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時き継幻想フララジカ 第二部 『乱界編』  作者: ひなうさ
第二十六節 「白日の下へ 信念と現実 黒き爪痕は深く遠く」
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~もう止められないから~

 ずっと、誰かの為になっていると思っていた。

 ずっと、助ける事が出来ていると思っていた。

 それが独りよがりの行動だなんて最初からわかっていた。


 でも、それでも、何かしたくて。

 自分が信じる事を貫きたくて。


 それで笑ってくれる人がいたから。

 支えてくれる人がいたから。


 けれどそれが空虚な幻想だと気付いてしまったなら―――




 素直な青年の心は、絶望をも容易く受け入れよう。




「これが最後の手向けだ。 お前が消えた後、世界はあるべき方向に進むだろう」


 デュゼローがぽつり、静かになった展望台にて囁く。

 僅かな風切り音が響く中で。


 でも勇から答えは返らない。

 絶望を受け入れてしまったから。

 自分のしてきた事が全て無駄だと気付いてしまったから。


 だから、ただ倒れたまま結末を受け入れるのみ。

 もう考える事さえ放棄して。


「私が全て矯正してやる。 だから安心して逝くがいい」


 この時掲げられたデュゼローの黒剣が照明に当てられ瞬きを放つ。

 まるで最後のカウントダウンを刻むかの様にチラリ、チラリと。


 そして人々は食い入るだろう。

 来たるべき瞬間を前にして。

 絶望と希望を抱きながら。


 勇の最後の瞬間を。




ガシャァァァーーーーーーンッ!!




 だがその時、突如として硝子窓が炸裂する。

 それも一人の人影の飛び込む姿と共に。

 無数の破片を室内に撒き散らしながら。


 更にはそのままデュゼローへと向けて飛び掛かっていて。


「うあァァーーーーーーッ!!」


 その手に握る二本の得物が力を解き放てば、たちまち黄風をその身に纏い。

 目にも止まらぬ疾風と成って〝怨敵〟を祓う力となる。


「ちいッ!?」


 余りにも突然の事だった。

 予想もしていない出来事だった。


 故にデュゼローが動揺するまま、咄嗟に掲げた剣を返し構えていて。


ガッキャァァァーーーンッ!!!


 それも間一髪。

 防御姿勢すら取る間も無く。


 その為か、デュゼローの体が不本意に跳ね上がる。

 打ち当てられたのが、慣性をふんだんに乗せた強烈な一撃だったからだろう。


 それでも怯まず、ふわりと着地を果たしていたが。


 ただ、その顔には先程までの精悍な表情は残されていない。

 浮かんでいたのは、苦虫を噛み潰した様な苦悶の顔だ。

 想定が狂いに狂い、憤っているからこそ。


 対しての襲撃者はと言えば、勇の傍へと着地を果たしていて。

 いつもらしい微笑みを向け、枯れた心に安らぎを与える。


「勇君、助けに来たよ!」


「あ、あず……?」


 そう、亜月である。

 病院から抜け出し、颯爽と駆け付けたのだ。


 全ては、大好きな勇を守る為に。


「早く終わらせて、一緒に帰ろ!」


 きっとまだ起きたばかりなのだろう。

 だから状況も把握していないし、デュゼローが何を宣ったかも知らない。


 だからどうして勇が絶望しているのかもわからない。


 でもそんな事など一切関係無かったのだ。

 勇が伏している、その事実だけがこうして目前にあるならば。


 亜月は、ただそれだけで―――今、激昂する。


 


