~問答、その者愚者か悪者か~
その頃、とある一つの穴蔵……。
そこ蠢くのは一人の人影。
「……ソロソォロ……飽きて帰った頃かナァ……」
他のボノゴ族と大して変わらない背丈の一人の魔者が座る姿があった。
暗く小さいその内部は他の穴に比べ目立たず、そして離れた場所に存在していた。
「ダンナダンナ、魔剣使い共、けぇったようやで」
そんな彼の背後……穴蔵の奥から別の魔者が姿を現す。
その者が姿を現して判るのは、最初から居た魔者の背丈だ。
大きな態度とは裏腹に、その体付きは小柄。
だが新たに現れた者がかしずく様から、その魔者は彼等の上位者なのだろう。
「お、さいか……んにゃらもうええか」
そう応えるとゆっくりその太い足を地につけ立ち上がる。
ダンナと呼ばれた魔者は手下であろうその報告者に振り向き呟いた。
「まったく、ヤツラァ間抜けよなァ……ちょちょい人間突けばこう来るもんやけど、直ぐどっかァいっちまう」
腰に手を充て、ケラケラと高らかな笑い声を上げる。
下品に笑うその口元からは唾が無造作に飛び散っていった。
だがその時……その背後、空の光差す穴蔵の入り口。
そこに、すらりとした体型の人影が影を落としながら姿を現した。
途端、ダンナなど構う事無く……報告者は脅え逃げ惑う様に穴の奥へと消え去っていく。
逃げた部下に気付く事も無く高笑いを続けるダンナの背後から、人影がゆっくりとその足を踏み出した。
「こんな所に穴があったのか……」
その声を聞いた瞬間、ダンナの体が硬直する。
「ギギギ……」と錆び固まった機械の様な動きで首を回すと……その視界に、日光を背に受けて影を纏う勇の姿が映り込んだ。
「ンギョオーーーーーーッ!?」
ダンナが言葉に成らぬ叫び声を上げて硬直する。
天敵とも言える魔剣使いが目の前に現れれば恐怖を感じるのは当然だ。
「お前が……統率者か……」
その表情は冷たく、冷酷なまでの鋭い目付きをダンナに向ける。
口を震わせ答え渋るダンナを前に、勇はその冷たい表情を徐々にしかめていく。
「あ、えっと……ちが……」
キィン!!
「イヒィ!?」
甲高い音が鳴り響き、ダンナが恐れの余り尻餅をついた。
今の音は地面に覗く岩を翠星剣で突いた音。
岩に刺さった刀身は、バターに突き刺さったナイフの様にヒビ一つ作る事無くそそり立つ。
「お前は統率者かと……聞いている……!」
「あ、ひゃ、ひゃい……」
勇は岩から翠星剣を引き抜くと、徐々にダンナへと近づきながら問答を続けた。
「何故人を襲う様に仕向けた?」
「あ……ええと……反応が面白かったから……です……」
その答えを聞くや否や、勇の目が更に細くなる。
目尻は上がり、感情の高揚すら感じ取られる程に……鋭さを増していた。
「どうしてそこまでやろうとした?」
「……『ボノノ団』の団長になったんでェ……偉い気に成った気がして……ヘ、ヘヘ……」
「ボノノ団」……それは彼等ボノゴ族の若者の集まりだと彼は言う。
若者達が作り自分達のコミュニティを形成したイタズラ好きの集団、いわゆるチームやギャングの様な存在。
その事は既に心輝を通して勇もまたその存在を把握していた。
「お前達がやっている事は人だけでは無く、同じ種族の者達にすら危害を加える事だって事が分かってやっているのか……!?」
「ヒッ!? そ、そんな事は……わ、わかりまっ」
キィーーーン!!
「ヒュエッ!?」
途端、勇の握る翠星剣が光り輝き、命力の籠る鳴音が穴蔵に響き渡る。
迸る光は穴蔵の暗闇を斬り裂き、二人の体に彩りをもたらした。
そしてその輝きはその彩りすら押し退け、白で塗り潰していく。
「何故そんな事が判らない……何故そんな事を考える事をしない……だからお前の様な奴は……!!」
「イヒイイイイ!?」
勇の握る翠星剣は高々と、狭い穴蔵一杯に振り上げられた。
長い刀身が壁を削り、天井を裂くが……振り上げる勢いは止まる事無く光を瞬かせ続ける。
魔剣に籠る力は……既に魔者一人を葬る事など造作も無い程に強く激しい。
「ももももうしわけありませんでしたあああ!! もう、もうしません、お願いですからぁあ!!」
「そう言って……忘れた頃に……同じ事を繰り返すのが……愚者何だろうがッ!!」
そして一閃―――
ゴゴゴゴ……!!
光の壁とも言える薄く輝く閃光が立ち上り、穴蔵を裂いて大地を突き抜け地上へと噴出した。
地上に残る茶奈達が、中央部の穴蔵から顔を覗かせたボノゴ族達が……その光景を前に、ただ静かに見守る。
天を衝く程に高く吹き上がる光の壁は轟々と空気を揺さぶる音を立て、その荒々しい力の存在を誇示し続けたのだった。
ズズズ……
徐々に光の放出が収まり、噴出された光が煌めく粒子状へと姿を変えると……波を作る様に揺らめき、その流れの元にある大地へと向けて吸い込まれていった。
今の影響で穴蔵の一部が崩落したのだろう、彼等の周囲に地響きが響き渡る。
茶奈達はそれに怯む事無く……その状況に安堵の表情さえ浮かべていた。
光の発生源のコントラストがゆっくりと元へ戻っていくと……そこには天井が崩壊し、太陽の光に照らされた勇の姿が晒されていく。
そしてその傍には……命力の奔流によって生まれた裂け目の横で脅え固まるダンナの姿があった。
「あ……あァ……」
怯えて腰砕け動く事が出来ぬダンナに対し、勇が強い口調の言葉を向ける。
「もう二度とするな。 そして元の場所に戻れ。 願いがあるなら堂々と人間に頼め。 そうすれば……聞き届ける。 聞き届けてもらえないのなら……俺がそいつらに聞かせてやる。 わかったな?」
「へ、へい……」
そう言い残し……勇はその場を後にした。
残るのは……ただ茫然としたままへたり込んだダンナ、そしてその様子を通路の奥からじっと見守っていた部下達だった。