丸く小さい目が僅かに陰る。
そんなボウジにジョゾウの不意な平手打ちが飛んだ。
嘴に当たり「ペチッ」と軽い音が鳴るが……ボウジは何の表情も変えず。
「しかしボウジよ、福留殿が願いは勇殿が願いよ。 拙僧にはこの願い、蔑ろには出来ぬ」
「なれば王の責務も蔑ろにせぬよう心掛けよ」
再び反対側からジョゾウの平手打ちが飛ぶ。
「ペチッ」という音が虚しく響くが、ボウジはなお無表情のままだ。
そんなやり取りが続くが……ボウジのツッコミにどうにも勝てないジョゾウ。
有情の平手打ちは無情に流され虚しさだけが響き渡るのみ。
そんな二人のやり取りを前に平野は思う。
「この人は凄い行きたいんだろうな」……と。
そう思うと自然に笑みも出るものだ。
引き下がろうともしないジョゾウを前にボウジが「ハァ」と溜息を洩らすと、細めた瞳をジョゾウの視線に合わせる。
「ジョゾウよ……気持ちは判る。 だが王が仮に逝ねば我らとて虚空に消えようぞ……」
『あちら側』から来た者達はどのような原理か……それぞれの集団の王と呼ばれる者が死ぬと、その下部に居る者達も全て光に消えて天に還る。
これは勇達が戦いを通して知った事実であり、彼等にもその情報は既に伝わっている。
消えた者達がどうなるかは定かでは無いが……死んだ、と思えば恐れるのも当然だ。
そんな心配を向けるボウジ……だが、それに対してジョゾウは臆する事無く彼へと言葉を返した。
「……然らば……ボウジよ、貴殿が次の王ぞ」
「ぬな……ジョゾウそれは……」
突然の宣言に、先程まで冷静だった筈のボウジが驚きの顔を隠せない。
しかしジョゾウは真剣な面持ちでボウジを見つめ、その肩へと両手を添えた。
「貴殿は賢く頭が回る……それに対し拙僧はやはり戦人よ……主君が為に戦いに身を投じる事こそ歓びぞ。 本来であれば其方こそが王に相応しいのだ、ボウジよ」
ボウジは昔からジョゾウをその知恵で支えてきた。
真面目ゆえに人柄で劣る彼はまさか自分が王に成れなどと言われるとは思っても居なかったのだろう。
余りの衝撃に、思わずその足が後ずさり、唖然とした表情を浮かべる。
だが、そこはさすがのボウジか……ジョゾウの言葉を飲み込むと、崩れていた表情は再び落ち着きを取り戻し始めた。
「ヌゥ……合い分かったジョゾウよ……なれば次が王として其方に命ずる……生きて帰れ」
「応」
お互いが片手を肩に乗せ合い友情とも主従とも取れる誓いを交わし頷く。
そこに映るのはまさしく戦士と王の姿。
友である二人にとって、主従の逆転など何の意も介さぬ小事なのだ。
「では平野殿、拙僧が参ろう……暫し時を頂きとう御座る」
「分かりました」
そう平野に伝えると、ジョゾウはおもむろに懐をまさぐり……スマートフォンを取り出した。
そして器用に通話ボタンを押すと―――
「あ、ヨメ、あ、うんうん、ボクこれから出張行くから。 暫く留守にするけどムチュコ頼むわ。 ボウジ手伝ってくれるし多分、あ、うん、ヘイヘイ、うぇーい」
そしてスマートフォンの終了ボタンを押すジョゾウ。
「後は賢人達に小見通を済ませるのみに御座る……平野殿、先に行っててくだされ」
「え、あ……わ、わかりました」
戸惑いを隠せない平野ではあったが、そう言われると再び顔をキリッと元に戻し宮殿を後にした。
心で会話し翻訳される言葉も……文化が変われば妙な形に翻訳されるものだ。
武士の様な会話をするカラクラ族の隠れた秘密を目の当たりにした平野の心中は穏やかではない。
―――今のは……聞かなかった事にしよう……―――
そう心に誓う平野であった。