~胸にある夢は虹の世界~
茶奈の放った巨大刃がギューゼルの両腕を断裂した。
しかもそれだけに留まらず、捕縛の光さえも打ち砕いていて。
たちまちギューゼルの体が背後へと跳ね飛んで行く。
斬られる寸前で身を退けていたのだろう。
だから体ではなく腕を裂かれたのだ。
「ぐがぁあーーーーーーッ!!」
それでも、自慢の剛腕は肘下から断ち切られた。
その事実からの絶望は深く重い。
たちまち二階床を転がり、滑り行く。
受け身さえもまともに取れない程に打ちのめされたが故に。
「お、おおお、うぐお……」
「もう終わりだぜ」
「貴方の負けよ、諦めたらどう?」
加えて、囲むのは万全の心輝と瀬玲。
更には階下から茶奈が睨みを向け、逃げ道を塞ぐ。
もうギューゼルに退路は無い。
恐らく当初の様な反撃もままならないだろう。
しかし―――
「お、のれ……ッ!!」
「「「ッ!?」」」
「俺は……俺は【魔烈王】、ギューゼルだ……ッ!!」
それでも、ギューゼルは立ち上がろうとしていた。
痛みに耐え、先を失った肘を付いて体を起こして。
歯を食いしばり、胸が持ち上がる程に大息を吸い込んで。
内に燃やす意思、闘志を三度―――構内へと解き放つ。
「【魔烈王】にィィィ、敗北はぬぁぁぁいッッッ!!!!!」
それは最後の咆哮か。
それとも決死の逆転宣言か。
たちまち体を床上で回転させ、長大な脚を振り回す。
回転から生まれたのは旋風剛脚。
その剛力から生まれた威力は当初と遜色無し。
突然の事に驚く間も無く、心輝と瀬玲が打ち飛ばされていて。
ドガガアッッ!!
「がはっ!!」
「あぐっ!?」
余りの威力故に二人揃って壁を跳ね、そのまま一階へと落ちていく。
しかしその時、そんな二人と擦れ違う茶奈の姿が。
ギューゼルの猛攻を止める為に跳び上がっていたのだ。
それも光り輝く魔剣を振り上げながら。
確かに、規模は先程ギューゼルの腕を両断した時ほどではない。
様相はまさに斧槍と言った所か。
それでも、驚異の絶対断裂の一刀である事に変わりは無い。
故に今こそ、その一刀を叩き込む。
相手が体勢を整えていようとも構う事なく。
バッキャァーーーンッ!!
ただそれも間も無く、ギューゼルの蹴り払いによって弾かれる事に。
魔剣の柄中心を狙う回転蹴りが炸裂した事によって。
幾ら魔剣が主に吸い付こうが限度はある。
【フルクラスタ】を纏っていない茶奈ならばその力は限り無く弱い。
故に、空かさず魔剣が弾き飛んで行く。
奇しくも、砕けて開いた壁の奥へと。
しかも魔剣を失った茶奈に、ギューゼルの更なる追撃が。
その身をも回転させた慣性で、もう片足による回し蹴りを見舞っていたのだ。
だが、魔剣を飛ばしたのは悪手だった。
その蹴りが直撃するも、間も無くギューゼルの体が宙へと固定される。
茶奈が再び【フルクラスタ】を展開し、蹴りを受け止めた事によって。
『うあああーーーーーーッッ!!!』
もはや今の蹴りに〝白極光の女神〟の防御力を貫く力は無い。
故にこうなるのは必然だったのだろう。
茶奈がその足を掴み取り、力の限りに振り回す。
先程のお返しと言わんばかりに強く激しく。
あのギューゼルが抗えない程に勢いよく。
「があああッ!?」
その勢いのままに手を離せば、豪快極致の大旋風投げと化すだろう。
たちまちギューゼルの巨体が一階床へと打ち付けられて。
勢いは留まる事を知らず、更には入口格子を砕いて外へと飛び出していく。