「よくも……よくも勇君を!! 許さない、絶対にいッッッ!!!!」




 今まで亜月が怒った事など殆ど無かった。

 それは彼女の心がとても大らかだったから。

 掴み所も無い雲の様で、それでいて温かさだけは与えてくれる。

 その様な心の持ち主だったから。


 しかし今、デュゼローはそんな亜月の琴線に触れた。


 世界がどうなろうと亜月には関係無い。

 彼女にとっての〝世界〟とは、『藤咲勇』という存在だけなのだから。


 だからこそ、亜月はもう許さない。

 愛する人を傷付け、追い込んだ〝害悪〟を。

 〝自分の世界〟を踏み躙った〝怨敵〟を。


 世界から祓う為に、その紅い命をも滾らせよう。


「ああああーーーーーーッ!!」


 その途端に両手の魔剣が輝き、突如として突風が吹き荒れる。

 【エスカルオール】の力によって、大気が強烈なまでに揺り動かされた為である。


 しかも風に乗って煌めくのは、黄紅の織り成す螺旋の閃光。

 今、亜月は二つの感情さえも一つの力と換えていたのだ。


 再び体現せしは自己犠牲の極致、多重命力。

 その力は単純に、己を倍化する事が出来るだろう。




 ならば、今の亜月が抱く命力量は常二倍。

 その量はもはやデュゼローにさえ匹敵、あるいは―――凌駕する。




 その強大な力は突風を激流と換え、全てを薙ぎ払うだろう。

 破片を跳び散らし、壁床を削り、観衆(千野達)をも怯ませて。

 更には物理干渉さえも誘発し、脆弱な照明機器を次々と破砕していく。


 たちまち展望台が暗闇を抱く事に。

 夜闇を払う光はもはや月光と、亜月の放つ鮮烈光だけだ。


 ただ、そんな照明など元々必要無かったのかもしれない。

 何故なら、展望台全域に命力風が駆け抜けていたのだから。


 そんな中で亜月とデュゼローが遂に身構える。

 互いに腰を落とし、双剣を想いのままに握り締めて。


 一触即発。


 勇はもうその戦いを眺める事しか出来ない。

 指一本動かす現状では、共に戦う事さえ出来ないから。

 力が残っているならば、と悔しささえ滲ませていて。


 モッチも来たるべき瞬間を見逃すまいとカメラを向ける。

 破片でレンズが傷付こうとも構う事無く、ただ必死に。

 イビドとドゥゼナー、千野もが固唾を飲んで見守る中で。




 そして互いの力が高まった時―――


 遂に二人の戦いの火蓋が切って落とされる。




 たちまち生まれたのは閃光の渦だった。

 目にも止まらぬ速度からの斬撃応酬によるものである。


 剣を振り、打ち合って。

 残光が刻まれ、命燐光が舞い散っていく。

 その繰り返しが一瞬にして無数に巻き起こり、更には光が風に乗って渦と化す。


 その余りの激しさは、勇が目を見張らせる程に鮮烈で。

 千野達は元より、イビドとドゥゼナーさえも慄かせる程だ。


 その様な中でも亜月もデュゼローも互いに譲ろうとはしない。

 亜月は突風を纏って縦横無尽に飛び回り。

 デュゼローは床や壁を蹴って応戦する。


「あああーーーッッ!!!」

「おおおーーーッッ!!!」


 見るからに互角。

 いや、むしろ亜月の方が攻撃が鋭い。

 鋭く打ち、切り返し、容赦無く追撃に繋げていく。


 それにデュゼローが飛べないというのも大きい。

 空戦領域という優位性(イニシアチブ)を獲られた今では。

 加えて、勇との戦いで消耗も大きいのだろう。


 故に今、デュゼローは防戦を強いられている。

 亜月が余りにも速過ぎて攻撃に転じられないのだ。


 直撃こそ避けられてはいるだろう。

 しかし幾ら防いで、躱して、いなしても、絶え間ない連続攻撃が精神を削る。

 長年を掛けて培ってきた強靭な心も、この連撃を前には形無しか。


 その末に、デュゼローの外套には無数の切れ込みが。

 顔や腕にも切り傷が刻まれ、細かい鮮血が舞い散っていく。

 防ぎきれていないのだろう。

 

 そうして刻まれるデュゼローの姿は、まるで風そのものに切り裂かれているかのよう。

 



 それ程までに―――神速。




「一体何が起きてるのよ!?」

「な、何も見えねぇ!」


 もう千野達も亜月の姿を認識する事が出来ない。

 イビドが堪らず動揺の声を上げるまでの速さだったから。


 いや、きっと誰一人として理解出来ないのだろう。

 少なくとも千野達だけでなく、この映像を観る全ての者達が。


 ただし、この場に居る一人を例外として。


「あ、ずッ……!!」


 この戦いを見上げていた勇だけが全てを見通せていた。

 亜月がどれだけ速く動いて、デュゼローを追い詰めているのかを。


 そして、その先に見える結末さえも。


「ダメだ、あず……ダメ、なんだ、それだけじゃ……ッ!!」


 枯れた喉が放つ声は掠れ、とても小さく聞こえはしない。

 少なくとも、突風に塗れたこの空間の中では。

 命力さえも乏しく、感情を乗せられない今では。


 悲しみを帯びて裏返ったその声は、亜月には届かない。


「それだけじゃ、デュゼローには勝てない……!」


 これはデュゼローと戦った勇だからこそ悟れた事だ。

 その底力を誰よりも理解してしまったからこそ。


 デュゼローの強さとは、決して腕力や命力値などによるものではない。

 その何者にも負けない胆力こそが強さの秘密なのである。


 その信念と覚悟は勇さえも凌駕する程に強大で。

 救世主になろうとする想いはもはや世界でも類を見ないだろう。

 なれば精神に依存する命力もまた強大かつ無限大。


 すなわち、その命力はほぼ途切れる事が無いという事だ。


 だから勇の強烈な連撃を受け続けても力を維持する事が出来ていた。

 例え幾ら怯もうとも、何度でも返し、同じ力で反撃し、逆転して見せた。


 故に、同じ事を繰り返しても―――デュゼローには勝てない。


 今の亜月はまさに先程の勇と同じで。

 全力で命力を振り絞り、力の限りに打ち放っている。

 命力量の差こそ段違いだが、そんな要素など勝敗に関係はしない。


 デュゼローに勝つには、そこに更なる一手が必要なのだ。

 さもなければ待つのは、勇と同じ結末のみ。

 勇の様に鍛えられていなければなおさらだろう。


「あず……頼む、まだ、負けないで、くれ……ッ!!」


 そんな結末を知っても届かない。

 必死の訴えにも声が出ない。

 亜月が折角、絶望を振り払ってくれたのに。

 力が、心が負けたままで、身体さえまともに動かせないから。


 それでも震えた足を滑らせて、腕を動かして【翠星剣】を掴み取る。

 命力珠が既に崩れ始めている〝魔剣()()()物〟を。


 亜月の想いに応える為に。

 更なる一手となる為に。


「うご、け……俺の体ッ! あずが、戦って、いるんだ……ッ! 俺が、行かないで、どうする……ッ!」


 この間にも、景色の先で亜月とデュゼローの応酬は続いている。

 どちらも諦める事無く、剣と剣を打ち合って。


 だからその身を起こそうと床に擦りつけながらもがいて。

 幾ら突こうと崩れる肩肘を何度も揺り動かして。


 瞬く閃光へと向け、震えた手を伸ばす。

 今はただ必死に。


 例え力乏しく、想いに応えられなくとも。




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