遂にはその巨体が都庁から飛び出し、議事堂との間にある広場へと。
観衆が唖然と見上げ追うその中で。
もちろんこのまま捨て置く訳にはいかない。
最後の最後まで叩かなければ、安心して勇を追う事など出来はしないから。
だからこそ茶奈が再び床を突く。
ギューゼルを追ってトドメを差す為に。
するとそんな時、彼女に向けて何かが飛び込んできて。
「うっ、これはっ!?」
それはなんと魔剣【グワイヴ・ヴァルトレンジ】。
心輝が纏っていた魔剣である。
「茶奈ちゃんッ!! そいつを使えェ!!」
それは、ギューゼルへと必殺の一撃を見舞わせる為に。
茶奈の【フルクラスタ】は威力こそあるが、決定力が無い。
ギューゼルの肉体を完全に砕くには魔剣が必要不可欠なのだ。
だからこそ託す。
瀬玲がすぐに復調出来ない今、ここを逃せば勝機は薄れるからこそ。
だからこそ受け取る。
心輝と瀬玲の想いをも受け取り、強敵を完全に討ち倒す為に。
だから今、茶奈が腕甲魔剣を両手に嵌め込む。
自らの意思を貫かんと。
「ありがとう、シンさん!」
まるで両手と一体化したかのよう。
そう思える程に吸い付き、自由に動かせたから。
魔剣が応えてくれる、そう信じられる。
ならばもう迷わない。
己の意思に従い、ギューゼルを追うだけだ。
「やらせはせぇん!!」
そんな中、門番のあの二人が駆け出した茶奈の前に立ち塞がる。
デュゼローに否定的だった二人だが、ギューゼルに対しての想いは強いらしい。
身を挺して進路を塞ぎ、魔剣を抜いて徹底応戦の構えだ。
例え格下だろうが手練れであればそう簡単には退けられない。
そう察した茶奈に苦悶の表情が浮かび上がる。
だが―――
ギャギャンッ!!
その間も無く、二人の魔剣使いが光槍に貫かれる事に。
瀬玲が倒れたまま、【カッデレータ】の矢弾を撃ち放っていたのだ。
ただでは転ばない瀬玲の報い一矢である。
「行き、なさい……ッ!」
そのお陰で道は拓かれた。
だからこそ今、茶奈が跳ぶ。
爆炎を両腕から解き放って。
再び観衆が空を見上げる中、茶奈が空を行く。
その両腕に力を籠めながら。
そうして刻まれしは―――虹。
闇夜を切り裂く虹のアーチが都庁から広場へと向けて刻まれたのだ。
茶奈の強大な命力は炎を白の先へと進化させた。
解き放ちせし虹炎は心輝の炎さえ霞む程に大きく強大で。
【フルクラスタ】の光さえも凌駕した虹炎鎧としてその身を包む。
そのまま着地を果たせば、視線の先には今にも立たんとするギューゼルの姿が。
この場所を拠点としていた記者達が逃げ惑う中、二人がまたしても対峙する。
でも、茶奈にもうこれ以上長引かせるつもりは、無い。
「もう、終わりにしましょう……ッ!!」
この時、虹炎が激しく燃え盛る。
階上の観客へと届かんばかりの炎が。
余りの圧力故に、魔剣にも変化が。
徐々に歪み、ひしゃげ、潰れて削れていく。
茶奈の出力に魔剣筐体が耐えきれていないのだ。
しかしそれでも構わない。
この一瞬に全てを注ぐ為に、魔剣に力を全て注ぎ込む。
するとどうだろう、突如として虹炎が収束し始めていくではないか。
その両掌に、まるで吸い込まれるかの如く。
そうして集まった炎が光となり、遂には光球と化す。
出来上がった二対の虹光球。
更にはそれを突き合わせ、力の限りに両掌で潰し込む。
ギギィィィーーーーーーンッッッ!!!!
その途端、周囲全てを共鳴音が支配した。
まるで金属と金属を荒々しく擦り合わせたかの様な音が。
それだけの圧力が二つの光球に篭められていたが故に。
そんな異音の中で出来上がったのは、小さな一粒の虹光球。
先程よりもずっと小さな、豆の様な虹閃珠である。
だがそれを目の当たりにしたギューゼルは即座に理解し、そして戦慄する。
その虹閃珠が、もはや全ての次元を超越した代物であるのだと。
「私達は、行きます。 明日を―――未来を見捨てない為に」
だからもうギューゼルは動けなかった。
これだけの力を体現した茶奈の真意を垣間見たから。
このたった一言で、逃げる意思を失ったが故に。
それは絶望では無く、一つの希望として。
その意思を茶奈が理解したかどうかはわからない。
けれど、そんな意思は関係無いのだろう。
どちらにしろ、茶奈は涙を流していたのだから。
これから放つ一撃が如何な威力かは、本人が一番理解している。
打ち放ちたくないという気持ちが強くなる程に。
でも放たなければならないから。
だから茶奈は行く。
覚悟を決めたギューゼルへと向けて。
至高の一撃を以って戦いを終わらせる為に。
「こぉぉぉいッッ!!! 乗り越えて進むならばァァァッッ!!!」
「はあああーーーーーーッッッ!!!!」
少女が駆け抜け、鬼神が迎え撃つ。
最後の輝きを共に放ちながら。
虹の橋を描き進んで。
その手に虹を、その手に愛を。
二つの想いが肉迫した時、光が包む。
少女の掌から虹の閃光が。
鬼神の胸では愛の裂光が。
悲哀を乗せて、希望を乗せて。
今、暗夜を穿つ極光矢となろう。
虹閃珠の解き放った力は何もかもを打ち上げた。
ギューゼルの巨体をも一瞬にして、遥か上空へと。
不壊を誇っていた胸甲魔剣をも粉々にして。
その時彼は何を思ったのだろうか。
何を考えたのだろうか。
音が付いてこない。
重圧が体を潰す。
風さえもが体を斬って。
でも何故か、心地良かった。
その時ギューゼルの目に映っていたのは、関東の灯火で。
地平線を交えて見えるその光景が、今まで見た景色よりもずっと綺麗だったから。
こんな景色など見た事が無い。
そもそも興味など無かったのに。
けれど今、その景色がとても愛おしくてたまらない。
両腕があったなら包みたいと思えてならない程に。
「未来―――か、そうだな……彼女達なら、きっと」
だから願う。
本当は抱きたかった想いを乗せて。
素直に思うがままに突き進む若者達へと。
「ああ、エナ……俺も今、逝く。 君が願った未来を、託せたから―――」
そしてその願いは今、閃光と共に世界を舞う。
東京を、日本を、地球を照らす輝きとして。
太陽の如き輝きと共に、その願いが星を包み込んだのだ。
失った両腕と、成せなかった想いの代わりとなって。
「終わっ……た……」
その時地上では、膝を付く茶奈の姿が。
放った一撃が命力を根こそぎ奪ったのだろう。
そんな彼女に近づこうとする者は居ない。
声を掛けようとする者さえも。
繰り広げた全てが次元を超え過ぎて、誰しもが委縮していたからこそ。
するとそんな中、観衆の頭上からまたしても人影が飛び込んできて。
「大丈夫かぁっ!?」
心輝が追い駆けて来たのだ。
瀬玲を背に担ぎながら。
ただ心輝も比較的キツめか。
着地を果たすも、堪らずどたりと膝を付いていて。
心配してからの有様に、「なはは」と照れ隠しの笑いを見せつける。
「ハァ、ハァ、しばらく、休憩が必要かもですね」
「私も駄目そう……げふ」
いくら回復したとはいえ、満身創痍である事に変わりは無い。
体を追い込んだ事で精神的にも相当消耗しているはずだ。
今すぐ戦うなど、到底不可能だと思える程に。
だが―――
「でも行かなきゃ……」
それでもゆっくりと足を踏み出し、茶奈は行く。
支えねばならぬ人が居るから。
戦わねばならぬ相手が居るから。
もちろんそれは茶奈だけではない。
心輝も、瀬玲も同じ気持ちだったからこそ。
三人が揃って再び都庁へと進む。
勇がまだ戦っているはずだから。
そう願う茶奈達だから―――まだ、止まれない。




